発注はベテランの経験値、棚卸は深夜の手作業|中小チェーン小売の在庫管理DXが進まない理由

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中小規模のスーパーやドラッグストアの店長・本部担当者と話していると、こうした声をよく耳にします。特定のベテラン担当者が長年の経験と勘で発注数量を決めており、その担当者が休むと発注精度が目に見えて落ちる。これは、まさにDX(デジタルトランスフォーメーション)推進の妨げとなる「発注の属人化」がはびこっている状況です。特に、日配品のように売れ行きの変動が大きい商品ほど、属人化は深刻です。

この記事では、なぜ発注業務の属人化がなくならないのかを、実際に需要予測型の自動発注へ切り替えたスーパーマーケットチェーンの事例をもとに整理します。読み終えるころには、自店の発注体制のどこを点検すべきか、判断の手がかりが見えてくるはずです。

【本記事の要点】

  • 発注数量の判断が特定のベテラン担当者に依存し、不在のときに精度が落ちるチェーンは少なくない
  • 属人化はベテランの能力が高いから起きるのではなく、ノウハウを言語化・データ化する仕組みがないために起きる
  • 需要予測型自動発注へ切り替えた中部薬品・ハローデイでは、発注作業時間の大幅削減や発注の標準化が進んでいる
  • 発注を自動化しても、棚卸や在庫データがアナログなままでは需要予測の精度は上がらない
  • 中小チェーンは、いきなり大規模な自動発注システムを導入しなくても、段階を踏んで発注DXを進められる
  • 発注DXの目的は人を置き換えることではなく、属人化したノウハウを組織の資産として残すことである

発注はベテランの経験値、それでいいのか

ベテラン不在時に発注判断が難しくなり、欠品や過剰在庫が生じる小売現場の図解

多くの中小チェーン小売では、発注数量の判断が特定の担当者の経験と勘に委ねられています。長年その店舗や商品カテゴリを見てきたベテラン担当者は、天候や近隣のイベント、曜日ごとの傾向まで踏まえて発注数を調整できます。この判断力そのものは、決して軽視されるべきものではありません。

問題は、その判断が発注担当者の頭のなかにしかない場合です。担当者が休暇や異動でいなくなると、途端に発注精度が落ちる。これは、由々しき問題でしょう。とくに日配品のように賞味期限が短く、需要変動の大きい商品カテゴリでは、店舗としても看過できない問題に発展しかねません。経験の浅い担当者が発注を任されると、欠品や過剰在庫が起きやすくなる。欠品は販売機会の損失につながり、過剰在庫は廃棄ロスとして直接的なコストになってしまうのです。

この状態を「ベテランがいなくなったら困る」という属人化リスクとして認識している経営者は多いはずです。では、なぜこの属人化はなかなか解消されないのでしょうか。次章では、その原因を紐解きます。

属人化はベテランの能力の問題ではない

個人の経験に集中した発注判断を、組織で共有できるデータへ変換する流れ

ここで押さえておきたいのは、発注の属人化が起きる原因です。多くの現場では、「ベテランの能力が高いから、その人にしか発注ができない」という理解がされがちです。しかし、実際の構造はやや異なります。

属人化が起きるのは、ベテラン担当者の経験や勘そのものが特別だからというより、その判断根拠を言語化・データ化する仕組みが整っていないからです。ベテラン担当者は、複数の要素を頭のなかで総合して発注数を決めています。

  • 過去の売上データ
  • 天候
  • 近隣イベント
  • 曜日傾向といった

この判断プロセスが個人の記憶と経験則にとどまっている限り、他の担当者へ引き継ぐことは困難です。

逆にいえば、この判断根拠をデータとして可視化し、需要予測の仕組みに落とし込むことができれば、ベテランでなくても一定の精度で発注判断ができるようになります。属人化の解消とは、ベテランの判断を不要にすることではなく、その判断根拠を組織で共有できる形に変換することなのです。

ここで押さえておきたいのは、目指すべきなのは「発注作業にかかる時間の削減」だけではないという点です。真に重要なのは、ベテラン一人の頭の中にしかなかった判断を、他の担当者でも一定水準で再現できる状態に変えることにあります。発注DXの成果を、発注にかけていた時間が「何時間減ったか」だけで測ると、システムを導入すること自体がゴールになってしまいます。しかし本来の目的は、経営判断・現場判断の再現性を組織としてつくることです。

