早稲田大学・鷲崎弘宜教授が語る「Be DX」という発想【有識者に聞く⑦】

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早稲田大学 基幹理工学部 情報理工学科 教授 鷲崎 弘宜氏

早稲田大学 基幹理工学部 情報理工学科 教授 鷲崎 弘宜氏

DX(デジタルトランスフォーメーション)に取り組む企業は増えました。しかし、その成果を実感できている企業はどれほどあるでしょうか。「取り組んだつもり」で止まり、効果を測れないまま次の一手を見失う。そんな停滞感を抱える経営者やDX推進担当者は多いはずです。

この問いに正面から向き合うのが、早稲田大学 基幹理工学部教授であり、AIソフトウェア工学の研究者、IoT/AI・DX人材育成プログラム「スマートエスイー」の責任者を務める鷲崎弘宜氏(以下、鷲崎氏)です。鷲崎氏が提唱するのは「Do DX」ではなく「Be DX」という考え方。あるべき姿を描き、そこから逆算して変革を進める発想です。鷲崎氏の言葉を通じて、自社のDXが何のためのものかを問い直すヒントを見つけ出してください。

【本記事の要点】

  • 日本企業はDXに「取り組んだつもり」で止まり、効果を測れず約2割が「わからない」と答える状況にあり、DXすること自体が目的化している点が問題だと鷲崎氏は指摘する
  • 鷲崎氏が提唱するのは「Do DX」ではなく「Be DX」、すなわちあるべき状態を描き、そこから逆算するゴール指向の発想である
  • DXを機能させるには、あるべき姿から逆算するバックキャスティングと、五年後から四半期まで目標をつなぐ「目標連鎖」の両輪が欠かせない
  • DX人材はIT人材とは別物であり、ゴール指向で企画を立て、周囲を巻き込み、自ら主体的に動ける「自分事化」の姿勢が問われる
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DXが成果につながらない本当の理由とは

まず、鷲崎先生のご専門分野について教えてください。

鷲崎氏

早稲田大学 基幹理工学部 情報理工学科 教授 鷲崎 弘宜氏2

「一言で申し上げると『AIソフトウェア工学』です。AIとソフトウェア工学の接点・融合領域を研究しています。AIを活用してソフトウェア開発や運用を効率化・高度化する研究と、AIシステムそのものを高品質かつ高信頼に開発・運用する研究の両方に取り組んでいます。加えて、研究成果を社会に実装することも重要だと考えており、多くの企業との共同研究や人材育成にも力を入れています。研究と教育、そして社会実装を循環させながら価値を生み出すことが現在のテーマです。」

日本企業のDXの現状について、どのようにお考えですか。課題と感じるところはありますか。

鷲崎氏

「様々なデータからも見えていることですが、企業としては『取り組んだ』あるいは『取り組んでいるつもり』になっている一方で、実際にその効果や有効性を目に見える形できちんと把握できていない、というのが現状だと思います。

例えば、IPAの調査によれば、DXへの取り組み状況自体は米国やドイツと大きな差はありません。ところが『効果が出ている』という回答の割合になると途端に限られてくる。さらに深刻なのは、『わからない』という回答が約2割あったことです。米国ではあり得ない回答です。効果が出ていないなら出ていないで、目標に照らして評価し、改善や軌道修正をすればいい。それはビジネスとして普通のことです。しかし、『わからない』というのは、目標や評価方法を明確に定めないまま、『DXすること』自体が目的化してしまっているということです。これは本当に問題だと思います。

DXはあくまでも手段であって、取り組むこと自体がゴールではありません。ビジネスモデルやプロセスを変革し、顧客への価値を創出し、競争優位に立てている状態。それが本来のゴールのはずです。その達成に向けて測定・評価できる目標を設定し、そのためにどんなデジタル技術をどう使うかを考える。その結果をきちんと評価し、変えていく。そういう当たり前のことを、改めてしっかりやっていくことが大切です。」

DXは手段にすぎない。まずは、目的を明確にすべき

以前「DX推進を成功させる秘訣はDXをしないことだ」と発言されていましたが、それも今のお話につながりますか。

鷲崎氏

「あえて印象に残るような言い方をしたわけですが、『なんとなく流行っているからうちもそろそろDXを始めようか』という姿勢への警鐘です。ちょっとやってみて、よくわからないとなると、『まあこんなものか」で終わってしまう。その危機感が非常に強いからこそ、教育プログラムでも口を酸っぱくして『きちんと目標・目的を掲げて取り組む』という当たり前のことを伝えています。

日本はどうしても『ゴール指向に基づく思考』がうまくできていないように感じます。何かをすること、それを真面目に丁寧にやること、さらに改善していくことは非常に得意です。ただ、『そもそも何のために』『どういう状態でありたいのか』というゴールをきちんと描き、共有し、そこに向けてマネジメントしていく、という部分が弱いのではないでしょうか。

