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「今、何時ですか」と聞かれたら、スマートフォンや腕時計の画面を見て答えますよね?
そこに表示された時刻を、わたしたちはまず疑いません。会社のPC、駅の発車標、銀行のATMが、どれも同じ時刻を指していることも、現代社会では当たり前だと思っています。
けれど、その「同じ時刻」は、いつ、誰が、どうやって決めたのでしょうか。140年ほど前の日本には、全国で通用する「正しい時刻」がありませんでした。太陽が真南に来た時刻を正午とすれば、東京と大阪では十数分ずれます。それでも、暮らしは問題なく回っていました。
時計をそろえる必要が生活の前面に出てきたのは、鉄道や電信が各地を結び始めてからです。そして今、同じ問題が会社のなかで、サーバーやクラウドという形で再び起きています。時計がわずかにずれるだけで、トラブルの原因を見誤ったり、認証がうまく通らなくなったりすることがあるからです。
この記事では、「時刻」という当たり前が、どうやって当たり前になったのか。その経緯をたどりながら、いま自分の会社の時計が何によって支えられているのかも、あわせて考えてみましょう。
【本記事の要点】
- 標準時は昔から自然にあったものではなく、鉄道や電信が広がるなかで「みんなで合わせる」必要が生まれてできた取り決めだ
- 北米では1883年に、鉄道会社が政府の法律より先に「標準鉄道時」を導入した
- 日本の標準時は1886年(明治19年)の勅令で定められ、1888年(明治21年)1月1日から使われ始めた
- いま会社が合わせているのは壁の時計ではなく、PCやサーバーの時計だ。NTPという仕組みで基準に合わせている
- 「時計が合っている」ことと、「この記録は確かにこの時刻のものだ」と後から示せることは、別の話である
正午が町ごとに違っていた
地球は球体で、自転しています。太陽に向いている面は自転につれて刻々と変わるので、地球上のどこにいるかによって、太陽が真上に近づく時刻、つまり正午は場所ごとに違います。つまり、地球のどこにその場所があるかによって時差が生じるのです。
けれど、この「場所ごとに正午がずれる」という話は、地球の裏側にある外国どうしの間だけで起きているわけではありません。今のような全国共通の時刻ができあがるまで、実は日本という1つの小さな国の中でも、町ごとに正午がずれていました。しかも当時の日本には、それとは別にもうひとつ、時刻をややこしくする仕組みがあったのです。
江戸時代の日本は不定時法という制度で、日の出と日の入りを基準に、昼と夜をそれぞれ6等分していました。そのため、夏と冬とでは同じ「一刻(いっとき=当時の約2時間)」でも長さが違ったのです。
その後、1873年(明治6年)に暦が太陽暦へ変わり、1日を24時間に等分する定時法になりました。それでも各地の時計は、「その土地で太陽が真南に来たとき」を正午に合わせていました。これを地方時と呼びます。当時、東京と西日本とでは、地方時に数十分の差があった計算になります。
しかし、鉄道や電信が地域をまたいで人と情報を結ぶまでは、この時計のずれが日常の大きな問題になることは、ほとんどありませんでした。隣町へ行くのに半日かかる時代であれば、隣町の時計と自分の時計が10分ずれていても、暮らしにはほとんど影響しなかったのでしょう。
鉄道が、ばらばらの時計をそろえた
けれど、鉄道が全国へ広がるようになると、話は変わってきます。列車は分単位のダイヤで動きます。ある駅を「9時58分発」と決めても、その駅の時計ととなり町の駅の時計が別々の地方時なら、ダイヤは意味をなしません。ここに至って、離れた場所の出来事を、同じ時間割の上にのせる必要が出てきたのです。
先に動いたのは北米の鉄道会社です。1883年11月18日、複数の鉄道会社が、地域ごとにばらばらだった約50種類の時刻を整理し、共通の「標準鉄道時」へ切り替えました。アメリカ政府がタイムゾーンを法律で定めるのは1918年ですから、社会のほうが35年早く動いたことになります。
翌1884年10月には、ワシントンで国際子午線会議が開かれました。ここで、イギリスのグリニッジ天文台を通る子午線を経度ゼロの基準とすること、世界共通の日付の起点、24時間制などが決議されます。ただし、この会議が世界のタイムゾーンをその場で一律に定め、各国に強制したわけではありません。この段階では、どの標準時をどう刻むかは、各国の判断に委ねられていたのです。
国際子午線会議でグリニッジが世界標準の基準に定められてから2年後、日本では、1886年(明治19年)7月に公布された勅令第51号が、東経135度の子午線の時刻を「本邦一般の標準時」と定めました。実際に使われ始めたのは1888年(明治21年)1月1日です。
なお、日本における標準時の適用は、「明治21年に決まった」と紹介されることがありますが、正確には、決めたのが1886年、使い始めたのが1888年です。ちなみに、東経135度は、「子午線のまち」として知られる兵庫県明石市が位置する経度です。
制定を後押ししたのは鉄道だけではありません。電信も、汽船も、測量も、役所の事務も、離れた場所と時刻をそろえる必要を抱えていました。ただ、決まった標準時を人々の生活へ配ったのは、やはり鉄道でした。
実際に、1887年の鉄道の服務規程には、主要な駅へ毎日電信で時刻を送り、中間の駅では車掌の時計を介して合わせる、という手順が書かれていたようです。駅の時計と車掌の懐中時計が、標準時を町へ運ぶ末端の装置だったわけです。
出典・参照:
- 本初子午線経度計算方及標準時ノ件(明治19年7月13日勅令第51号)/日本法令索引(国立国会図書館)
- International Conference Held at Washington for the Purpose of Fixing a Prime Meridian and a Universal Day, October 1884: Protocols of the Proceedings(国際子午線会議 議事録原文)
- On Time: Synchronizing Time/Smithsonian National Museum of American History
- 本の万華鏡 第32回 鉄道が変えたコト・モノ/国立国会図書館
いま会社がそろえているのは、サーバーの時計
現代の会社にも、同じ「時刻をそろえる」仕事があります。ただし対象は壁掛け時計や社員が身につけた腕時計ではありません。PC、サーバー、ネットワーク機器、クラウドサービスは、それぞれ内部に時計を持っていて、放っておくと少しずつずれていきます。
このずれを直しているのがNTP(ネットワーク・タイム・プロトコル)という仕組みです。インターネットを通じて基準になる時刻源へ問い合わせ、自分の時計を合わせています。日本の場合、大もとの基準は、情報通信研究機構(NICT)が管理する日本標準時です。東経135度という経線の位置は定められた当時から変わりませんが、時刻そのものは、いまは複数の原子時計を使って生成されています。
では、時刻がそろっていないと、どうなるのでしょうか。たとえば、ネットワーク障害の原因を調べるとき、複数の機器のログ(動作記録)を時系列に並べ、「何が先に起きたか」を追う場面を考えます。ここで機器ごとに時計が数分ずれていると、原因と結果が逆さまに見えてしまうでしょう。
また、ログイン認証やワンタイムパスワードのように、時刻を安全のしくみそのものに使う機能では、時計が大きくずれた端末で、正しいパスワードを入れてもログインできないことすら考えられるのです。
鉄道の時刻表が「離れた場所を走る列車の順番を共有する台帳」だったとすれば、現代のログは「離れた場所で起きた出来事の順番を復元する台帳」です。共通の時計が崩れると、どちらも順番を読み違えてしまう。同じ問題が、時を超え、形を変えて続いているのです。
出典・参照:
「合っている」と「証明できる」は、別の話
さてここで、もう少しだけ話の奥へ踏み込んでみましょう。考えたいのは、時計が合っていることと、「この記録は、確かにこの時刻のものだ」と後から他人へ示せることは、実は別の問題だ、ということです。
PCでファイルを保存すると、「更新日時」が自動で記録されます。ただし、その日時のもとは端末の時計です。しかし、端末の時計だけが記録時刻の根拠であれば、その端末にアクセスできる権限のある人なら、その気になれば後から書き換えることもできてしまいます。つまり、端末が更新日時を記録したというだけでは「確かにこの時刻に作られた」という証明にはならないのです。そこで、対象のデータと信頼できる時刻を結びつけて記録し、後から検証できるようにする「タイムスタンプ」という仕組みが生まれました。
タイムスタンプは、日時の改ざんがそのまま企業の利益に直結しかねない、経理の世界でも度々登場します。経理の世界では、電子で受け取った請求書や領収書をデータのまま保存するとき、改ざんを防ぐ手立てが求められます。その手立ての1つがタイムスタンプなのです。
ただし、日時の改ざんを防ぐ方法は、タイムスタンプだけではありません。訂正や削除の履歴が残るシステムを使う方法、社内で不正な訂正を防ぐルールを決めて運用する方法もあります。つまり、「日時の改ざんを防ぐには、まず有料のタイムスタンプを買わなければならない」と身構える必要はないのです。自社にどの方法が向いているかは、税理士や所轄の税務署に確認すると確実でしょう。
大事なのは、道具の種類ではなく、どの記録を、誰が、いつ残し、後から「これはこの時点のものです」と説明できる状態にしておくことにあるのです。これが、時計を合わせることから一歩進んだ、記録の信頼性の話につながります。
出典・参照:
まとめ:時計を合わせることは、みんなで動くための約束
標準時は、はじめから世界にあったものではありません。鉄道や電信が地域を結び、離れた人と機械を同じ段取りで動かす必要が生まれたときに、社会が申し合わせてつくった取り決めです。日本ではそれが1888年に始まり、駅の時計と車掌の懐中時計が各地へ広めていきました。
今、その役割はサーバーとNTPが担っています。会社のPCやクラウドが同じ時刻を指しているのは、誰かがどこかで基準を管理し、それに合わせるしくみを動かし続けているからです。さらにその先に、「記録がいつのものか」を後から示すための工夫もあります。
普段は意識しない時刻の話ですが、自分の会社の記録が、後から見て信頼できる形で残っているか、ときどきは思い返してみる価値があるのではないでしょうか。時計が合っているのは、はじめから当たり前だったのではなく、多くの人の手で保たれてきた努力の先にある当たり前なのです。
執筆者
DXportal編集長
町田 英伸
自営での店舗運営を含め26年間の飲食業界にてマネージャー職を歴任後、Webライターとして独立。現在はIT系を中心に各種メディアで執筆の傍ら、飲食店のDX導入に関してのアドバイザーとしても活動中。『DXportal®』では、編集長としてすべての記事の企画、及び執筆管理を担当。特に店舗型ビジネスのデジタル変革に関しての取り組みを得意とする。「50s.YOKOHAMA」所属。



