DX推進は社員のモチベーションに頼らない|行動が先に起きる設計【編集部考察】

公開日 : 

share :

DXを進めようとして、現場の協力が得られない。研修や説明をしても、行動が変わらない。そんなとき、あなたは社員のモチベーションが低いことが原因だと考えてはいないでしょうか。

けれども、人の気持ちや行動は、本当に意志や根性で変わるものなのでしょうか。DXがうまく進まない原因は、本当に社員のモチベーションにあるのでしょうか。

本記事では、私が日ごろその思考を参考にしているビジネスパーソン、西野亮廣氏と星渉氏の考え方をもとに、DX推進を社員のモチベーションに頼らず進める設計と、意欲が行動の後にも育つ面を考えます。

【本記事の要点】

  • 公的資料はDXの意識改革を重視する一方で、役割・権限・評価・予算といった仕組みも求めている
  • 西野氏と星氏の考え方は、意欲が行動の前に必要な条件とは限らず、行動や状況の後に生まれる面があることを示している
  • 役割・時間・通常の手順・旧作業の廃止・支援を設計すれば、意欲が低い日でも最初の一歩が起きやすくなる
  • 一歩目を仕組みが起こし、二歩目を小さな前進の実感が支える

DXの現場の協力が得られないのは、社員のやる気の問題なのか

DXの業務プロセスを中心に、役割、時間、手順、評価の四つの条件が支える関係を示す図解

DXには社員の意識改革ややる気が大切だ。こうした見方は、公的資料にも見られます。

IPA(独立行政法人情報処理推進機構)の2020年の調査は、国内の中小製造業14社へのヒアリング等をもとに、マインドセットと企業文化の変革をDX推進の必要条件として整理しています。では、公的資料は意識だけを求めているのでしょうか。主な資料の内容は、次のとおりです。

資料意識・文化について仕組みについて
IPA『中小規模製造業の製造分野におけるDXのための事例調査報告書』(2020年7月20日)経営トップのコミットメント、従業員の意識改革と動機づけ、危機感・課題・成果の共有を挙げる意識の面とあわせて整理している
IPA『DX推進指標』(2026年4月3日に改訂版の受付を開始)経営者や社内関係者が、DX推進の現状や課題の認識を共有し、アクションにつなげるための気付きの機会を提供する設問を「DX認定基準に関する設問」と「望ましい方向性に基づく設問」に分け、現在と3年後の目標を、レベル0からレベル5までの6段階で自己診断する
経済産業省『デジタルガバナンス・コード3.0』(2024年9月19日)経営者を含む役員・管理職の意識改革を強調する取り組みごとにKPIを置く
IPA『DXの継続的な取り組み事例に関する調査』(2022年4月4日、先進企業23社へのヒアリング等)初期のトップダウンやボトムアップで取り組みに火がつく火がついた後に、継続のための仕組み、資金、人材、システム環境、評価指標を整える流れを整理する

2021年版中小企業白書も、デジタル化に向けた意識を組織改革の起点として扱い、全社的にデジタル化へ積極的な文化がある企業ほど労働生産性が高い傾向を示しています。ただし、これはある時点の企業を比べた調査の結果で、意識改革が生産性を上げた因果までは示していません。

なお、公的資料で説明される「マインドセット」は、感情的なやる気と同じ意味ではありません。失敗から学ぶ文化や、権限、評価、業務の進め方まで含んだ言葉です。つまり、公的資料は、意識と仕組みの両方を求めているのです。

そこで問い直したいのは、次のような順序です。

  1. 意識が変わるのを待つ
  2. 自発的に行動する
  3. DXが進む

現場の協力が得られないとき、やる気だけを疑う前に次の4点を確かめてみましょう。

確かめること見るデータ
役割:その業務の担当と判断する人が、決まっているか業務分担表、権限の一覧
時間:DXの作業を、通常業務のどの時間に行うと決めているか勤務予定、業務の所要時間の記録
手順:新しいデジタル手順が、通常の業務の流れに入っているか業務フロー、手順書
評価:行動した結果が、評価や承認として返ってくるか評価面談の記録、承認の履歴

