「費用対効果は?」に答えられないDXを、どう決めるか|事前ROIが実験の芽を摘む【編集部考察】

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DX(デジタルトランスフォーメーション)関連の投資提案をするたびに、「で、いくら儲かるの?」と聞かれ、答えに詰まって差し戻される。あるいは、決裁する側として、効果の曖昧な提案をどう判断すればいいか分からない。稟議や予算会議で、こうした場面に心当たりのある方は多いはずです。

本記事では、この「費用対効果を説明できない」という詰まりを、担当者の準備不足の問題としてではなく、決裁の言語の問題として考えます。DXの投資には、効果を事前に見積もれるものと、やってみないと読めないものが混ざっています。それなのに、決裁は両方に同じ事前ROI(投資利益率)の提示を求めます。この不一致が、小さな実験を通しにくくしている、というのが編集部の見立てです。

【本記事の要点】

  • DXの意思決定でつまずくのは「効果を測れないから」ではなく、「事前に効果を約束させる決裁の言語」を使い続けているからである
  • DX投資には「効果を見積もれるコスト削減型」と「やってみないと分からない探索型」が混在しているのに、決裁は両方に同じ事前ROIを求めている
  • 事前ROIを厳しく求めるほど、担当者は「通る数字」を作文するか、案件を大型化する。どちらも失敗時の傷を深くする
  • 探索型の投資は、事前の効果額ではなく「学習の速さ」「初期コストの小ささ」「撤退のしやすさ」で評価し、撤退基準を先に決めておく

「で、いくら儲かるの?」で止まる会議

小さなDX実験の提案が、事前の費用対効果を説明できず差し戻される会議

DXやAI活用に関する提案が、会議で差し戻される理由の多くは、内容の是非ではありません。「費用対効果が説明できていない」という一点です。

提案する側は、効果を数字で示そうとします。「作業時間が月20時間削減できます」「ミスが減って手戻りコストが下がります」。しかし、新しい顧客接点をつくる、データを活用して次の一手を探る、といったテーマになると、この計算が急に難しくなります。やってみなければ、どのくらいの効果が出るか分からないからです。

決裁する側も、実は困っています。効果額が曖昧な提案を「通していいのか」の判断基準がないため、とりあえず「もっと数字を詰めて」と差し戻すことになります。

ここで確認しておきたいのは、この詰まりが、担当者の説明能力や準備の不足ではない、ということです。IT投資やDX投資の費用対効果は事前に説明しにくい、という指摘は、コンサルティング各社の解説でも共通して見られます。効果が多面的で、金額に換算しにくい価値を含み、従来の財務指標と噛み合わないためです。問題は個人ではなく、効果が読めない投資にも事前ROIを求める、決裁のやり方の側にあります。

DX投資には、2つの型が混ざっている

効果を予測しやすいコスト削減型と、試して学ぶ探索型のDX投資の比較

DXの投資を、性質で2つに分けて考えます。

1つは、コスト削減型です。

  • 紙の処理の電子化
  • 定型作業の自動化
  • 既存業務の置き換え

これらは、現状の作業時間や人件費が分かっているので、削減効果をおおよそ見積もれます。事前ROIを出す意味があり、その計算に耐えます。

もう1つは、探索型です。

  • 新しい顧客接点をつくる
  • 蓄積したデータから使い道を探る
  • これまでやっていなかったことを試す

これらは、やってみないと効果が読めません。市場の反応も、社内での使われ方も、走らせてみて初めて分かります。

問題は、決裁する側がこの2つを区別せず、両方に同じ事前ROIの提示を求めることです。コスト削減型なら答えられる問いが、探索型には答えられない。答えられないから差し戻される。差し戻されるから、探索型の提案は会議に出しにくくなり、いつのまにか「効果を数字で言えるものだけ」がDXの議題になっていきます

