サイゼリヤの復活劇「デジタルとアナログの融合」によるDX戦略

サイゼリヤの復活劇「デジタルとアナログの融合」によるDX戦略

コロナ禍において外食産業は大幅な減収・減益を余儀なくされ、その経営は混迷を極めました。2023年は市場全体としては回復基調ではあるものの、物価高騰なども相まって先行きは不透明です。

そんな中、非接触や省人化を目的としたDX(デジタルトランスフォーメーション/以下:DX)に光明を見出す飲食店も多いでしょう。

しかし、業務の一部をデジタルに置き換えるだけではDXは完成しません。特に、飲食業のような「人と人とのふれあい」が大切とされる業界では、むしろデジタルに置き換えないほうがよい業務もあるはずです。

つまり、ポイントは単なる「デジタル化」ではなく、適材適所な「デジタルとアナログの融合」なのです。

そんな「デジタルとアナログの融合」を目指すDX戦略で、近年復活を遂げている企業があります。それが、イタリアンレストランチェーンのサイゼリヤです。

この記事では、サイゼリヤの戦略を分析し、デジタル時代におけるアナログの価値とそれらを融合する可能性について探っていきます。

過去最高利益を更新するサイゼリヤ

過去最高利益を更新するサイゼリヤ

サイゼリヤは、手頃な価格で料理を提供し、幅広い客層から支持を受けています。

そんな人気チェーンも、コロナ禍の影響で2020年8月期からは営業赤字が続いていました。しかし、先ごろ2024年8月期の連結純利益が前期比59%増の82億円となる見通しだと発表しました。

これは、単にコロナ前の水準まで回復したということではありません。2010年8月期の78億円を上回り、14年ぶりの最高記録更新となる数字なのです。この驚異的な成長は、デジタル技術の活用とアナログ手法の融合によってもたらされました。

(参考:Yahoo!ファイナンス/みんかぶ

特に、営業利益の8割を生み出すアジア事業が好調な点が、記録更新を後押ししています。地元の消費者に手ごろな価格で高品質なイタリア料理を提供するスタイルや、積極的な出店戦略が効果を上げています。

一見すると、アジアでの事業拡大がポイントであり、DXとは関係が薄いように思われますが、この成長はデジタル化による効率的な供給チェーン管理とアナログの接客スタイルが相まって実現したものです。

また、新規店舗の開設に際しても、デジタル技術を活用した市場分析と地域に根ざしたアナログのコミュニティ形成が、ブランドの認知度と市場シェア拡大に貢献しています。

海外での好調な事業展開だけでなく、国内市場における赤字からの脱却も、デジタルとアナログの融合による成果と言って良いでしょう。

パンデミック後の消費者行動の変化に対応するため、サイゼリヤはメニューのデジタル化やオンライン注文システムの導入といったデジタルイノベーションを進めてきました。

それと同時に、店舗環境の改善や伝統的な接客スタイルの維持といったアナログの価値を重視した経営戦略を取ってきたのです。

ポイントはやはり、顧客の利便性やコストカットにつながるデジタル化を行いつつ、同時に「食事をする場」としての価値を高めるアナログな接客にも目を向けたことでしょう。

デジタル技術の効果的な活用とアナログ手法の維持・発展に注力することで、サイゼリヤは顧客満足度を高め、業績を向上させることに成功してきたのです。この戦略は、飲食業界におけるデジタルとアナログの融合の模範例と言えるでしょう。

この融合戦略がどのようにサイゼリヤのビジネスモデルに組み込まれているのか、次章以降で具体的に掘り下げていきます。

サイゼリヤの逆行する決断

サイゼリヤの逆行する決断

現代の飲食業界は、デジタル化の波の中で大きく変化しています。コロナ禍がこの変化をさらに加速させました。

チェーン店を中心に、多くのレストランが非接触型サービスやオンライン注文システムなどのデジタル手法を取り入れ、ビジネスモデルの変革を進めてきたのは、レストランを訪れた顧客であってもすぐに気がつく変化でしょう。

つまり、デジタル技術の積極的な導入が飲食業界の大きな流れだったのです。

しかし、サイゼリヤの取った戦略は、その流れに逆行するものでした。

サイゼリヤは、デジタル化の流れに逆らい、アナログ手法を重視する戦略を採用しました。特に注目すべきなのが、手書きの注文用紙を維持したことです。

近年のチェーン系飲食店では、タッチパネル式のタブレットや専用アプリによる注文方式が主流となっています。

一方、サイゼリヤではお客さんが紙のメニューを眺め、テーブルに備え付けられた紙の注文用紙に、手書きでメニューの品番と個数を書き込み、店員に渡すという実にアナログなシステムが採られています。

