DXの成功事例を読んでも、自社でうまくいかないのはなぜか【編集部考察】

公開日 : 

share :

他社のDX(デジタルトランスフォーメーション)成功事例を読み、同じ施策を始めたのに、自社では成果が出ない。そうした経験はないでしょうか。事例には書かれていなかった条件が、自社との間にあるのかもしれません。

DXportal®でも、成功事例を紹介する記事はよく読まれています。自社のDXを進めるうえで、他社の事例を手がかりにしたいと考える方が多いのだと思います。だからこそ、事例をどう読めば自社の判断に生かせるのかを、この機会に整理しておきましょう。

公的に紹介されるDX事例は、手本となる優良事例が選ばれたものです。また、DXに取り組む企業のうち「成果が出ている」とする企業の割合も、調査で示されていますが、その数字をそのまま成功率とは読めません。

本記事では、DXの成功事例を成功の確率を示す統計としてではなく、成立した条件を示す資料として読む方法を考えます。

【本記事の要点】

  • 公的な事例集は手本となる優良事例を選んだものであり、掲載例だけでは成功の確率が分からない
  • 独立行政法人情報処理推進機構(IPA)『DX動向2026』で「成果が出ている」とした60.8%は、DXに取り組む企業の自己回答であり、成功率とは別の数字だ
  • 事例の記事にすべての条件が載るとは限らず、規模・体制・投資・期間・中止した試行は記載の有無を確かめる
  • 事例は結果ではなく成立条件として読み、自社の状況に合わせて読み替える力が求められる

DXの成功事例は選ばれて公開されている:事例集と選択バイアス

多くのDX事例から手本となる一部が選ばれて公開される仕組みを示す図解

DXの成功事例は、どのように選ばれ、何を示しているのでしょうか。この章では、公的な事例集の目的、選ばれたものだけを見ることで生じる偏り(選択バイアス)、失敗談の実在を整理します。

公的な事例集は優良事例を選んでいる

IPAの『DXセレクション』は、『デジタルガバナンス・コード』に沿ってDXで成果を上げている中堅・中小企業などの中から、手本となる優良事例を選ぶ取組みです。選ばれた事例は、地域内や業種内での横展開に生かされます。『DX銘柄』も、上場企業を対象に優れた取組みを選ぶ制度です。

つまり、公的な事例集は、DXに取り組んだ企業全体から無作為に集めた標本ではありません。手本になる事例を紹介するという目的に沿って選ばれた集まりなのです。事例が具体的で意思決定を動かす力を持つのは、この選び方があるからでもあります。

では、選ばれた成功例だけを見てしまうとどのような誤りが生じうるのでしょうか。経営学の研究者は、2003年の論文と2005年のHarvard Business Review誌の論文で、成功した組織に焦点を当てる傾向と、失敗の事例が十分に集まらないことが、経営の方法について誤った信念を生みうると論じました。成功した企業だけを調べると、成功と失敗の両方を見たときには分かる違いが、見えなくなるためです。

この研究が対象にしたのは経営一般であり、DXの事例そのものではありません。それでも、成功例だけから学ぶときに何が起こりうるかを、自社の事例の読み方に当てはめて確かめる手がかりになります。

出典・参照:

失敗談も実在するが、成功の確率までは分からない

ここまで、成功事例が選ばれて公開される仕組みを見てきました。では、DXがうまくいかなかった話は、世の中にまったく出ていないのでしょうか。実際には、企業が自社のサイトで公開している記事や、公的機関が運営するサイトの記事の中に、失敗や停滞を取り上げたものがあります。

たとえば、NTTデータは、DXに取り組む企業のDX担当者1,000人を対象にした調査をもとに、DXの失敗例を自社の失敗談とあわせて公開しています。成功・失敗の基準が曖昧なまま概念実証(PoC)が繰り返され、顧客と自社の双方が疲弊したという経験も、その中で語られた失敗談の1つです。

