シェアサイクルに学ぶ顧客体験DX|「使いやすさ」が満足度を変える【街で見つけたDX】

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街を歩いていると、baybike、LUUP、Limeなど、さまざまなシェアサイクルやバイクを見かけます。DXportal®編集部が横浜・みなとみらい周辺を歩いた際も、駅から少し離れた広場や商業施設の一角に、鮮やかな車体が並び、週末ということも手伝って、スマホをかざしながらシェアサイクルを借りていく光景を何度も目にしました。

現在、レンタカーをはじめとするシェアシステムは、我々の生活に深く根付いています。しかし、レンタカーと比べレンタルバイクは、「わざわざ借りる必要のないものを便利さのために借りる」というシステムなのではないか。そう考えるうちに、ふと気づいたことがあります。それは、レンタルバイクやシェアサイクルなどのシステムは、単に「便利なサービス」というだけでなく、「移動という体験の届け方」の変革ではないかということでした。

DX(デジタルトランスフォーメーション)という言葉を耳にすると、多くの経営者は「AI導入」「クラウド化」「業務システム刷新」を思い浮かべます。しかし、街に静かに広がったシェアサイクルの風景は、DXの本質がシステムではなく体験の設計にあることを、言葉ではなく実感として教えてくれます。「うちは中小企業だからDXは難しい」と感じている方にこそ、この視点は役立ちます。

本記事では、編集部が実際に街で撮影した一枚の写真を入り口に、「所有から利用へ」「モノから体験へ」という価値の変化を整理し、中小企業の経営やDX推進にどう応用できるかを考察します。読み終えたときには、自社の商品やサービスを「何を売っているか」ではなく「どんな体験を提供しているか」という視点で見直すヒントを持ち帰っていただけるはずです。

【本記事の要点】

  • シェアサイクルが変えたのは自転車ではなく「移動という体験」の届け方である
  • DXの本質はシステム導入ではなく、顧客が感じる摩擦を設計で消すことにある
  • 中小企業でも「体験を変える視点」なら、大規模投資なしで着手できる
  • 出発点は「何を売っているか」ではなく「どんな体験を提供しているか」への問い直しである

街に増えたのは自転車ではなく、「選択肢」だった

横浜コミュニティサイクル「baybike」
編集部にて撮影

みなとみらいを歩いていて印象的だったのは、駅前のオフィスビル脇、公園の入口、ホテル前のロータリー、コンビニの駐車場の隅など、これまで自転車置き場ではなかった場所に「ポート」と呼ばれる小さな駐輪スペースが点在していたことです。この章では、その風景から見えた「街の変化」を整理します。

複数のサービスが同じ街に共存している

編集部がみなとみらいを軽く一周しただけで、街のあちこちにシェアサイクルのポートがありました。しかもそれは、baybike、LUUP、Limeなど、複数のブランドが同時に展開されている風景です。

少し前までなら、レンタサイクル店は観光地の駅前に一店舗あるかどうかでした。しかし、今は同じ街の中に複数の事業者が並列で存在し、利用者は目の前にある車体を選ぶだけで移動を開始できます。「借りる場所を探す」という行為そのものが、街の風景に溶け込んでいるのです。

「借りる」ためのハードルが消えた

かつてのレンタサイクルは、借りてから返すまでに複数の工程を必要としていました。

  • 店舗まで歩いていく
  • 身分証を提示する
  • 書類に記入する
  • 返却時刻を約束する
  • 指定された店に戻す

しかし、現代のシェアサイクルはそのすべてを省略しています。スマートフォンで地図を開き、近くのポートを見つけ、QRコードを読み取れば数十秒で発進できます(ただし、多くの場合、事前の会員登録が必要)。つまり、街に増えたのは自転車の台数ではなく、「移動を選ぶ自由」の選択肢なのではないでしょうか。

国土交通省の資料によれば、シェアサイクル実施都市は令和3年度末で全国269都市に達し、令和4年度末には政令指定都市・特別区の97.7%(42/43自治体)、県庁所在市の74.2%(23/31自治体)で実施されています。シェアサイクルはもはや珍しい実証実験ではなく、都市インフラの一部として定着した存在なのです。

出典・参照:

変わったのは自転車ではなく、「所有」の考え方

Limeマイクロモビリティ「ライド・グリーン」
編集部にて撮影

この章では、シェアサイクルという現象の背景にある「所有から利用へ」という価値観の転換について考えます。街の風景の変化は、消費者の意識と企業行動の変化を映した鏡でもあります。

かつて自転車は「買って持つ」ものだった

20年前まで、自転車は買って所有し、家の前や駐輪場に保管しておくのが当たり前でした。修理は自分で手配し、盗難や故障のリスクも所有者に降りかかる。移動の自由を得るためには、まず「モノを持つ」ことが前提だったのです。

「必要なときだけ使う」への移行

今は違います。駅から会社まで、ホテルから観光地まで、その10分間だけ自転車が欲しいという需要に、シェアサイクルは応えています。所有せず、使いたい瞬間だけアクセスし、使い終わったら次の人に渡す。この考え方は自転車に限らず、車(カーシェア)、オフィス(コワーキング)、衣類(サブスクレンタル)、ソフトウェア(SaaS)へと広がっています。

