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応用地質株式会社 執行役員 DX推進本部長 CDO/CISO 松井 恭氏

インフラ整備や防災、環境分野を支える地質調査業界は、「見えない地中」と向き合う不確実性の高い事業領域です。そのトップランナーとして、応用地質株式会社はデータ活用とデジタル技術を武器にDXを推進し、新たな価値創出に挑んでいます。
今回は同社のDX推進本部長である松井恭氏(以下:松井氏)に、段階的なDXの進め方や文化変革の苦労、そして成功のポイントについて伺いました。現場起点と経営視点を融合させながら進化を続ける同社のDXに対する取り組みは、多くの企業に示唆を与えるものとなるはずです。
【本記事の要点】
- DXは「デジタイゼーション」「デジタライゼーション」「トランスフォーメーション」という段階を踏むことが前提であり、その順序を飛ばしてAIや先端技術に手を出しても期待する成果は得られない
- 暗黙知に依存した「個人の技術を重視する文化」と「仕組み化を進める文化」のせめぎ合いは多くの企業が直面する共通課題であり、小さな成功体験の積み重ねと丁寧なコミュニケーションがその突破口になる
- 現場起点の要望を拾い続けるだけでは収拾がつかなくなる。経営視点で全体設計を描き直し、現場とのフィット&ギャップを繰り返すアプローチが、DXを実効性あるものにする
- 失敗したプロジェクトから得た知見や基盤が後の新事業へつながった応用地質の事例は、「DXに魔法はない」という現実と、地道な積み重ねが持つ真の価値を示している
社会インフラと災害対応を支える地質調査の役割とDXの必然性
まずは、応用地質株式会社様の事業概要を教えてください。
松井氏

「当社の事業は、大きく言うと『スマートな社会インフラの整備』や『自然災害の被害軽減』『レジリエントなまちづくり』などの実現に向けた取り組みを行っています。加えて、『脱炭素社会』や『持続可能な循環型社会の形成』、さらには『豊かな自然共生社会の実現』といった社会課題の解決に向けてさまざまな技術で貢献しています。
事業は大きく3つのセグメントに分かれています。1つ目が『防災・インフラセグメント』、2つ目が『環境・エネルギーセグメント』、3つ目が『国際セグメント』です。
防災・インフラセグメントでは、地震や火山、津波、大雨による土砂災害などに対して、事前の防災対策から発災後の調査までを手掛けています。また、インフラ整備や老朽化にともなう調査やサービスも提供しています。少しユニークな取り組みとしては、文化財保全と活用に向けた調査・コンサルティングなども行っています。
環境・エネルギーセグメントでは、災害時に発生する廃棄物の処理に関する事前計画の策定や処理支援、開発に伴う環境影響の低減、生物多様性の保全に関する調査などを行っています。また、土壌や地下水汚染といった環境リスクの調査にも取り組んでいます。さらに、近年では洋上風力発電に関連する海底地盤調査が大きな柱となっており、高度な技術力を活かして事業を展開しています。
国際セグメントについては、海外に展開するグループ会社が保有する高度な技術を活用し、地盤調査用のセンサーなどを開発・販売しています。例えば、地盤の密度をリアルタイムで測定できるセンサーを建設機械に搭載するなど、新しい技術の実用化も進めています。」
つまり、インフラ整備の最上流で「見えない地中」を扱うのですね。その業界においてDXが重要とされるのはなぜですか
松井氏
「地質調査業界は一般的にはあまり認知されていませんが、実はインフラ整備の最初の段階で必ず関わる重要な役割を担っています。建設予定地の地盤が適しているかどうかを判断したり、必要に応じて改良提案を行ったりするため、あらゆる社会基盤の土台を支えていると言えます。
この業界においてDXが重要とされる理由は、『見えないものを扱う』『不確実性と闘う』という特性にあります。地中の状況は直接確認できないため、不確実性が常につきまといます。そのため、より多くのデータを収集し、分析し、可視化することが非常に重要になります。
具体的には、膨大なデータのリアルタイム収集やデータベース化、情報の可視化、分析やシミュレーションの高速化などが求められます。また、複数の部門間での情報共有の円滑化や意思決定の迅速化も欠かせません。こうした取り組みを通じて、不確実性をできるだけ低減し、より精度の高い判断を行うことが可能になります。
さらに、デジタル技術を活用することで、新たな知見の創出や方式・方法の高度化が進み、結果として新しい事業や価値の創出にもつながっていきます。」
デジタイゼーションから変革へ:段階的DX推進の重要性

