国際社会の中ではDX(デジタルトランスフォーメーション/以下:DX)の推進が遅れ、デジタル後進国という不名誉な名で評されることもある現在の日本。
こうした現状を打ち破り、再び国際社会の中で日本企業が巻き返しを図っていくには、一体どのような対応策があるでしょうか。
今回は、デロイトトーマツグループ(以下:DTG)のCSO(執行役戦略担当)であり、デジタル経営に関しての著書を出版するなど、豊富な知見を持つ松江英夫氏の言葉を頼りに、DX後進国日本の巻き返し策について考えてみたいと思います。
ポストコロナ時代のビジネスを読み解く鍵は、「両極化」。そして、「グローバル化」「デジタル化」「ソーシャル化」の大きな3つの潮流だと語る松江氏は、どんな未来を見ているのでしょうか。
DX推進を考える上でも大きな指針となるであろう松江氏の語る未来予想図を、企業の経営者・DX担当者はどうぞ参考にしてください。
目次
現代社会を紐解く「両極化」と3つの潮流
新型コロナウイルスが猛威を振るう現代社会。
その中で日本企業が戦っていくためには、両極化する世界へ対応する必要があり、そうした現状を作り出している大きな要因としては「グローバル化」「デジタル化」「ソーシャル化」という3つの潮流が考えられます。
ここではそれぞれについて詳しく解説して行きましょう。
両極化の時代に企業に求められるもの
現代社会はあらゆる領域で、一見相反して見える事象や価値観などが衝突し合いながらも、互いにその勢いを増幅させる動きが見られます。
例えば……
- グローバルとローカル
- リアルとバーチャル
- ヒトとAI
- 経済価値と社会価値
など
こうした現象を松江氏は「両極化」と呼び、この流れは今後ますます加速していき、その先にはこれまでとまったく異なる社会的規範・価値観が台頭してくると指摘しています。
相反する対象的な事象や価値観が重要な意味を持ってくる両極化の時代においては、短期的・長期的両方の視点が求められます。
長期的ビジョンが明確でない事が多い日本企業の経営戦略ですが、これからは足元の変化に機動性を持って対応可能な短期的視点と、10~20年後の自社のあるべき形を見据える長期的な視点の両方を持たなければ、より競争力が求められる国際社会では戦えません。
長期スパンの未来を見通す事は難しいものですが、不確実であるからこそ自社の存在意義(パーパス)を明確にして、ビジネスをグランドデザインすることが重要です。
短期的なPDCAで機動性をもった経営を行いつつ、パーパス実現のため組織全体を長期的な時間軸を中心とした大きなPDCAで回すよう、意識改革も行っていく必要があります。
この両極化の時代においては、そうした企業活動のよりどころとなるためにも、持続可能なリーダー選定(現場リーダーと事業ポートフォリオ全体を最適化するリーダーが、それぞれ短期と長期の両極を支え、リーダー交代があっても継承される体制づくり)も求められ、その役割はますます大きくなっていくでしょう。
こうした両極化の時代をもたらす社会背景は、先に上げた3つの潮流からもたらされています。
グローバル化
ヒト、モノ、カネ、情報。
これら様々な資源が第2次世界大戦以降、国境を越えて広がりましたが、デジタルテクノロジーがそのスピードをあげ、社会のグローバル化は恐ろしい勢いで進行しました。
それにより各地、各局面での不均衡があらわとなり、その揺り戻しとして反グローバル化の流れも見られるようになりました。
つまりは、グローバルとローカルという両極の対立です。
そして、これらはコロナショックの影響を受け、異なる社会規範や価値観を可視化させました。
つまり、コロナショックにより世界でヒトやモノの移動が大きく制限され、これまでグローバルサプライチェーンと呼ばれていたモノが、実は特定の国に依存したものであったという事が露見したのです。
しかし今、このゆがみを是正しようと、特定の国だけに集中しない供給網の多様化を目指し、リスク分散を目指した動きが出始め、よりバランスの取れた真のグローバル化が生まれ始めています。
デジタル化
GAFA(Google、Apple、Facebook、Amazon)に代表されるグローバルプラネット。
それはデジタルの力でデータを世界規模に集約。圧倒的支配力で世界の市場に君臨しています。
これに対してはGAFA分割論やプライバシー保護を進めるなど、メガプラットフォーマーによるデータ支配を牽制・分散化しようという動きも顕著になってきました。
コロナ禍においては世界中にステイホームが広がり、働き方と消費行動のどちらもが、対面から非対面へと流れを変えています。
これまで常識だった対面でしか成し得ないと思われていた事が、どんどんオンラインで置き換えることが可能だと世界中の人々が体験しました。
その流れは今後ますます加速していくと思われますが、それでも残り続ける「リアル」は「バーチャル」との対極として、かえって先鋭的な意味付けがされるはずです。
ソーシャル化
DXを語る上でも外すことのないソーシャル化も重要なファクターにあげられています。
ソーシャル化とは、従来はユーザーが単独でそれぞれ利用していた機能やサービスに、ネットワークを通じて人と人との双方向コミュニケーションが図れるソーシャルメディアの要素を加えること(引用:Weblio辞書「ソーシャル化」)です。
近年はSDGs(持続可能な開発目標)の浸透や、資本市場のESG(環境、社会、ガバナンス)投資の機運が高まるなど、世界的規模で環境問題などの社会課題解決への貢献が強く意識されるようになってきました。
これは、これまでの経済至上主義に対するアンチテーゼとも考えられ、企業は利益の追求だけでなく、事業を通じて社会価値を創出し社会課題解決への貢献を求められます。
特にコロナショック以降の企業経営では、経済至上主義ではなく従業員の雇用維持、健康・安全の確保という責任と向き合い、地域のステークホルダーを巻き込んだ地球環境保全を果たすなど、経済価値と社会価値という両極を満たす企業の社会貢献欲はかつてないほどに高まっているのです。
DX後進国・日本の巻き返しの鍵は「つながり」
このように両極化し、新しい価値観や社会規範が生まれる現代社会では、DXによって企業の形そのものを変えていくことが望まれます。
しかし、先述のようにDX後進国という不名誉な烙印を押されている日本が、今後巻き返していくために必要な事は何なのか?