需要予測型自動発注へ切り替えたチェーンの例

需要予測で発注ノウハウをデータ化し、複数店舗の自動発注と標準化につなげる構造

この考え方を実際に形にした事例として、中部薬品とハローデイの取り組みを紹介します。

需要予測システムで発注を自動化

ドラッグストア・調剤薬局チェーン「V・drug」を展開する中部薬品では、ベテラン担当者の経験と勘に頼った発注数量の算出が根付いており、属人化した発注ノウハウの継承が課題となっていました。

このような状況を改善するために、同社は日立システムズの需要予測型自動発注システムを国内400全店舗に導入し、稼働後、自動発注率は従来比115%(日配品では160%)まで向上し、発注作業時間は1週間で約600時間削減されました。天候や過去の販売実績などのデータをもとにシステムが発注数を算出することで、担当者の経験に頼らずとも一定の発注精度を保てる体制へ移行した形です。

出典・参照:

データをもとに業務ノウハウの可視化とスキル標準化に取り組む

食品スーパー「ハローデイ」では、2024年1月から5店舗で日立製作所のシステムを試験導入し、検証と改善を重ねたうえで、2025年6月からは福岡県を中心とした全49店舗で本格運用へ移行しています。

同社は、発注業務で蓄積したデータをもとに、店舗業務に関する疑問にチャットボットで答えられる仕組みも計画。業務ノウハウの可視化とスキルの平準化に取り組んでいます。すでにシステムが提示する発注数の9割が修正されずにそのまま利用されており、発注業務の標準化が現場に定着しつつあることがうかがえます。

出典・参照:

この2社の事例に共通しているのは、自動発注システムを「発注担当者を置き換える道具」としてではなく、「発注ノウハウをデータとして残し、組織全体で扱えるようにする仕組み」として位置づけている点です。単なる省力化ではなく、属人化したノウハウの継承という経営課題への対応として発注DXを進めている点は、同じ課題を抱える中小チェーンにとっても参考になるはずです。

発注だけ自動化しても、棚卸や在庫データがアナログなままでは意味がない

発注、入荷、販売、在庫、棚卸が循環する中で、紙による棚卸がデータ連携を分断する構造を示した図解

ただし、中部薬品やハローデイの事例を「発注システムを入れれば解決する話」として読むと、本質を見誤ります。

発注・入荷・棚卸は、ひとつながりのデータサイクル

発注は、単独で完結する業務ではありません。発注した商品が入荷し、店頭で販売され、残った数量が在庫として積み上がり、その在庫を定期的に数え直す棚卸を経て、また次の発注につながる。発注・入荷・販売・在庫・棚卸は、本来ひとつながりのデータサイクルです。

多くの中小チェーンでは、発注はシステム化されていても、棚卸は閉店後や深夜に、紙とペン、あるいは店舗ごとに書式の異なるExcelシートで人手集計しているというケースが少なくありません。棚卸で数えた実在庫と、システム上の在庫データにズレがあれば、そのズレは翌日以降の発注判断にも影響します。

需要予測型自動発注がいくら高度でも、入力元となる在庫データそのものが深夜の手作業に依存し、精度にばらつきがあるままでは、システムは正しい発注数を導き出せません。発注だけを自動化しても、その手前と奥にある入荷・棚卸のアナログな工程が残っていれば、DXは途中で途切れてしまうのです。

需要予測AIを導入する前に、在庫データは信用できる状態か

もう1つ見落とされがちなのが、データそのものの品質です。中小チェーンの現場では、下記のような様々な情報が、店舗ごとに異なる運用で記録されていることが珍しくありません。

  • POSデータ
  • 在庫数
  • 廃棄数
  • 値引き
  • 欠品
  • 入荷実績
  • 棚卸差異

いってみれば、ある店舗は廃棄数を正確に入力しているが、別の店舗は感覚的な数値で済ませている、といった状態です。

この状態のまま高度な需要予測AIを導入しても、不正確なデータを高度に処理するだけで、出てくる発注数の精度は上がりません。むしろ、システムが自信を持って提示する数字であるほど、現場が疑わずにそのまま採用してしまうリスクもあります。需要予測AIの導入を検討する前に、まず自社の在庫データがどこまで信用できる状態にあるかを確認することが、遠回りに見えて最も確実な出発点です。

山田 元樹

執筆者

株式会社MU 代表取締役社長

山田 元樹

社名である「MU」の由来は、「Minority(少数)」+「United(団結)」という意味。企業のDX推進・支援を過去のエンジニア経験を活かし、エンジニア + 経営視点で行う。DX推進の観点も含め上場企業をはじめ多数実績を持つ。