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株式会社デジタルトランスフォーメーション研究所 代表取締役 荒瀬 光宏氏

株式会社デジタルトランスフォーメーション研究所の荒瀬社長(以下、荒瀬氏)は、日本初のDX専門研究機関を率いる「DXエバンジェリスト」です。大企業から中小企業まで、延べ10万人以上にDXの本質を伝えてきました。
その荒瀬氏が、経営層の意識改革から組織全体の変革まで、DXを成功に導く実践的な手法と課題克服のポイントを語ります。日本企業のDX推進の現状と課題、競争力強化のための戦略的取り組み、生成AI活用による新しい働き方まで、経営者・実務家が押さえるべき知見を網羅する、その的確な指摘から多くのメッセージを受け取ってください。
【本記事の要点】
- DXとは一過性のプロジェクトではなく、5〜10年単位の環境変化への適応を目的とする長期的な経営変革である
- DX推進の最大のボトルネックは経営層の意識にあり、現場との連携を設計することが変革の起点となる
- 競争力強化の鍵は価格・品質の優位性ではなく、顧客エンゲージメントを高める仕組みの構築にある
- 生成AIは業務効率化ツールに留まらず、人の役割と働き方そのものを再設計する契機となる

日本初のDX専門研究機関の事業概要と荒瀬社長のミッション
まずは、2018年に起業されたデジタルトランスフォーメーション研究所の事業概要やミッションからお聞かせください。
荒瀬氏
「当社は、日本で初めてのDX専門研究機関としてスタートしました。私は代表として、『DXエバンジェリスト』という肩書で活動しています。DXという概念を日本に広める『伝道者』のような役割です。また、当社のエグゼクティブアドバイザーには、2004年に世界で初めてデジタルトランスフォーメーションという言葉を提唱した、米インディアナ大学のエリック・ストルターマン教授が参画しています。
私たちは、日本およびグローバルのDX事例を研究する中で、『DXは日本にとって極めて重要なテーマである』と確信しました。日本経済はこの数十年、競争力が低下し続けています。その要因の一つは、デジタル技術を前提にビジネスモデル全体を見直すという発想が欠如していることだと私たちは考えています。
そこで当社は、『DXの実践的知見を誰にでもわかりやすく整理し、広く伝え、誰もが使いこなせる仕組みをつくる』ことをビジョンに掲げ、活動を開始しました。具体的には、DX推進に関するコンサルティングや研修、講演などを通じて企業の支援を行っています。」
荒瀬社長ご自身が、コンサルタントや講師として第一線に立たれているのですか。
荒瀬氏
「はい。現在も私自身が現場に立ち、コンサルティングや研修、講演を行っています。これまでに講演や研修を受講いただいた方は延べ10万人以上にのぼります。また、私の著書も多くの方に読んでいただいており、DX普及に一定の役割を果たせているのではないかと思います。」
日本企業におけるDX推進の現状と大企業・中小企業の差異
日本企業におけるDX推進の現状について、どのようにご覧になっていますか。
荒瀬氏
「ここ数年でDXに関する情報量が増え、本質的な変革としてDXに取り組もうとする企業は確実に増えていると感じています。
一方で、『DXはすでにバズワードとして終わった』という声もありますが、それはDXを単なるデジタル利活用のような一過性のプロジェクトとして誤認している例ではないでしょうか。
本来、DXとは1〜2年で完結する取り組みではありません。5年、10年といった長期にわたり、環境変化に適応し続けられる組織へと変革していくことを目指す取組みです。市場や顧客ニーズに応じて、自ら価値提供のあり方を変え続けられる状態をつくることがゴールなのです。
そのため、現在真剣にDXに取り組んでいる企業はむしろ増えており、決して減っているとは考えていません。特に大手企業では、DX本部や専門組織を設置し、体制を整えて推進しているケースが多く見られます。」
企業規模によってDXの進み方に違いがあるのですね。
荒瀬氏
「はい、大きな違いがあります。大手企業は体制やリソースが整っているため、DXに本格的に取り組んでいるケースが多く、当社もそうした企業の支援を数多く行っています。
