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この街は、なぜ歩きたくなるのでしょうか。
歩きたくなる街には、AIやIoTの導入以前に「人が自然に動きたくなる設計」があります。DXportal®編集部は、実際に横浜・みなとみらいを歩き、シーバスに乗り、赤レンガ倉庫からプロムナードまでを自分の足で回り、この仮説を確かめてきました。
- 潮の匂いを含んだ風
- 日差しを吸い込んだ赤レンガの温もり
- 木陰のベンチに座る老夫婦と若いカップル
歩いた道は、目的地に向かうためだけではなく、途中の景色や空気そのものに引き寄せられていく感覚が確かにありました。
都市DX(デジタルトランスフォーメーション)というと、行政の政策やスマートシティの技術投資といった大きな話に受け止められがちです。しかし本記事が扱いたいのは、その手前にある問いです。
街の核心は、AIやIoTを導入したかどうかではなく、人が自然に歩き、立ち止まり、次の場所へ移動したくなる環境をどう設計するかにあるのではないでしょうか。この視点は、貴社のオフィスや店舗、WEBサービスの導線設計にも共通しています。読み終えたとき、自社の顧客導線や社内UXを見直すヒントが得られる構成にしています。
【本記事の要点】
- 都市DXの核心は、AIやIoTの導入ではなく「人が動きたくなる環境の設計」である
- みなとみらいは、歴史資産の価値転換、移動手段の補完、体験としての導線、滞在の場が組み合わさって回遊性を生んでいる
- 街のDXの視点は、中小企業のオフィス設計・店舗運営・顧客体験にも転用できる
- 大手や行政と同じ規模は真似できないが、「人の動きを観察して設計する」という思想はスケールを問わない
「歩きたくなる街」は偶然できるものではない

みなとみらいを歩いた最初の実感は、街が「歩きやすい」というより「歩きたくなる」ように仕立てられているという印象でした。この章では、その体験を出発点に、都市DXという言葉を人の行動設計の話として捉え直します。
歩きたくなる街は自然に生まれるものではなく、人の行動を前提にした設計の積み重ねから成立しているのではないでしょうか。理由は、街の中で人が体験する視界・距離感・休憩場所・案内表示のどれもが、偶然に配置されて機能するとは考えにくいからです。
ハンマーヘッド周辺から赤レンガ倉庫の方向を望むと、視線の先には海と建物のスケール感がバランスよく収まっています。あくまで編集部の主観ですが、歩くたびに次に見たい風景が視野に入り、足が自然にそちらへ向かう構造になっていると感じました。
みなとみらい21地区の来街者数は、横浜市の発表によれば2024年(令和6年)に約8,260万人を記録し、コロナ禍前の水準にほぼ回復しています。同時に、就業者数も過去最多となっており、観光地として賑わっているだけではなく、働く場所・訪れる場所・滞在する場所が重なり合っていることが読み取れます。
この事実を、街を褒める材料としてではなく、都市DXの視点で捉え直したいと考えます。人の動きが数字となって表れるとき、そこには意識的な設計と運営が働いているという仮説が立ちます。
出典・参照:
歴史を残しながら、新しい価値を生む

