早稲田大学・鷲崎弘宜教授が語る「Be DX」という発想【有識者に聞く⑦】

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未来を実装する人材育成を目指すスマートエスイー

鷲崎先生が責任者を務められている「スマートエスイー」について、改めてご紹介いただけますか。

鷲崎氏

早稲田大学 基幹理工学部 情報理工学科 教授 鷲崎 弘宜氏3

「『スマートエスイー』は、一言で申し上げると『IoT/AI・DXのビジネススクールを作りたい』という思いで始めた教育プログラムです。立ち上げは2018年で、来年でちょうど10年目を迎えます。

『大学がなぜ(ビジネススクールを)やるのか』とよく聞かれますが、大学には先端技術の研究と、体系立てた学びを構築するという強みがあります。一方で、産業界だからこそわかる『教科書にはこうあるけれど、実際にはここが大事』という実践知もあります。ですから、『産学連携でやろう』ということで、多くの企業・大学・業界団体と連携し、社会人の方々にIoT・AI・DXを体系的に学ぶ機会を提供しています。

元々は早稲田大学が代表機関として、文部科学省『enPiT-Pro』の人材育成拠点形成事業として採択されたことが出発点です。各大学・企業・業界団体それぞれの得意分野を組み合わせながら、常に内容を進化させてきました。最近では生成AIへの対応を進めており、さらにはエージェントの教育とエージェントによる学習・運営体験の変革についても取り組んでいるところです。」

受講形式はオンラインですか、それとも通学ですか。

鷲崎氏

「基本はオンラインです。社会人の方は忙しいですし、むしろデジタルの仕組みを積極的に活用すべきだという考えから、場所を問わずオンラインのみでも修了できるようにしています。ただ、対面ならではの良さもありますので、チームでの演習や交流の機会、ハイブリッドでの受講も選べるようにしています。遠方からの受講者も実際にいらっしゃいます。

また一部の座学については、広く社会に貢献するという目的と、プログラムを知っていただくという両方の思いから、無料のオンデマンド形式でも提供しています。無料オンデマンドの一科目は英語でも提供していますので、海外からの履修も可能です。」

学びの集大成として、得た知識を「自分の課題に適用する」

スマートエスイーの受講メリットについても教えていただけますか。

鷲崎氏

「まず、IoT/AIコースとDXコース、それぞれの目的に応じたプログラムの中で、実践的な技術とマインドを体系的に学んでいただけることが一つの大きな特長です。AIやビジネスプランニングに関する単発の講座は世の中に数多くありますが、それらをつなぎ合わせて全体像として学べる機会はなかなかありません。修士号・博士号のように2〜3年かけるものでもなく、約半年という期間で集中的かつ体系的・実践的に学べる点が私たちの強みです。

また、各科目は基本的に産学のペアで指導にあたっています。理論・技術的な部分は大学の教員が、現場ならではのリアルな実践知は企業の実務家が担う。その両方が揃って初めて本当の意味での学びになると考えています。

最大の特長は、修了前に『自分の課題に適用する』ところまで取り組んでいただく点です。一般的な研修では、学んだ内容を自組織に展開するのは持ち帰った後になります。そこで初めて『うちの場合はどうすれば?』と壁にぶつかることも少なくありません。ですからスマートエスイーでは、修了前にその壁にぶつかっていただき、マンツーマン指導やゼミ形式のサポートを通じてそこを乗り越えるところまでやっていただいています。おかげさまでこれが大変好評で、受講後に特許出願につながったり、新事業を立ち上げたり、共同研究や大学院進学につながったりと、様々な形で次のステップへと結びついています。」

学びを「ゴール思考」で捉えているということでしょうか。

鷲崎氏

「まさにそうです。知識や技術を学ぶことばかりに目が向きがちですが、それも結局は『ゴール指向に基づく思考』なのですよね。入ってこられる際にしばしば『修了した時にどうありたいですか?その後に組織や自分自身はどうなっていたいですか?』と問いかけています。そのゴールに向かって半年間の学びを組み立てていただく。履修証明やDXゼミもその一環であり、すべてがそのゴールへ向かうプロセスです。」

