【有識者に聞く②】日本医療再生への処方箋――医療DXと経営改革の最前線~「医療×ビジネス人材が日本を救う」

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【第2回】医師/中央大学大学院教授/多摩大学大学院MBA特任教授 真野 俊樹氏

真野 俊樹氏1

人口減少、医療機関の経営難、人手不足——日本の医療は今、大きな転換点に立っています。その打開策として注目されるのが「医療DX」です。単なる電子化にとどまらず、制度設計、経営改革、さらには生成AI活用までを含む本質的な変革が求められています。

そこで今回は、医療経済・医療経営の専門家である中央大学ビジネススクール教授・真野俊樹先生(以下:真野氏)に、日本医療の構造的課題とDXの三段階、産業連携の可能性、そして突破口となる人材像についてインタビューを行いました。医療とビジネスの交差点から、日本医療再生への道筋を探っていきます。

【本記事の要点】

  • 人口減少とコスト増による医療危機の打開策として医療DXを存続の必須条件と定義する
  • 効率化・情報共有・AI活用の3段階で医療DXを捉え、自院の立ち位置を明確化する
  • 米国等の大規模事例を指標とし、病院経営におけるビジネス視点と規模の経済を追求する
  • リスク回避を優先する日本企業の文化を脱し、異業種連携やグローバル展開を加速させる
  • 医療現場の知見と経営戦略を統合できる「医療×ビジネス」人材を育成・確保する
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医療経済・医療経営の専門と視座

まずは、真野先生のご専門分野を教えていただけますか?

真野氏

真野 俊樹氏2

「私の専門分野は医療経済と医療経営です。医療経済学は、ミクロとマクロの両方の経済的視点を医療に適用する学問です。ミクロでは、どのような処方を選択するか、この薬を保険適用にすべきかといった個別の意思決定を扱い、マクロでは、医療制度や年金の財源をどのように確保するかといった、国全体の制度設計を考えます。

一方、医療経営学は病院や診療所の経営手法を扱う分野です。診療報酬制度の枠組みの中で、マーケティング、人的資源管理、戦略立案などを実践的に研究します。

こうした分野を研究する大前提として、日本の医療は『患者のために医学的に最善の治療を平等に提供する』という理念のもとに発展してきました。医療は公共財であり、お金は後から付いてくるものだと捉えられていたのです。そのため、経済の概念が前面に出ることはほとんどありませんでした。

ただし、これまでも医療経営という考え方自体は存在していましたが、診療報酬が公定価格として決まっている以上、実際には厚生労働省の方針をうかがう構造になりがちでした。それが2000年頃から、日本でも本格的に医療経営や医療経済の視点が導入され始めたという印象があります。」

真野先生の研究アプローチには、どのような特徴がございますか?

真野氏

「私自身は現場出身の医師なので、医療現場での課題感や問題意識をを分析・体系化するというアプローチを取っています。現場を重視した研究手法が特徴です。」

経済と経営の両方をカバーされているというのは、珍しいですね。

真野氏

「確かに、普通はなかなかないですよね。通常だと経済は経済学者、経営は経営学者とわかれます。しかし、医療はそこが比較的不可分になっていて、経済の要素が経営にすごく絡んでいるという、割と珍しい分野です。なぜなら、厚生労働省が計画経済的に医療を推進してきたからです。」

医療危機とDX三段階の現在地

医療介護分野は、21世紀の成長分野と呼ばれているものの、最近は医療機関の倒産が良く報道されています。日本の医療は大丈夫なのでしょうか?

真野氏

真野 俊樹氏3

「人口と経済がともに成長していた上り坂の時代、日本の医療は世界最高水準と評価できました。実際、私の著書『日本の医療、くらべてみたら10勝5敗3分けで世界一』(講談社α新書)でもその点を論じました。

しかし現在は、人口減少、経済力の低下、高齢人口の増加により、構造的な問題が顕在化しています。これらはコロナ禍の前後から急速に指摘されるようになりました。コロナ禍では政府の補助金によって表面化が抑えられていましたが、コロナ後に一気に現実の問題として現れています。

病院倒産や統廃合の増加は、患者減少による収入減、病院数の過多、人手不足、インフレによるコスト上昇などが主な要因です。」

そうした状況下で、医療DXは日本の医療機関を救えるでしょうか?

