審判の判定に、異議を言える仕組み|映像判定から考える「直せる組織」

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審判の判定に納得できないとき、その場で映像を確認してもらえる。いまのスポーツでは、珍しいことではなくなりました。ただ、誰が申し立てられるのか、最後に決めるのは誰なのかは、競技によって違います。

職場でも、上司や担当者の判断が間違っているかもしれないと気づく場面はないでしょうか。しかし、見直してほしいと伝えることは、判断した人の権威を傷つけるのではないか。そんなためらいから、言い出せないこともあるかもしれません。

本記事では、テニス、プロ野球、サッカーの映像判定が、異議の入口と最終判断者をどう決めているかを比べます。そのうえで、判定が覆っても審判の権威が消えなかった理由を手がかりに、間違いを見直せる組織の条件を考えていきましょう。

【本記事の要点】

  • テニス、プロ野球、サッカーの映像判定は、異議の入口も最終判断者も異なる別々の設計である
  • 回数や対象を限る設計は、訂正できることと試合の流れを両立させる工夫と読み取れる
  • 判定が覆っても審判の役割は残り、最終責任の置き場と手続の見えやすさが納得を支える
  • 職場でも、異議の入口・証拠・最終責任・対象の限定・打ち切りを先に決めておけば、見直しを手続にできる

映像判定の仕組みを比較する:判定への異議は、口論から手続へ移った

テニス、プロ野球、サッカーで異なる映像判定の入口とレビューの流れを並べた図

まずは、映像判定で何が変わったのかを、3つの競技の仕組みを並べて確認します。

映像と計測データによる再検証が入ったことで、誰が、いつ、何について、どんな根拠で異議を出せるのかが、競技ごとに決められました。異議を述べることが審判個人への挑戦ではなく、決められた手続の利用になったのです。3つの競技の設計は、次のとおりです。

競技見直しの入口最終判断主な制限の置き方
テニス(電子レビュー)選手が速やかに要求する電子レビューの結果失敗した要求を1セットにつき3回まで(タイブレークで1回追加)。成功した要求は数えない
プロ野球(リクエスト)ベンチ(監督)がリクエストを行使するリプレイセンターの映像検証の結果検証後の再異議は認められない
サッカー(VAR:ビデオ・アシスタント・レフェリー)VARの確認を受けた主審の判断。選手・監督は要求できない常に主審対象を得点、PK、退場、警告・退場の人違いなど、試合を左右する事象に絞る

この3つの仕組みを可能にしているのは、映像、ボール追跡、通信、表示の技術です。その場で下された判断を、同じ試合の中で短時間に検証し、訂正できるようになりました。

出典・参照:

映像判定の3つの仕組みは、異議の入口をそれぞれ違う場所に置いた

選手、ベンチ、審判チームという異なる映像判定の入口を比較する図

この章では、3つの仕組みが異議の入口をどこに置いたのかと、なぜ何度でも申し立てられるわけではないのかを見ます。

テニスは、選手が入口に立つ

テニスの電子レビューは、判定に疑問を持った選手が自分で要求できる仕組みで、その回数には上限が置かれています。

国際テニス連盟(ITF)のテニス規則(2026年版)では、電子レビューを採用する試合で、選手は判定が覆らなかった(不成功の)異議申立てを1セットにつき3回まで行えます。タイブレークでは1回追加されます。数えるのは不成功の分だけなので、成功した申立ては回数を減らしません。

電子レビューの結果は最終結果として告げられ、再度の異議申立ては認められない扱いです。

なお、この回数制は、ITF規則が定める電子レビューを採用する試合の仕組みで、大会によって運用は異なります。

出典・参照:

プロ野球は、ベンチが入口に立つ

日本野球機構(NPB)のリクエスト制度は、2018年の開幕から本格導入されました。NPBの公式発表には、ベンチが審判団にリクエストを求め、リプレイセンターが映像で検証して判定が決着する流れが記されています。監督がリクエストを行使した例も、NPBは公表しています。

検証後の判定にさらに異議を申し立てることは、NPBのアグリーメント上、認められていません。NPBは、検証後に重ねて異議を述べた監督に制裁を科した事例も公表しています。異議の入口は開かれていても、再審の後には決定の終局性が置かれています。

出典・参照:

サッカーのVARは、審判チームが入口になる

サッカーのVARは、他の2つと設計が違います。日本サッカー協会(JFA)の説明では、判定に介入する権限を持つのは主審だけで、選手や監督がレビューを要求することはできません。過度な要求は、警告の対象にもなります。

VARは、得点かどうか、PKかどうか、退場かどうか、警告・退場の人違いといった、試合を左右する事象について、主審を支援する役割を担います。最終判断を下すのは、常に主審です。

競技規則を定める国際サッカー評議会(IFAB)は、2018年3月にVARの導入を承認し、現行の2026/27年版の競技規則にもVARの手順を定めています。

日本のJリーグでは、2019年のYBCルヴァンカップで初めて採用され、通年の運用は2021年から始まりました。

出典・参照:

回数や対象を限っているのはなぜか

テニスは失敗した要求の回数を、プロ野球は検証後の再異議の可否を、VARは対象とする事象を限っています。制限の置き場所は違っても、それぞれの設計からは、次のような狙いが読み取れます。

