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「DXを進めよう」と号令をかけて1年、2年。ツールはいくつか入り、会議も定期的に開かれている。それなのに、進んでいる実感がない。かといって、会議で誰かを名指しで責める話でもない。何が原因なのか、指を差せない。
中小企業の経営者やDX(デジタルトランスフォーメーション)推進担当者から、こうしたもやもやを聞くことが増えました。
本記事では、DXが進まない会社で編集部が繰り返し見てきた5つの「場面」を、業種の違う架空の5社に置き換えてスケッチします。5社に共通するのは、登場人物の誰も、間違ったことをしていないことです。それぞれが持ち場で合理的に振る舞っているのに、全体としては前に進まない。読みながら、自社がどの場面に近いかを探してみてください。
【本記事の要点】
- DXが進まない会社の停滞は、特定の誰かの怠慢や無能ではなく、各人が合理的に振る舞った結果の積み重ねであることが多い
- 一人ひとりが持ち場で正しく動いても、その正しさが噛み合わなければ、全体は前に進まない
- 犯人を探すより、5つのうちどの場面で歯車が噛み合っていないかを見るほうが、解決に近い
- 各場面の最後に、当事者の正しさを保ったまま補える「もう一手」を編集部の見方として示す
DXが「なんとなく進まない」のに、誰も責められない
まず、多くの会社に共通する状態を確認します。それは、「進んでいない実感はあるのに、原因を特定できない」という状態です。
- 担当者は与えられた役割をこなしている
- 経営者は前進を求めている
- 現場は日々の業務を回している
つまり、誰かがサボっているわけではないのです。それでも、全体としてのDXは足踏みしているのはなぜなのでしょう。
こういうとき、つい「能力が足りない」「本気度が低い」といった言葉で片づけがちです。しかし、その説明では次の一手が出てきません。「もっと本気で」と言われて動けるなら、とっくに動いているはずです。
DXportal®編集部では、DXの停滞は「意識の問題」ではなく「構造の問題」としてとらえています。ここからは、その構造が具体的に現れる5つの場面を、業種も規模も違う架空の5社に置き換えて順に見ていきましょう。
- 注文住宅のA工務店
- 総菜をつくるB食品
- 地場のC運送
- 調剤薬局を営むD薬局
- 食品スーパーのEスーパー
並べると共通点はなさそうですが、DXが足踏みする理由には、よく似た形が見えてきます。それぞれの場面の最後には、当事者の正しさを保ったまま補えた「もう一手」を、編集部の見方として短く添えました。どれか1つでも「これはうちの話だ」と感じたら、そこが手がかりです。
場面1:ツールは増えるのに、なくなった作業がない
注文住宅を手がけるA工務店は、社員50人ほどの会社です。受注が伸びるにつれて、各部署が事務作業に追われるようになりました。経理は月次がなかなか締まらず、営業は案件ごとの進捗が見えず、工事部は職人への連絡を電話とFAXで回していました。
そこで、各部署ではいくつかのシステムを導入しました。
- 経理はクラウド会計
- 営業は顧客管理のためのSFA(営業支援システム)
- 工事部は工程管理アプリ
どれも、それぞれの部署が自分たちの困りごとを解決するために選んだものです。
ところが、半年たっても現場の忙しさは変わりません。むしろ、ツールへの入力と、ツールをまたいだ数字の突き合わせという作業が新しく増えてしまったほどです。社長が「で、結局どの仕事がなくなったんだ」と聞いても、はっきり答えられる人がいません。
各部署は、正しいことをしています。自分の担当領域の非効率を放置せず、手を打った。責められる点はありません。問題は、部署ごとの最適化を足し合わせても、全体の最適化にはならないことです。「全社として、どの作業をなくすのか」を見る人が、どこにも置かれていなかったのです。個々の導入判断が合理的であるほど、この抜けは見えにくくなります。
