大丸松坂屋百貨店:田端竜也氏|企画と実行を分けないDXが百貨店の新規事業を動かす【DX先進企業のキセキ⑨】

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老舗企業の文化を変えるため、経営層を巻き込み4年かけて実現

百貨店やPARCO、GINZA SIXを自分のクローゼットのように使える体験を描かれたのですね。ただ、モノを売ってきた企業が「貸す」事業に踏み出すとなれば、社内の抵抗も強かったと想像します。既存の事業モデルと異なる新規事業では、社内の合意形成が避けて通れない課題です。最初はかなり反対されたそうですが、どのように乗り越えたのでしょうか。

田端氏

「米国スタートアップとのJV構想の時点で『うちはモノを売る会社だ』『貸すビジネスは百貨店らしくない』といった反対の声が多く、ブランド側の反応も決して前向きではありませんでした。2017年に構想が始まってから、事業化に着手した2021年まで約4年かかっています。当時の経営陣は理解を示しつつも老舗企業の文化は根強く、まずは意識改革に着手しました。

役員をシリコンバレーへ招き、GoogleやAmazonなどのエグゼクティブ(経営幹部)や起業家に引き合わせる体験を約3年継続しました。その間に私の社内ネットワークや信頼も醸成され、説得の下地がようやく整ったのです。

当初はスタートアップの買収を模索したものの方向性が合わず、自社立ち上げ(オーガニック:他社の買収や出資に頼らず自力で事業を育てる方法)へ変更。『半年間で有力ブランドから賛同を得ること』を条件に会社から挑戦の許可を得て、本格的なブランド交渉へ踏み出しました。」

経営層の意識改革に約3年をかけ、半年という期限付きで挑戦の許可を得られたのですね。新規事業の成否は社内の説得だけでなく、商品を供給するブランドの協力にも左右されます。ブランドとの交渉は順調でしたか。

田端氏

「非常に苦戦しました。クリエイティブや文脈を重視する業界のため、最初の許諾をいただくまで4カ月を要しました。

口火を切ってくださったのがメゾン マルジェラ(OTBグループ:マルジェラやマルニを擁するイタリアの企業グループ)さんで、そこからマルニ、クロエ、ヴァレンティノ(いずれも欧州の高級ブランド)と連鎖的に承諾を得られました。有力ブランドを開拓できたことで、他のブランドへの提案も一気にスムーズになったのです。

社内は『まずはやってみなさい』という雰囲気もあり、6月に許諾を得てから翌年3月の立ち上げまで、ブランド開拓や買い付け、物流・システムの構築に奔走しました。」

基幹システムと組織を切り離し、事業を立ち上げる

6月に許諾を得てから翌年3月の立ち上げまで、ブランド開拓から物流・システムの構築までを同時に進められたのですね。限られた期間で新規事業を形にするには、既存の仕組みとの付き合い方が分かれ目になります。社内外半々のチーム構成と、「最大の敵は社内の情シス」という点について教えてください。

田端氏

「社内ベンチャーを成功させるため、会社にオープンイノベーション(外部の知見や技術を取り入れて革新を生む手法)の3つの方針を提示し承認を得ました。1つ目はディスラプトされる領域におけるドメイン(事業を展開する領域)の特定、2つ目は『企画と実行の不可分化(企画者が全責任を負い実行する)』です。そして3つ目が『本体からのシステム・組織の切り離し』です。百貨店の基幹システムは長年の継ぎ足しで複雑化しており、新事業と連携するには多大な費用と時間を要するため、連携しない方針を徹底したのです。

『セキュリティなどの基本ルールは遵守するが、社内システムにはつながず個別判断する』と取り決め、完全分離しました。会計はfreee(クラウド会計ソフト)、POS(販売時点の売上を記録するシステム)は決済代行会社(カード決済などを代行する会社)と直接契約とし、基幹パッケージ(既製の業務ソフト)やKARTE(顧客の行動データを分析し、WEB上の接客に生かすツール)などを組み合わせて構築した結果、約半年での立ち上げを実現しました。

組織も同様です。縦割りの社内で部署をまたぐチームを組むと、意思決定が遅れ、斬新なアイデアが平凡になってしまいます。そのため独立組織とし、シリコンバレーで培った私の社外ネットワークから必要な人材を集めました。」

会計やPOSを外部サービスと直接契約し、既存の基幹システムにはつながない構成だったのですね。立ち上げ時の技術選定は、事業が育つほど見直しが必要になる場面もあるはずです。立ち上げ時のテクノロジー構成は現在も変わっていませんか。

田端氏

「2週間に1回のアジャイル開発で更新を行っていますが、基本構成は維持しています。ただ、規模の拡大に伴いパッケージの老朽化などの課題も出ているため、抜本的な見直しも視野に入れつつ、KARTEやアプリ連携によりコントロールしています。」

2週間ごとの更新を重ねながら、基本構成は維持されているのですね。一方で、規模が大きくなれば、技術面でも組織面でも新たな課題が出てきます。事業展開で最も苦労された点は何ですか。

田端氏

「最大の課題は会員の獲得・拡大と、サブスク市場の開拓です。黒字化によるサステナビリティの確保は必須ですが、立ち上げ当初は数千人のウェイティングが発生し、服をお届けするためのブランド開拓にも苦心しました。