  • 失敗した分だけを数えるテニスの回数制は、根拠のある要求を罰せず、時間稼ぎには回数が減るという代償を持たせる
  • 検証後の再異議を認めないプロ野球は、訂正の入口を残しながら、決定の終局性を保つ
  • 対象を重大な事象に絞るVARは、試合の連続性と主審の一次判断を守る

どこに制限を置くかは競技ごとに違います。どの設計も、異議の入口を開きながら、再審の範囲に終わりを置いている点は共通しています。

判定が覆っても、審判の権威は消えなかったのか

主審が映像確認を受けて最終判断を示すまでの流れ

判定が覆ると、審判の信頼は落ちるのではないか。そう考える人もいるでしょう。しかし、3つの仕組みはいずれも、審判を不要にする設計ではありません。サッカーでは最終判断が常に主審に残り、テニスやプロ野球でも、要求の受付や結果の確定は決められた手続のなかで行われます。

JFAはVARを、最良の判定を探すためではなく、はっきりとした明白な間違いをなくすために、審判員を支援する仕組みと説明しています。

権威を支えているのは、間違えないことではありません。誰が何を根拠に見直し、誰が最終責任を負うのかという、役割と手続です。映像や計測データは、権威を消したのではなく、人の役割を組み替えました。

一方で、データがあるだけでは、納得は生まれにくい面もあります。VAR導入直後のイングランド・プレミアリーグで、129試合の約64万件のツイートを分析したKolbingerとKnoppの研究(2020年)では、VARに関するツイートは、それ以外のツイートより否定的な感情が目立ちました。この研究は、結論として、判定の透明性を高めることを提案しています。

国際サッカー連盟(FIFA)が公表した約1,000試合の分析では、レビューの対象となる判定の正確性が93%から98.8%に上がったと報告されました。ただし、この数字はレビュー対象の判定についてのものです。つまり、正確性が上がることと納得が生まれることは、別の問題だといえるのではないでしょうか。

納得には、結果の正確さに加えて、手続が見えることも欠かせないと考えられます。判定が覆ることは、審判の敗北ではなく、仕組みが機能した証拠にもなるのです。

出典・参照:

間違いを見直せる組織の条件:「間違えない人」より「見直せる手続」が組織を強くする

気づきから証拠確認、責任者の判断、業務への復帰へ進む見直しの手続図

上司や担当者の判断が間違っているかもしれないと気づいた人が、決められた手続に沿って見直しを求められる。そんな職場には、次の5つの条件が欠かせません。映像判定の3つの仕組みを手がかりに、スポーツでの例と、職場で先に決めておくことを考えていきましょう。

条件スポーツの仕組みでの例職場で決めておくこと
入口テニスは選手、プロ野球はベンチ(監督)、サッカーは主審と、見直しの入口が決まっている誰に、どの場面で見直しを求められるか
証拠映像や計測データという、上下関係とは別の材料を見るログ、記録、数値など、共通に見られる材料
最終責任VARの助言を受けても、最終判断は主審が下す異議を聞いたうえで、決める責任者は誰か
対象の限定VARは試合を左右する重大な事象に絞る金額、顧客への影響、安全、法令など、見直す場面の条件
打ち切りプロ野球は検証後の再異議を認めない見直しの後は決定して、実行に戻る

判断の根拠になるデータやログを共有し、誰でも同じ材料を見られるようにしておくことが、見直しを人間関係の問題から手続の問題へ変えます。

気づいた人が間違いを言い出せる環境と、誤りを速やかに直す慣行が、チームや組織の成果と関連することは、企業の現場を調べた研究でも報告されています。

Edmondson(1999)は、製造業の企業の51チームを調べ、対人関係のリスクを取って発言できるというチームの心理的安全性が、学習行動と関連していたと報告しました。

van Dyckらの研究(2005)は、誤りを伝え、検出し、分析し、速やかに訂正する規範と慣行を持つ組織が、成果とも関連していたと報告しています。

つまり、見直しの手続を先に決めておくことは、判断の誤りを正すだけでなく、気づいた人が声を上げやすい職場づくりにもつながると考えることができそうです。

出典・参照:

まとめ:間違いに気づいた人が見直せる道筋を、先に決めておく

映像判定は、権威ある人の判断にも、決められた手続で異議を出し、証拠を見て訂正できるようにしました。つまり、審判を機械に置き換えたのではなく、役割と手続を組み替えたのです。

入口も最終判断者も制限の置き方も競技ごとに違いますが、判定が覆ることを審判の敗北にしない設計である点は共通しています。

組織の強さも、間違えない人を探すことではなく、間違いを見直せる道筋を持つことから生まれます。ログや記録のように、誰もが同じ材料を見られる状態にしておくことも、その道筋の一部です。

ご自身の職場で、この判断が間違っているかもしれないと気づいた人は、誰に、何を示せば、止めずに見直せるのか。この問いから、考え始めてみてはいかがでしょうか。

町田 英伸

執筆者

DXportal編集長

町田 英伸

自営での店舗運営を含め26年間の飲食業界にてマネージャー職を歴任後、Webライターとして独立。現在はIT系を中心に各種メディアで執筆の傍ら、飲食店のDX導入に関してのアドバイザーとしても活動中。『DXportal®』では、編集長としてすべての記事の企画、及び執筆管理を担当。特に店舗型ビジネスのデジタル変革に関しての取り組みを得意とする。「50s.YOKOHAMA」所属。