「とりあえずグラフにしてみよう」から始める段階的な取り組み
まずは手元のできることから始めればよく、難しく考える必要はないのですね。
高橋氏

「『DXをやろう』ではなく、『とりあえず見づらいからグラフにしてみよう』でいいのです。」
小さなアクションから成果が出ると、現場も楽しくなって次のステップへ進めますね。
高橋氏
「毎日比較したいから、『ここを自動化しよう』と自然に次の段階へ進んでいきます。いきなり億単位の予算をかけて大がかりなシステムを作るのではなく、まずはエクセルで試してみて、うまく機能するなら段階的にAWSなどの本格的なシステムへ移行していく。DXで成果を上げている会社は、こうしたごく普通のステップから始めているのだと思います。」
大企業では「DX専門部署の立ち上げ」や「外部専門人材の登用」が盛んですが、現場の業務が分からずに使い物にならないシステムを押し付け、崩壊するケースも多いようです。
高橋氏
「ただの無駄になっていると思います。そうした取り組みを『DXの進捗度』としてアピールしたい気持ちは分かりますが、本質からずれています。そんな大がかりなことをするより、本当にエクセルから始めればいいのです。」
「エクセルでいい」というのは極論のようにも聞こえますが、そのくらいの敷居の低さで進めるべき、ということでしょうか。
高橋氏
「そうでないと、経営者も現場もイメージが湧きません。まずは『バラバラの数字を1年分の月別エクセル表にする』、見づらいから『グラフにする』、そこから『問題点が見えるからシステム化しよう』というステップを踏むべきです。いきなり金のかかるシステムを作るから失敗するのです。私は、エクセルの活用を極論として言っているつもりは全くありませんね。『エクセルで十分だ』と真摯に言いたいです。だって、50年前の経営情報システムが目指したものって、データベースの共有だったんですよ。今のリレーショナル・データベース(表形式でデータを管理する仕組み) って、結局表形式なので、エクセル・データの共有ができれば、それで完成形なんですよ。今ならあまりにも安価に実現できちゃうので、拍子抜けしますね。」
現場の「もっと便利に」がDXを前へ進める原動力になる
社員を巻き込む際も、分かりやすさや現場の「参加意識」がポイントになりますね。
高橋氏
「現場を巻き込むには、彼らから『これがあったら便利だ』というニーズが自然と出てくることが大切です。先ほどのスーパー『ワイズマート』の例では、『1日の終わりだけでなく、時間ごとの売れ行きが分かれば、夕方の追加製造や値引きの判断ができる』という現場の声がありました。ニーズに合わせてシステムを少しずつ作ればいいのです。」
現場が「こうしてほしい」と言いやすく、それが解決につながる良い循環ですね。
高橋氏
「完成度は低くて構いません。エクセルやGoogleスプレッドシートで共有シートを作り、『必要なデータを入れておいて』と役割を分散すれば、誰か一人に負担をかけずにデータの共有が可能です。
小売業で『月次の数字しか分からない』では困りますが、『昨日の振り返りミーティングが10分でできる』ようになるだけで十分なDXです。それが軌道に乗って全国展開する段階になって初めて、AWSなどのクラウドサービスを導入すればいいのです。」
DXを神棚に祀(まつ)るのではなく、もっと身近なところから始めるべきですね。
高橋氏
「50年前から『データベースをどう使うか』というアイデア自体は変わっていません。当時は億単位の費用と大型計算機が必要だった『夢の技術』が、今はパソコンやスマートフォン、そしてエクセルで、ほぼ無料で実現できます。
まずは既存のツールでデータを共有し、データベース化することの便利さを実感すればいいのです。敷居を高く捉える必要はまったくありません。」
まずはできる範囲で始めて、必要に応じてレベルを上げていけばいいのですね。
高橋氏
「その通りです。うまくいっている企業ほど『DXをやっている』という意識はありません。まずは目の前のできることから、とりあえず始めてみればよいのではないでしょうか。」
【取材を終えて】
取材中、高橋先生が「エクセルで十分だ」と何度も真摯に語られていた姿が印象的でした。多くの企業が「DX」という壮大な言葉に気後れし、高額なシステムや外部人材の誘致に走りがちです。しかし、本当に必要なのは最先端のIT技術ではなく、現場が直面している課題を解決したいという「目的」そのものです。実直に語られる高橋先生のお話を聞いていると、私も「今すぐにでも何か取り組むことができるのではないか」という気持ちが湧いてきました。
ヤマヒロやワイズマートの事例が示すように、身近なエクセル表や無料の共有シートでも、現場が便利さを実感して自発的に使い始めれば、それは立派なDXの一歩となります。貴社におかれても、神棚に祀るような仰々しいDXを捨て去り、まずは「身近なデータを表にしてみる」という極めて敷居の低い実践から、変革の一歩を踏み出してみてはいかがでしょうか。
DXportal®編集部
東京理科大学 経営学部経営学科 教授 高橋 伸夫氏
1957年 北海道小樽市生。1980年 小樽商科大学商学部卒業。1984年 筑波大学大学院社会工学研究科退学。同年 東京大学教養学部助手(統計学)。1987年 東北大学経済学部助教授(経営学総論)。1991年 東京大学教養学部助教授(統計学・経営政策科学)。1994年 東京大学経済学部助教授(経営学・経営組織論)。1996年 東京大学大学院経済学研究科助教授(経営学・経営組織論)。1998年 東京大学大学院経済学研究科教授(経営学・経営組織論)。2023年より現職。東京大学名誉教授(2023)。『経営の再生―戦略の時代・組織の時代―』(有斐閣)、『組織の不都合な真実―経営学は科学なのか?―』(日本経済新聞出版)、『知らなかったでは済まされない 経営学の話』(高橋書店)など著書多数。
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DXportal®の企画・運営を担当。デジタルトランスフォーメーション(DX)について企業経営者・DX推進担当の方々が読みたくなるような記事を日々更新中です。掲載希望の方は遠慮なくお問い合わせください。掲載希望・その他お問い合わせも随時受付中。