5隻の船を見て気づいた。DXは業種ではなく目的で決まる【街で見つけたDX】

公開日 : 

share :

「同業他社がこのツールを導入して成功した」という話を聞いても、自社にそのまま当てはめられず、もやもやした経験はないでしょうか。DXportal®編集部も、横浜の海沿いを歩いていて、同じような違和感に出会いました。

先日、横浜の港沿いを歩いていたときのことです。私は、たまたま同じ日に5隻の船を目にし、写真に収めました。

  • 屋形船
  • 小型の旅客船
  • 灰色の業務船
  • 大型クルーズ客船
  • 帆船

並べてみると、どれも「船」という同じ言葉でくくれる乗り物です。

本記事では、この5枚の写真を手がかりに、「業種」ではなく「目的」からDX(デジタルトランスフォーメーション)を考えるという視点を読み解いていきます。読み終えたとき、貴社が「何を実現したいのか」を先に定義できているかを、あらためて自問したくなるはずです。

【本記事の要点】

  • 横浜で見つけた5隻の船は、同じ「船」でも目的がまったく異なっていた
  • 目的が違えば、DXで重視すべき価値や評価指標も違ってくる
  • 「業種だから、このDXを導入する」という発想には限界がある
  • 何を変えないかを決めることも、DX戦略の一部である

横浜で5隻の船を撮って気づいたこと

横浜で撮影した5隻の船のコラージュ。上段左から屋形船、小型旅客船、灰色の業務船、下段左から大型クルーズ客船、帆船を並べている。

5枚を見比べているうちに、ふと妙な感覚に襲われました。同じ「船」なのに、それぞれに積まれている装備も、期待されている役割も、まるで違って見えたのです。屋形船に乗る人が求めるものと、業務船に積まれているはずの機能とでは、そもそも比べる土台が違います。ここで、1つの問いが浮かびました。同じ「船」なのに、なぜ積むべきものがこれほど違うのだろうか。

考えてみると、これはそのまま企業のデジタル化にも重なります。船が目的に応じて積むものを変えるように、企業も目的に応じて、進めるべきDXの中身が変わるはずです。「業種が同じだから、同じDXをすればいい」という発想は、5隻の船を1つの基準で語ろうとするのと同じくらい、無理のある話でしょう。

同じ「船」でも、売っているものは違う

赤い提灯を連ねた屋形船と、背景に見える遊園地の遊具

まず目に留まったのは、横浜の水路を航行していた屋形船です。赤い屋根と紅い提灯を連ねた屋形船が、雨に濡れた運河をゆっくり進んでいきました。屋形船が売っているのは、単なる移動手段ではありません。

船内での食事や宴会、非日常の時間そのものが商品です。多くの利用者にとって、目的地へ着くまでの速さは最優先項目ではありません。

青と白のツートンカラーの小型旅客船「Shiny View」

一方、同じ水辺で見かけたのが、「Shiny View」という船名の小型旅客船です。青と白のツートンカラーに、屋根付きのデッキと窓の多い客室を備えたこの船からは、屋形船とは異なる空気を感じました。運航目的や航路は写真だけではわかりませんが、少なくとも宴会や食事を主目的とした船とは、求められている体験が違うように見えます。

どちらも「人を乗せて水上を移動する船」という点では同じです。しかし、屋形船が売っているのが「非日常の体験」だとすれば、隣にいた小型旅客船が売っているのは、また別の価値でしょう。

同じ「業種」に見えても、提供している価値が違えば、必要になるDXも当然変わってきます。予約の取り方1つとっても、宴会需要に応える仕組みと、移動や周遊のニーズに応える仕組みとでは、設計の重心が違うはずです。「業種」という分類だけでDXを考えようとすると、この違いは見えてきません。

目的が違えば、DXの物差しも変わる

港に停泊する灰色の業務船。船体に「PL05」の記号が見える

水路を離れ、港のもう少し奥へ進むと、また違う顔つきの船に出会いました。灰色の大きな船体に、複数のレーダーやアンテナ、探照灯とみられる機器が取り付けられています。船体には「PL05」という記号がありました。ここでは船名や所属を詮索せず、港に停泊する業務・公的な目的を持つ船として見ていきます。

この船に、観光船やクルーズ船と同じ物差しを当てはめる人はいないはずです。仮にこの船にDXを考えるとしたら、乗客満足度や集客といった指標ではなく、任務の遂行や安全確保といった、まったく別の成果指標が置かれるでしょう。

横浜港に停泊する大型クルーズ客船「飛鳥II」。多数の客室窓が並ぶ

同じ港内で、対照的な存在感を放っていたのが、大型クルーズ客船の飛鳥IIです。船体に「ASUKA II」、船首に「飛鳥II」の文字が掲げられたこの客船は、郵船クルーズ株式会社が運航する、日本最大級のクルーズ客船です。数多くの客室の窓が並び、煙突からは煙が立ちのぼり、万国旗のような装飾が施されていました。