IPA DX SQUAREの記事(2025年7月)は、DX銘柄とDXセレクションに選ばれた111社の事例から体制や目標を抽出する一方、対策に正解はなく、企業ごとの環境に合わせる必要があると述べています。

ただし、失敗談が公開されていることと、成功の確率が分かることは別です。公開された失敗談の数からは、取り組まれた試行の総数も、そのうちの成功の割合も、見えてきません。

事例の価値は、確率を示すことではなく、可能性と条件を示すことにあります。まず、自社が参考にしている事例の出所が、公的な事例集なのか、企業が自ら発信した記事なのかを確かめましょう。出所を書き留めておくだけで、その事例がどのような目的で選ばれたのかが見えてきます。

出典・参照:

「成果が出ている企業は約6割」はDXの成功率ではない:IPA『DX動向2026』の読み方

調査回答の集計と不明な回答を分けて確認し、数値を成功率と混同しないための図解

IPAが2026年7月に公開した『DX動向2026』には、DXに取り組む企業の約6割が「成果が出ている」と回答した、という調査結果が載っています。この数字は、DXの成功率として読んでよいのでしょうか。この章では、調査の対象と回答の意味、規模や条件による違いを整理します。

対象はDXに取り組む企業の自己回答で、「わからない」が26.8%ある

IPA『DX動向2026』(2026年7月公開)は、2026年4月から6月にかけて、国内の企業の経営層や情報システム部門、DX推進部門などを対象に実施した調査で、1,799社から回答を得ています。この調査では、何らかの形でDXに取り組む企業が75.7%でした。

DXに取り組む企業のうち、成果が出ているとした企業は60.8%、「わからない」とした企業は26.8%です。次の表のとおり、この数字はDXに取り組んだ企業の自己回答に基づいています。

項目割合読み方
DXに取り組む企業75.7%回答した企業全体に占める割合
取り組む企業のうち、成果が出ている60.8%自己回答。成功率ではない
取り組む企業のうち、わからない26.8%失敗には合算できない

つまり、60.8%を成功率とし、単純に残りを失敗率と読むことはできないのです。「わからない」と答えた企業を失敗に数えられない点に加え、成果をどう定義するかも企業ごとに異なるためです。

IPAの調査では、成果指標を設定している企業は23.9%でした。測り方が決まっていなければ、成果が出ているのかどうか、その成果は本当の意味での成果なのか自体がそもそも判断できません。自社のDXでも、何を成果とみなすかを、取り組みを始める前に決めているでしょうか。

出典・参照:

規模や組織の条件で、数字は大きく変わる

DXに取り組む企業の割合は、従業員1,001人以上では98.7%、100人以下では41.6%です。規模によって、取り組みの有無そのものが大きく異なります。規模が違えば、同じ施策でも成立する条件が違うと考えるのが自然です。

また、IPAの調査では、成果が出ている企業とそうでない企業の間で、組織の条件に差が見られました。それぞれの条件に当てはまる企業の割合は、次のとおりです。

組織の条件成果が出ている企業成果が出ていない企業
経営者・IT部門・業務部門の協調ができている72.9%37.1%
全社レベルの業務プロセスの最適化に取り組む・完了した53.8%29.5%

ただし、この差は調査時点の回答の関連を示すものです。協調ができているから成果が出たのか、成果が出たから協調が進んだのかは、この調査だけでは分かりません。

IPAの『DX動向2025』(2025年7月)も、取り組みと成果の相関を示したうえで、因果を判断するには、業種や企業規模、産業構造、組織の条件、縦断的な分析が必要だとしています。

成功事例を読むときも、因果を決めつけない姿勢が基本です。事例に書かれた施策を、成果の原因と決めつけず、同じ施策が成立した条件を一緒に読みましょう。

出典・参照:

