東京理科大学:渡辺雄貴教授|データと現場を生かす教育改革【DX先進企業のキセキ⑧】

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東京理科大学 理学部第一部 科学コミュニケーション学科 教授/教育支援機構 教育DX推進センター センター長:渡辺 雄貴氏

東京理科大学 理学部第一部 科学コミュニケーション学科 教授/教育支援機構 教育DX推進センター センター長:渡辺 雄貴氏1

DXをツールの導入で終わらせず、成果につなげるには、何を目的に据えればよいのでしょうか。この問いに、教育の現場から向き合っているのが東京理科大学です。

同学は「効果」「効率」「魅力」という教育の基本を高め、「学修者本位の教育」を実現する手段としてDX(デジタルトランスフォーメーション)を位置づけています。学修ポートフォリオや学修データの活用、学修到達度測定WEBテスト、BYOD(Bring Your Own Device:私物端末の持ち込み)などを進める一方、生成AIの普及により、授業や評価方法そのものの再設計にも踏み出しました。

DXportal®では、教育DX推進センター長を務める渡辺雄貴教授に、同大学の教育DXに対する取り組みの背景から組織づくり、生成AI時代の課題、データ駆動型の学修支援の展望までを伺いました。目的を見失わないDXの進め方は、教育に限らず、各企業の変革にも通じる示唆となるはずです。 

【本記事の要点】

  • 東京理科大学は、教育DXを「効果」「効率」「魅力」を高めて「学修者本位の教育」を実現する手段と位置づけている
  • 教育DX推進センターを中心に、学修ポートフォリオ、学修到達度測定WEBテスト、BYODなどを全学で展開している
  • 生成AIの普及により、レポート課題に代わる評価方法の再設計が課題となっている
  • 全学で進める施策はトップダウン、現場の課題はボトムアップで取り入れる両輪の運営を行っている
  • 今後は、教学データを活用し、支援が必要な学生と伸び代のある学生の双方を支える個別最適な学修支援を目指している
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教育DXの目的はICT導入ではなく「効果・効率・魅力」の向上

近年、なぜ教育DXがこれほど注目されているのでしょうか。

渡辺氏

東京理科大学 理学部第一部 科学コミュニケーション学科 教授/教育支援機構 教育DX推進センター センター長:渡辺 雄貴氏2

「単なる『ICT化』ではなく、大学を取り巻く環境の変化に対応し、教育の質を向上させるためです。文部科学省も『学修者本位の教育』や大学教育のデジタル化を推進しています。

そもそも、教育は本来オーダーメイドで行うべきものです。学生のバックボーンや前提知識、基礎学力によって最適な教え方は変わります。東京理科大学でも、毎年同じ授業を繰り返すのではなく、その年の学生に合わせて内容を更新しています。

私自身は、教育の基本は『効果』『効率』『魅力』の3つだと考えています。

  • 効果:できなかった学生ができるようになる、つまり学習目標に近づくこと
  • 効率:教育効果を担保しながら、学生の学びと教員の指導を効率化すること
  • 魅力:学生の学習意欲を引き出し、維持しながら、ともに学びを深めること

DXはこの3つの質を高めるうえで有効で、『学修者本位の教育』とも方向性が一致しています。」

ここまで、教育DXの目的が「効果・効率・魅力」の向上にあることを伺いました。この3つの質を高めるうえで、DXは具体的にどのようなメリットをもたらすのでしょうか。

渡辺氏

「LMS(学習管理システム・Moodle)や学修データを活用すれば、理解度に応じた支援や最適な教材の提供が可能になります。学生は成長や到達度を視覚的に確認でき、オンライン授業やオンデマンド教材で柔軟に学べます。教員も学習履歴からつまずきを早期に把握してフォローでき、データ分析によって教育効果を検証し、授業改善につなげられます。」

LMSや学修データの活用で、学生にも教員にも利点が生まれることが分かりました。ただ、企業でも変革は簡単には進まないと言われます。大学や教員の意識は、実際に変わってきているのでしょうか。