豪華客船は、それ1隻が小さな街のような存在です。当然その1隻のなかには、いくつものDXが同時に存在しているはずです。

  • 乗客の予約や船内サービスを支えるDX
  • 乗員の勤務管理やメンテナンスを支えるDX
  • 運航そのものを支えるDX
  • 経理や調達といったバックオフィスを支えるDX

企業の場合に置き換えてみても、1つの事業体が大きく、複雑になるほど、「DX」は単数形では語れなくなります。

業務・公的目的を持つ船と、観光を主目的とするクルーズ客船。どちらも「船」ですが、何が改善すればDXが成功したといえるのか、その物差し自体が違います。企業のDXも同じで、事業の目的が違えば、成功をどう測るかという評価指標そのものを、それぞれ設計し直す必要があるはずです。

出典・参照:

変えないことを決めるのも、DX戦略

みなとみらい地区に係留された4本マストの帆船「日本丸」

最後に立ち寄ったのが、みなとみらい地区に係留された帆船、日本丸です。4本のマストに帆を畳んだこの船には、船首に「日本丸」の文字と、「国指定重要文化財帆船日本丸」という掲示がありました。

日本丸は、1930年に建造。1984年までの54年間、練習帆船として海を渡ったのち、1985年からはみなとみらい21地区で保存・一般公開されています。2017年には国の重要文化財に指定され、現在もボランティアの協力により、年に12回程度、帆をすべて広げる「総帆展帆」がおこなわれているそうです。

日本丸の場合は古い船だから、DXとは縁が遠い。そう見えるかもしれません。しかし、同船の現在の役割は、もはや「航海すること」ではなく、歴史を保存し、教育し、発信することです。役割が変われば、必要なDXも変わります。船そのものの航行性能を高める必要はもうなくなった代わりに、この船が伝えてきた歴史や技術を、どう記録し、どう次の世代へ届けるかという課題が残ります。

「変えないこと」、つまり船体や姿をそのまま保存し続けるという選択自体が、日本丸にとっては1つの戦略です。そして、この「変えない」を先に決めたことが、かえってデジタル活用の方向をはっきりさせます。船体に手を入れられないぶん、考えられる打ち手は「触れずに記録し、伝える」方向に絞られるからです。

  • 図面や資料をデジタルで残す
  • 乗船しなくても構造を学べる映像をつくる
  • 総帆展帆の記録を毎年積み重ねる

守る範囲が決まっているからこそ、次に何をすべきかが見えやすくなるのです。

企業のDXでも、この順番は役に立ちます。「何をデジタル化するか」から考え始めると、ツールは無数にあり、やれることに際限がありません。そこで先に「ここは変えない」という線を引いておくと、その外側で手段を選べばよく、判断も速くなります

たとえば、対面でのきめ細かい接客が自社の強みだと決めたなら、接客そのものは動かさず、その時間を生み出すための予約管理や事務作業の自動化に力を注げます。逆に「変えない領域」をあいまいにしたまま進めると、効率化の勢いで守るべきものまで削ってしまい、顧客が離れてから気づくことになりかねません。

何を残すと決めるかは、何を変えるかと同じくらい、DXの成果を左右する判断なのです。

出典・参照:

まとめ:船ではなく、目的からDXは始まる

5隻の船を並べて眺めてみると、見えてくるのは、どれも「船」という同じ言葉ではくくれない、まったく違う目的を背負ったDXの姿でした。

  • 屋形船と小型旅客船は、同じように人を乗せていても、売っているものが違う
  • 業務・公的目的を持つ船と飛鳥IIは、同じ港にいても、成功の物差しが違う
  • 日本丸は、変えないことを選んだからこそ、今の役割を果たせている

これは、船に限った話ではありません。貴社が「DXを進めよう」と考えるとき、つい「同業他社は何を導入しているか」「自社の業種ではこのツールが定番だ」というところから発想しがちです。しかし、本当に最初に考えるべきは、自社が誰に何を提供していて、何が変われば成功と呼べるのか、そして何を変え、何を変えずに残すのか、ということではないでしょうか。

業種という表面的な分類でDXを語るのをやめ、自社の目的から逆算して考え直したとき、これまで見えていなかった問いが浮かび上がってくるはずです。あの5隻がそれぞれの目的を持って横浜の海沿いにいたように、自社は何のために、誰のためにその事業を営んでいるのか。DXの手段を選ぶ前に、まずそこから確かめてみてください。

町田 英伸

執筆者

DXportal編集長

町田 英伸

自営での店舗運営を含め26年間の飲食業界にてマネージャー職を歴任後、Webライターとして独立。現在はIT系を中心に各種メディアで執筆の傍ら、飲食店のDX導入に関してのアドバイザーとしても活動中。『DXportal®』では、編集長としてすべての記事の企画、及び執筆管理を担当。特に店舗型ビジネスのデジタル変革に関しての取り組みを得意とする。「50s.YOKOHAMA」所属。