一方で中小企業では、高齢化や体制の制約により、DXが進みにくい傾向があります。ただし、これはある意味で自然なこととも言えます。
注目すべきは、『自社がDXを実施するかどうかに関わらず、業界全体のDXは進む』という点です。業界構造や競争ルールは確実に変化していきます。その中で、自社がどこで価値を発揮し続けるのかを見極めることが非常に重要です。そのためにも、DXを単なるIT導入ではなく、経営戦略と結びつけて捉える必要があると考えています。」
DXに関する議論が長年繰り返されていますが、世の中への浸透は進んでいるのでしょうか。
荒瀬氏
「おっしゃる通り、『DXという言葉を目にしない日はない』という方がいる一方で、『DXについてよく知らない』という方もまだ多くいらっしゃいます。DXへの理解の浸透には大きな差があるのが実態です。
この要因は、日常的にデジタルに触れているか、触れていないかとの差にあると言えます。デジタルにあまり関わることなく生活できる環境が、日本にはまだ残っているからです。
その背景として、日本は世界でも突出して高齢化が進んでいることが挙げられます。企業自体の寿命も長く、伝統と歴史を特徴とする企業が多い。これらの歴史は強みである一方、『これまでの成功体験』を引きずりやすく、変化を難しくする要因にもなっています。
そのため、日本全体で見るとDXが進んでいないように見えるかもしれませんが、実際には『進んでいる企業』と『進んでいない企業』の差が非常に大きい、いわば二極化している状況だと考えています。」
DX推進を阻む経営層の課題と組織におけるボトルネック
日本企業がDXに成功できない理由や課題はどこにあるとお考えですか。
荒瀬氏
「最大の要因は、経営層にあると考えています。人は誰しも、自分が価値を発揮できる状態であり続けたいものです。経営者や役員の方々は、これまでの成功体験によって現在の地位にあるため、その成功モデルを否定されることには抵抗があります。
しかし、DXには従来とは異なる考え方や手法が必要です。新しいやり方に本気で向き合える経営者は決して多くはありません。
さらに、日本では経営者の平均年齢が非常に高く、特に中小企業では70歳前後の方も少なくありません。その結果、企業全体が『アナログネイティブ』な状態に留まりやすいのです。もちろん例外もありますが、全体としてはそうした傾向が強いと言えます。」
今後、経営者の高齢化が進む中で、日本企業におけるDXの浸透は難しいのでしょうか。
荒瀬氏
「一概に悲観する必要はありませんが、中小企業では後継者不足も深刻です。そのため、変革が進みにくい構造があるのは事実です。
ただし、大企業は異なります。条件は整っています。だからこそ、私たちは主に大企業向けに経営層へのDX研修(ワークショップ)を行っています。DXは現場だけで進められるものではなく、経営層自身が『これは自分たちの仕事だ』と認識することが不可欠です。
研修では、まず外部環境や業界の変化を共有し、自社のビジョンや戦略を再定義します。その上で、中間層や現場と連携しながら具体的な施策に落とし込んでいきます。経営層を起点として、組織が一枚岩になった取り組みこそが、変革を前進させると考えています。」
経営者の覚悟と現場の取り組みを結ぶ全体最適の重要性
以前に「DXには覚悟が必要」と発言されていましたが、現在の経営者の覚悟についてはどのようにご覧になっていますか。
荒瀬氏
「これは企業によって大きく異なります。覚悟を持って取り組んでいる企業もあれば、そうでない企業もあります。
傾向としては、BtoC企業の方が市場の変化を直接感じやすいため、危機感を持ちやすく、変革への意識も高いと言えます。一方でBtoB企業、とりわけ最終顧客との接点が少ない企業では、変化に気づきにくく、DXの必要性を実感しづらい傾向があります。
また、経営層の価値観も大きく影響します。従来型の発想に強く依存している場合、根性論で乗り切ろうとする傾向があり、戦略的な変革が進みにくくなります。覚悟と同時に求められるのは、経営目標を実現するための具体的なステップを設計する力だと考えています。」
DXを推進する立場として、経営層の意識を変えるためにできることはありますか。
荒瀬氏
「決まった正解はありませんが、相手が人間である以上、『アナログスキル』が非常に重要になります。