真野氏

「『救えるかどうか』というよりも、医療DXを推進せざるを得ない厳しい状況にあります。医療は社会に不可欠です。なくなると困ります。しかし構造的問題により人手不足が深刻化しています。その不足を補う手段として、DXは必要なのです。

ただ、ここで複雑なのは医療DXには三段階あるということです。

第一はオペレーションの効率化です。紙からデジタルへの移行といった段階で、病院の経営視点のDXと言い換えても良いかもしれません。元々、日本の病院は新技術や新手法の導入に慎重ですが、この領域は徐々に普及してきました。ただし、エストニアやフィンランドなどのIT先進国と比べると差は大きいのが現状です。

第二は国主導による情報共有です。マイナンバー連携などが代表例で、医療データを集約する仕組みづくりです。日本では2030年を目標に、すべての医療機関への電子カルテ導入を目指しています。これに付随して、診療報酬請求の簡素化・電子化も進められています。蓄積されたデータは、新薬開発や安全性向上にも活用可能です。これも、エストニアやフィンランドなどのIT先進国と比べると大きな差があるのが現状です。

第三は生成AIの活用による診断・治療の革新。まさに、最先端の診断や病気の予測にAIを活かしていくというフェーズです。将来的には医師を超える精度を持つAIが登場する可能性も否定できません。場合によっては医師の業務を代替する領域も出てくるでしょう。米国ではすでにその議論が進んでいます。医療DXとAIの融合は、巨大なビジネス機会を生み出す可能性があります。」

ちなみに、現状では電子カルテの導入はどこまで進んでいますか?

真野氏

「大規模病院ではほぼ100%導入されています。一方、中小病院や診療所では50~60%程度と見られます。」

デジタル化の実像と現場の温度差

紙のデジタル化・オンライン化のインパクトは、どれだけ大きいのでしょうか?

真野氏

真野 俊樹氏4

「現時点では、業務プロセスそのものを抜本的に変えるほどの影響はありません。多くは単なるデジタイゼーションによる業務の効率化にとどまっています。業務改革を伴うデジタライゼーション、さらにその先のDXにはまだ達していません。

もちろん、最先端の病院ではDXを志向する例もありますが、多くはこれからです。企業もそうではないでしょうか。

というのも、病院の多くは中小企業規模です。大学病院でも売上はせいぜい数百億円規模、小規模病院では10~20億円程度です。この規模であれば、他業種でもDXはこれからという段階でしょう。

ちなみに米国では、グループ総売上が1兆円規模の病院も存在するため、医療のDXは日本に比べて大きく進んでいます。医療費水準が高く、回転率も高いという理由が第一ですが、米国の大病院は、ビジネス的にも大企業と遜色ない規模にあるためとも考えられます。」

そうした現状を、医療機関の経営者や医者はどう捉えているのですか。医療DXに対する意識は高まっていますか?

真野氏

「正直言って、それほど積極的ではありません。ただ、必要性は認識されています。特にオペレーション効率化については、出だしが遅かったものの取り組み始めると几帳面に進める傾向があります。今後は徐々に追いついてきて、いずれは先進国と同じレベルになると思っています。

一方、国主導の情報共有は年代によって意識が異なります。高齢の開業医ほど新システム導入には慎重です。

最大の論点はAIです。医師の役割を脅かす可能性や、医療事故発生時の責任問題など、慎重論が根強いのが実情です。」

先進事例と産業連携の鍵

今後、日本の医療DXを推進させるポイントは何なのでしょうか?

真野氏

真野 俊樹氏5
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「第一に、先進事例から学ぶことです。日本にも先端的な病院はありますし、米国の大病院をベンチマークするのも有益です。米国の成功例を研究し、日本流に応用することが重要です。

国内の先端的な取り組みを調べてみるのも良いアイデアです。『こんなことまでやっているのか』という事例があったりします。生命保険会社に提出する診断書を電子カルテから自動生成する仕組みや、グループ内でデータ共有を進め、医師や看護師がスマートフォンで閲覧できる仕組みを構築している例があります。」

先端的な病院は、やはり経営者が音頭を取っているのですか?

真野氏

「トップ、多くはオーナーの強いリーダーシップによるものです。売上100~200億円規模以上で、経営者に覚悟があることが条件になります。」

産業分野との融合は有効ですか?

真野氏

「不可欠です。特に、インフラ面では日本単独では難しく、GAFAMのような巨大IT企業との協業が視野に入ります。米国では1兆円レベルの売上を誇る大規模病院とGoogleが連携する例が多々ありますし、マイクロソフトなども医療診断のAI開発に積極的です。

それ以外の面でも、外資系企業が強いようです。なぜなら、日本企業は事故時のレピュテーションリスクを恐れてきたため、医療機器分野への参入に慎重だったからです。近年では川崎重工業などが手術ロボット分野に参入していますが、全体としては遅れが見られます。この分野でもデータの集積が進み、早くに参入した会社が多くのデータを持っています。

ライフサイエンス分野は世界的に成長が期待される領域です。日本が、その分野を攻めていかないという選択肢は考えられません。国家戦略としても重要であり、産業界との連携は不可欠だというのが私の考えです。」

日本型DX停滞の本質と突破口

医療DXに限らず、日本でDXが進まない原因は何でしょうか?