4点のどれかが決まっていなければ、意欲が高い社員でも動きにくくなるのです。業務分担表や業務フローなど、すでに手元にある記録で、まず確かめてみましょう。

モチベーションは、行動の後に生まれる面がある

最初の行動が小さな前進につながり、その実感が次の行動を支える循環を示す図解

意欲は、本当に行動の前に必要なものなのでしょうか。この章では、2人のビジネスパーソンの考え方と、近い方向を示す研究を整理し、私なりにDXへ当てはめて考えてみます。

「二歩目のキッカケ」(西野亮廣氏)

西野亮廣氏(株式会社CHIMNEY TOWN代表取締役社長)は、公式ブログの『「やる気」という幻想と、「締切」というガソリン』(2023年1月10日)で、学生からの「モチベーションはどこから来るのか」という質問に答えています。その要旨は、モチベーションが湧いてから行動するのではない、というものです。行動したあとに喜ばれたり、褒められたり、よい結果が出たりすることで、次の気持ちが生まれると述べています。

西野氏は、モチベーションを「二歩目のキッカケ」であって「一歩目のキッカケ」ではない、と述べています。一歩目のきっかけには、締切や成り行きがある、という説明です。つまり、意欲は行動した結果として生まれる面がある、というのが西野氏の見方です。

別の記事『そんなものを「仕事」と呼ぶな』(2023年8月15日)では、プロの仕事は精神状態にかかわらず結果を求められる、と述べています。そのため、モチベーションが下がっていても結果を出せる体勢を整え、仕事とモチベーションを切り離すべきだと述べているのです。

また、『仕組みを憎んで、人を憎まず』(2025年6月14日)では、チーム運営で人を「頑張る」「頑張らない」で分けない姿勢を述べています。動きが鈍い人に「頑張れない理由がある」と考えると、対応が精神論ではなく、システムや環境の改善へ向かうという考えです。

出典・参照:

終電に遅れそうなとき(星渉氏)

星渉氏(作家、Rising Star代表取締役)が監修したマイナビニュースの記事『続かない人に知ってほしい、「やる気の壁」突破トレーニング』(2022年3月3日)は、モチベーションを説明するのに、終電に間に合わなくなりそうな場面を例に挙げています。

終電へ向かう途中で発車ベルが鳴れば、「走るためのやる気を出そう」と考えなくても、人は走り始めます。このときの走る理由はモチベーションなどではなく、終電に間に合わなくなるという「追い詰められた」状況が走らせているのだという解釈です。

ここで、言葉の違いを押さえておきましょう。星氏は、この働きを「ギャップモチベーション」と呼んでいます。未来の予測や記憶と、現実の差を埋めようとする行動のことです。星氏の言う「モチベーション」には、状況と目標の差が人を動かす働きも含まれるのです。

一方、本記事で「意欲」や「モチベーション」と書くときは、気合で自覚的に高める気持ちを指します。星氏の公式の書籍紹介『神モチベーション』も、気合で高める型は息切れしやすく、環境やギャップを利用する別の型を勧めています。気合を高めなくても、状況と目標の差が行動を起こすことがある。この点を、本記事では星氏の考え方として紹介します。

出典・参照:

小さな前進と意欲(研究)

西野氏と星氏、お2人の考え方に近い方向を示す研究もあります。

Bandura(1977)は、自分は行動をやり遂げられるという期待(自己効力感)が、行動を始めるか、どれだけ努力するか、障害があっても続けるかに関わるとしました。成功した経験は、この期待を形づくる情報源の1つです。

また、Amabile と Kramer(2011)は、経営誌 Harvard Business Review で、7社の知識労働者238人が書いた約12,000件の日誌を分析しました。その結果、意味のある仕事で前進を感じる出来事が、仕事中の感情、認知、動機づけに強い影響を与えると整理しています。