事例の記事に載るとは限らない条件:規模・体制・投資・期間・中止した試行

公開されたDX事例の下に、組織や投資、期間など表に出にくい成立条件が重なることを示す図解

事例の記事に載るのは、企業が公開してよいと判断した内容、取材で確認できた内容、記事の紙幅に収まる内容だけです。そのため、成果に関わった条件のすべてが書かれているとは限りません。事例の裏には、書かれていない条件が隠れている可能性があるのです。

これを踏まえて考えると、事例から読み取りたい条件は次の表のとおりにまとめられます。

確認する条件事例を読むときの問い
企業の規模・業種従業員数や事業の形は、自社とどれだけ近いか
開始時の課題と既存のシステム何がどんな状態から始まったのか
経営者の関与と意思決定の権限誰が、どこまで決められたのか
体制専任か兼任か。人材や外部の支援はあったか
投資と期間費用と時間は、どのくらい投じられたのか
中止した試行うまくいかず、やめた施策はなかったのか
成果指標と比較の基準何を、何と比べて成果としたのか
定着までの時間運用が根づくまでに、どのくらいかかったのか

DXportal®の事例記事も、同じ制約のもとで書かれています。DXportal®では、事例を紹介するとき、公的機関の資料や、企業自身が公表している情報を参考に、できる限り公平に事実を伝えています。特定の事例や企業を持ち上げることも、批判することもしません。そのため、公開資料に書かれていない予算や、中止した試行は、記事にも載りません。

また、事実を伝えることと、編集部の考えを述べることは、分けて書くようにしています。事実は公的な資料や企業の公表情報にもとづいて書き、編集部としての考察は、事実とは別に示します。

では、公的な資料の事例には、条件がどこまで書かれているのでしょうか。中小企業庁の『2025年版小規模企業白書』を例に見てみます。

この白書は、当時のDXの問題点として、各段階で費用負担の大きさと人材の不足を挙げていました。個別の掲載事例には、従業員数、資本金、導入前の課題といった条件が併記されており、条件を読む材料として使える形式です。ただし、これらの事例も、全中小企業の平均的な効果を示すものではなく、個別の条件のもとで得られた結果です。

書かれていない条件があることは、事例の欠点ではありません。限られた紙幅と公開できる範囲で書く以上、どの事例にも起こることです。問題になるのは、書かれていない条件を、なかったものとして読んでしまうことだと考えます。事例は、そのまま真似る答えではなく、自社で確かめる条件を見つけるための手がかりとして読むのが、現実的な使い方です。

出典・参照:

まとめ:成功事例は結果より前提を読み、自社の状況に合わせて読み替える

DXの成功事例は、成功の確率を示す統計ではなく、可能性と条件を示す資料です。

公的な事例集は、手本になる優良事例を選んだ集まりであり、失敗談も公開されていますが、その数からは成功の確率を読み取れません。IPAの調査の「成果が出ている」60.8%という数字も、DXに取り組む企業の自己回答にとどまっているのです。

そこから導かれる結論は、事例の価値は、再現する答えを渡すことではなく、確認すべき条件を見つけさせることにある、という点ではないでしょうか。施策名や結果より前に、規模、体制、投資、期間、成果指標といった前提を読み取ることが重要なのです。あわせて、事例に書かれていない条件があることも前提として受け止めましょう。

ただし、成功事例を取り入れないほうがよい、ということではありません。成功事例は、成功事例として読めば十分に価値があります。そのうえで、各社にはそれぞれの状況があります。

事例記事を読む時に考えるべきは、事例の施策をそのまま移すのではなく、自社の規模や体制、目的に合わせて読み替えることなのです。

山田 元樹

執筆者

株式会社MU 代表取締役社長

山田 元樹

社名である「MU」の由来は、「Minority(少数)」+「United(団結)」という意味。企業のDX推進・支援を過去のエンジニア経験を活かし、エンジニア + 経営視点で行う。DX推進の観点も含め上場企業をはじめ多数実績を持つ。