また組織も2名から70名規模へ拡大する中で、方向性の擦り合わせや階層化への対応など組織運営の難しさに直面しています。」

リアルな接客とAIを融合し、百貨店が有する「宝の山」の価値を引き出したい

会員の獲得や組織の拡大という課題に向き合いながら、事業を伸ばしてこられたのですね。成長の途中で次の一手をどう描くかは、新規事業を抱える各企業にも共通する問いです。今後、どのような挑戦を考えられていますか。

田端氏

「これまでの『デザイナーズブランドのファッションサブスク』という枠組みから、方向性を一歩進めたいと考えています。市場全体が伸び悩む中、私たちは成長していますが、従来の延長だけではさらなる跳躍は難しいと判断しました。

今年出店したコレド日本橋や虎ノ門ヒルズの店舗を通じて、リアルな接客の価値を再認識しました。プロのスタイリストが『選べない』などの悩みを解決することで、WEBで3〜4%のCVR(購入や申し込みに至る割合)が店頭では50%に跳ね上がります。顧客が求めているのは『サブスク体験』そのものではなく、服を通じた『生活の豊かさや自己表現』です。

そこで目指しているのが『ファッション業界の美容室(サロン)』という立ち位置です。髪やネイルのように『プロに相談して印象をコントロールする』文化を洋服にも広げたいと考えています。

現在、店頭で3,800円のスタイリングと月1万円程度の利用料で、プロのカウンセリングを受けながら洋服を試せる実験を行っています。これまで高額だったパーソナルスタイリング(個人に合わせた服の提案)を身近にし、プロに相談しながらファッションを楽しむ新しい市場の創造と、マーケティング構造の再構築に挑戦しているところです。」

店頭の接客で購入率が大きく変わり、目指すのは「ファッション業界の美容室」なのですね。サービスの形を変えるときに、デジタルをどう位置づけるかは、各企業の関心が高い論点です。その挑戦におけるDXやテクノロジーの活用についてお聞かせください。

田端氏

「デジタルやITは前提となる『血液』であり、その上で現在最も注力しているのがLLMの活用です。

具体的には『AIスタイリスト』と店頭接客の融合を進めています。接客時の会話を録音・自動カルテ(顧客ごとの記録)化・サンクスメール作成まで自動化することで、スタイリストの作業負担とコストを大きく削減できます。さらに、浮いたコストをサービス価格に還元することで利用のハードルも下げられます。

また、『ささげ業務』(撮影・採寸・原稿作成)やカスタマーサポートの効率化、AIによるコード(プログラム)の解析などにも活用しています。社内では定期的に『LLMコンテスト』を開催し、日常的な業務改善を推進しています。」

LLMの活用が、接客だけでなく撮影や採寸、社内の業務改善にまで広がっているのですね。技術そのものよりも、百貨店がすでに持つ資産とどう組み合わせるかが焦点になりそうです。DXやAIの活用により、百貨店は「宝の山」に化けると確信されていますか。

田端氏

「確信しています。百貨店はもともと『宝の山』です。大丸東京店には毎日多くのお客様が来店されます。購買データや顧客との信頼関係を蓄積しており、スタートアップから見れば非常に魅力的なアセット(資産)です。

顧客IDやリアルな店舗空間といった既存資産にLLMやDXを掛け合わせることで、さらに価値を引き出せるはずです。『システム開発の期間やコスト』といった議論にとらわれず、既存事業という『宝の山』とIT・DXを適切に『翻訳』して融合させることが欠かせないと考えています。」

取材を終えて

取材を通じて見えてきたのは、田端氏がDXをシステムの導入ではなく、既存事業の強みと新しい価値をつなぐ「翻訳」として捉えている点でした。

「AnotherADdress」では、企画者が実行まで責任を負い、基幹システムと組織を本体から切り離すことで、老舗企業の中でも意思決定の速さを保っています。一方で、会員の獲得や組織の拡大といった新たな課題にも直面しており、店頭接客とLLMの融合は、その先を見据えた次の一手ともいえるのでしょう。

注目したいのは、技術の新しさよりも、顧客IDや店舗空間といった既存資産を起点に考えている点です。貴社には、まだ価値を引き出せていない「宝の山」はないでしょうか。新規事業の進め方を見直す際の、1つの視点になれば幸いです。 

DXportal®編集部

株式会社大丸松坂屋百貨店 IT戦略本部DX推進部長 AnotherADdress事業責任者/田端竜也氏

株式会社大丸松坂屋百貨店 IT戦略本部DX推進部長 AnotherADdress事業責任者/田端竜也氏
株式会社大丸松坂屋百貨店 IT戦略本部DX推進部長 AnotherADdress事業責任者/田端竜也氏(編集部にて撮影)

2011年に大丸松坂屋百貨店に入社。大丸札幌店でソムリエとして売り場運営に従事した後、14年より持株会社のJ.フロントリテイリングの新規事業開発室へ。以降、一貫してグループ全体のデジタル化やオープンイノベーション組織の立上げ・運営を推進。特に、ITを活用した小売の新規事業案件に携わる。2018年には米国シリコンバレー駐在としてスタートアップの投資を担当。帰国後社内ベンチャーとして「AnotherADdress」をローンチし、責任者として事業を推進している。また、在職中に日本にてMBA、マレーシアにてMOTを取得。理念・信条は「百貨店の未来を、現場からアップデートするDX推進者」。

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