みなとみらいの象徴のひとつが赤レンガ倉庫です。本章では建築物の由緒ではなく、既存資産を新しい価値へ転換するというDX視点で赤レンガ倉庫周辺を読み解きます。
赤レンガ倉庫は「歴史的建物を保存した」だけの空間ではなく、既存の資産を新しい体験価値へ置き換えた事例ではないか。理由は、単なる展示保存であれば来街の目的地になりにくく、商業・イベント・水辺の景観と連続する空間になっているからこそ人が集まり続けていると考えられるためです。
企業の現場に置き換えると、この発想は既存業務・既存システム・既存顧客への向き合い方に近いことがお分かりでしょう。過去の資産を「古いから捨てる」でも「そのまま残す」でもなく、「何のために存続させるか」を再定義することがDXの起点になります。
現地を歩いた印象として、赤レンガ倉庫の周辺は建物単体ではなく、海側の広場、隣接する商業施設、プロムナードとつながって初めて価値を発揮しているように見えました。同じことは企業のシステム刷新にも当てはまります。基幹システムだけを新しくしても、周辺の業務プロセスや情報連携が古いままなら、投資に見合う体験は生まれにくい。これは、「点」ではなく「面」で価値を組み替えることが、資産活用型DXの現実的な進め方だ、という考え方にもつながるでしょう。
歴史資産をDX的に捉える視点は、地域全体でも共有されつつあります。横浜市は「横浜における『ウォーカブルなまちづくり』」と題した資料の中で、みなとみらい・関内など臨海部を対象に、歩行者中心の空間づくりの方針を国土交通省に示しています。この方針は、単純に礼賛するのではなく、既存資産を歩行者体験の器として再定義しているという構造として読み取っておきたい部分です。
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「どう移動するか」を選べる街は、人を回遊させる

みなとみらいを歩いていて印象に残ったのは、徒歩以外の移動手段が街の景色の中に自然と組み込まれていることでした。本章では、街の回遊性が「歩きやすさ」単独で生まれるのではないという視点を掘り下げます。
- 徒歩
- 水上交通
- ロープウェイ
- 鉄道
- 自転車
みなとみらい地区では、こうした複数の移動手段を選択肢として選ぶことができ、それぞれが互いを補い合うことで「街の回遊性」が生まれると考えられます。
理由は、人の体力や目的、天候、同行者によって最適な移動手段が変わるため、選択肢が閉じている街では人の動きも閉じてしまうからです。編集部では実際にシーバスに乗り、横浜駅周辺からみなとみらいへ海側から入るルートを試しました。陸路の景色とは違う視点で街を眺められる一方、乗船場・降船場の位置が回遊動線と接続していることで、船を降りた後の行き先が自然に決まっていく感覚がありました。これは編集部の主観であり、公式の設計意図とは別ですが、「移動そのものが体験になる」ことは人の回遊を促す最大の要因になっているのは間違いないでしょう。

また、みなとみらい21スマートシティコンソーシアムは、2024年3月に「スマートシティ実行計画(概要版)」で、モビリティ・エネルギー・データ利活用など複数の分科会で街の運営を進めていると公表しました。国土交通省のスマートシティ官民連携プラットフォームでもモビリティ分科会実行計画が公開されており、この街の交通は単独インフラの整備ではなく、街全体を回遊させる仕組みとして議論されていることが読み取れます。
さらに、2024年12月から2025年3月にかけて、日産自動車や大成建設らがみなとみらいエリアで「グリーン・マルチモビリティハブステーション」の社会実証実験を実施したと発表しました。これらの動きは、街を1つのOS(基本ソフト)と見立て、その上に交通サービスを載せる発想が採られつつあることの証左でしょう。
企業では、業務システムも同じ構造で捉えられます。
- 基幹システム
- SaaS
- チャット
- WEB会議
これらのツールは単体で導入するだけではなく、それらが人の業務動線の中でどう補完し合うかを設計しなければ、現場は逆に混乱します。これを回避するには、ツール単体の性能比較の前に「日々の業務がどの手段で完結するか」を紙一枚で描いてみることがおすすめです。みなとみらい地区に見られる、街の回遊性設計と同じ効果をもたらすでしょう。ここに、街のDXと企業DXの共通点があるのです。
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人は「道」を歩くのではなく、「体験」を歩いている

