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2026年10月6日、英国財務省は、英国初のデジタルネイティブ政府債「DIGIT(Digital Gilt Instrument)」の共同主幹事に、6社を選びました。この場合の「デジタルネイティブ」とは、最初からデジタルの形で発行する国債を指しています。
国債は、日本でも英国でも、すでに紙の証券ではなく電子的な記録で管理されています。それでも英国がデジタルネイティブの政府債を打ち出したのは、国債の記録と決済の組み方を変えられるかを、実際の発行で確かめるためです。
今回の発表は、発行そのものではなく、その準備の節目です。国債を発行するとき、引受や投資家への販売を担う証券会社・銀行を共同主幹事といい、DIGITの発行は2027年第1四半期までの見込みです。
本記事では、DIGITの狙いと仕組み、従来の国債との違い、ブロックチェーンを使っても仲介者が残る理由を整理したうえで、香港・スロベニアの先行例と日本の現在地、英国の進め方から学べることを解説します。
【本記事の要点】
- 英国財務省は2026年10月6日にDIGITの共同主幹事6社を選んだ。発行は2027年第1四半期までの見込みで、発行額などは公表されていない
- 国債はすでに電子化されており、DIGITは証券を最初からデジタル台帳に置き、発行から償還までの記録を同じ基盤で扱えるかを試す
- ブロックチェーンは仲介者が要らない技術だと言われるが、DIGITでは仲介者が残り、機関ごとに別々に持っていた記録を共通の台帳に寄せることを試す
- 香港とスロベニアには発行の実績があり、日本では財務省の研究会が2026年10月8日に始まった。英国の、別枠で段階的に試す進め方は、日本の検討の参考になる
英国:デジタル国債DIGITの共同主幹事6社を選定、発行はまだ先
英国は、何を決めたのでしょうか。この章では、2026年10月6日の発表の内容と、DIGITを進める英国財務省の狙い、DIGITの仕組みと公表されていることを整理します。
今回の発表と、DIGITを進める英国財務省の狙い
英国財務省は、DIGITのパイロット発行について、Barclays、HSBC、Lloyds、Morgan Stanley、NatWest、RBC Capital Marketsの6社を共同主幹事に選びました。
6社が担うのは、引受、投資家との対話、発行日の販売という、従来型の主幹事業務です。
この選定は発行そのものではなく、調達工程の完了と、投資家との対話の開始にあたります。なお、DIGITの発行は2027年第1四半期までが政府の見込みで、本記事執筆時点(2026年10月13日)で正式な発行日は確定していません。
では、誰が、何のためにDIGITを進めているのでしょうか。担い手は、英国財務省です。卸売金融市場(金融機関どうしが取引する市場)のデジタル化の取り組みの一部で、DLTで金融の仕組みが変わるなか、英国の競争力を保つことを狙いとして説明しています。DIGITの目的は、次の2つです。
- 国債の発行の工程全体に、DLTをどう適用できるかを、政府が探ること
- 英国内のDLTの基盤づくりと、英国の金融市場でのDLTの採用を促すこと
英国財務省は、2025年3月に調達を始め、2025年7月に試す機能を公表しました。2026年2月にHSBCをDLTの提供者に選び、10月6日に共同主幹事を決めています。段階を踏んで、発行の準備を進めてきた流れです。
出典・参照:
DIGITの仕組みと、公表されていること
DIGITは、短期の新しい英国政府債で、発行から償還までを分散型台帳技術(DLT)の上で行います。DLTとは、複数の参加者で取引の記録を共有し、管理する技術で、ブロックチェーンもその一種です。
DIGITは通常の国債発行計画とは別の枠で、Digital Securities Sandbox(DSS)の中のプラットフォーム上に発行します。DSSは、法令の一部を一時的に変えたうえで、デジタル証券の発行や取引を実際に試せる、規制上の実証環境です。DIGITでは、このDSSの中で、次の4点を試します。
- ブロックチェーン上での決済
- 店頭取引(OTC。取引所を通さない売買)。契約の条件をプログラムで自動的に実行する仕組み(スマートコントラクト)の役割も含む
- 既存の基盤との相互運用
- 保有情報の透明性
このプラットフォームの提供者には、2026年2月、HSBCのOrionが選ばれました。DIGITをロンドン証券取引所のメイン市場へ上場することも、政府の予定として示されています。
現時点で公表されている範囲は、次のとおりです。
| 項目 | 公表の状況(2026年10月8日時点) |
|---|---|
| 発行時期 | 2027年第1四半期までの見込み。日付は公表されていない |
| 発行額 | 公表されていない。HSBCのDSS上の政府債の上限も未確定 |
| 年限 | 短期債(short-dated)。具体的な満期やクーポンは公表されていない |
| 台帳の技術 | HSBCのOrionを使用。基盤の詳細や運営の構成は公表されていない |