逆に言えば、DXがうまくいっているところに共通しているのは、『DXをしよう』と掲げたわけではなく、『自分たちはどうあるべきか』を実直に追い求めてきた結果、気づけばそれがDXと呼ばれるものだった、ということです。『Do DX』ではなく『Be DX』とでも言いましょうか。アジャイル開発と同じで、『アジャイルをする』ことが目的ではなく、柔軟で俊敏な組織の状態であることが本来の姿であり、そこに向かうための実践があるわけです。ゴールとはやはり『状態』なのです。」

フォアキャスティングとバックキャスティングの両軸で考える

ゴールを「状態」として捉えるからこそ、現在の延長で考えるだけでは足りないわけですね。先生はDXを、フォアキャスティング(現状から積み上げる発想)とバックキャスティング(あるべき姿から逆算する発想)の両軸で考える必要があると指摘されています。この両軸は、具体的にどう使い分けるべきなのでしょうか。 

鷲崎氏

「特に長期的な視点では、バックキャスティングが不可欠です。『今のプロセスをもう少しデジタル化したら、もっと効率化できるのでは』という発想は着手しやすいですし、それはそれでDXの一形態ではあります。ただ、それはあくまでも現在の延長としての未来の描き方です。

本来は『五年後・十年後に自分たちはどうありたいのか、社会とどう関わっていたいのか』を描いたうえで、そこからバックキャスティングして『その前の段階では何が必要か』『そのために今何をすべきか』と考えていくべきです。

一方で、ビジョンを描いただけでは不十分です。それを組織として実際に歩んでいくためには、五年→三年→二年→一年→四半期と、時間軸でも組織の各部署でも目標をきちんと連鎖させていくことが必要です。私たちはこれを『目標連鎖』と呼んでいます。バックキャスティングで描いた姿と、足元で何ができるかをきちんとすり合わせ、整合させていく。その両方が揃って初めてDXは機能すると思います。」

DX人材=IT人材ではない。必要な条件とは何か

目標連鎖でゴールと足元をつなぐ重要性がよくわかりました。一方で、まずは小さく始めるべきだという「スモールスタート」の考え方もよく聞かれます。先生はこの点をどうご覧になっていますか。

鷲崎氏

「スモールスタート自体は悪くありませんが、私はその結果として『DX貧乏』になっている企業を数多く見てきました。PoCを実施して終わる、成果が見えないまま次のPoCに移る。その繰り返しです。もちろん試行錯誤は必要ですが、本気で変革する意思がなければ成果にはつながりません。DXは短期で回収できる投資ではなく、中長期の変革活動です。経営層が覚悟を持ち、予算と体制を整えることが重要です。」

DX人材の育成が叫ばれています。どんな課題があるとお考えですか。

鷲崎氏

「悲しいことに、日本では『人材育成が必要だ』と言いながら、『でも教育予算は限られている』となりがちです。米国などは、むしろ今こそ予算を増やさなくてどうするのか、という姿勢です。DXは技術を導入したり、外部に委託したりすればうまくいくというものではありません。一人ひとりがきちんとしたマインドを持ち、技術への手触り感を養い、意思決定に向けた判断ができるようになることが大切なのです。それによって初めて、組織として芯の通った展開ができます。ですから今こそ、単なるIT人材ではなく『DX人材』の育成に、経営層やCTOが本気で予算をつけることが必要だと思います。」

DX推進に向けて、どのような人材を育てればよいのでしょうか。

鷲崎氏

「いくつかの側面がありますが、まずデジタルに強いことは必要条件ではあっても、十分条件ではありません。IT人材とDX人材は別物です。IT人材とは、システムの実装や運用ができる、IT全般に詳しい人材です。それは当然必要なスキルですが、それだけでは十分ではないのです。

では、何が足りないかというと、まずゴール指向に基づく思考で筋道立てて企画を立て、経営陣を説得し、推進できる力です。そしてもう一つ、事業部門やIT部門といった周囲を巻き込んでいく力が不可欠です。上司・同僚・パートナーと丁寧にコミュニケーションをとり、『この目標に向けて、こういう施策で進めます』と説明し、動かしていく。そこにはリーダーシップも必要です。

IT人材は正直、受け身でも成り立ちます。『こうしてほしい』と言われたら対応する、そういう受け身のIT人材が多かったのではないでしょうか。一方DX人材は、目標に照らして『今こういう問題がある、ではどう解決するか』を自ら主体的に考え、提案し、推進できる人材でなければなりません。自分から能動的に動ける人材かどうか、そこが大きな違いです。」

受け身ではなく、自ら問題を見つけて動ける。いわば『自分事化』が問われるということですね。この姿勢は、変化の速い時代にこそ効いてきそうです。

鷲崎氏

「まさにその通りです。他人事では変革は起こせません。本来どうあるべきかを自分で考え、行動につなげることが重要です。AIや市場環境は常に変化しています。その変化を前向きに受け止め、学び続けられる人材こそDX人材だと思います。」

DXportal®編集部

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