暗黙知と標準化の衝突:文化の壁をどう乗り越えたか
「見えない世界を、見逃さない」が御社のビジョンとのことですが、DXの本質とは何だと考えていますか。
松井氏

「本質は、『方式・方法の改善』『新たな知見の創出』『新たな事業や価値の創出』にあると考えています。これは業界を問わず共通するものだと思います。
ただし、組織全体で見ると、まだそこまで到達しているとは言えません。まだまだ途上です。多くのメンバーにとっては、プロセスのデジタル化や効率化の段階が現実的な目標になっています。
その中で、DXを推進する立場としては、この本質を見失わないことが重要だと考えています。単なるデジタル化にとどまらず、そこから新しい価値を生み出すことこそが、DXの本来の目的です。」
つまり「道半ば」である自覚を持ちながら、同時に「本質を見失わない」という大変な責任を担っているわけですね。その中で、推進チームが直面した最大の障壁が「文化のせめぎ合い」だったと伺いました。これは、どのような意味でしょうか。
松井氏
「当社には非常に高度な知見や経験が蓄積されていますが、その多くが個人の経験値や暗黙知として存在していました。つまり、言語化や数式化、抽象化、標準化されていないケースが多かったのです。
一方で、システム化というのは本質的に『仕組み化』です。ただ単にコンピュータやデジタル通信を使うことではありません。標準化されたプロセスをつくることで、生産性や品質を高めていく考え方です。私自身はこれまでそうした世界で仕事をしてきたため、同じ問いに対して人によって答えが異なる状況には大きな違和感がありました。
このように、『個人の技術を重視する文化』と『仕組み化を進める文化』の間にギャップがあり、それがいわゆる“文化のせめぎ合い”として現れていたのだと思います。」
つまり、ベテラン技術者の個人技能が競争力だった企業ほど、『標準化』という改革は、その人たちの存在意義そのものが問われる――そのような根深い抵抗が生まれるということですね。では、応用地質はこの「文化のせめぎ合い」をどのように乗り越えていったのでしょうか。
松井氏
「正面から対立するのではなく、丁寧なコミュニケーションを重ねることが重要でした。相手に理解を求めるだけでなく、まずはこちらが現場を理解する姿勢を持つこと。そして、小さな成功体験を積み重ねていくことです。
『少し便利になった』『前より楽になった』といった実感を持ってもらうことで、徐々に受け入れられるようになっていきました。また、DXの考え方そのものについても、繰り返し発信し続けることが必要でした。」
現場の声を取り入れていく中で、別の課題も浮上したと伺いました。そこについて教えてください。
松井氏
「はい。現場のニーズを拾い上げていくと、『あれもやりたい、これもやりたい』と要望が膨らみ続け、収拾がつかなくなることがありました。すべてを満たそうとすると、結果的に誰にとっても使いにくいものができてしまうという失敗も経験しています。
そこで途中からアプローチを見直し、現場起点だけでなく、企画側で全体設計を描き直し、経営視点でプロセスを再設計するようにしました。その上で現場に戻し、フィット&ギャップを繰り返す形へと進化させています。」
実証と失敗から得た知見が支える現在の価値創出
これまでの取り組みの中で、印象的なプロジェクトはありますか。
松井氏

