「DXは手段でしかない」現場と組織を動かす変革のリアル|日本政策金融公庫【DX推進企業のキセキ⑤】

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株式会社日本政策金融公庫 DX・業務改革推進室室長 戸崎 泰史氏/国民生活事業本部南九州地区統轄室室長 濵﨑 将一氏

株式会社日本政策金融公庫 DX・業務改革推進室室長 戸崎 泰史氏 国民生活事業本部南九州地区統轄室室長 濵﨑 将一氏
  • 新しいシステムを導入したものの、現場がなかなか動かない
  • 目の前の業務は回っているからこそ、「なぜ今のやり方を変えるのか」という問いに答えきれない

組織の規模が大きいほど、DX(デジタルトランスフォーメーション)はこうした壁に直面します。

この難題に、政府系金融機関という立場から向き合うのが日本政策金融公庫です。同公庫は、国の中小企業・小規模事業者政策や農林漁業政策等に基づき、法律や予算で決められた範囲で金融機能を担っています。そのDXは、単なるデジタル化ではなく「有事でも機能し続ける組織」を実現するための基盤整備として進められてきました。

今回は、特にコロナ禍を契機に加速した変革は、理想と現実の狭間で何を模索してきたのかなど、DX・業務改革推進室室長の戸崎泰史氏(以下、戸崎氏)と、国民生活事業本部南九州地区統轄室室長の濵﨑将一氏(以下、濵﨑氏)への取材から、大規模組織が変革を前に進めるための実践知を読み解きます。

【本記事の要点】

  • 日本政策金融公庫のDXは、デジタル導入自体を目的とせず、「有事でも機能し続ける組織」の実現と顧客価値の最大化という軸に貫かれている
  • DXが本格的に加速した契機はコロナ禍にあり、来店数が前年の20倍近くに達した経験が、有事でも機能する体制づくりへの危機感につながった
  • 内部DXの本質は、煩雑な事務作業から人を解放し、対話でしか得られない価値など「人にしかできない業務」に集中できる環境をつくることにある
  • 大規模組織ならではの難所は、現場が「今困っていないからこそ変革に踏み出しにくい」点にあり、本部と現場の双方向の連携が変革を成果へつなぐ鍵となる
  • 人材育成ではデジタル技術の習得よりも「変革とは何か」という思考を重視しており、DXはスキルではなく変革のための手段だと位置づけられている
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「民業補完」を担う政府系金融機関、そのDX組織の全体像

日本政策金融公庫の事業概要について教えてください。

戸崎氏

業務改革推進室室長 戸崎 泰史氏1

「当公庫は政府系金融機関として、『一般の金融機関が行う金融を補完すること』、いわゆる『民業』補完を旨としつつ、日本の中小企業・小規模事業者や農林漁業者等の資金調達において重要な役割を担っています。」

民業補完という大きな使命を担う組織だからこそ、その変革を支える部署の存在は気になるところです。DX・業務改革推進室は、どのような役割を担っているのでしょうか。

戸崎氏

「DX・業務改革推進室は2024年に設立され、前身はデジタル戦略室で組織再編を経て現在の形になっています。コロナ禍を契機に、業務の変革も目指す体制へと進化してきたと言えます。

当公庫におけるDXには大きく2つの側面があります。一つは『お客様DXを支援する』、もう一つは『社内のDXを推進する』です。当室は主に後者、つまり内部でデジタル技術を活用した業務改革を担っています。業務効率化や働き方の見直しを通じて、組織全体の生産性向上を目指しています。」

メンバー構成について教えてください。

戸崎氏

「業務部門出身者と情報システム部門出身者が半々の構成です。業務を理解している人と、システムを理解している人の両方がいないと、最適な方向性は設計できません。そのため、両者が一体となって検討を進めています。」

業務とシステム、両方を理解するメンバーで構成されているわけですね。そうすると、いわゆる情報システム部門(IT部門)とは役割がどう異なるのでしょうか。

戸崎氏

「業務側の要望にすべて対応する形でシステムを構築すると、肥大化・複雑化を招きます。そこで私たちの部署は、業務自体を見直したうえで必要な機能を定義し、『どのようなシステムを作るべきか』をIT部門に伝える役割を担っています。」