実際に店舗に訪れた方であれば、この方法を少々面倒だと感じたことがあるかもしれません。

また、テーブルで受け取った用紙を、従業員が1つひとつメニュー名で読み替えながら、その場でハンディターミナルに入力する姿を見て、「非効率的なやり方だな」と感じた方もいるでしょう。

しかし、サイゼリアはタッチパネルなどを導入すれば、この「手間」を削減できると知りながら、あえてこの方法を選びました。

客がメニューをじっくりと眺め、自分のペースで注文することには、デジタルツールでの注文では代替できない価値があると判断したのです。

さらにこの方法を取ることで、客と店員間のコミュニケーションを促進し、よりパーソナライズされたサービスを提供する機会を生み出しています。

このアナログ戦略の背景には、顧客との直接的な関係を大切にするサイゼリヤの哲学があります。

同社は、新型コロナウイルスが猛威を振るっていた2020年7月の時点から、「来店客との接触回数を減らさない」という方針を取ってきました。

デジタル化が進む中で、人と人との繋がりや温もりを重視する伝統的な接客スタイルの維持は、顧客に安心感を与え、チェーン系レストランの中でサイゼリアの独自性を際立たせる要素になっています。

とはいえ、サイゼリヤはデジタル技術がもたらす効率性とコスト削減の利点を無視して、昔ながらのやり方に固執しているわけではありません。むしろ、デジタルイノベーションにも積極的に取り組んでいます。

サイゼリアは、アナログとデジタルのバランスを見極め、両者の長所を最大限に活用し「人と人とのふれあい」を重視することで、サイゼリアならではのサービスを提供しているのです。

サイゼリヤのこの戦略は、コロナ禍という困難な時期においても、顧客からの高い評価を受け続けて来ました。そして、そうした根強い人気があるからこそ、外出や外食の機会が増えたタイミングで一気に驚異的な業績アップに繋がったのです。

このように、サイゼリヤのアナログ手法の維持は、単なる過去への憧憬ではなく、デジタル時代における新たな顧客体験の創出という戦略的な選択であり、業界に新しい視点を提供しているのです。

サイゼリヤが選んだアナログの利点

「DX」という大きな課題に取り組む過程では、多くの企業がどのようなテクノロジーを導入するかばかりに目を向けてしまいがちです。しかし、サイゼリヤは異なるアプローチを取り、デジタル化の流れの中で、アナログの利点に注目しました。

この章では、サイゼリヤがどのようにして伝統的な接客手法を維持し、顧客体験を豊かにしているかを探ります。

伝統的な接客スタイルの維持

先にも述べたように、サイゼリヤは顧客との対面式サービスに重きを置いています。店員と顧客が直接顔を合わせることにより、より個人的で温かい接客体験を提供することを目指した方針です。

この方針は、レストランを「顧客がただ単に食事をするという場所」と捉えるのではなく、「心地よい社交の場」であるという考えを前提にしています。

多くの低価格帯のチェーン店が、対面での接客をそぎ落とすことで効率化を目指す中、サイゼリアはこの伝統的な飲食店の根幹ともいえる考え方にもとづいています。

サイゼリヤでは、この伝統的な接客方針が顧客満足度の向上に大きく寄与しています。

手書き注文用紙の利点

サイゼリヤが、頑なにこだわり続ける手書きの注文用紙。この手法には、いくつかの利点があります。先の記述とも一部重複する部分もありますが、改めてその利点を整理してみましょう。

タッチパネルやスマホでの注文方法は、「いかに効率的にメニューを選べるか」を重視して設計されています。

ただし、入力するだけですぐに注文できる一方で、「メニューをめくりながら、食べたいものを探していく」という自由でゆったりとした体験を得ることは難しくなるでしょう。

一緒に食事をしている人と、メニューを見ながら相談する時間は効率的ではないかもしれませんが、「食事の場」の満足度を高めてくれるのです。

さらに、手書きの注文用紙は誤注文の減少に寄与しています。顧客が自分の選択したメニューを書き留め、店員がそのメニュー名をテーブルで復唱するというダブルチェックをすることで、注文ミスが起こる可能性は最小限になります。

これに対して、タブレット等の場合は、「通信状況が悪く、注文されていなかった」、あるいは客のタップ間違いにより「届いた料理が頼んだ(つもり)のものと違う」などのトラブルが起きることもしばしばあります。