「初期の取り組みとしては、異業種との協業が挙げられます。例えば、自動車メーカーや通信会社と連携し、それぞれのデータを組み合わせて災害支援に活用する試みを行いました。
結果的にビジネスとしては成立しませんでしたが、この経験を通じて得られた知見や人脈は非常に大きな財産になりました。また、この取り組みの中で構築したIoTセンサデータ収集・分析基盤は、現在、全国規模のネットワークにまで発展し、ハザードマッピングセンサという当社の重要な事業の一つを担っています。」
「失敗した」のではなく、「失敗する過程で得られた知見と基盤が、後の新事業へつながった」ということですね。では、そうした失敗と学習を積み重ねた結果、応用地質は現在どのようなフェーズに入っているのでしょうか。
松井氏
「現在は、個別に開発してきたソリューションをどのように統合し、価値として提供するかがテーマになっています。これまでは個別課題ごとにサービスを提供する形が中心でしたが、それでは顧客にとって分かりにくい側面もあります。
そのため、調査・分析・対策・モニタリングといった一連の流れを『エコシステム』としてプラットフォーム化し、提供する取り組みを進めています。
ここでいうプラットフォームは、必ずしもデジタル技術だけを指すものではありません。提供の仕方や見せ方も含めた“価値の届け方”そのものを変革していくことが重要だと考えており、現在『OYONAVI』という形でブランディングにも力を入れ、サービス全体を体系的に伝える工夫をしています。」
応用地質のDXは、いつのまにか「テクノロジーの統合」から「ビジネスモデルの再定義」へと進化していったのですね。では、その過程で、社内にはどのような変化が起きたのでしょうか。
松井氏
「大きな変化としては、生産性の向上に加え、『新しい価値を生み出そう』という意識が社内に根付いてきたことです。2017年当時と比べると、考え方は大きく変わったと感じています。
また、デジタル技術を活用したさまざまなソリューションが生まれてきたことも成果の一つです。加えて、社内業務のデジタル化、いわゆる“守りのDX”も着実に進めてきました。こちらは地道な取り組みの積み重ねではありますが、非常に重要な取り組みです。」
エコシステム化と連携で拡張する次世代DX戦略
DX推進に向けた今後の構想、新たな挑戦を教えてください。
松井氏
「他社ソリューションとの連携を通じた、既存顧客および市場領域の拡大強化です。自社ソリューションだけでは解決できない課題は数多く存在します。そのため、他社ソリューションとの連携がますます重要になっています。こうした連携により、顧客への提供価値をさらに高めるとともに、市場拡大も狙っていきます。
具体的には『OYONAVI-BCP』の展開です。本ソリューションでは、あらかじめ策定されたBCPマニュアルを行動フローとしてデジタル化し、システムに実装しています。人的要因や各種センサーをトリガーとしてBCPが発動し、担当者には『次に行うべき業務』が自動的に配信されます。また、BCPの実行状況はフロー図として一元管理することが可能です。
当社においても本仕組みを活用していますが、今後はさらに他社ソリューションやセンサーとの連携を進めていきます。加えて、本ソリューションを社内のIT資産運用・監視にも展開し、そこで蓄積した仕組みやノウハウを外販していきたいと考えています。」
応用地質はもう、単なる「自社のDXの成功」で満足しているのではなく、その仕組みやノウハウを市場に提供し、市場全体へ拡張していく段階に入ったというわけですね。
では、最後に、こうした9年間のDX推進を通じて学んだ、DXを成功に導くためのポイントを教えてください。
松井氏
「ソフトウエア開発の世界では『No Silver Bullet』という有名な言葉があります。『魔法のように、すぐに役に立ち技術者の生産性を倍増させるような技術や実践はない』という戒めなのですが、これはDXも同じです。
特定のツールや技術を導入すればすぐに成果が出る、ということはありません。重要なのは、現状を正しく把握し、どこを目指すのかを明確にした上で、段階的にプロセスを積み上げていくことです。
デジタル技術はあくまで手段であり、本質は『何をどう変革したいのか』にあります。この点を見失わずに取り組むことが、DX成功の鍵になると思います。」
松井本部長、貴重なお話をありがとうございます。「DXには魔法はない」とのお言葉。痛感されている方が多いと思います。今後、取り組まれる方にもぜひ心に留めていただきたいです。
【取材を終えて】
今回の取材を通じて印象的だったのは、「DXに魔法はない」という松井氏の言葉です。華やかな成功事例の裏側には、地道なデータ整備や業務プロセスの見直し、そして組織文化との丁寧な対話が積み重なっていることを実感しました。
特に、暗黙知を形式知へと変換し、標準化していく過程は、多くの企業が直面する共通課題ではないでしょうか。ベテラン技術者の個人技能が競争力だった企業ほど、その転換の痛みは大きいはずです。
一方で、小さな成功体験を積み重ねることで現場の理解を得ていくアプローチは、極めて実践的です。「正論」ではなく「体験」を通じた変化。「現場」と「経営」の統合。失敗の中から資産を発掘する視点。こうした要素こそが、DXを本来の「変革」へと昇華させるのでしょう。
DXを「技術導入」にとどめず、「価値創出」へと昇華させるためのヒントが詰まったインタビューでした。
DXportal®編集部
応用地質株式会社

所在地:東京都千代田区神田美土代町7番地(DX推進本部は東京都台東区台東1-30−7 秋葉原アイマークビル3階)
代表取締役社長:天野 洋文
事業概要:
- 道路・都市計画ならびに土木構造物及び建築構造物などの建設にともなう地盤の調査から設計・施工監理にいたるまでの一連の技術業務
- 地すべり、崖崩れ、地震災害、風水害等の調査、自然災害リスクの調査、解析、予測、診断、評価から対策工にいたる技術業務
- 環境保全・環境リスクの調査、解析、予測、診断、評価から対策工にいたる技術業務
- 地盤・環境・災害情報等、地球に関する情報の収集、加工、販売
- 各種の測定用機器・セキュリティ機器・ソフトウエア、システムの開発、製造、販売、リース、レンタル
ホームページ:https://www.oyo.co.jp
執筆者
DXportal®運営チーム
DXportal®編集部
DXportal®の企画・運営を担当。デジタルトランスフォーメーション(DX)について企業経営者・DX推進担当の方々が読みたくなるような記事を日々更新中です。掲載希望の方は遠慮なくお問い合わせください。掲載希望・その他お問い合わせも随時受付中。