「開港の道 山下臨港線プロムナード」に足を踏み入れたとき、それが単なる歩道ではないと感じました。本章では、道という物理空間を体験として捉え直すDX視点を扱います。
みなとみらい地区を散策する人々は、道そのものを歩いているのではありません。道の上で得られる体験を歩いているのです。目的地までの経路が複数あっても、人が選ぶのは距離が最短のルートとは限りません。その道に「景色・音・立ち止まれる余白」が感じられるのであれば、目的地まで遠回りだとしてもその道を選ぶことだってあるでしょう。
実際に現地で観察していると、案内表示は目立ちすぎず、しかし迷わない位置に置かれているように見えました。それは「表示を読んで歩く」よりも「気付けば歩けている」設計に近い印象です。もしすべての交差点に大きなサインが林立していれば、親切かも知れませんが、街は情報過多となり、体験としての質は落ちてしまうかもしれません。「欲しい時にそこにある」という案内表示こそが、体験を後押しする重要な要素です。
これはWEBサイトやアプリのUX(ユーザー体験)設計と直接つながる論点です。ユーザーは「機能を使う」ためにサービスを訪れているのではなく、「体験を得る」ために訪れています。ボタン配置や導線、必要な情報の出し方は、街の案内表示と同じ役割を担っています。企業の社内UXも同様です。マニュアルを読ませる前に、業務の流れの中で自然に次の操作へ進める設計になっているか。SaaSの画面遷移が現場の行動と一致しているか。街の導線と社内DXは、地続きの課題として捉えられます。
なお、国土交通省は「居心地が良く歩きたくなるまちなか」づくりを進める「まちなかウォーカブル推進事業」を制度化しています。制度そのものを紹介するのが本記事の狙いではありませんが、行政の側でも「歩きたくなる」体験を都市戦略に取り込む方向にあることは押さえておくべき前提でしょう。人を迷わせない設計は、街でも社内でも顧客体験でも共通する主軸なのです。
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滞在したくなる空間が、人の流れをつくる

歩き続けるだけでは、人は疲れてしまいます。人が街に留まる理由は、休める場所と、休みながらでも景色に触れられる余白があるかどうかにかかっていると考えられます。本章では、滞在の設計が回遊時間を生む構造を、みなとみらいの水辺と人流データの視点から読み解きます。
滞在したくなる空間は、設備としてのベンチや公園そのものではなく、「休む・眺める・また歩き出す」という循環を生む場所として機能しています。理由は、休憩の質が上がるほど次の移動へのエネルギーが回復し、結果として街全体の回遊時間が長くなるからです。
編集部が水辺の遊歩道を歩いた際、木陰と海風のバランスが取れたベンチに、複数の年齢層の人々が思い思いに座っている光景が見受けられました。混雑統計を根拠に断定するものではありませんが、ベンチが「置かれている」のではなく「使われている」状態が続いていることは、空間として機能しているサインだと解釈できます。
人流の観点でも、みなとみらいは分析の対象になっています。ゼンリンデータコムの混雑統計を用い、神奈川大学と連携した「みなとみらい地区」の観光活性化プロジェクトが事例として公表されており、来街者の動きを人流データで読み解く取り組みが実際に走っています。
さらに、国土交通省も「人流データ利活用事例集2025」(令和7年3月)や「地域課題解決のための人流データ利活用の手引き 改訂版v1.2」(令和6年3月)を公開しており、人の動きを可視化して政策や事業に反映する流れは制度側でも整いつつあります。
ただし、人流データの導入コストと運用負荷は決して小さくはありません。中小企業がいきなり有償の人流基盤を契約しても、分析人材が足りずに宝の持ち腐れになる可能性は捨てきれません。
ここから中小企業に転用できる示唆を整理します。
- 顧客が店舗やオフィスに来た後、どこで足を止め、どこで離脱しているかを1日単位で観察する
- 「滞在」を促す小さな仕掛け(座れる場所、待ち時間の演出、WEB上の休憩ポイント)が回遊時間を延ばす
- 人流データを大規模に導入する前に、まず自社の商圏や来店動線を無料の公的統計指標で確認する
- 有償ツールに投資する前に、店舗前の人の流れを写真と動画で記録し、社内で読み解く時間を確保する
滞在の設計は、街だけでなく企業の顧客体験にも直結します。休むための場所を用意しない設計は、結果として次の行動を奪ってしまうのです。
出典・参照:
都市DXは企業DXにも通じている

