東京理科大学:渡辺雄貴教授|データと現場を生かす教育改革【DX先進企業のキセキ⑧】

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生成AI時代に評価方法を再設計、トップダウンと現場の両輪で対応

教員の姿勢が前向きな点は、教育DXを進めるうえで大きな強みといえます。それでは、DXを推進するうえで、苦労されている点や直近の課題は何でしょうか。

渡辺氏

東京理科大学 理学部第一部 科学コミュニケーション学科 教授/教育支援機構 教育DX推進センター センター長:渡辺 雄貴氏3

「DX推進そのもので特に難航した意識はありませんが、いま直面している大きな課題は『生成AIの急速な普及』です。生成AIの技術・形態は今後1〜2年でさらに大きく変化するはずで、まさに過渡期です。現在の大学生は高校3年生頃から生成AIに接してきた世代で、今後は中高生の段階から日常的に使いこなす学生が入学してきます。

生成AIは、内容の正誤にかかわらず非常に自信ありげに回答します。その正しさを人間が判断しなければならないため、『生成AI時代の学び』は極めて高度で難しいものです。教員も、それを前提に授業内容・教授方法を大胆に変革する必要があります。

2022年頃は『大学での使用を禁止すべきではないか』という議論もありましたが、2023年以降は教員も学生も当然のように利用するフェーズに入りました。論点は『生成AI時代に大学はどう独自価値を生み出すか』『評価方法をどう再構築するか』に移っています。

特に、従来の『レポート課題による評価』は非常に難しくなりました。生成AIに指示すれば、瞬時にそれらしい文章が生成できるからです。AI特有の記号が残っているようなケースを除けば、見破るのは困難です。そのため、評価は対話や口頭試問、即興の記述など『アナログな方法』に立ち返る再設計が必要です。教員への意識調査でも、『生成AI時代における望ましい授業・評価方法を知りたい』という意見が非常に多く寄せられています。

今の大学生は、急激に進化するテクノロジーに自らキャッチアップしなければならない最初の世代です。だからこそAIリテラシー教育が不可欠で、情報教育を受けた世代が入学してくるまでの過渡期に、今の学生のキャッチアップをどう支援するかに注力しています。」

レポート課題に代わる評価方法の再設計が求められているとのことです。この過渡期に、評価や授業設計の難しさに対して、どのように適応を進めているのでしょうか。

渡辺氏

「評価方法の確立は容易ではありません。しかし、学内には先進的な取り組みや試行錯誤の事例が着実に蓄積されています。そのノウハウを収集・共有しながら、『こういうケースではどう評価・指導すべきか』を議論するFDワークショップを定期的に開催しています。」

学内の事例を収集・共有しながら、評価方法を議論する場を設けているとのことです。こうした取り組みは、組織の運用体制にも表れているようです。センターの運用体制において、「トップダウン型」と「ボトムアップ型」の両輪で進められているそうですね。

渡辺氏

「はい、まさに両輪です。全学で統一して取り組むべき基幹システムや全学的なニーズには、センター主導の『トップダウン』で迅速に環境・サービスを提供します。

一方、学部・学科ごとに学生の学力層や専門領域、課題は異なります。現場のニーズは、各組織からの『ボトムアップ』による提案を尊重しています。たとえば『特定のテーマでFDセミナーを開催したい』という要望があれば予算を講じ、実施後はセンターの委員会で成果報告を受けます。全学展開に値する取り組みであれば、トップダウンで全学へ広げる仕組みです。

また、分科会で深めた議論は、各学部の委員会メンバーを通じて現場へ持ち帰ってもらいます。『隣の学部がどのような取り組みをしているか』を把握する情報共有の場にもなっています。」

「全員野球」で積み重ねた教育DXを、個別最適な学修支援へ

全学の取り組みと現場の提案を組み合わせる運営が、成果を支えているようです。東京理科大学の教育DXは学外からも高く評価されています。その成功要因は何だとお考えですか。

渡辺氏

「私たちは対外的なアピールのためにDXを進めているわけではなく、『教育現場に必要な施策を愚直に実行してきた結果』に過ぎないと考えています。

そもそも『教育』は、効果の検証が極めて難しい分野です。民間企業のサービスなら、体験した直後に満足度が得られます。しかし大学の授業では、学んだ内容の真価が分かるのは卒業研究の時かもしれないし、就職後、あるいは10年後かもしれません。便益の発生が大きく遅れるため、『その場での学生満足度』だけでは測れない難しさがあります。