受講のメリットとして、ネットワーク形成もありますか。

鷲崎氏

「MBAやビジネススクールと同様に、同じ志を持つ仲間とのネットワークは非常に大きな財産になります。大変な学びを個人で、あるいはチームで励まし合いながら乗り越えた仲間とのつながりは、大げさに言えば一生ものです。」

印象的な修了生の研究事例をお聞かせください。

鷲崎氏

「介護施設における『おむつゼロ』を目指した事例があります。当初は、おむつ交換のために排泄後を検知するセンサー活用の取り組みでした。その後、『本来あるべき姿は何か』という問いに立ち返った結果、利用者がトイレで自然に排泄できる状態を目指す方向へ発想が転換されました。データを活用して排泄タイミングを予測し、事前にトイレへ誘導する仕組みです。効率化ではなく、人の尊厳という価値を起点に考えた好例であり、まさに『Be DX』を体現した取り組みだと思います。」

体験的に学び続けていくマインドが不可欠

最後に、企業経営者やDX実務担当者にメッセージをお願いします。

鷲崎氏

「やはり、『Do DX』ではなく『Be DX』です。DXをすること自体を目的にするのではなく、デジタルを通じて変革し続けられる組織や人材であるというDXな状態であることがゴールです。それに向けたマインドをはぐくみ、具体的な形にする施策や技術の勘所を押さえる。その両方が必要です。

そういったことを体験的に学び、学び続けることが、これからの経営者・ビジネスパーソンには欠かせないと思います。スマートエスイーのような機会はその一つですが、私たちのプログラムだけがすべてではありません。様々な学びの機会を積極的に活用していただきたいと思います。

そして何より、すべてのビジネスパーソンが『Be DX』のマインドを持つことが大切です。『DXに取り組んでみたが効果がわからない』『効果が得られていない』という状況を、少しでも変えていく。その変革を産学連携で皆さんとともにリードしていきたい、というのが私たちの思いです。」

【取材を終えて】

DXが広く浸透した今だからこそ、「なぜDXを行うのか」という原点が改めて問われています。鷲崎氏が繰り返し説いたのは、DXを目的にしないという姿勢でした。企業や組織がどのような価値を提供し、どのような状態を目指すのか。その絵を描けて初めて、デジタル技術は力を発揮します。

取材を通じて筆者が感じたのは、「Be DX」とは特別な企業だけの話ではないということです。あるべき姿を問い、そこへ向けて学び続ける。この営みは、規模を問わずどの組織にも開かれています。生成AIが日々進化する今、あなたの会社は何のためにDXを進めるのか。その問いに、まず向き合うことから始めてはいかがでしょうか。 

DXportal®編集部

早稲田大学 基幹理工学部 情報理工学科 教授 鷲崎 弘宜氏

生成AIによるソフトウェア開発
設計からテスト,マネジメントまでをすべて変革するLLM活用の実践体系

2003年早稲田大学大学院理工学研究科情報科学専攻博士後期課程修了、博士(情報科学)。02年同大学助手、04年国立情報学研究所助手。05年総合研究大学院大学助手。07年同研究所助教および同大学助教。08年早稲田大学理工学術院准教授および国立情報学研究所客員准教授。16年早稲田大学教授、国立情報学研究所客員教授。他の活動にIEEE Computer Society(以下、IEEE-CS) 2025 President、ISO/IEC/JTC1 SC7/WG20 Convenor、日本科学技術連盟ソフトウェア品質管理研究会運営委員長、IoT/AI/DXリカレント教育プログラム スマートエスイー(Smart SE)事業責任者ほか。編著に『生成AIによるソフトウェア開発』(オーム社、2025)、『AIプロジェクトマネージャのための機械学習工学』(科学情報出版、2023)ほか多数。訳書に『ゴール&ストラテジ入門: 残念なシステムの無くし方』(オーム社、2015)ほか。

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