つまり、行動と小さな前進が、後の意欲を支える面があるということです。ここまでの4つの材料が何を示し、どこまで言えるのかを表にまとめます。

材料示していること言える範囲
西野氏のブログ行動後のよい結果が、次のモチベーションになる本人の仕事とチーム運営についての考え。DXでの効果は示していない
星氏の監修記事気合を高めなくても、状況と目標の差で人は走り出せる本人の枠組み。星氏はこの働きを「ギャップモチベーション」と呼ぶ
Bandura(1977)成功の経験が、その後の着手や持続に関わる効力感を形づくる理論論文。意欲全体と同じ意味ではない
Amabile と Kramer(2011)意味のある前進が、感情や動機づけに強く影響する知識労働者の日誌研究。DXでの効果量は示していない

意欲が行動を先に促す面も、もちろんあるでしょう。そのうえで、これらの材料から言えるのは、意欲が行動の前に必要な条件とは限らず、行動と前進の後に育つ面もある、ということです。

DXでいえば、転記が1つ消えた、待ち時間が短くなったといった小さな前進を、本人とチームが分かる形で残せるかが、次の行動を支えます。意欲を最初から求めるより、前進を分かる形にするほうが、現場は動きやすいのではないでしょうか。

出典・参照:

モチベーションに頼らないDX推進の仕組み

旧作業をやめてデジタル手順を通常業務へ組み込み、支援と前進のフィードバックを循環させる図解

意欲を、DXを始める入口の条件から外すと、設計の中心は次の3つになります。新しい手順の入れ方、前進の認め方、強制との線引きです。

追加タスクにせず、旧作業をやめて通常の経路へ入れる

新しいデジタル手順を、任意の追加作業として足すとどうなるでしょうか。既存の業務をこなしたうえで、新しい入力も行わなければならなくなってしまうかもしれません。結果、この二重の作業を担うのは、意欲と時間のある一部の人に偏ってしまうかもしれないのです。そして仮にその人が繁忙や異動で抜けてしまえば、取り組みも止まってしまうおそれがあるのではないでしょうか。

そこで、新しい手順を、通常業務の通り道に入れて考えてみたらどうでしょう。たとえば、見積りを承認するときに、承認画面の所定の欄へ入力することを通常の手順にします。同時に、それまで使っていた転記用の帳票をやめるのです。決めておく要素は、次のとおりです。

設計の要素決めること記録の例
役割誰が行い、誰が判断するか業務分担表
時間通常業務のどの時間に行うか業務の所要時間の記録
通常の手順どの工程に、どの入力を入れるか業務フロー、手順書
旧作業の廃止どの帳票や報告をやめるか廃止する帳票の一覧
支援困ったとき、誰に聞くか問い合わせ先、手順の説明資料

表の要素に加えて、行動を起こすきっかけをあらかじめ決めておく方法もあります。「どんな状況になったら、何をするか」を、先に決めておく方法です。

たとえば「見積りを承認するときは、承認画面の所定の欄へ入力する」のように、状況と行動を組み合わせます。「やる気が出たら入力する」ではなく、やる気の有無にかかわらず、その状況になったら行動する形にする考え方です。

心理学では、この計画を「if-then」の計画と呼びます。Gollwitzer と Sheeran(2006)は、94の独立した検定を統合したメタ分析(複数の研究結果をまとめて分析する手法)で、この計画が目標の達成を助けると報告しました。

また、同じ状況で行動を繰り返すと、行動が自動化していくことも分かっています。Lally ら(2010)は、96人が同じ状況で、食事や運動などの行動を12週間続けた研究で、自動性が高まることを示しました。

出典・参照:

小さな前進を、具体的に認める

仕組みによって新しい手順が動き出したあとは、その小さな前進を認めることが、次の行動を支えます。大きな変革の完成を待たず、待ち時間の減少、転記の消滅、問い合わせの減少といった、意味のある前進を、本人とチームが分かる形にするとよいでしょう。

認めるときの要点は、「何がどう変わったか」まで具体的に返すことです。人柄や長時間の頑張りを褒めるのではなく、成果と学びを伝えます。そのためには、どんな前進が起きたのかをデータで確かめ、本人にどう伝えるかを先に考えておくと、いざというときに迷いにくくなります。次の表は、前進の例ごとに確かめるデータと伝え方の例を整理したものです。

