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システムを導入すると、その効果は売上やコスト、作業時間の数字で報告されます。けれども、その数字の向こうで、現場で本当に助かっているのは誰なのでしょうか。導入を決めたときに「この人が助かるはずだ」と思い浮かべた人と、実際に助かっている人は、同じとは限りません。
DXでシステムを導入するとき、効果をどう見るかは欠かせない問いです。本記事では、私が実家の居酒屋に電子レジを導入した経験をもとに、システム導入の効果を、導入後に誰の何が変わったかから考えます。
【本記事の要点】
- システム導入の効果は、売上、コスト、生産性など、導入する側が測りやすい指標で語られやすい
- 実家の居酒屋に電子レジを導入したところ、一番楽になったのは、調理を担う父ではなく、事務を担う母だった
- 効果は立場によって別の形で現れ、導入前の想定だけでは拾えないことがある
- 導入後に「誰の何が一番変わったか」を現場に聞くと、効果の見方を更新できる
システム導入の効果は、導入した側が測りやすい指標で語られる
システムを導入した効果は、どのように報告されているのでしょうか。公的な資料や企業向けの調査を見ると、売上、コスト、生産性のように、導入する側が比べやすい数字で語られる傾向があります。主な資料は次のとおりです。
| 資料 | 効果の見方 |
|---|---|
| 中小企業庁『IT導入補助金の成果』(中小企業のITツール導入を支援する国の補助金の成果分析) | 事業の目標を労働生産性の伸びに置き、売上と勤務時間の変化から求める |
| IPA(情報処理推進機構)『DX動向2025』(2025年2〜3月に行った日米独の企業調査) | DXで「成果が出ている」とした企業に、経営面の成果を、売上高の増加、市場シェアの向上、顧客満足度、提供日数の削減、コスト削減、利益の増加といった項目で尋ねた。この調査では、日本企業は成長より経営効率化を成果ととらえる傾向があると指摘している |
| IPA『DX動向2026』(2026年4月中旬から6月中旬の調査) | DXで「成果が出ている」とした企業の経営面の成果では、コスト削減が70.9%で最も多く、従業員満足度向上が42.4%で続く。売上高の増加は17.9%、利益の増加は19.6%にとどまる。IPAは、成果の中心がコスト削減や業務効率化といった内向きの領域だと整理している |
| 経済産業省『デジタルガバナンス・コード3.0』(企業のDX経営の指針) | 取り組みごとに、定量・定性を問わずKPI(取り組みの進み具合を測る指標)を置き、財務成果を示すKGI(最終的な目標の達成度を測る指標)と連携させることを望ましい方向性とする |
中小企業庁の『IT導入補助金の成果』は、平成28年度補正予算で交付が決まった14,301件のうち、回答のあった11,929件を分析しています。なお、IT導入補助金は、2026年度から『デジタル化・AI導入補助金』に名称が変わっています。
平成27年度または28年度の実績と平成30年度の実績を比べた、事業者別の増減率の単純平均は、飲食・サービスで次のとおりです。
| 項目 | 増減率 |
|---|---|
| 1人当たり売上高 | +26.2% |
| 1人当たり勤務時間 | -1.8% |
| 労働生産性 | +25.7% |
労働生産性とは、働く人1人が1時間でどれだけの粗利益(売上から原価を引いた金額)を生んだかを表す数字です。勤務時間も測られていますが、最後は売上や利益と合わせて、この1つの数字にまとめられます。なお、補助金を受けた事業者の報告を含む前後の比較なので、システム導入だけの効果を示す数字ではありません。
働く人の負担を扱う資料もあります。中小企業庁の2024年版中小企業白書は、帝国データバンクの調査をもとに、DXに期待する効果として「業務効率化による負担軽減」を挙げる企業が多いと整理しています。残業時間が減った企業の事例も載っています。
ただし、こうした数字は会社全体や事業者の平均です。誰の何が楽になったのかという、立場ごとの違いは見えません。自社の導入効果がどの指標で報告されているかを、まず確かめてみましょう。
出典・参照:
居酒屋に電子レジを導入して、実際に変わったこと
私の実家は居酒屋を営んでいます。父は個人で店を経営する経営者であり、料理人など店のほとんどを支えています。母は事務作業と給仕を担当しており、メニューの更新やレジにその日のおすすめを打ち込む作業は母の仕事です。
実家の店では、以前の伝票はすべて手書きでした。しかし、コロナ禍で店の経営が大変だった時期に、私はITの専門家として親に何かできることはないかと考え、電子レジの導入を提案・それに伴う全ての作業を担当しました。
では、導入を決めたとき私が助かると考えた作業と、実際に助かった作業は、同じだったのでしょうか。導入後に変わったことを、順にお伝えします。
