測定への過信を越えて、数字と現地現物を往復する
この章では、数字への過信が招く問題を整理したうえで、数字と現地現物を往復する実務の型と、現地現物自身の限界を述べます。
数字への過信が招く、意図しない結果
数字を目標や評価の物差しにするほど、数字は実態を映しにくくなりがちです。業績管理システムに関する研究レビューは、指標を目標や統制の道具として強く使う設計が、次のような意図しない結果につながり得ると整理しています。
- ゲーミング:数値を良く見せるための行動を取ること
- 情報操作:都合のよい情報だけを選んで伝えること
- 選択的注意:注目される指標だけに注意が向くこと
- 統制の錯覚:実際には管理できていないのに、管理できていると思い込むこと
関連して、量的な指標を意思決定や統制へ強く使うほど、指標そのものが実態を映す力を失いやすいという指摘(キャンベルの法則)もあります。ここで言えるのは、測定値を目標や統制に使う設計が、人の行動や情報の扱い方を変え得る、という限定的な点です。
ダッシュボードを疑うべきなのは、それが判断の材料である間ではなく、判断そのものの代わりになったときです。
出典・参照:
数字と現地現物を往復する2段階ループ
では、ダッシュボードと現地現物を、対立ではなく循環として設計するには、どうすればよいでしょうか。ここでは、数字から現場へ向かう段階と、現場から数字へ戻る段階からなる、2段階のループを提案します。各段階で、次の2つの動きを取ります。
| 段階 | 動き | 内容 |
|---|---|---|
| 1. 数字から現場へ | 見つける | ダッシュボードで異常や変化の候補を広く速く見つけ、深掘りする対象を絞り込む |
| 確かめる | 絞り込んだ対象を現地現物で確認し、なぜ起きたか、数値化される前に何が変わっていたか、当事者が何をためらっているかを把握する | |
| 2. 現場から数字へ | 戻す | 得た知見のうち、繰り返し使えるものを、新しい指標やアラートとしてダッシュボードへ戻す |
| 残す | 指標化になじまない領域は、指標化しないまま「答えられない問い台帳」として明示的に残す |
最後の「残す」で使う答えられない問い台帳には、次の項目を書き添えておきます。
- データの起点
- 更新の遅れ
- 除外・欠測の範囲
- 集計の粒度
- 指標の本来の目的
- 数値を意識した行動が起きやすい箇所
- 現場確認が必要になる条件
画面に何が映っていないかを、あらかじめ言葉にしておく作業と言ってもよいでしょう。中小企業であれば、主要なダッシュボードごとに数行のメモを添えるだけでも、この台帳は機能し始めます。
現地現物にも限界がある
ここまで、数字と現地現物を往復する型を述べてきましたが、現地現物にも限界はあります。
人は見られていると分かると、いつもとは違う振る舞いをしがちです。視察のための準備や演出が入り込むこともあれば、限られた時間で見聞きできる範囲が、現場全体のごく一部のサンプルにとどまることもあるでしょう。上下関係によって、本音が語られない場合も考えられます。
したがって、「現場の勘のほうが数字より正しい」と単純に結論づけるのも危ういでしょう。現地現物は、ダッシュボードとは異なる種類の偏りを持つ、もう1つの観察手段です。数字と現場のどちらか一方を信じるのではなく、両方の偏りを踏まえたうえで突き合わせる設計こそが、経営の観察能力を高めます。
まとめ:数字で現場へ行き、現場で数字を直す
冒頭で挙げた、現場へ行くべきかデータを信じてよいのかという線引きに対する本記事の答えは、どちらか一方を選ぶのではなく、役割の異なる2つの手段として使い分けることです。
ダッシュボードは、状態・推移・比較・異常候補を広く速く見つける地図であり、現地現物は、なぜそうなったかを確かめる手段です。地図がなければどこへ向かうべきかが分からず、現地を歩かなければ地図の意味も分かりません。
大切なのは、数字を手がかりに現場へ行き、現場で得た事実をもとに数字の設計を直す、という往復を意図的な仕組みとして持てるかです。答えられない問いを台帳に残しておくことは、経営がその往復を続けている証でもあります。
ダッシュボードを疑うのではなく、ダッシュボードに映らないものが何かを、常に問い続ける姿勢が、これからの経営には求められています。
執筆者
株式会社MU 代表取締役社長
山田 元樹
社名である「MU」の由来は、「Minority(少数)」+「United(団結)」という意味。企業のDX推進・支援を過去のエンジニア経験を活かし、エンジニア + 経営視点で行う。DX推進の観点も含め上場企業をはじめ多数実績を持つ。