渡辺氏

「日本の高等教育機関全体で、変革の機運は確実に高まっています。18歳人口が減少するなか、『変わらなければ生き残れない』という危機感が共有されています。

特に本学は理工系の総合大学で、教員の多くが理系です。質を維持しながら効率的・合理的に教えることに前向きな教員が多く、『良い授業をすれば、優秀な学生が自分の研究室に来てくれる』という分かりやすいサイクルもあります。教育熱心な教員が多く、教育DXを受け入れる下地がありました。」

コロナ禍を転機に、教育DXを全学で推進する組織へ

教育のDXが全学で動き出した背景には、どのような転機があったのでしょうか。東京理科大学が教育DXに取り組み始めたのは、5年前に「教育DX推進センター」(以下、センター)を設立した頃からですか。

渡辺氏

「いいえ、もっと前からです。私が着任して8〜9年になりますが、海外の大学事例を見ながら、早くからテクノロジーをいかに教育に取り入れるかを模索してきました。

センターの英語名称は『Center for Teaching, Learning and Technology』で、もともとテクノロジーの教育活用を追求する組織でした。その後、学内データを分析・活用する『IR(Institutional Research)』の重要性が高まり、「DX」の概念も浸透してきたため、改称して取り組みを加速させました。」

センターの立ち上げ経緯と、組織としての目的をお聞かせください。

渡辺氏

「Society 5.0時代やアフターコロナ時代に即した大学のあり方として、教育DXの加速は喫緊の課題でした。従来のFD活動に加え、デジタル技術を活用した教育手法への転換が求められたのです。

そこで従来の教育開発センターを発展的に改組し、『FDの全学推進』と『教育DXの全学推進』の2つの役割を持つ新組織として発足しました。

主な目的は、ICT活用やFD活動を通じて『学生の学修支援』と『教員の教育支援』を充実させることです。教育の質的転換を図り、学生・教員双方の活動を深化させる好循環を生み出して、『学修者本位の教育』の実現を目指しています。」

設立の経緯には、コロナ禍による影響も大きかったのでしょうか。

渡辺氏

「非常に大きかったです。以前の『教育開発センター』は、純粋にティーチングとラーニングの質を高めるための組織でした。そこにテクノロジーの視点を加え、守備範囲を広げた形です。

コロナ禍で遠隔授業への急速な移行が必要となり、教員は否応なくLMSなどのICTツールを使うことになりました。その結果、大学全体のICTリテラシーが一気に底上げされました。

大学が提示できるのはシステムやインフラという『箱』に過ぎません。そこに人によるサポートやコンテンツの質保証をどう組み込むかを速やかに議論し、一気にオンライン化を進めました。

さらに重要なのは、『コロナが明けたからといって単に対面授業に戻すわけではない』という統一見解を学内で共有できた点です。職員の発案で『シン・対面授業のあり方』をテーマにFD研修会をシリーズ開催し、ICT活用の成果を保ちながら授業の効率と効果を高める方法を議論しました。環境変化をチャンスに変えた取り組みが、現在の基盤となっています。」

学修データを活用し、学生と教員双方の学びを支援

全学で教育DXを進めるには、推進役となる組織の設計が欠かせません。センターはどのような体制で、どのようなミッションを担っているのでしょうか。

渡辺氏

「当センターは『DX部門』と『TL(Teaching & Learning)部門』の2部門体制で、5つのミッションを掲げています。

  1. 学生の学修支援
  2. 教員の教育支援
  3. 教育DXの推進
  4. 教育効果の評価及び新たな教育方法の開発
  5. その他、本学の教育活動に関すること

1と2のFD領域はTL部門が、3と4のDX領域はDX部門が担当します。各部門の下に分科会を設け、議論を深めたうえでセンター全体の会議に吸い上げる体制です。

背景には、建学の精神である『理学の普及をもって国運発展の基礎とする』という理念があります。現代における『理学の普及』とは『科学技術の普及』であり、卒業生が社会で科学技術の担い手となることも含みます。だからこそ、質の高い教育で学生を送り出す責任があります。