真野氏

真野 俊樹氏6

「高齢化した人口構成、安定志向、失敗を恐れる文化などが主な要因です。ビジネスチャンスがあっても、やはり攻めていかなかったりします。大胆な変化を好まず、『じっくり着実に改善していけば良いのでは』という考え方が強いです。何しろ、日本人は何か新たなことにチャレンジするとなると、家族も友人たちも反対しがちですからね。その点、シリコンバレーで跋扈(ばっこ)する人たちは、失敗を恐れずに突き進んでいきます。」

医療DXの第一歩として、何から着手すべきだと思われますか?メーカー側と病院側へのアドバイスをお願いします。

真野氏

「いずれであっても、まずは小さくても実際に着手することです。

メーカー側の方がわかりやすいでしょう。今後伸びそうな分野は、限られています。その中に、ヘルスケアやライフサイエンスは間違いなく入ってきます。その意味で言えば、既存技術をそれらの分野に転用する視点が重要となります。多分、日本企業は色々なネタを持っていると思います。

ただし、気を付けなくてはいけないのは、どうやってプロダクトアウトするかです。ニーズがあるかどうかというか。そこが非常に難しいところです。マーケットのサイズを考えると、日本市場だけでなく海外展開も視野に入れる必要があるでしょう。中小企業だとハードルが高いかもしれませんが、そこをどうやって展開していくかが重要なポイントになってくると思います。一つアドバイスするなら、適切な医師パートナーを選択することです。これは、重要になってきます。医師を絡めないとマーケットが読み切れないからです。どういう医者と組むのか。そこは難しいところです。」

病院側はどうですか?

真野氏

「病院側に関しては、大学病院などの研究機関と地域医療機関では役割が異なります。大学病院は、診断や治療に加えて研究で世界に羽ばたいていこうとしています。それには、最先端のイノベーションを起こしていく発信基地になる必要があります。日本の場合には一県一医大構想が50年も前からあって、全国に医学部を作りました。それが、今も医者の供給源になっているわけです。

ただ、現状を見ると偏りが顕著です。最先端研究を行う大学病院もあれば、名ばかりの大学病院もあったりします。そこで、頑張っている大学病院をDXで盛り上げていくという話はあると思います。その時に、問題になってくるのは医師の意識です。米国の有名大学の医師は、かなりビジネスライクです。しかし、日本の医師はあまりビジネスや経営に興味を持っていません。それが、医療DXが進まない要因にもなっています。「経営を学びたい」という医師が増えていくことを期待したいです。米国に良くみられるような医療×ビジネスを構想できる人材はまだ少数ですからね。

学者の世界でも、医療経済系の学者はかなり増えてきましたし、医療経営の観点からDXの必要性を説かれる先生も多くなっています。しかし、ほとんどは、経済学出身の方なのでデータ分析が中心です。もちろんデータの分析は重要ですが、医者は少ないですね。なので、医療×ビジネスの視点を持てる方はほとんどいません。

これが、IT×ビジネスだと医師の参入があったりしますが、国内でのペインを解決するという視点が強くなり、発想が国内だけに留まりがちです。先進的な薬や医療機器を開発すれば、マーケットはグローバルサイズになります。だからこそ、野心的な医師にチャレンジしていただきたいのです。そういう方には、ぜひビジネススクールで学んでほしいですね。日本における医療DX推進の鍵は、人材づくりにあると言って良いでしょう。」

【取材を終えて】

真野先生への取材を通じて印象的だったのは、「医療は無くなると困る」という極めてシンプルな前提でした。理念としての平等医療を守るためにも、経済や経営の視点からの再設計が不可欠であるという指摘は重いと思います。DXは流行語ではなく、生き残りのための手段だという現実が浮き彫りになった気がします。同時に、日本医療には技術も人材も潜在力もあります。足りないのは挑戦への覚悟かもしれません。医療×ビジネスという視座が広がることで、新たな可能性が開かれることを期待し、引き続き医療DXの進展に注目していきたいと思います。

(DXportal®編集部)

真野 俊樹氏(医師/中央大学大学院教授/多摩大学大学院MBA特任教授)

真野 俊樹氏7

1987年名古屋大学医学部卒業。医師、医学博士、経済学博士、総合内科専門医、日本医師会認定産業医、MBA。臨床医、製薬企業のマネジメントを経て、中央大学大学院戦略経営研究科教授、多摩大学大学院特任教授、東京医療保健大学大学院客員教授、JA共済総研客員研究員、医療機器産業研究所客員研究員、公益法人日本生産性本部日本版医療MB賞クオリティクラブ(JHQC)エバンジェリスト、北大ベンチャーミルウス監査役などを務める。

日本の医療、くらべてみたら10勝5敗3分けで世界一(講談社+α新書)

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