松江氏は両極化の時代で、日本に必要なキーワードは「つながり」で、それを実現させるためには「価値創造サイクル」と「官民連携」という2つが大切だと語っています。
1.価値創造サイクル
未来のデジタル時代に向けて日本に必要な考え方は、「在るものを活かし、無きものを創る」です。
今ある企業の価値をすべて捨てて新しく構築するのではなく、日本人が得意な「アレンジしてより良いモノへと昇華させる」という観点で、現状の仕組みのいいところは活かし、足りないものを創り出していくという考え方が求められます。
そのための具体的な方策が「価値創造サイクル」で、それを実現するのは次の3ステップです。
ステップ1. データを取る
リアルな設備やインフラからさまざまなデータを得るための仕組み作り。
「日本は成熟したインフラや安心安全のマインドセットなど、『リアル』な空間では良さや強みがあるものの、それをデジタルには活かしきれていない。」と松江氏は苦言を呈します。
データを可視化できれば、リアルな設備やインフラからさまざまなデータを得やすくなり、リアルからデジタルへとつなげる事が容易になるのです。
ステップ2. つながりを作る
データ同士をつなぐ場自体が少ないのが日本の実情。
データが標準化しておらず、そのルールも決まっていない事が問題となっています。
現状では法律的につなげるのが難しい事柄を仮想空間でバーチャルに繋げる実験など、成果や反応を見てリアルに反映できるような仕組みを作れれば、バーチャルとリアル、ヒトとヒトをつなぐ事ができるのです。
ただしそのためには、仮想空間のセキュリティ対策は最重要項目で、信頼度を獲得するための厳重なサーバーセキュリティ対策を施す必要があります。
同時に、データ共有する際のインセンティブも考えるべきでしょう。
ステップ3. 価値を生み出す
もっとも大事なのは「価値を生み出す」というステップです。
ただデータを使ってリアルとバーチャルをつなげると言っても、そこに価値を見いだせなければどうやってもサイクルは回っていきません。
- データを使えばどんなメリットがあるのか
- どうすればリスクなく利用できるのか
こうしたことに解答する能力が求められます。
DX後進国である日本はこうしたデジタルリテラシーが足りておらず、「データを価値に変えるためのユーザーサイドの能力がまだまだ足りていない。」と松江氏も語るように、企業やユーザーのリテラシーを教育するための人材育成も必要になってくるでしょう。
2.官民連携
DX後進国である日本がこれから国際社会で巻き返すために必要な鍵。
そのもう1つは「官民連携」です。
価値創造サイクルをうまく回していくためには、国や自治体と企業が各々バラバラに取り組むのではなく、一体となり当事者として取り組むことが求められます。
デジタル改革はデータで「つながる」ことが求められますが、そのためには官民の役割や責任範囲をそれぞれ分けて考えていては、うまく行くものもうまく行かなくなってしまいます。
企業が自社の都合や利益だけを考えるのではなく、国や自治体と連携して社会、さらには地球規模での利益を考えていくこと。
SDGsの理念にも共通する考え方を、官と民の両者が行っていかない限り、本当の変革は成しえません。
まとめ
デロイトトーマツグループCSO松江英夫氏の語る、「両極化」する現代社会に影響を及ぼす3つの潮流と、DX後進国である日本が今後国際社会の中で巻き返しを図るために必要な「つながり」を実現させる2つの要素について解説いたしました。
「これからでも日本の巻き返しは可能だ。」と語る松江氏は、さらに「現状を直視しながらも、日本らしいデジタル変革の在り方を模索し、実践していくことが必要。」と続けています。
日本社会や日本企業がこれまで築いてきた歴史と伝統。さらに日本人の力や営みの集積など、その強みを存分に発揮して社会的大義の下に率先してDX推進を行っていくこと。
そうすれば日本が世界で輝き続け、未来に向けた道筋を切り開くための鍵はそこにあるのです。
参考:両極化時代のデジタル経営/デトロイト トーマツ グループ:著(ダイヤモンド社)
アイキャッチ画像引用:デロイトトーマツグループ公式サイト