前進の例見るデータ返し方の例
転記が1つ消えた変更前後の作業の記録「この転記をなくしたので、入力が1回で済むようになった」
待ち時間が減った依頼から対応までの記録「この手順にしたので、お客様の待ち時間が短くなった」
失敗の条件が分かった例外処理の記録「この条件で止まると分かったので、手順を直せた」

何がどう変わったかが伝われば、次に再現したい行動も分かります。ただし、承認を報酬にして、数字を稼ぐ行動を招かないように、認める対象は成果と学びに絞ります。

出典・参照:

意欲に頼らない設計は、強制や監視とどう違うのか

DXを意欲に頼らず進める設計は、人に選択肢を与えない強制や、監視とは別のものです。目的の共有や納得は必要です。DXの設計の段階で強制になる設計と意欲に頼らない設計の違いは、次の表のように整理できます。

項目強制になる設計意欲に頼らない設計
目的理由を示さず、使うよう命じる何のためのDXかを説明し、最低限の納得を共有する
現場の負荷通常の業務に、作業を上乗せする旧作業をやめて、負荷を増やさない
例外例外を認めず、一律に求める例外の処理と、代替の経路を残す
撤退成果が出なくても続ける得たい成果につながらなければ、設計を見直す
評価利用率をノルマにする得たい成果と学びを確認する

また、新しい手順をあらかじめ選ばれた初期設定にする方法もあります。Jachimowicz ら(2019)は、35本の論文のメタ分析で、初期設定が人の選択を動かす効果を確認しました。

一方で、効果には大きなばらつきがあり、状況や設計によって変わります。初期設定が期待どおりに働くかを検証する必要があるため、例外の処理と代替の経路を残します。

意欲に頼らない設計の目的は、決めた手順を現場に使わせることではありません。DXで先に置く必要があるのは、顧客や従業員の待ち時間を減らす、転記や誤りをなくすといった、得たい成果です。ある手順が、その成果につながっていないと分かったときは、使うことを現場に強いるのではなく、手順そのものを設計から見直すとよいでしょう。

そのうえで、自社の手順が表の左の列、つまり強制になる設計に寄っていないかを一度確かめてみてください。

出典・参照:

まとめ:一歩目を仕組みが起こし、二歩目を前進の実感が支える

DXがうまく進まないのは、社員にやる気がないからなのでしょうか。そうとは限りません。

西野氏は、モチベーションは行動する前に湧くものではなく、行動して喜ばれたり、よい結果が出たりしたあとに生まれる面がある、と述べています。星氏の終電の例も、気合を高めなくても、状況が人を動かすことを示しています。

また、Bandura(1977)や Amabile と Kramer(2011)の研究からも、成功の経験や小さな前進が、後の意欲を支えるということがお分かりでしょう。公的な資料も、意識の改革だけでなく、役割、権限、評価、業務の進め方といった仕組みをあわせて求めていました。

つまり、意欲はDXを始める入口の条件とは限らないのです。意欲を否定するのではなく、入口の条件から外して考え、役割、時間、通常の手順、旧作業の廃止、支援を設計すれば、意欲が低い日でも最初の一歩が起きやすくなります。

その一歩のあと、「何がどう変わったか」を具体的に認めると、小さな前進の実感が次の意欲を支えうるのです。一歩目を仕組みが起こし、二歩目を前進の実感が支える。これが、当編集部の考察です。

ご自身の会社のDXは、やる気のある人の善意や、追加の作業に頼っていないでしょうか。もしも心当たりがある場合は、新しいデジタル手順を通常業務の流れに取り入れ、旧作業との二重の運用を終える設計を、1つの業務で考えるところから始めてみてはいかがでしょうか。

町田 英伸

執筆者

DXportal編集長

町田 英伸

自営での店舗運営を含め26年間の飲食業界にてマネージャー職を歴任後、Webライターとして独立。現在はIT系を中心に各種メディアで執筆の傍ら、飲食店のDX導入に関してのアドバイザーとしても活動中。『DXportal®』では、編集長としてすべての記事の企画、及び執筆管理を担当。特に店舗型ビジネスのデジタル変革に関しての取り組みを得意とする。「50s.YOKOHAMA」所属。