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ダッシュボードやBIツールを導入したものの、それで本当に現場を把握できているのか、漠然とした不安が残っている経営者やDX担当者は少なくありません。
多店舗化やリモート化で以前ほど現場を回れなくなり、数字だけで判断することへの後ろめたさもある。「もっと現場へ行くべきか、データをもっと信じてよいのか」の線引きが分からない、という悩みです。
線引きが難しいのは、ダッシュボードに映るのが数字に変換できた範囲に限られ、「なぜそうなったのか」といった数字になる前の現場の変化は読み取りにくいからです。
本記事では、トヨタの「現地現物」(意思決定に必要な事実を、発生した現場で確かめること)を対照軸に、ダッシュボードが答えられる問いと答えられない問いを分けて解説し、数字と現場を往復する実務の型を紹介します。
【本記事の要点】
- ダッシュボードは「何が起きたか」に答え、「なぜ起きたか」は現地現物でしか埋められない
- 問題は媒体ではなく、指標の選び方・更新頻度・集計の設計にある
- 数字と現場を往復し、数値化しない領域は「答えられない問い」として残す
「見える化すれば分かる」という安心感
ダッシュボードの魅力は、離れた場所の状況を、まとめて速く把握できることです。異常な数値があれば色や記号で強調され、経営者は現場に足を運ばなくても、何が起きているかを大づかみにできます。
この安心感自体は否定すべきものではありません。数字を集めて並べ、比較できるようにしたことで、以前は個人の勘や経験に頼っていた判断を、組織で共有できるようになったからです。
画面が現場のすべてだという錯覚
問題は、この安心感が「画面に映っているものが、現場の全体像である」という錯覚に変わりやすいことです。ダッシュボードに載る数字は、収集対象の選定、入力、集計、表示という複数の段階を経ており、そのたびに何を残し何を落とすかという選択が入ります。見えている範囲だけを現場そのものだと思い込むと、画面の外で起きていることへの注意が薄れてしまうのです。
この「見えている範囲の限界」を象徴する発言があります。トヨタ自動車は2020年5月の決算説明会で、当時社長だった豊田章男氏が、映像で足りる確認と、対面・現物でなければ捉えられない確認を分ける必要があると述べました。働く人の表情や目つきといった変化点は、選ばれ、圧縮された映像だけでは伝わりにくいという趣旨です。
ただし、この発言の主張は、「何でも現地へ行くべきだ」ということではありません。映像や数字で足りる確認は、そのままで十分です。問われているのは、どの確認を画面で済ませ、どの確認に対面が要るかを、意識的に区別できているかという点です。
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「遅行指標ばかり」という思い込みを正す
「ダッシュボードに載るのは、起きたことの後追いにすぎない遅行指標ばかりだ」という見方もあるでしょう。しかし、これは正確ではありません。ISO 45004:2024は、過去の実績に関する指標を遅行指標、将来の実績に影響し得る要因に関する指標を先行指標と整理しています。労働安全衛生分野の規格ですが、指標の性質を分ける考え方として応用できるものです。
ダッシュボードという媒体そのものに、先行指標を載せられないわけではありません。実際、戦略との整合や対話的な運用を伴うダッシュボード利用が、管理者や組織のパフォーマンス認識と関連するという調査結果もあります。
問題は媒体ではなく、どの指標を選び、どの頻度で更新し、どう集計するかという設計の問題です。「数字か現場か」という対立の立て方自体が、この設計の論点を見えにくくしています。
出典・参照:
「現地現物」とは何か
ここで対照軸にしたいのが、トヨタの「現地現物」という考え方です。トヨタは2001年、それまで暗黙知として受け継がれてきた経営上の価値観を体系化し、「チャレンジ」「改善」「現地現物」「リスペクト」「チームワーク」という5つのキーワードにまとめました。現地現物はその1つであり、公式資料では「源流へ行って事実をつかみ、正しい意思決定をし、合意を形成し、最善の速度で目標を達成する」という趣旨で説明されています。
なお、現地現物は、トヨタ生産方式(TPS)の2本柱である「自働化」と「ジャスト・イン・タイム」とは別の階層にあり、経営行動の原則として位置づけられています。
ここでは、物流現場を例に考えてみましょう。倉庫では、作業員ごとに処理速度に個人差があり、現場管理者はその差を踏まえて人員配置を細かく調整していることが多いようです。一方、現場を離れた上位管理職は、その日の入荷量・出荷量と作業員数だけを見て、適正人数や作業終了予測を判断します。
この判断自体が誤っているわけではありません。しかし、現場管理者が日々どう調整を工夫しているかは数字として記録されにくく、上位管理職には伝わりにくいのです。ここに、両者の間の小さな、しかし積み重なると大きな齟齬が生まれる余地が生まれてしまうのです。
この場面で、ダッシュボードが答えられる問いと答えられない問いを整理すると、次のようになります。
| 観点 | ダッシュボードが答えられる問い | ダッシュボードが答えられない問い |
|---|---|---|
| この例での問い | 入荷量・出荷量に対して、作業員数と所要時間はどう推移しているか | 現場管理者は、個人差をどう埋める工夫をしているか。その工夫は、なぜ数字に表れないのか |
| 分かること | 状態・推移・比較・異常候補 | なぜそうなったか、まだ数値になっていない何が起きているか |
| 向いている手段 | ダッシュボードで広く速く見つける | 現地現物で確かめる |
数字で分かるのは、状態や推移、いつもと違う箇所までです。なぜそうなったのか、数字に表れない工夫が現場で何を支えているのかは、現地現物で確かめて初めて分かります。だからこそ、ダッシュボードで候補を見つけ、現地現物で確かめるという役割分担が成り立ちます。
出典・参照:
執筆者
株式会社MU 代表取締役社長
山田 元樹
社名である「MU」の由来は、「Minority(少数)」+「United(団結)」という意味。企業のDX推進・支援を過去のエンジニア経験を活かし、エンジニア + 経営視点で行う。DX推進の観点も含め上場企業をはじめ多数実績を持つ。