| 資金側の決済 | 証券と資金の両方をブロックチェーン上で決済することを政府は優先。資金の支払いに使う決済資産(中央銀行マネーかトークン化預金かなど)は公表されていない |
| 投資家の範囲 | 幅広い参加者へのアクセスを掲げる。適格な投資家の区分や、個人の可否は公表されていない |
| 法的な最終性 | 決済の最終性(取引が取り消されなくなる時点)についての、DIGIT固有の規則は公表されていない |
出典・参照:
従来の国債との違い:電子化済みの先にある、記録と決済の組み替え
すでに電子化された国債と、DIGITは何が違うのでしょうか。この章では、従来の国債の仕組みとの違いと、ブロックチェーンを使っても仲介者が残る理由を書きます。
従来の国債とDIGITの違い
英国の通常の国債は、すでに電子化されており、誰が保有しているかの登録と、売買に伴う保有の移転は、CRESTという決済システムが担っています。CRESTは、英国中央銀行の資金決済の仕組みと連動したDvP(証券の引き渡しと資金の支払いを同時に行う仕組み)で、証券と資金を確定的に受け渡します。
発行の流れも、国債管理庁(DMO)の入札、または主幹事を介して配分するシンジケーション(複数の証券会社が組んで引き受ける方式)で行われ、CRESTでの登録・決済・保有へ続きます。複数の既存の基盤と仲介者で成り立つ仕組みです。
これに対してDIGITは、証券を成立の時点からデジタル台帳に置きます。これが、DIGITが「デジタルネイティブ(最初からデジタルの形)」の政府債と呼ばれるゆえんです。発行時の記録、口座の管理、決済、保有の移転、利払い・償還を、同じ基盤、または相互につないだ基盤で処理できるかを、実際の取引で試します。違いは、これらの記録と処理を、どこまで共通の台帳に寄せられるかにあります。
電子化された従来の国債とDIGITの違いを、次の表に整理します。
| 観点 | 従来の国債 | DIGIT |
|---|---|---|
| 記録と保有 | CRESTで登録、保有、移転を処理 | 証券を成立時からデジタル台帳に置く |
| 決済 | 中央銀行の仕組みと連動したDvP | 証券と資金のブロックチェーン上での決済。資金の支払いに使う決済資産は公表されていない |
| 発行の流れ | 入札、または主幹事を介して配分するシンジケーション | 共同主幹事6社が従来型の業務を担い、DSS内のプラットフォームに発行 |
| 検証の対象 | 既存の仕組みで運用 | OTC取引(スマートコントラクトの役割を含む)、既存基盤との相互運用、保有情報の透明性 |
表のDIGITの欄は、これから運用して試す内容で、実際に測定した結果はまだありません。
出典・参照:
ブロックチェーンなら仲介者は要らないのか
DIGITが使うDLTの代表が、ブロックチェーンです。ブロックチェーンは、参加者が同じ記録を共有し、全員で正しさを確かめられるため、記録を照合し保管してきた銀行や証券会社などの仲介者がいなくても取引できる技術だと、よく言われます。では、ブロックチェーンに代表される技術を使うDIGITでも、仲介者は要らなくなるのでしょうか。
現時点で公表されている構成では、仲介者は残ります。DIGITで仲介者の役割を担うのは、次の2者です。
- 共同主幹事の6社:国債の引受と販売を担う
- HSBC:DLT上で国債の発行時の記録、口座の管理、決済を担う機関として、英国中央銀行の承認を受けている
この点は、暗号資産(仮想通貨)とは大きく異なります。ビットコインなどの暗号資産は、特定の発行者や管理者を置かず、参加者どうしで記録を確かめ合う仕組みで広まりました。対して、DIGITは英国財務省が発行する国債で、発行者が明確です。そのうえで、共同主幹事やHSBCといった仲介者が引受や記録、決済を担っているのです。
仲介者が残るなかで変わるのは、機関ごとに別々に持ち、照合してきた記録を、共通の台帳に寄せる点です。
従来の国債では、機関ごとに登録や保有の記録を別々に持ち、取引のたびに互いの記録を突き合わせて、食い違いがないかを確かめてきました。DIGITでは、この突き合わせを、共通の台帳に任せられるかが試されます。仲介者の役割は、記録を照合し保管することから、共通の台帳の上で発行や決済を担うことへ移ります。
証券、資金、権利の記録を、どの基盤に置き、どこまで共通にするのか。ここに、今回の試みの核心があります。
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先行例と日本:香港・スロベニアの実績と、英国から学べること
DIGITのように、政府が債券を最初からデジタル台帳(DLT)の上で発行する取り組みは、他国と日本ではどこまで進んでいるのでしょうか。この章では、DIGITと同じ種類の債券をすでに発行した香港とスロベニアの例、検討を始めたばかりの日本の現在地、そして英国の進め方から学べることをまとめます。
香港とスロベニアの先行例
DIGITは「英国初」ですが、世界初ではありません。香港政府とスロベニア政府は、すでに債券をDLTの上で発行し、決済まで行った実績があります。
| 国・地域 | 発行の時期と規模 | 決済の特徴 |
|---|---|---|