編集部の見方はこうです。ツールを選ぶ前に、「この導入で、どの作業を丸ごとやめるのか」を1つだけ先に決めておくべきでした。減らす対象を握る役割を、部署をまたいで1人に持たせる。ツールを増やす前に「何をやめるか」を決める順番を、組織に組み込めるかどうかがカギになります。
場面2:「まず全体設計から」で、いつまでも走り出さない
総菜をつくってスーパーに卸すB食品では、受発注をベテラン社員の記憶と手書きの帳面が支えていました。そのため、ベテランの担当者が休むと、現場が止まってしまうのです。
危うさを感じた専務が、DXの旗振り役を引き受けます。「場当たりにツールを入れると、後でつながらなくて困る。まず全体の設計を固めよう」。方針としては、正論です。そこから、業務フローの洗い出し、必要な機能の整理、システム構成図の検討が始まりました。
そうして半年、1年と時間が過ぎます。その間に、現場の期待は冷えていきました。「どうせ、また話だけで終わるんでしょう」という空気が広がり、いざ着手しようという頃には、現場の協力を取り付けるのが難しくなってしまったのです。
専務の慎重さには、理由があります。過去に場当たり的な導入で痛い目に遭ったのかもしれません。手戻りを避けたい、限られた投資を無駄にしたくないという判断は、理にかなっています。ただ、設計と着手を二者択一にしてしまったことが問題だったのです。完璧な設計を待つ間に失われる現場の熱量も、見えにくいコストです。
編集部の見方はこうです。全体設計を進めながら、1つの部署・1つの業務だけを先に小さく動かすべきでした。そこで分かったことを設計に戻し、育てていく。「動かしながら直す」と最初に決めておけば、慎重さと速さは両立するのです。
場面3:前のシステムを使いこなす前に、次が始まる
地場の物流を担うC運送では、配車も請求も手作業で、伝票のミスと残業が慢性化していました。そこで、配車と請求をまとめた基幹システムに切り替えます。ドライバーと事務が半年かけて、ようやく操作に慣れてきました。
その頃、社長から次の号令がかかります。「今度はAIで配送ルートを組む」。現場から見ると、前の変化をまだ消化しきれていないうちに、次の変化が上乗せされる状態です。マニュアルを作り直し、互いに教え合い、例外処理のパターンを覚え直す。この繰り返しで、現場は変化そのものに疲れていきます。
社長は、対応を怠っているわけではありません。むしろ、環境の変化に遅れまいとした結果でしょう。前進を止めれば、それはそれで批判されかねないからです。しかし、ここで社長が見落としていたのは、「導入が完了すること」と「現場に定着すること」は別だという点でした。定着には時間がかかり、その時間を工程に含めていないと、いつまでも「導入中」の状態が続いてしまうのです。
編集部の見方はこうです。次のシステムに進む前に、「前の仕組みが現場に根づいたか」を確かめる短い目安を1つ持つべきでした。定着にかかる期間を、はじめから計画に書き込んでおく。新しい仕組みが成果を出すのは定着してからです。そこを飛ばして乗り換えると、どれも中途半端なまま積み上がってしまいます。
場面4:「うちの業界は特殊だから」で話が止まる
調剤薬局を5店舗運営するD薬局では、店舗ごとに在庫の持ち方も事務のやり方もばらばらで、応援に入った薬剤師がそのたびに戸惑っていました。そこで、改善のヒントを外に求めようと、幹部会で他業種のDX事例を持ち寄ることにします。
ところが、誰かが小売チェーンの事例を出すたびに、「うちは調剤という特殊な世界だから、それは当てはまらない」という声が返ってきて、そこで話が終わり、他社から学ぶ機会が、まるごと消えてしまうことが多々ありました。
「特殊だ」と言う人にも、根拠はあります。
- 調剤報酬の仕組み
- 薬の管理ルール
- 近隣の医療機関との関係