金融DXの本質は「人が価値業務に集中できる環境づくり」

金融DXの本質をどのように捉えていますか。

戸崎氏 

「対外的には、DX等により生産性向上に取り組むお客様を支援することが本質だと思います。一方、内部的には煩雑な事務作業から解放されることで業務を効率化し、お客様支援に充てる時間を創出することが重要です。つまり、『人が本来やるべき、人でしかできない価値の高い業務に集中できる環境をつくること』がDXの本質だと考えています。」

人が価値の高い業務に集中できる環境づくりが、DXの本質だというお話は示唆に富みます。その背景にある金融業界全体の変化を、戸崎さんはどうご覧になっていますか。

戸崎氏

「近年はネット系金融機関の存在感が大きくなっています。例えば、オンライン銀行が信用保証付き融資を開始するなど、従来とは大きく様相が変わってきています。また、デジタルに慣れた若い世代の経営者を中心に、オンラインでの取引が当たり前になってきており、こうした変化に対応していく必要があります。

一方で、デジタルに慣れていない高齢の利用者も多くいらっしゃるため、すべてをデジタルに振り切ることはできません。すべてのお客様に対応できる体制を維持しながら、デジタル化を進めていく必要があります。」

貴公庫にてDXが加速した要因は何だったのでしょうか。

戸崎氏

「最大の転機はコロナ禍にあったと思います。例えば、当時、私が支店長を務めていた拠点では、来店数が前年の20倍近くまで増加しました。紙べースによるご相談書類を多数お預かりしていたため、その対応に多大な労力を要し、システムにも大きな負荷がかかりました。この経験から、弊社では有事でも機能する体制の必要性を強く認識することとなりました。

その後、インターネット申込システムの整備や電子契約の導入など、デジタル化が一気に進みました。DXの議論自体は以前からありましたが、本格的に加速したのはコロナ以降です。」

「DXが流行りだから取り組んでいる」のではない、ということですね。

戸崎氏

「コロナという大きな出来事をきっかけに、『このままではいけない』という危機感から取り組んでいます。政府系金融機関として、有事でも機能を維持する責任があるため、DXはその基盤整備という位置づけです。」

DXとセーフティネット機能の関係について、もう少し教えてください。

戸崎氏

「当公庫の使命は、有事・平時を問わずセーフティネット機能を発揮することです。そのためには、危機に対応できる安定したシステム基盤とデジタルチャネルが不可欠です。DXはあくまで手段であり、この使命を実現するために推進しています。」

アフターコロナの現在、DXによって解決したい経営課題は何でしょうか。

戸崎氏

「対外的なデジタル化、例えばインターネット申込や電子契約といった領域は一定程度整備が進みました。しかし現在の大きな課題は、将来にわたり安定稼働していくために、それらを支える老朽化・複雑化した基盤システムをどの様に刷新をしていくかが重要なテーマになっています。

システムを刷新していく際には、業務そのものの見直しは不可欠です。現在の業務に合わせてシステムを作っていけば肥大化しますし、逆にシステムに業務を合わせるとこれまでと仕事の進め方は変わりますので負担がかかります。そのバランスをどう取るかが、現在まさに検討しているポイントです。」

DX推進によるメリットをどのように見込んでいますか。

戸崎氏

「正直なところ、即効性のある効果があれば良いのですが、なかなか即効性を期待することは難しいと考えています。教育と同じで、効果は徐々に現れるものです。もちろん、対外的にはこれまで導入した電子申込や電子契約について、お客様から利便性向上の声をいただいているのも事実です。

今後は社内の業務効率化につなげるため、社内ルールや業務プロセスに踏み込むことになりますので、より難易度が高くなりますが、将来にわたり危機に対応し、お客様の期待に応えていくため、しっかりと変革を進めていきたいと考えています。