仮に店側に落ち度がなかったとしても、こうしたトラブルが起こってしまっては、顧客の満足度は低下してしまうでしょう。

サービス効率化と顧客満足度の向上

客が紙のメニューから手書き用紙に品番を書き写す。店員がそれを確認・復唱してからオーダー端末に打ち込む。このやり方は温かみのある接客やミスを減らすというメリットがあるとしても、やはり非効率に見えるかもしれません。

しかし、実はこのやり方は全体的に見ると極めて合理的に設計されています。

まず、紙のメニューはタブレット型などと比べて視認性に優れているため、メニューの比較・検討が容易です。

つまり、紙のメニューの方が注文を決めるまでの時間は短くなりやすいのです。

また、客が手書きで注文を整理してから店員を呼ぶため、店員が口頭で注文を取るスタイルと比べると、店員がテーブルに滞留する時間は格段に短くて済みます。

さらに、誤注文の可能性が極めて低くなることは、トラブルを最小限に減らし、全体的なサービスの流れを向上させます。

これらの要素が複合的に作用することで、特に忙しい時間帯における顧客の待ち時間を減少させることができます。スムーズな対応は、顧客満足度が向上するだけでなく、レストラン全体の運営効率を高めることに貢献しているのです。

闇雲にタッチパネルを導入しても、視認性が悪く顧客がメニューを選ぶのに時間がかかったり、店員が操作の説明に時間を取られたり、誤注文などのトラブル対応に追われるようでは、かえって非効率になる危険もあります。

サイゼリアはアナログな手法ながら、見事なまでにシステム化された手法を用いることで、サービス効率化と顧客満足度の向上を両立させているのです。

価格改定による効率化

サイゼリアは、自社が抱える課題解決においても、「デジタル化」だけを頼りにすることはありません。

サイゼリヤでは、同業他社にくらべてキャッシュレス決済の導入が遅れており、その点は課題になっていました(2021年4月に全店に導入完了)。

顧客ニーズを踏まえてキャッシュレス決済の導入には取り組みつつも、同時に会計時の小銭のやり取りによる接触時間を短縮することを目的に極めてアナログな手法を取ります。それが、全メニューの価格改定です。

2020年7月に価格改定を実施し、1円単位の端数をなくす決断をしました。看板メニューの「ミラノ風ドリア」を299円から1円値上げして300円にする。その一方で、169円だったライスは150円に値下げするなど、価格を改定することで、1円、5円、10円硬貨のやりとりを極力減らすための改定を行ったのです。

その結果、小銭のやり取りが従来比60~80%も減少し、会計にかかる時間も30%削減できました。

「会計で待たされた」という状況を減らすことができれば、顧客満足度の向上に繋がりますし、同時に店員がレジにいなければならない時間を減らすことにも繋がります。

この事例は、必ずしも業務の効率化はデジタル化によってだけもたらされるものではなく、それ以外のアナログ的なアプローチでも解決できることを示唆していると言えるでしょう。

サイゼリヤに見るデジタルとアナログの融合

サイゼリヤに見るデジタルとアナログの融合

現代の飲食業界において、DX、あるいはデジタル化は避けられないトレンドです。

しかし、サイゼリヤはこのトレンドに従うのではなく、アナログの良さもしっかりと吟味した上で、デジタルとアナログの要素を巧みに融合させる独自の道を切り拓きました。

この章では、サイゼリヤがいかにしてデジタルの効率性とアナログの温かみをバランス良く融合し、それによって顧客に最適なサービスと印象深い体験を提供しているかを探ります。

現代の飲食業界におけるデジタル化の必要性

デジタル技術は現代の飲食業界において不可欠な要素です。これは、業務プロセスの効率化、コスト削減、顧客体験の向上、コロナ禍で需要が高まった非接触スタイルのビジネスモデル確立など、多方面にわたる利点をもたらすことは間違いありません。

  • オンライン予約システム
  • 自動化された在庫管理
  • データ駆動型のマーケティング戦略
  • タブレットやアプリを利用した注文システム

これらデジタル技術の採用は、業界全体の効率と収益性を大幅に向上させました。

また、デジタル技術は顧客の嗜好や行動パターンを把握するのに役立ちますので、よりパーソナライズされたサービス提供を可能にします。

アナログ手法の適切な統合とバランス

サイゼリヤでは、デジタル技術の効率性とアナログ手法の人間味を巧みに融合させています。

このバランスの取り方は、顧客が最も価値を感じるサービスを提供するカギとなるでしょう。

カスタマーインティマシーの重要性

サイゼリヤは、カスタマーインティマシー、つまり顧客との深い関係構築を重視しています。

これは顧客との直接的なコミュニケーションを通じて信頼関係を築こうとするサイゼリヤの企業ポリシーにもとづくものです。

サイゼリアがこだわるアナログな手法である、店員と顧客が会話する注文方法、手書きのメモやフィードバックシートの設置などは、顧客に「個人として扱われている」と感じさせ、ロイヤルティの向上に繋がる要素と言えるでしょう。