DX推進を段階的に進めてきたとのことですが、その背景を教えてください。
松井氏
「DXは一足飛びに実現できるものではありません。一般的に『デジタイゼーション(利用データのデジタル化)』『デジタライゼーション(プロセスのデジタル化)』『トランスフォーメーション(新しいビジネス・価値の創造)』という段階を踏む必要があります。
まずは、現状の業務プロセスやデータの棚卸しを行い、紙ベースの情報などをデジタル化することから始めます。次に、データの一元管理やプロセスのデジタル化を進めていきます。ここまでがいわゆるデジタライゼーションの段階です。
ただし、これだけでは本来のDXとは言えません。本質はその先にあり、業務プロセスそのものを変革し、新しい価値を生み出していくことが求められます。この段階に至って初めて『トランスフォーメーション』と言えるのです。
テーマごとにスタート地点が異なるため、すべてが同じ進み方をするわけではありませんが、いずれにしてもこの段階を踏むことが重要です。特にプロセスの継続的改善・変革や新たなビジネス・価値創出のフェーズはハードルが高く、当社としてもまだ道半ばという認識です。」
段階を飛ばさない、という地味だが本質的な決定が、後々の成功を決めるのですね。では、この段階的アプローチの重要性を、実際のプロジェクトでどのように実感されたのでしょう。具体的な事例を教えてください。
松井氏
「例えば、社内の稟議プロセスのデジタル化があります。従来はメールにExcelを添付して回すような非効率な運用をしていましたが、様々なワークフローをユーザが定義しデジタル化できるシステムを導入しました。
ただし、システムを入れればすぐに効率化するわけではありません。その前に、『何のために』『どのようなプロセスで』運用するのかが整理されていなければ、結局使われない仕組みになってしまいます。
実際に、システム導入後に社内のプロセスそのものに課題が見えた部分も多々あり、改めて前段の整理の重要性を強く認識しました。DXにおいてはツール導入が目的ではなく、その前提となる業務設計こそが重要だということです。
そのため、社内に対しても『必ず段階を踏むこと』の重要性を繰り返し伝えてきました。これを飛ばしてAIなどの先端技術に手を出しても、期待する成果は得られないと考えています。」
ICT活用から始まったDXの歩みと組織変革の軌跡
御社のDX推進は、いつどのようにスタートしたのでしょうか。
松井氏

「組織的な取組は2017年4月で、『情報企画室』という組織が立ち上がったタイミングです。この構想を主導したのは前社長で、『ICTを活用して業務スタイルを変えていく必要がある』という強い危機感が背景にありました。
当時は、調査やコンサルティングを人手や職人技に頼る部分が大きく、このままでは事業拡大に限界があるという認識でした。そのため、外部からICTに強い人材を登用する必要があると判断し、グループ会社のトップである天野(現・社長)を取締役・情報企画室長として迎え入れたのが始まりです。私はその後、同年9月にIT関連の会社より中途で入社しました。」
なるほど。経営トップの危機感と外部人材の登用が出発点だったわけですね。では、本格的にDXとして動き出したのはいつ頃から、そしてどのような形で進められたのでしょうか。
松井氏
「実際にDXを意識した取り組みが始まったのは2018年からです。2017年時点では、社内に『DX』という言葉もほとんど浸透しておらず、取り組みの中心は現場の効率化でした。
例えば、現場から社内システムにアクセスできるようにするなど、リモート環境の整備が主なテーマでした。これは当時としては地道な改善でしたが、その後のコロナ禍において非常に大きな効果を発揮しました。多くの企業が対応に苦労する中で、当社は比較的スムーズにリモートワークへ移行できたのです。
このように、当初はDX推進というよりも『ICTの積極活用』という位置づけで、基盤整備から着手していました。」
つまり、当初は「DX」ではなく「ICT活用」という、より実践的な表現で進めてきた。そして地道な基盤整備が、実は大きな経営価値を持っていたということですね。では、当初から松井さんたちが目指していたのは、「ビジネスモデルの変革」だったのでしょうか。
松井氏
「いいえ、スタート時点ではそこまでの発想はありませんでした。最初の目的は非常にシンプルで、アナログ中心でマンパワー頼りが多い業務にICTを活用し、『精度・スピード・生産性を向上させる』ことでした。
当時はDXという概念自体が社内で共有されておらず、まずは業務のデジタル化、いわゆるデジタライゼーションの段階に取り組んでいたと言えます。現在ではこの段階もDXと呼ばれることがありますが、本来の意味ではその前段階にあたります。」
当時はDXという言葉自体も浸透していなかったですからね。
松井氏
「そうですね。2017年から2018年頃は、DXという言葉を理解している人はごく一部でした。社内でも『ICT活用』という表現が中心で、DXという言葉が公式に使われることはほとんどありませんでした。
また、例えばPOC(概念実証)など、現在では当たり前のように使われている用語も共通言語ではなかった状況でしたので、まずは基本的な考え方から認識合わせをしていく必要があったというのが実情です。」
そこからどのように発展していったのでしょうか。
松井氏
「生産性向上だけでは売上が飛躍的に伸びるわけではありません。そこで次のステップとして、『新しい価値をどう生み出すか』という視点が徐々に重要になってきました。
新たなサービスや付加価値を創出し、それをビジネスとして展開していくことで、初めて事業の拡大につながります。こうした発想が社内でも少しずつ広がり、ようやくDXの本質に近づいてきたと感じています。」
執筆者
DXportal®運営チーム
DXportal®編集部
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