電子レジの導入で一番喜ばれたのは、売上管理が楽になったことではなく、自宅でもメニューを更新できるようになったことでした。母は、メニューを書き換えるために早めに店へ行く必要がなくなりました。何がどれだけ減ったのかを数字で説明することはできませんが、母の事務の負担は減り、母が店へ行く時間は毎日約1時間縮まったと聞かされました。
一方、調理を担当する父にとっては、電子レジで楽になったことはとくにありません。店での役割によって、電子レジから受けた影響は次のように違いました。
| 店での役割 | 電子レジで変わったこと |
|---|---|
| 経営者・調理担当 | 楽になったことはとくにない |
| 事務担当 | 事務の負担が減り、店へ行く時間が毎日約1時間縮まった |
同じ店で、同じ電子レジを使っていても、効果が表れたのは、経営者の父ではなく、事務を担う母だったのです。このとき私は、人が休める時間を生み出すことや、家族との時間を増やすことに、テクノロジーを導入する本質的な価値があるとあらためて感じました。
出典・参照:
効果は、立場によって違う形で現れる
同じ電子レジでも、効果が表れた人が違ったのはなぜでしょうか。情報システムの研究を手がかりに、導入した側の想定と使う側の実感がずれる仕組みと、浮いた時間の行き先を考えます。
経営者には見えにくい便益
情報システムの研究には、導入した側の想定と、使う側の実感がずれることを示すものがあります。代表的な3つの研究は、次のとおりです。
| 研究 | 示していること |
|---|---|
| Orlikowski と Gash(1994) | 管理者、技術者、利用者が、同じ技術に対して異なる前提や期待を持ち得ることを、グループウェア(組織内で情報や予定を共有する仕組み)の導入を調べて示した |
| DeSanctis と Poole(1994) | 技術が備えている機能と、人が使う中で実際につくり出す使い方を分けて見る。導入した側が期待した変化が起きないこともあるとした |
| Orlikowski(2000) | 技術の使われ方を、働く人が日々の仕事の中で成り立たせていく過程ととらえた |
もちろんこれらは居酒屋を対象にした研究ではありませんが、仕組みは居酒屋の例にも重なります。電子レジに自宅からメニューを更新できる機能があるだけでは、休み時間は生まれません。母が自宅でメニューを更新し、早めに店へ行くことをやめるという使い方が加わって初めて、約1時間が生まれたのです。
つまり、機能の一覧や導入の目的だけからは、この変化は読み取りにくいと考えることができます。
また、飲食店向けの調査では、POSレジ(販売時点の売上データを記録するレジ)は、売上の把握と締め作業の省力化に使われる場面が目立ちます。
飲食店ドットコムが2023年7月に会員の飲食店経営者らへ行った調査(389人)で、POSレジを使っている店が挙げた機能は、売上分析(88.9%)とリアルタイム確認(77.2%)が上位でした。自由回答には、締め作業の短縮や、入力の削減による労働時間の削減が見られます。
こうした効果は、店の運営を支えるものです。母の1時間のように、店へ行く時間が縮まるといった1人の生活に関わる変化は、導入する側が置く指標とは別の場所に現れます。
導入前に置いた指標では、こうした変化は数字に表れません。役割の違う人それぞれに「導入後にやらなくてよくなったことは何か」を尋ねると、その人にとっての効果が見えてくるのではないでしょうか。
出典・参照:
浮いた時間は、誰に返るのか
作業時間が1時間減っても、その時間が必ず休み時間になるとは限らず、別の仕事に使われることのほうが多いかもしれません。
飲食店ドットコムが2025年12月から2026年1月にかけて飲食店の経営者らに行った調査(286人)では、効率化で時間を削減できた場合に何に使いたいかを尋ねています。上位に挙がった使い道は次のとおりでした。
| 削減できた時間の使い道(希望) | 割合 |
|---|---|
| 販促・集客 | 24.1% |
| 接客の向上 | 20.6% |
| 経営戦略 | 16.8% |
職場の自動化とウェルビーイングを整理した2026年のレビューでも、自動化が仕事を進めるための資源を与える一方で、認知的な負荷や仕事の高密度化を生む場合があると整理しています。時間が浮くことと、その時間が休みとして誰かに返ることは、別の話なのです。
母の場合は、店へ早めに行かなくてよくなったことで、毎日約1時間の休み時間が増えました。母は店の仕事に加えて家庭のことも担っているため、この1時間は、家のことをする時間になっていた可能性があります。
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高額な独自システムでなくても、既製のサービスで楽になることがある