テクノロジーと人間性の共存

サイゼリヤが業績回復した要因には、デジタル技術の利点とアナログの人間性の共存を絶妙なバランスで成功させたことにあると言えるでしょう。

例えば、キッチンの運営効率化にはデジタルツールを利用しつつ、接客では顧客との対話や手書きの注文用紙を維持しています。

デジタル技術は裏方でサポートを提供し、アナログ手法は顧客体験の質を高める役割を担っているのです。

まとめ~サイゼリヤの目指す未来

サイゼリヤは、将来に向けての継続的な成長と革新を目指しています。このために、アナログとデジタルの統合をさらに発展させ、新たな戦略を展開する予定です。

今後の計画には、テクノロジーの進化を活用しつつも、アナログの接客や顧客体験の質を重視するという、その独自性を保ち続ける方針が含まれています。

  • 顧客データを活用したパーソナライズされたサービスの提供
  • デジタルマーケティング戦略の強化
  • サステナビリティやエコフレンドリーな取り組みへの注力

サイゼリヤはこれらの施策を通じて、競争の激しい飲食業界において独自の地位を固め、長期的な成功を実現してきました。

これまで繰り返して述べた通り、サイゼリヤのDX戦略は「来店客との接触回数を減らさない」という企業方針がもとになっています。

例えば、一部の店舗では配膳ロボットを導入しているものの、同業他社のように料理の提供には使用しません。サイゼリアの場合は、退店後の空席の皿やカトラリーの回収等にだけ利用しています。

これは、「熱々の料理などをロボットから取り出し、テーブルに置く作業を顧客に任せるのは危険だ」という安全面への配慮もありますが、その根底にあるのはやはり「客と従業員のふれあい」を重視する考え方です。

どれだけデジタルツールやテクノロジーを利用しているか?という表面的な部分だけを見ると、サイゼリヤはDXに対して消極的・懐疑的なようにも見えてきます。

しかし、そうではありません。

DXありきで方針を決めるのではなく、企業の理念や目標を実現するための手段としてDXを捉えていることがサイゼリアの戦略からは伺えます。

また、トップダウンでデジタルな仕組みを導入しても、現場のオペレーションが整っていなければDXは成功しないということを、サイゼリヤの経営陣がよく分かっていることも見て取れます。

サイゼリヤ代表の堀埜社長の言葉を借りれば、「DXはトップダウンではうまくいかない。まずはアナログトランスフォーメーションを進める。DXはその先にある(引用:ITmedeiaビジネスオンライン)」ということです。

まさに、単なるデジタル化ではなく、真のDXを進めるためのポイントを表した言葉でしょう。

コロナ禍以降、多くの飲食店がDXを推進し、デリバリーやECサイトの運営に重きを置いている流れの中にあって、現在もイートイン型店舗の拡大を続けるサイゼリヤの経営戦略は、まるで時代に逆行しているように見えるかもしれません。

しかし、飲食店という「人と人とのふれあい」を重視することが基本である業態においては、それこそが極めて順当な戦略とは言えないでしょうか。

DX推進に限らず、ビジネスを真っ当に拡大し持続可能な経営を行っていくためには、経営理念や経営哲学、あるいは明確なビジョンが重要となるのです。

サイゼリヤの事例は、そんなDX推進の根幹に則った至極真っ当な戦略です。

サイゼリヤが目指す未来には、外食産業が今後も生き残っていくための大切な示唆が数多く含まれていると言えるでしょう。

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この記事の執筆者

飲食店DXアドバイザー

町田 英伸

自営での店舗運営を含め26年間の飲食業界にてマネージャー職を歴任後、Webライターとして独立。現在はIT系を中心に各種メディアで執筆の傍ら、飲食店のDX導入に関してのアドバイザーとしても活動中。愛車で行くソロキャンプが目下の趣味。

飲食店DXアドバイザー

町田 英伸

自営での店舗運営を含め26年間の飲食業界にてマネージャー職を歴任後、Webライターとして独立。現在はIT系を中心に各種メディアで執筆の傍ら、飲食店のDX導入に関してのアドバイザーとしても活動中。愛車で行くソロキャンプが目下の趣味。

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