共著書執筆の背景:組織変革の羅針盤として「ふえん式」フレームワークを提示
「小さく始めて、走りながら整えていく」その考え方を体系化したものが、2026年3月に出版された共著書*『現場が動くDX ノーコードから始める市民開発実践ガイド(富士通ラーニングメディア刊)』だと思いますが、この本の執筆の意図・背景を教えていただけますか。
*株式会社ふえん 代表取締役 安藤昭太氏、Bridge株式会社 代表取締役 樋口舞美氏との共著
前田氏

「ノーコードツールの普及とともに市民開発の動きは国内でも広がってきましたが、個々の市民開発者がいくら頑張っても組織としての仕組みがなければうまくいかないという課題が見えてきました。共著者の安藤昭太さん(株式会社ふえん代表取締役)とも、『市民開発はツール導入の話ではなく、組織の成熟度を高める組織変革の文脈で捉えるべきだ』という認識で一致していました。
米国では体系的なフレームワークがすでに整備されていますが、日本にローカライズされたものはありませんでした。市民開発の文化を組織に根付かせ、業務・事業へのインパクトにつなげる道筋を示したいという思いで執筆に取り組みました。」
「組織変革の文脈で捉える」という視点が、この本の核心にあるわけですね。どのような内容の本なのですか。
前田氏
「本書はツール解説書ではなく実践ガイドです。組織の成熟度を『発見』『認知』『試行』『確立』『浸透』の5段階で捉える『ふえん式』フレームワークを中心に据え、『ツール』『人』『仕組み』の三つの観点から各フェーズでやるべきことと求められる役割を定義しています。また、先進的な企業・団体へのヒアリングをユースケースとして収録しており、自社の現在地を確認し次の一手を考えるための羅針盤としてご活用いただける構成になっています。
読者はDX推進部門・情報システム部門など社内で推進する立場の方と、実際に市民開発に取り組もうとしている現場の方の二層を想定しています。前者には人材育成・役割・体制・仕組みをバランスよく整えることの重要性を、後者には自分の活動を組織の中で認めてもらうために組織としての動き方を理解することの意義を、それぞれ感じ取っていただければと思っています。
『どこから始めればよいか』『なぜ自社では進まないのか』という問いへのヒントと、次の一手が見つかれば幸いです。」
自分事化がDX人材への第一歩:小さな成功体験が組織の変革力に転換される
「自社の現在地を確認し、次の一手を考える羅針盤」という表現が示すように、本書は単なるノーコードの入門書ではなく、DX推進の道筋そのものを示す書とも言えます。そして本書では「市民開発がDX人材への第一歩になる」という示唆と、「自分事化」の意義が語られていますね。
前田氏
「DXを推進するには、現場で事業を担っている人たちが動いてくれないことには何も始まりません。そして、市民開発を通じてシステム開発のプロセスを体験し、課題を棚卸して解決した経験を持つ人は、より規模の大きなDXプロジェクトにも参画しやすくなります。成果物よりも、プロセスを経験したこと自体が財産になるのです。『DX人材』というと特別なスキルを持った人材のように聞こえますが、実はその第一歩はこうした小さな成功体験の積み重ねにあります。
また、自分事化が重要な理由は、DXが『今のやり方を疑って変えていくこと』だからです。人間は本来、変化に抵抗感を持つものです。改革・改善のプロジェクトでは周囲からの反発も避けられませんが、それを乗り越えるには目的への確信が必要です。『自分たちのいる場所をよくしたい』という素朴な思いを持った人が変革を起こし、リードしていきます。
市民開発は自分の業務テーマからアプリを作る体験であるため、自分事化しやすい領域です。『システム改修を頼むとお金がかかる』『入力項目を少し変えるだけで上司に相談が必要』といった日常の煩わしさを自分たちで解決できると気づく体験が、最初の一歩として非常に有効です。そこで火がついた方がより大きな改善へと向かい、DXプロジェクトへの参画につながっていきます。こうした熱量の高い方を見つけてプロジェクトにアサインしていくというのが、自分事化を組織の変革力に転換する自然な流れだと思っています。」
AIと市民開発の共存:「思考の拡張」ツールとしての生成AI活用
「熱量の高い人材を見つけ、育て、動かす」その流れを組織として設計することがDX推進の要だということですね。一方で、AIの急速な進歩は市民開発そのものの在り方も変えつつあります。AIの急速な進歩は市民開発にどのような影響を与えると考えますか。