| 香港 | 2023年2月に8億香港ドルのトークン化グリーンボンドを発行。2024年は4通貨建て、総額約60億香港ドル相当へ拡大 | 証券トークンと、香港金融管理局への請求権を示す資金トークンを、DLT上でDvP決済 |
| スロベニア | 2024年7月25日にEU加盟国のソブリンとして初のデジタル債を発行。額面3,000万ユーロ、クーポン(利率)3.65%、満期は2024年11月25日 | BNP ParibasのNeobonds(Cantonの許可型DLT)上で発行し、フランス銀行を通じた中央銀行マネーで、ブロックチェーン上で決済 |
香港では、通常は取引から5営業日かかっていた発行の決済が、翌営業日に短縮されたと、香港金融管理局の年報が説明しています。
2つの例は、証券の受け渡しだけでなく、代金の支払い(資金の決済)まで、デジタル台帳の上で行えることを示しています。
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日本の現在地
日本では、財務省が2026年9月30日に『国債のオンチェーン対応に関する研究会』の開催を公表し、10月8日に第1回を開きました。日本銀行と金融庁がオブザーバーで、議論の整理は12月から翌年1月をめどに行う予定です。ただし、現段階で研究会は検討の開始であり、発行の決定ではありません。
第1回の事務局資料は、オンチェーン対応(国債の取引や管理を、ブロックチェーンなどの台帳の上で行えるようにすること)を、広く捉えています。購入、保有、売却、交換、貸出、受渡し、利払いといった一連の取引に加え、既存システムの改修や業務フローの変更、市場慣行づくりまでを含みます。
事務局資料は、選択肢として、次の3つの類型を暫定的に整理しています。
- 国債等を運用先とする投資信託の受益権のオンチェーン化
- 現行の振替決済制度を前提に、口座管理機関や日本銀行の振替口座簿をオンチェーン対応にする方法
- 振替制度の外のブロックチェーン上に、新しい形態の国債を発行する方法
日本では、このほかに、社債などでセキュリティトークン(ブロックチェーン上で発行する証券)を対象にした制度整備も行われています。
金融庁は2024年4月、セキュリティトークンの社債について、一定の管理方法を満たす場合の税務上の要件を告示で定めました。日本銀行も2026年3月、ブロックチェーン上で日銀当座預金による決済を技術検証する内部のサンドボックスを公表しました。
国債のオンチェーン研究、社債のトークンに関する制度整備、中央銀行マネーの検証は、別の主体・別の層で並行して進んでいます。
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英国の進め方から学べること
英国のDIGITは、次の3つの進め方をとっています。
- 通常の国債発行計画とは別の枠で、短期債として発行する
- 法令の一部を一時的に変えられる実証環境(DSS)の中で、実際の取引として試す
- 2025年3月の調達開始から、2025年7月の試す機能の公表、2026年2月の提供者の選定、2026年10月の共同主幹事の選定まで、段階を踏む
香港とスロベニアが、まず債券そのものを発行したのに対し、英国は、既存の基盤との相互運用やロンドン証券取引所への上場といった、従来の市場との接続も同時に試します。そのため、法令を一時的に変えられるDSSの中で、段階を踏んで進めています。
日本の研究会が整理した3つの選択肢のうち、3つ目の「振替制度の外のブロックチェーン上に、新しい形態の国債を発行する方法」が、DIGITに最も近い形です。DIGITも、CRESTなどの既存の仕組みの外に、新しい国債を置くからです。そのため英国は、法令を一時的に変えられるDSSという枠組みを先に用意し、そのうえで、短期債を別枠で小さく発行する形にしました。
日本でこの方法を検討する場合も、既存の制度の外で発行することになるため、DIGITのように、どの範囲で、どの制度の下で試すかを、先に決める必要があるでしょう。
出典・参照:
まとめ:国債のデジタル化は、記録と決済の組み方の組み替えとして読む
国債のデジタル化は、紙を電子にする段階をすでに終え、記録と決済の組み方を組み替える段階に入っています。英国のDIGITは、証券を成立の時点からデジタル台帳に置き、発行から償還までの記録を同じ基盤で扱えるかを試す取り組みです。
ブロックチェーンを使っても、国債の引受や販売、発行時の記録、決済を担う仲介者は残ります。そのうえで、機関ごとに別々に持っていた記録を、共通の台帳に寄せられるかが試されます。
香港とスロベニアは、すでにこの種の債券を発行しました。日本の研究会は、選択肢を整理する段階にあります。英国は、別枠の短期債を実証環境の中で、段階を踏んで試しています。
ただし、発行額や、資金の支払いに使う決済資産は、まだ公表されていません。次の節目は、英国のDIGITの発行条件の公表と、日本の研究会が12月から翌年1月をめどに行う議論の整理となるでしょう。
執筆者
DXportal®運営チーム
DXportal®編集部
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