ここでいうアナログスキルとは、相手が何を考え、何を望み、何を嫌がるのかを理解し、その人に合ったコミュニケーションを取る力です。経営者一人ひとりに対して最適なアプローチを考え、丁寧に働きかけていく必要があります。
非常に手間のかかるプロセスではありますが、これを怠るとDXは進みません。技術だけでなく、人に向き合う力こそがDX推進の成否を分ける要素だと考えています。」
DXを組織全体で推進するうえで、どのような点が重要になるのでしょうか。
荒瀬氏
「多くの企業では、経営層が掲げるビジョンやKPI (重要業績評価指標)・KGI(重要目標達成指標)と、現場の取り組みが分断されているケースが少なくありません。
経営層は『ROA(総資産利益率)を向上させたい』『中期ビジョンを実現したい』といった目標を掲げていますが、現場にとっては『どこかに書かれている単なるフレーズ』という認識にとどまり、むしろ生産性向上や品質改善といった部分最適の取り組みに注力しています。
しかし、経営層が提示する指針と現場の意識がつながっていなければ、DXは組織全体を変革する武器にはなりません。現場の取り組みがどのように積み上がり、最終的に経営指標の達成につながるのか、その道筋を明確に設計することが求められます。
たとえば、現場のデジタル利活用によってデータが蓄積され、高速にPDCAを回せるようになる。そこからサプライチェーン全体の最適化、さらには事業全体の最適化へと発展し、最終的にROA向上へとつながる。このようなステップを可視化することが重要です。
この設計ができて初めて、経営層は『現場の取り組みが経営に直結する』と理解でき、現場も『自分たちの仕事が企業価値の向上に貢献している』と実感できます。」
DX実現に要する時間と日本企業競争力低下の構造的要因
DXの実現には、どの程度の時間がかかるものなのでしょうか。
荒瀬氏
「企業規模にもよりますが、大企業の場合は非常に時間がかかります。5年で変革を実現できればかなり優秀なケースで、一般的には10年程度のスパンで取り組む必要があると考えています。
もちろん、中小企業で経営者自身がデジタルに強く、迅速に意思決定できる場合には、短期間で大きな変革を実現することも可能です。しかし多くの企業では、試行錯誤を重ねながら段階的に進めていくことになります。
重要なのは、トップダウンかボトムアップかではなく、『全員が同じ方向を向いて変革に取り組む状態』をつくることです。組織のビジョンに対して今何をすべきか、そのステップを全員が共有することがDX推進の前提条件となります。」
日本の競争力低下が指摘されていますが、その要因と解決策についてどのようにお考えですか。
荒瀬氏
「競争力とは、顧客が何に価値を感じて対価を支払うかという点に加え、デジタル時代においては『顧客との関係性』をいかに維持・強化できるかが重要になります。
従来のように『価格が安い』『品質が高い』といった側面での競争だけでなく、顧客が継続的にサービスを利用したくなる仕組み、いわゆるエンゲージメントの向上が求められます。
たとえば、過去の購買履歴や設計データなどが蓄積され、担当者が変わってもスムーズに引き継ぎができる仕組みがあれば、顧客はそのサービスから離れにくくなります。結果として、多少価格が高くても選ばれるようになります。そのためには、顧客の業務プロセスの中に自然に入り込み、継続的に価値を提供できる仕組みを構築することが求められます。」
日本全体の競争力という観点では、どのような課題があるのでしょうか。
荒瀬氏
「さまざまな要因がありますが、最も大きいのは市場の特性だと考えています。
海外の先進国ではデジタルネイティブの割合が高く、市場の顧客自身がデジタルサービスを積極的に求めています。一方で日本は高齢化の影響もあり、アナログな手段を好む層も依然として多い状況です。
その結果、企業側も『顧客が求めていないからデジタル利活用をしなくてもよい』と判断しがちです。実際にデジタルサービスを導入しても利用が進まず、従来のやり方に戻ってしまうケースも見られます。
つまり、企業の問題だけでなく、市場全体の構造がDXの進展に影響を与えているということです。自社の顧客層の特性を踏まえたうえで、DX推進の優先順位を判断することが現実的な第一歩となるでしょう。」
執筆者
DXportal®運営チーム
DXportal®編集部
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