固有の事情は実在しますし、それを無視した安易な横展開が失敗するのも事実です。過去に痛い目を見た経験もあるのでしょう。ただ、「特殊だ」で思考を止めると、業種を越えて共通する部分まで捨ててしまいかねません。
編集部の見方はこうです。事例を検討する前に、「何が本当に自社固有で、何が業種を越えて共通か」を仕分けするべきでした。在庫の持ち方、問い合わせ対応、店舗間の情報共有。分解すれば、他社の工夫を応用できる部分は必ず残ります。
場面5:会議の決定が、現場に届く頃には別物になっている
食品スーパーを7店舗展開するEスーパーでは、お客さまからの問い合わせ対応が店舗任せで、本部が全体像をつかめていませんでした。そこで、経営会議で解決策が決まりました。「問い合わせにもっと早く答えられるよう、店舗と本部で情報を共有する仕組みを作る」です。
しかしこの決定は、本部長に伝わる段階で「情報共有システムを導入する」に変わり、エリアマネージャーに伝わる段階で「店舗日報の項目を増やす」に変わり、店長に届く頃には「また入力する欄が増えた」という話になってしまったのです。もともとの狙いだった「問い合わせへの対応スピード」は、途中で抜け落ちています。
どの層も、嘘をついているわけではありません。それぞれが、自分の持ち場で実行できる形に決定を「翻訳」しているだけです。抽象的な方針を具体的な作業に落とすのは、管理職の正当な仕事です。ただ、翻訳を重ねるうちに、決定の「意図」が失われてしまうことは少なくありません。何のためにやるのかが共有されないまま、手段だけが下りてくる。現場が「またか」と冷めてしまうのは、この意図の欠落が大きな要因です。
編集部の見方はこうです。決定を下ろすときに、結論だけでなく「なぜ」と「誰のために」を1文だけでも添えるべきでした。そして、各層はその1文を削らずに次へ渡す。手段は現場に合わせて変えてよいけれど、意図は変えずに運ぶ。ここを守れるかどうかで、決定が現場に届くかが決まります。
まとめ:止まっているのは、誰かのせいではない
5つの場面を振り返ると、共通しているのは、それぞれの会社で各人が持ち場の正しさに従って動いているのに、その積み重ねが全体の停滞を生んでいることです。
- A工務店の各部署は自分の非効率を直した
- B食品の専務は慎重に設計を練った
- C運送の社長は変化に乗り遅れまいとした
- D薬局は自社の特殊性を見きわめようとした
- Eスーパーの管理職は方針を現場の言葉に直した
一つひとつは、決して間違っていません。それでも、経営者と現場、現実と理想がうまく噛み合わなければ全体は動かないのです。これが、DXの現場で起きている「よくある失敗の構造」です。
各場面に添えた「こうすべきだった」は、当事者を後から責めるためのものではありません。5つに共通するのは、誰かを入れ替える話ではなく、抜けている1つを補う話だということです。やめる対象を決める役割、定着を測る目安、意図を運ぶ1文。どれも、当事者の正しさをそのままにして足せるものです。
だとすれば、停滞の原因を特定の個人に求めても、事態は良くならないでしょう。誰が悪いのかではなく、5つのうち、どの場面で歯車が噛み合っていないのか。そして、その場面で当事者が従っている「正しさ」は何か。この2つを見極めたうえで、正しさを保ったまま補える「もう一手」を1つ決めることが重要なのです。
貴社のDXは、いま、どの場面で止まっているでしょうか。その場面で、抜けている「1つ」は何でしょうか。
5つのスケッチを読んで、この問いを持ち帰っていただければ幸いです。
執筆者
株式会社MU 代表取締役社長
山田 元樹
社名である「MU」の由来は、「Minority(少数)」+「United(団結)」という意味。企業のDX推進・支援を過去のエンジニア経験を活かし、エンジニア + 経営視点で行う。DX推進の観点も含め上場企業をはじめ多数実績を持つ。