事前ROIを厳しく求めるほど、失敗が増える

厳しい事前ROI要求が、数字の作文と案件の大型化を招く二つの弊害

探索型の投資に事前ROIを厳しく求めると、担当者は2つのうちどちらかの行動をとりがちです。

1つは、「通る数字」を作文してしまうことです。根拠の薄い前提を積み上げて、それらしい効果額をつくる。これだと会議は通りますが、その数字に後で縛られかねません。想定どおりの効果が出なければ「約束を守れなかった」ことになり、次の提案が通りにくくなります。

もう1つは、案件を大型化することです。小さく試したいだけなのに、「効果が大きく見える」規模まで広げないと稟議に乗らない。結果として、初期投資が膨らみ、途中でやめにくくなり、失敗したときの傷が深くなってしまうのです。

調査会社のGartnerは2025年6月に、エージェントAIのプロジェクトの40%超が、コスト高・事業価値の不明確さ・リスク統制の不足を理由に、2027年末までに中止されるだろうと予測しました。

これはあくまで予測の範疇にすぎませんが、その多くは初期段階の実証実験であり、期待が先行しすぎたものだと指摘されています。小さく試して見極めるべきものを、大きく振ってしまった結果とも読めます。

つまり、事前ROIを厳格に求めることは、慎重に見えて、むしろ失敗の確率を上げている場面がある。まずはそのことを理解したうえで、次章では、探索型の投資基準を決める評価軸を考えていきます。

出典・参照:

探索型を決めるための、別の言葉

探索型投資を学習の速さ、初期コスト、撤退しやすさで評価する図解

探索型の投資を決めるには、事前の効果額とは別の評価軸が必要です。編集部が挙げたいのは、次の3つです。

1つは、学習の速さです。この投資で、何が、いつまでに分かるのか。「3カ月で、この施策に反応する顧客層がいるかどうかが分かる」というように、得られる知見と、それが分かる時期を明確にしましょう。

2つは、初期コストの小ささです。試すために、いくら必要か。小さく始められるほど、外したときの損失は小さくなります。「効果が大きく見える規模」ではなく、「学びを得るのに必要な最小の規模」で設計しましょう。

3つは、撤退のしやすさです。うまくいかなかったとき、いつ、何を見て、どうやめるか。これを始める前に決めておきます。「3カ月後、利用率がこの水準に届かなければ終了する」という基準があれば、やめる判断は「失敗の追認」ではなく「予定どおりの手続き」になります。

なお、この3つはセットで考えなければなりません。撤退基準を決めずに「小さく試そう」とだけ言うのは、無責任な実験礼賛です。学習の速さと初期コストの小ささは、撤退のしやすさとあわせて初めて、探索型を安全に進める言語になるのです。

まとめ:決裁の言葉を広げることでチャレンジを増やす

DXの意思決定でつまずくのは、効果を測る技術が足りないからではありません。効果が事前に読めない探索型の投資にまで、「いくら儲かるか」を事前に約束させる決裁の言語を使い続けているからです。その言語は、根拠のない数字の作文と案件の大型化を招き、かえって失敗を増やしてしまうのです。

効果が読める投資は、従来どおり事前ROIで判断する。効果が読めない投資は、学習の速さ・初期コストの小ささ・撤退のしやすさで判断し、撤退基準を先に合意しておく。この切り分けができれば、「やってみて、ダメなら3カ月でやめる」という二段構えのチャレンジができ、探索型の投資も稟議に乗せやすくなります。

貴社のDX案件は、「効果を見積もれるコスト削減型」でしょうか、それとも「やってみないと分からない探索型」でしょうか。後者に事前ROIを求めていないか。効果が事前に読めない投資を、自社はどう決めているか。この問いを持ち帰っていただければと思います。

山田 元樹

執筆者

株式会社MU 代表取締役社長

山田 元樹

社名である「MU」の由来は、「Minority(少数)」+「United(団結)」という意味。企業のDX推進・支援を過去のエンジニア経験を活かし、エンジニア + 経営視点で行う。DX推進の観点も含め上場企業をはじめ多数実績を持つ。