小さな店のシステム導入は、費用の面で手が届かないと感じる方もいるのではないでしょうか。この章では、基本機能を無料や低額から使える既製のサービスと、導入費を支える公的な補助を見ていきます。
基本機能が無料か低額の既製サービス
小さな店のシステム導入は、高額な独自システムを一から作ることだけではありません。2021年版中小企業白書は、クラウドサービスについて、自社でサーバーを持つ必要がなく、利用するデータ量や時間に応じて費用を支払うため、規模の大きくない企業でも低コストで導入できると説明しています。
中小機構の『支援者のためのビジネス用アプリ(クラウド型)導入支援サポートブック』も、独自開発やパッケージの購入に比べて、初期導入費用やランニングコストが低く、試用版などで使い勝手を確認できることを、クラウド型の特徴に挙げています。
レジの例は、次のとおりです。
| サービス | 無料・低額で使える範囲 |
|---|---|
| Airレジ | 注文、会計、売上分析などの基本機能を、初期費用0円・月額0円で提供する |
| スマレジ | 月額無料のスタンダードプランがある(1店舗のみ、iOS端末が必要) |
| Square POSレジ | POSレジアプリを無料で提供する |
ただし、無料なのは基本機能です。端末、レシートプリンターなどの周辺機器、通信、追加機能、決済手数料は、別に必要になる場合があります。料金やプランは変わるため、契約前に各社の公式ページで確かめてください。
出典・参照:
導入費を支える公的な補助
導入費の一部は、国の補助金で支えられる場合があります。『デジタル化・AI導入補助金(旧:IT導入補助金)』です。
この補助金は、中小企業や小規模事業者などの労働生産性の向上を目的に、業務効率化やDXに向けたITツールの導入を支援する制度です。対象には、飲食を含むサービス業や個人事業主も含まれます。小規模事業者の目安は、宿泊業と娯楽業を除く商業・サービス業で、常時使用する従業員が5人以下であることです。
インボイス枠(インボイス対応類型)では、会計、受発注、決済のソフトに加えて、条件を満たすPOSレジやモバイルPOSレジ、券売機なども対象になり得ます。ただし、機器だけでは申請できません。
ただし、申請の条件は次のとおりです。
- 登録されたIT導入支援事業者と組み、事務局に登録されたITツールから選んで、共同で申請する
- 交付決定の前に契約・発注したツールは、対象外となる
- 採択は自動ではない
補助率や上限額は枠によって異なり、公募の締切も回ごとに決まるため、事務局の公式ページで最新の情報を確かめましょう。
出典・参照:
導入時の留意点
既製のクラウドサービスでも、導入すれば終わりではありません。公的機関の資料が挙げる留意点は、次のとおりです。
| 確認すること | 内容 | 資料 |
|---|---|---|
| 操作の習得と初期登録 | クラウド型でも、操作方法の習得と、商品・取引先・従業員などの初期データの登録や設定は必要になる | 中小機構 |
| 試用とサポート | 無料の試用で使いやすさと導入の負担を確かめ、提供事業者のサポート体制や、利用をやめるときのデータの扱いを確認する | 中小機構 |
| 障害・料金・連携 | 障害やメンテナンスを自社で制御しにくい。利用量が異常に増えたり、意図せず増えたりすると、料金が急に増えるおそれがある。カスタマイズやデータ連携には、制約や追加の費用が生じ得る | IPA |
どんな道具も、入れただけで効果が出るわけではありません。誰の何を楽にしたいのかを導入前に置き、導入後に確かめて初めて、その道具が店に合っていたかが分かるのです。
出典・参照:
まとめ:導入後に、誰の何が一番変わったかを現場に聞く
システム導入の効果は、売上やコスト、生産性のように、導入する側が測りやすい数字で語られます。私の実家の居酒屋では、電子レジで一番楽になったのは経営者の父ではなく、事務を担う母でした。このケースと同様に、同じ店、同じシステムでも、効果は立場によって別の形で現れることはあるでしょう。
導入前に仮説を置くことは必要です。そのうえで、導入後に「誰の何が一番変わったか」「浮いた時間は誰に返ったか」を聞くと、導入前の指標では拾えなかった効果に気づき、効果の見方を更新できるはずです。
システムが記録する数字に、現場の声を重ねて見る視点は、高額な独自システムでなくても、既製のクラウドサービスと公的な補助を使った小さな導入から始められます。
ご自身の職場で導入したシステムについて、いま一番助かっているのは誰なのかを、現場の1人に聞いてみてはいかがでしょうか。その答えが、導入前に想定した人と同じか違うかを確かめるところから始めてみてください。
執筆者
株式会社MU 代表取締役社長
山田 元樹
社名である「MU」の由来は、「Minority(少数)」+「United(団結)」という意味。企業のDX推進・支援を過去のエンジニア経験を活かし、エンジニア + 経営視点で行う。DX推進の観点も含め上場企業をはじめ多数実績を持つ。