本学には教育熱心な教員が多く、委員会でも建設的な議論が行われており、まさに教職員が『全員野球』で運営している組織です。」

2部門体制のうち、教育DXを担うDX部門は、データ分析と環境整備の両面から学びを支えているとのことです。DX部門では、具体的にどのような活動を行っているのでしょうか。

渡辺氏

「DX部門の分科会には、『教育DX推進小委員会』と『教学IR小委員会』があります。教学IR小委員会では、教育関連データの収集・分析を担当しています。

教育DXは、まず『大学教育のあるべき姿』を議論したうえでテクノロジーを活用します。たとえば、学生が社会に出てからも学び続けるには、『自ら学ぶ方法』を身につける必要があります。そこで、独自の学修ポートフォリオシステムを構築しました。学生は期初に学びの目的を設定し、期末の試験後には修得した能力がレーダーチャートで可視化されます。そのデータをもとに、学びを振り返るプロセスを仕組み化しました。

また、LMSにも独自機能を追加しています。直近では、新入生向けの『学修到達度測定WEBテスト』を導入しました。新入生は多様な入試方式で入学するため、入試結果だけでは基礎学力を一律に推し量れません。そこで4月に全員が数学を、学科によってはさらに物理や化学の到達度テストを受けます。『項目反応理論*』を採用しており、少ない問題数でも高精度に能力値を推定できます。結果はすぐ学科へフィードバックされ、初期の授業設計や補修指導に活用されています。

さらに、BYODの推進により、固定型コンピューター教室をBYOD教室に転換し、仮想PCに移行しました。学生にはノートPCの持参を指導し、座学でも個人課題やグループワーク、LMSでの提出ができるよう、キャンパス全域の無線LAN整備などを進めています。」

*問題ごとの難易度や識別力を考慮し、受験者の能力を推定する統計的手法

ICTを「教具」から「文具」へ、学生の主体的な学びを支える

センターの取り組みは、教育の質の向上や新たな教育方法の開発につながっていますか。

渡辺氏

「手応えは確実にあります。前提として、社会から求められる能力そのものが変化しています。かつては知識が頭に入っていることが重視されましたが、今は『ICTを活用できること』は大前提で、そのうえで多様な他者と協働できる力が求められています。知識も『暗記しているか』より『必要な情報がどこにあり、どう活用できるか』が問われる時代です。こうした能力を身につけて学生を社会へ送り出す、あるいは研究者として育成することが大学の大きな役割だと考えています。」

社会が求める能力が変わるなか、大学は学びの環境そのものを変えつつあるとのことです。そうした取り組みを、学生はどのように受け止めているのでしょうか。センターの取り組みに対する、学生の反応はいかがでしょうか。

渡辺氏

「今の学生は生まれた時からデジタルに親しんできた『デジタルネイティブ』なので、教育環境のデジタル化は『あって当然』という感覚だと思います。

かつてICTは、教員が教えるための『教具』でした。アナログな講義をデジタルに置き換えただけの段階です。しかし今の学生にとってICTは鉛筆やノートと同じ『文具』で、使いたい時に自発的に使いこなしています。紙のプリントを配らなくても、LMSに教材を上げておけば、各自がタブレットに取り込んでノートを取りながら学びます。自分に最適な学習スタイルにカスタマイズするのが非常に上手です。」

学生にとってICTはすでに「文具」になっているとのことです。一方で、教員のデジタルリテラシーには差があるのではないでしょうか。

渡辺氏

「本学ではテクノロジーに拒否感を持つ教員は少なく、導入をめぐって紛糾したという話も聞きません。むしろ新しい技術が出ると進んで試したがる教員が多く、活用法の質問が寄せられるほどです。想定外の使い方に苦慮することもありますが(笑)、ガイドラインを示しながら進めています。」

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