経営視点で見る「所有から借りるへ」

この変化は、消費者行動だけの話ではありません。中小企業の経営でも同じ流れが起きています。かつては業務ソフトを買い切りで導入し、サーバーを社内に置き、5年使ったら入れ替えていました。現在はSaaSで月額利用し、必要な機能だけを組み合わせ、更新は事業者側が担います。「モノを持つコスト」よりも「使いたいときに使える体験」を選ぶ姿勢が、企業側にも根付き始めているのです。

シェアサイクルが提供しているのは、「移動」ではなく「体験」

シェアサイクルを「便利な移動手段」と捉えるだけでは、この現象の本質を見誤ります。この章では、事業者が実際に提供している価値が何なのかを分解して考えます。

借りる・乗る・返すの摩擦がほぼゼロになった

編集部が実際に街で使ってみて分かったのは、シェアサイクルの利用に伴う「摩擦の少なさ」でした。従来のレンタサイクルとシェアサイクルを比較すると、体験の設計思想の違いが浮かび上がります。

以下の表は、旧来型レンタサイクルと現在のシェアサイクルの体験を比較したものです。何が消え、何が残ったのかを俯瞰することで、価値の変化が見えてくるでしょう。

体験の要素従来のレンタサイクル現在のシェアサイクル
借りる場所特定の店舗まで移動街の任意のポートで即時
手続き対面受付・書類記入・身分証提示アプリでQRコード読み取り
決済現金または店頭カード事前登録のキャッシュレス
返却場所借りた店舗に戻す任意のポートに返却
利用時間の制約店舗の営業時間内24時間

表からわかる通り、消えているのは「対面」「現金」「時間拘束」「返却店舗指定」といった、利用者にとっての小さなストレスです。シェアサイクル事業者が本当に提供しているのは、自転車やバイクという「モノ」ではなく、「摩擦のない移動体験」だと言えます。読者の皆さんも自社サービスを振り返り、顧客がどこで止まっている(摩擦がある)のかを想像してみてください。

提供価値は「街を回る体験」全体にある

利用者が求めているのは、A地点からB地点への移動そのものではなく、「気ままに街を回れる時間」です。

  • 徒歩と組み合わせて観光地を巡る
  • 自宅から駅までの移動手段にする
  • 電車の乗り換えを省く
  • 雨が降ったら乗り捨てて別の交通手段に切り替える

シェアサイクルは、その体験全体を成立させるためのインフラとして機能しています。つまり、売っているのは自転車ではなく、街の楽しみ方と移動の効率化そのものなのです。

摩擦を消す設計を支える技術と、地味な運用

この体験を支えているのは、地味な技術と運用の積み重ねです。

  • IoT電子錠(スマートロック)
  • 通信機能
  • GPS測位
  • スマートフォンアプリ
  • キャッシュレス決済

こういったIT技術要素が組み合わさり、初めて「数十秒で借りて、どこでも返せる」体験が成立します。シェアモビリティプラットフォームを運営するOpenStreet(HELLO CYCLING)は、ポート数を2017年3月末の約1,200から2024年3月末には約21,000へと拡大させ、街のインフラとしての密度を高めてきました。2024年7月にはドコモ・バイクシェアとポート共同利用の業務提携に基本合意しており、利用者から見た「使える場所」の網目はさらに細かくなり、そのネットワークは日本中に広がっています。

一方で、現場は泥臭い運用課題を抱えています。国土交通省の資料でも、運営コストの中で集配トラックによる再配置・充電業務の比重が最も大きいことが指摘されており、収益性の課題となっています。ドコモ・バイクシェアは需要予測AIで再配置ルートを最適化する取り組みを2023年に実運用へ移しました。華やかな体験の裏側には、目に見えない再配置作業とデータ分析が動いています。DXは万能ではなく、運用設計まで含めて考えて初めて成立するという事実を、この事例は示しているのではないでしょうか。

出典・参照:

DXも問われているのは「体験を変えられるか」

電動キックボードシェア「Luup(ループ)」
編集部にて撮影

シェアサイクルという身近な事例を踏まえて、この章では企業DXに視点を戻します。DXは何を目指す取り組みなのか、システム導入との違いはどこにあるのかを整理します。

システム導入だけではDXにならない理由

DXを「紙をデータに置き換えること」と捉えている経営者は多くいます。しかしそれは「デジタル化」であって、DXのほんの入口にすぎません。シェアサイクルの例で言えば、「レンタサイクル店の予約台帳を紙からエクセルに変えた」ことと同義です。これでは、利用者が感じている摩擦は消えません。予約の電話をかけ、店に行き、書類に書き、時間内に戻す必要が依然として残っているからです。

DXの本質は、既存業務の裏側を電子化することではなく、顧客や社員が感じている摩擦そのものを設計で消すことにあります。これこそが、「DX(デジタル変革)が産み出す新たな価値」に相当します。シェアサイクルは、「借りる」という行為から店舗と対面手続きを丸ごと取り除きました。この視点こそ、DXが単なるデジタル化と一線を画す部分なのです。