みなとみらいを歩いた風景から見えてきたのは、都市DXの核心は派手なハイテクな補助を提供したり、過度な情報を提供したりすることではなく、人が自然に動きたくなる環境をどう設計するかにあるという視点でした。
- 歩きたくなる街は偶然ではなく、人の行動を前提にした設計の積み重ねから生まれる
- 歴史資産は「保存」ではなく「価値転換」として捉えることで新しい体験を生む
- 徒歩・水上・鉄道・自転車が補完し合うことで、街の回遊性が成立する
- 道は物理的な経路ではなく、体験の場として設計される必要がある
- 滞在の設計が、次の移動と回遊時間を生み出す
- 人流データやスマートシティの取り組みは、街をOSとして運営する基盤になりつつある
同じ考え方は、中小企業のオフィス設計・店舗運営・WEBサービス・社内業務にも置き換えられます。
| 街のDXの視点 | 企業DXへの翻訳例 |
|---|---|
| 歩きたくなる導線 | 顧客のWEB導線・店内導線 |
| 歴史資産の価値転換 | 既存業務・既存システムの再定義 |
| 移動手段の補完 | 基幹システムとSaaSの連携設計 |
| 体験としての道 | 社内UX・マニュアル前提の削減 |
| 滞在の設計 | 顧客の再訪・社員の定着 |
この表を眺めるだけでは行動につながりません。本記事の最後に、読者に読後に取っていただきたい次の一歩を、具体的に提案します。
- 自社の店舗やオフィスに来る人の動きを、1日でよいので観察してみる
- 「立ち止まる場所」「離脱する場所」「戻ってくる場所」を紙一枚に書き出す
- 商圏の人の動きを、まずはRESAS(地域経済分析システム)など無料の公的データで確認する
- 地域のエリアマネジメント団体や商工会議所と接点を持ち、街のDXの動きを把握する
- 社内DXの検討会議で「どのツールを入れるか」の前に「どの動線を作るか」を議題にする
みなとみらいは、行政・大手企業・地権者・エリアマネジメント団体が長期的に連携しているからこそ成立している街です。中小企業がそのまま真似できる部分は多くありませんが、「人が自然と動きたくなる設計」という思想はスケールを問わず応用できるでしょう。
2027年の「GREEN×EXPO 2027」を控え、みなとみらいと横浜臨海部の街づくりはさらに動いていくでしょう。街の変化を「観光の話題」で終わらせず、貴社のDXに引き寄せて観察していただければ、本記事の狙いは十分に届いたと考えます。
出典・参照:
おわりに:編集部より
本記事は、DXportal®編集部が実際に横浜・みなとみらいエリアを歩き、撮影した写真と現地で得た気付きをもとに構成しています。現地を歩いて初めて見えてきたのは、目立つ建築物ではなく、人の移動や滞在を自然に促す街全体の設計でした。既存の建物や制度をどう組み合わせて体験に変えるかという発想は、中小企業のDXにもそのまま通じるものだと我々は考えています。
DXportal®では今後も、机上の情報だけではなく、現場で得られた一次情報をもとにDXを読み解く記事をお届けしていきます。【街のDX】シリーズは本記事を第1回として、街と企業のDXを重ねて考えるコラムを継続していきます。次回以降も、行政の政策解説ではなく、歩いた者にしか見えない設計思想を言語化していく予定です。
執筆者
DXportal編集長
町田 英伸
自営での店舗運営を含め26年間の飲食業界にてマネージャー職を歴任後、Webライターとして独立。現在はIT系を中心に各種メディアで執筆の傍ら、飲食店のDX導入に関してのアドバイザーとしても活動中。『DXportal®』では、編集長としてすべての記事の企画、及び執筆管理を担当。特に店舗型ビジネスのデジタル変革に関しての取り組みを得意とする。「50s.YOKOHAMA」所属。