そのなかで私の根底にあるのは、『学生により良い学習者(Learner)になってもらいたい』という思いです。ICTを文具のように自在に使いこなし、他者と協働して成果を上げる力を身につけて社会へ羽ばたいてほしい。そのためにDXをどう活用して学習効率を高め、教育の質と効果を担保するかを追求しています。

そして最大の要因は、『教員の教育に対する熱量と協力的な姿勢』です。私は複数の大学を経験してきましたが、本学の教員の教育への熱心さは際立っています。『学生に内容を深く理解させたうえで成長させたい』という共通の思想があるからこそ、教育支援活動にも真摯に向き合い、全員野球でDXを推進できているのだと感じています。」

教員の教育への熱量が、全学での推進を支えていることがよく分かりました。最後に、教育DXの未来に向けて、今後どのような挑戦を思い描いていますか。

渡辺氏

「いま特に注力しているのが『数学データを活用した個別最適な学修支援』です。従来の学修支援や教育データの議論は、『成績が振るわない学生をどうフォローするか』『留年・中退リスクのある学生をいかに救済するか』というセーフティーネットの観点に偏りがちでした。もちろんそれも重要ですが、大学としては『優秀な学生の能力をさらにどこまで伸ばせるか』という視点も不可欠です。学部で才能を開花させ、大学院進学や社会での活躍へつなげてほしいと考えています。

そのために、蓄積された多角的な教学データをデータベース化し、分析・活用の探索を進めています。学修成果が伸び悩む『低空飛行』の状態を放置すれば、将来的な挫折につながりかねません。その事実を学生本人に客観的に伝える必要がありますが、教員個人の主観で指導すると、伝え方のムラや指導の当たり外れが生じます。

そこでシステムを活用し、客観的なデータに基づいて学生自身へ有益な情報を提示できる仕組みの構築を目指しています。

現在は検証段階ですが、『支援が必要な学生へのサポート』と『伸び代のある学生の能力拡張』を同時に実現していきたいと考えています。正式な名称はありませんが、イメージとしては『個別最適な学びの実現を目指したデータ駆動型システム』です。この基盤を確立し、学生1人ひとりがより主体的・自発的に学びを深められる環境を創り上げていきたいと考えています。」

渡辺先生、貴重なお話をありがとうございました。DXが個別最適な学びの実現につながることを期待しています。

取材を終えて

今回の取材で印象に残ったのは、東京理科大学の教育DXが「DXを進めること」そのものを目的としていない点です。渡辺教授は、教育の基本を「効果」「効率」「魅力」と整理し、まず大学教育のあるべき姿を描いたうえでテクノロジーを活用していました。全学で統一すべきことはセンターが主導し、現場の課題はボトムアップで拾い上げる運用も、その姿勢の表れといえるでしょう。

生成AIの普及でレポート中心の評価が揺らぐなか、大学が独自の価値をどう生み出すかという問いは、各企業が自社の存在意義を問い直す場面とも重なります。さらに、「支援が必要な学生へのサポート」と「伸び代のある学生の能力拡張」を同時に実現するデータ駆動型システムの構想は、守りと攻めを両立するDXの姿を示しているように感じました。

あなたの会社のDXは、何のための変革でしょうか。まずその目的を見つめ直すところから、次の一手が見えてくるのかもしれません。 

DXportal®編集部

東京理科大学 理学部第一部 教授/教育支援機構 教育DX推進センター センター長/渡辺 雄貴氏

東京理科大学 理学部第一部 科学コミュニケーション学科 教授/教育支援機構 教育DX推進センター センター長:渡辺 雄貴氏4

1979年生まれ。東京都出身。東京理科大学理学部第一部科学コミュニケーション学科・大学院理学研究科科学教育専攻 教授。教育支援機構教育DX推進センター長。専門は教育工学、インストラクショナルデザイン、学習環境デザイン。東京理科大学では、教職課程「教育方法・技術」、「教育工学」、専門科目「数学科教育論」などを担当。

東京理科大学理学部卒業。東京工業大学大学院社会理工学研究科修了。博士(学術)。博士課程在学中より青山学院大学ヒューマン・イノベーション研究センター特別研究員、東京大学大学院情報学環特任研究員、首都大学東京大学教育センター助教、東京工業大学教育革新センター准教授を経て、現職。

著書に『授業を効果的にする50の技法-FD研修の時代に向けて』(2004年、アルク教育社、共著)、『教育工学選書14 大学授業改善とインストラクショナルデザイン』(ミネルヴァ書房、共著)など。

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