前田氏
「AIと市民開発は共存していく世界だと思っています。生成AIを活用した自然言語でのアプリ開発機能はすでに実装されており、開発を支援するかたちでAIが組み込まれていく流れは加速するでしょう。ただ、アプリを作った後の運用・保守・改修を見据えると、プログラミングの考え方やシステム開発プロセスへの理解は人間が持っておく必要があります。
生成AIの活用には『代行』と『思考の拡張』という二つの方向性があると考えています。定型的な作業の自動化が進む一方、課題の解像度を上げる・課題を設定する・運用の考え方を組み立てるといった領域ではAIを思考の拡張ツールとして使っていくことが求められます。
共著者・安藤さんの『ノーコードツールは魔法の杖ではない』という言葉通り、課題を起点として手段のひとつとしてツールを位置づける視点は、AIの時代においても変わりません。市民開発支援の現場でも、ツールを導入したこと自体より『業務課題を言語化して整理したこと自体に価値があった』と発言される参加者の方が多く、その本質は変わらないと思っています。」
素質ある人材を見つけ、育む仕組みを整えよ
AIが高度化しても、業務課題を自分事として捉え、解決に向けて動こうとする人材の存在こそがDXの推進力になる。その言葉が、このインタビュー全体を貫く一つの結論のように聞こえます。最後に、DX推進を目指す企業の経営者・実務担当者へメッセージをお願いします。
前田氏
「DXは1年、2年で完結するものではなく、長いステップを踏み続けることになります。その中で『デジタル人材が不足している』というお声を多くいただきますが、実は自社の中にDX人材の素質を持つ方がすでにいるのではないかと思っています。その方を見つけ、育んでいくことが市民開発の本質です。
まず、体験を通じてその世界を知ってもらうことが第一歩です。体験した上でどう動くかはご本人が判断されることですが、知らない状態のままでは選択肢すら生まれません。小さな成功体験が、やがて組織全体の変革を動かす原動力になります。
そして、その成功体験を積んだ人材を適切に評価し、次のステージへと送り出せる仕組みを組織として整えることが経営者・管理職の方に求められる役割です。DX人材の確保・育成にお悩みの方々に、この考え方が届くことができれば幸いです。取り組みの入り口として、ぜひ本書を活用いただければと思います。」
【取材を終えて】
「DXを絵に描いた餅で終わらせない」
前田氏の言葉には、現場で数多くの企業の躓きを見てきた者ならではの重みがありました。技術やツールの話に終始しがちなDX議論において、前田氏が一貫して強調するのは「人」と「組織」の変革です。市民開発の本質は、アプリが完成することではなく、「自分たちでも作れる」という体験を積み重ね、組織全体に自己効力感を醸成することにある。その視点は、多くのDX担当者にとって本質的な気づきをもたらすのではないでしょうか。
また、AIの急速な進化が叫ばれる今だからこそ、「課題を言語化して整理すること自体に価値がある」という前田氏の指摘が際立って見えます。ツールが高度化しても、業務課題を自分事として捉え、解決に動こうとする人材の存在こそがDXの推進力になるのです。デジタル人材不足に悩む企業の経営者・実務担当者にとって、前田氏の言葉と著書が確かな一歩を踏み出すきっかけとなることを願っています。
DXportal®編集部
株式会社富士通ラーニングメディア デジタル人材育成ソリューション事業本部 PMI認定PMP/前田真太郎氏

2009年に富士通ラーニングメディア入社。Webアプリ開発やAI活用などの講座や研修での登壇を経て、社内システム開発プロジェクトで実践経験を積む。現在は、新規人材育成サービス創出や管理職向けDX戦略企画、デジタルツール業務適用の伴走支援など各種ワークショップのファシリテーターをはじめ、幅広い分野で人材育成サービスに携わっている。
【著書】

執筆者
DXportal®運営チーム
DXportal®編集部
DXportal®の企画・運営を担当。デジタルトランスフォーメーション(DX)について企業経営者・DX推進担当の方々が読みたくなるような記事を日々更新中です。掲載希望の方は遠慮なくお問い合わせください。掲載希望・その他お問い合わせも随時受付中。