ただ、現状でも業務は回っているため、『なぜ変える必要があるのか』という問いに対する納得感を得ることは、しっかりと説明していく必要があると考えています。」

レガシー刷新と現場の抵抗:DX推進のリアルな壁

具体的にはどのような施策に取り組んでいますか。

戸崎氏

「大きなテーマは、複雑化したシステムの簡素化です。長年の運用でシステムが肥大化しているため、業務を見直しながら必要な機能に絞り込んでいきます。

例えば、環境の変化によって業務の中で利用頻度の低い機能を削減し、主要な機能に集中できるようにするなど、まず、業務を最適化する取り組みを進めています。」

現場に納得してもらうために、どのような取り組みをされていますか。

戸崎氏

「今後は、新システムの効率化の効果などを示しつつ、一つひとつの不安を丁寧に解消していく必要があると考えています。」

濵﨑氏

国民生活事業本部南九州地区統轄室室長 濵﨑 将一氏1

「本部と現場の双方向の連携が重要です。本部は変革を設計し、現場はそれを実践した上でパフォーマンスにつなげる役割を担います。また、地域ごとに求められる価値は異なるため、それぞれの現場から『どのような成果が生まれるのか』を発信していくことも重要だと考えています。」

本部が変革を設計し、現場が成果につなげる、その双方向の連携がカギになるわけですね。実際のところ、現場の温度感は今どのような状況なのでしょうか。

戸崎氏

「新しいシステムの導入は検討途上にありますので、多くの職員に実感を持ってもらうための説明にはまだまだ時間がかかる状況で、現場の温度感はこれから感じることになると考えています。」

濵﨑氏

「現場はオペレーションの維持を重視します。一方で、お客様の課題はますます複雑化しており、従来のやり方だけでは対応が難しくなっています。そのため、内部DXによって生み出したリソースを、お客様との対話や課題解決に振り向けることが重要です。

ただし、業務のやり方を変えることには抵抗があります。『今うまくいっているのに、なぜ変えるのか』という意識が強く、DXの成果につながるイメージを持ってもらうのが難しい点が課題です。」

変革への抵抗感という、大規模組織ならではの難しさが見えてきました。加えて、複数の事業を抱える点も影響していそうです。事業ごとの違いは、DXにどのような影響を与えているのでしょうか。

戸崎氏

「確かに、当公庫には異なる特性を持つ複数の事業があり、顧客層や業務内容が大きく異なります。例えば、顧客数が2百万規模の事業もあれば、数万規模の事業もあります。この違いにより、システム設計や業務プロセスに大きく差異が生じる部分もあれば、大きな差異が生じない部分もありますので、共通化できる部分と個別最適が必要な部分を切り分けて対応しています。」

どのようにバランスを取っているのでしょうか。

戸崎氏

「例えば、顧客情報の管理やお客様情報の変更などは共通業務として統一していけると考えています。一方で、融資審査のプロセスなどは事業の特性に応じて、無理に統一せず個別対応としています。このように、共通化できる領域を見極めながら進めています。」

DX推進において特にこだわっているポイントはどこでしょうか。

戸崎氏

「事業ごとの違いへの対応はもちろん重要ですが、それに加えて、長年の業務慣行を現代の金融を取り巻く環境にどう適応させるかも大きなポイントです。例えば、紙ベースの手続きが依然として残っていますが、現在はネットを中心としたやり取りが主流になっていますので、そうした世の中の流れに合わせて業務を変えていく必要があります。」

現在までに、もたらされた成果や事例について教えてください。

戸崎氏

「現在はまだ検討段階の取り組みも多く、詳細をお話しできる内容は限られますが、全体としては、新システム構築に必要となる業務要件を固めるための最終調整を進めている段階にあります。

大規模なDXは短期間で完成するものではなく、開発の期間も長くかかります。私自身、全システムが完成した姿を見ることができないと考えています。それでも、将来のために基盤を整備することが重要だと思っています。」

実際にどのようなデジタル化が進んでいますか。

戸崎氏

「例えば、これまで電話や窓口で対応していた各種手続きについて、現在ではオンラインで請求や申込ができるようになっています。また、社内においては、全職員が生成AIを利活用できる環境を整え、資料作成等での活用をはじめました。生成AIを活用したマニュアルのチャットボットの導入で、担当部署への問い合わせが減少したといった効果も出てきています。」

DXportal®編集部

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