DX戦略実行のタイミングと既存事業との摩擦への対応策
DXを進めるうえで、タイミングや従業員・顧客からの受け入れの難しさについてどのようにお考えですか。
荒瀬氏
「非常に重要なポイントです。正しい取り組みであっても、必ずしもすぐに受け入れられるとは限りません。
たとえば紙ベースのサービスをデジタル化しても、顧客側がそれを望んでいなければ普及しません。また、既存のビジネスモデルに関わる人にとっては、自分たちの役割が失われる可能性もあり、抵抗勢力が生まれることもあります。
したがってDXは、単にAI技術を導入すればよいものではなく、顧客や現場の実態、タイミング、そしてビジネスモデル全体を踏まえて進める必要があります。長期的な視点と丁寧な設計、そして関係者全体の理解と納得を得ながら進めていくことが不可欠です。」
既存事業と新規事業の間で生じる摩擦について、どのように考えるべきでしょうか。
荒瀬氏
「新規事業と既存事業の間には、どうしてもコンフリクトが生じます。既存事業はすでに大きな収益を生んでいる一方で、新規事業は立ち上げ段階では利益が小さく、社内での評価に差が出やすいためです。
その結果、『自分たちはこれだけ稼いでいるので、新規事業のメンバーより評価されて当然』という認識や不満が生まれ、変革の取り組みが進みにくくなります。
これを乗り越えるためには、経営者が明確な方針を示し、新規事業の価値や将来性を適切に評価する仕組みを整える必要があります。先ほど申し上げたアナログスキル、すなわち人の行動原理を理解し適切にマネジメントする力が、ここでも組織変革の要となります。」
著書『1冊目に読みたいDXの教科書』に込めた共通言語の意図
2022年に発売された著書『1冊目に読みたいDXの教科書』(SBクリエイティブ)について、執筆の意図を教えてください。
荒瀬氏
「DXという言葉が独り歩きすると、経営者と現場で同じ言葉を使っていても、指している内容がまったく異なるという状況が起こります。
たとえば、経営者がDXの進捗を確認した際に、現場が『OCR(光学的文字認識:紙の文書をデータとして読み取る技術)ツールを導入しました』と答えて会話が終わってしまう。これでは本質的な議論にはなりません。
そうしたズレを防ぐために、DXの基本的な考え方や背景、進め方、課題とその乗り越え方を体系的に整理し、組織全体での『共通言語』として活用していただくことを目的に執筆しました。」
本書で特に強調されたかったポイントはどこですか。
荒瀬氏
「最も強調したのは、『DXは単なるデジタル利活用ではない』という点です。
多くの方が『デジタル技術を使うこと』がDXだと捉えがちですが、本質はそこではありません。デジタル技術の進展によって『競争の原理』が変わり、その変化に適応するためにビジネスを変革することがDXです。
デジタルはあくまで手段であり、目的は競争力の強化です。この点を正しく理解することが、DX推進の出発点になると考えています。」
本書が企業の中でどのように活用されることを期待されていますか。
荒瀬氏
「やはり『共通言語』として活用していただくことを期待しています。
実際に、多くの企業でDX推進部門のメンバーが本書を読み、組織としてのDXへの認識を揃える取り組みが行われています。せっかく立ち上げたDX推進部門が単なる『第二の情報システム部門』になってしまうケースも多いため、DXの本質を正しく理解することが出発点となります。
また、DX推進部門だけでなく、経営層やCDO(最高デジタル責任者)といった役員層にも読んでいただくことで、組織全体で認識を揃えることができます。共通の土台づくりが、変革の第一歩です。」
経営者・実務担当者に説く、生成AIを活用した変革の重要性
最後に、企業経営者やDX実務担当者に向けてメッセージをお願いします。
荒瀬氏
「本来、企業はまずビジョンを明確にし、そのビジョンに基づいて戦略や取り組みを進めるべきです。しかし実際には、既存の情報システムの延長線上で『何かできることはないか』と考えてしまう企業も少なくありません。
そのような場合は、小さくてもよいので変革の成功体験を積むことが重要です。そのきっかけとして有効なのが生成AIだと考えています。
ただし、生成AIは単なる業務効率化ツールではありません。人の役割や働き方そのものを変える契機になります。たとえば、『何を解決すべきか』という問いを立てるのは人間の役割であり、その問いに対して多様な選択肢を提示するのはAIが得意です。そして最終的な意思決定は再び人間が担う。このように、人とAIの役割を再定義することが重要です。

今後は、AIを活用しながら業務プロセスそのものを見直し、組織としての働き方を再設計していく必要があります。個人単位ではなく、チームや部門全体で取り組むことで、より大きな変革につながると考えています。」
【取材を終えて】
荒瀬社長の取材を通じて改めて実感したのは、DXは単なるデジタル利活用ではなく、経営戦略と組織文化を伴う長期的な変革であるという点です。
- 経営層の意識
- 現場との連携設計
- 人とAI技術の最適な役割分担
変革を前進させる要因は、この三点に集約されます。特に生成AIは単なるツールではなく、業務プロセスや意思決定のあり方を再設計する契機となる可能性を秘めています。荒瀬社長へのインタビューは、経営者やDX担当者にとって、変革の第一歩を踏み出す示唆に満ちていました。
最後に、貴重なお話をお伺いしたい荒瀬社長の「DXエバンジェリスト」としての今後ますますのご活躍を願っています。
DXportal®編集部
株式会社デジタルトランスフォーメーション研究所 代表取締役 荒瀬 光宏氏

慶應義塾大学法学部、グロービス経営大学院、日本政治学校卒。日本初のDX専門研究機関である株式会社デジタルトランスフォーメーション研究所の創設者。
30年間のIT業界の経験、海外での経営経験を通じて、日本のデジタル競争力の弱さを痛感。2017年からDX事例研究に専念し、2018年6月当社を起業。研修や講演の受講者は10万人以上。書籍「1冊目に読みたいDXの教科書」は重版を重ね、現在第11刷。
執筆者
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DXportal®編集部
DXportal®の企画・運営を担当。デジタルトランスフォーメーション(DX)について企業経営者・DX推進担当の方々が読みたくなるような記事を日々更新中です。掲載希望の方は遠慮なくお問い合わせください。掲載希望・その他お問い合わせも随時受付中。