顧客体験・社員体験・サービス体験の3つの視点

体験を変えるDXを考えるとき、3つの視点が有効です。

  • 顧客体験(CX):顧客が自社に触れる場面で感じる摩擦をどう減らすか
  • 社員体験(EX):社員が日常業務で感じるストレスや手戻りをどう解消するか
  • サービス体験:提供している価値そのものを、モノ売りから体験売りへ再定義できるか

この3つは連動しています。社員が受発注業務に忙殺されていれば、顧客への応答は遅くなります。顧客が申込みで手間取れば、社員は問い合わせ対応に追われます。DXとは、この連鎖のどこに手を入れれば体験全体が変わるかを設計する営みなのです。

中小企業でも「体験変革」は始められる

DXを「大企業の話」と感じる経営者もいますが、体験変革の視点なら中小企業のほうがむしろ動きやすい面があります。組織が小さく、顧客との距離が近いため、「顧客がどこで詰まっているか」を経営者が直接観察できるからです。

  • 予約フォームを改善する
  • 見積回答をチャットで返す
  • 来店予約を24時間受けられるようにする

このような小さな摩擦除去の積み重ねが、体験を変えるDXの実像です。属人化した業務や現場の抵抗と向き合う際も、「顧客の摩擦を消す」という共通目的があれば議論が進みやすくなるでしょう。

自社の「体験」を見直すための自己診断と最初の一歩

ここまで読んでも、「では自社では何から手を付ければよいか」が見えない読者もいるかもしれません。この章では、明日から社内で使える3つの問いと、最初の一歩を整理します。

3つの問いで自社を診断する

自社の商品・サービスを次の3つの問いで棚卸ししてみてください。

  1. 自社は顧客に「モノ」を売っているのか、「体験」を提供しているのか
  2. 顧客が最も摩擦を感じている接点(申込み・支払い・問い合わせ・受け取り)はどこか
  3. その摩擦は、システム導入ではなく設計変更で減らせないか

例えば工務店であれば、「家を建てる」というモノの提供ではなく「住み替えを安心して進められる体験」を提供していると再定義できるでしょう。すると、見積の待ち時間、契約書のわかりにくさ、進捗の見えなさが摩擦として浮かび上がってくるはずです。飲食店であれば「料理を提供する」ではなく「限られた時間で満足を得る体験」と捉え直すと、予約の取りにくさ、注文の伝えにくさ、会計の待ち時間が改善余地として見えてきます。

まず着手すべき小さな一歩

DXを大改革として構えると、稟議も予算も人員も足りず、動き出せません。次のような小さな一歩なら、多くの中小企業で今日から着手できます。

  • 顧客が電話や来店でしか手続きできない業務を1つだけWEB化する
  • 社内で紙・押印・転記が残っている業務を1つだけ選び、フローを書き出す
  • 顧客に「不便に感じた場面」をヒアリングし、上位3つをリスト化する
  • 既存のITベンダーや顧問に「体験を変えたDX事例」を尋ね、情報収集する

いきなり全社DXを目指すのではなく、「顧客が感じている摩擦を1つ消す」ことから始める。それがシェアサイクルという街の風景が教えてくれた、実務的な出発点です。ROI(投資対効果)の議論も、まずは小さな体験改善で成果を体感してから、次の投資判断につなげるほうが健全です。

まとめ:シェアサイクルが教えてくれた、DXの本当の意味

DXportal®編集部が横浜・みなとみらいで見つけた一枚の風景は、DXという抽象的な言葉を、実感できる問いへと変えてくれました。本記事の要点を振り返ります。

  • シェアサイクルが変えたのは自転車ではなく、「移動という体験」の届け方でした
  • 変化の背景には「所有から利用へ」という消費者と企業の価値観の転換があります
  • DXの本質はシステム導入ではなく、顧客と社員が感じている摩擦を設計で消すことです
  • 中小企業でも「体験を変える視点」なら、大規模投資なしで着手できます
  • 出発点は「自社は何を売っているか」ではなく「どんな体験を提供しているか」の問い直しです

読了後の最初の一歩として、自社の顧客接点を1つだけ書き出し、そこにどんな摩擦があるかを社内で30分だけ話し合ってみてください。稟議も予算も要りません。その30分が、「システムを導入するDX」から「体験を変えるDX」へと視点を切り替える、最初の分岐点になります。

【編集部が見つけた街のDX】シリーズでは、これからも街や日常で出会った一枚の風景を入り口に、経営とDXを考えるヒントをお届けします。次回もまた、貴社の視点を少しだけ広げるお手伝いができれば幸いです。

町田 英伸

執筆者

DXportal編集長

町田 英伸

自営での店舗運営を含め26年間の飲食業界にてマネージャー職を歴任後、Webライターとして独立。現在はIT系を中心に各種メディアで執筆の傍ら、飲食店のDX導入に関してのアドバイザーとしても活動中。『DXportal®』では、編集長としてすべての記事の企画、及び執筆管理を担当。特に店舗型ビジネスのデジタル変革に関しての取り組みを得意とする。「50s.YOKOHAMA」所属。