- share :
AI技術の急速な進展やデジタルトランスフォーメーション(DX)の加速により、経営環境の不確実性は極限まで高まっています。そんな中、あなたは過去の成功体験に基づく積み上げ式のキャリアパスや、5か年計画のような硬直的な人材育成計画に限界を感じてはいないでしょうか。
予測不能な市場変化を前に、社員の主体性が失われ、組織全体が停滞してしまう事態は、多くの経営層が直面する喫緊の課題といえます。このような閉塞感を打破し、個人の自律的な成長を組織の原動力へと転換する新たな指針が、起業家・けんすう氏の提唱する「物語思考」です。
本記事では、物語思考の核心を解き明かし、データとデジタル技術の活用が前提となる現代において、いかにして変革を担う人材を育成すべきか、その戦略的道筋を提示します。
【本記事の要点】
- 物語思考は、過去の延長線上ではなく「なりたい状態」から逆算して行動を変容させる動的なフレームワークである
- AI時代には、論理や効率を超えた「人間固有の物語性」が組織の競争優位性を左右する
- 物語思考を人事制度に組み込むことで、変化を厭わず自走する「DX人材」の輩出が可能となる
物語思考とは何か

けんすう氏の著書『物語思考「やりたいこと」が見つからなくて悩む人のキャリア設計術』の核となる「物語思考」とは、自身の人生を「物語」に見立て、自分自身をその「主人公」として設定することで、望む未来へ自然と近づいていくという考え方を指します。
物語思考では、従来のキャリア設計が「過去の分析に基づいて未来を予測する」アプローチを取るのに対し、「なりたい未来から逆算して現在の行動を変える」という逆方向のアプローチを推奨しているのが特徴です。
物語思考の具体的な実践には、主に以下の5つのステップがあります。
- ステップ1:自分を制限する「頭の枷(かせ)」を外す
- ステップ2:なりたいキャラクター像を設定する
- ステップ3:そのキャラクターを実際に動かす
- ステップ4:そのキャラクターが活きる環境を構築する
- ステップ5:そのキャラクターで「物語を転がす」
会社、あるいは社会での「自分の役割」という硬直化したフレームワークから一歩離れ、「物語のキャラクターとしてはどう行動するか」という視点で思考すると、より気楽に、そしてストレスなく変革に必要な挑戦を実行動に移しやすくなると考えられます。
この思考法は、個人の内なる動機付けを促し、主体的な行動を通じて望む未来へと導くための強力なツールとなるでしょう。
AI時代における「物語思考」の意義

AI技術の進化とDXの加速により、社会はかつてないほどに変化を遂げ、キャリアパスは多様化しています。この予測不能なVUCA環境において、私たちは自身の進むべき道をどのように見定めていけばよいのでしょうか。
個人も組織も羅針盤を失いがちな現代において、けんすう氏が提唱する「物語思考」は、自身のキャリアを主体的に切り拓くための強力なフレームワークとなるでしょう。物語思考には、実際にキャリアを構築し、変革を推進していくための実践的な知恵が詰まっています。
本章では、物語思考が現代のキャリア戦略においていかに重要な役割を果たすのかを、さらに具体的にご紹介します。
不確実性への適応力
詳細なキャリアプランの策定が困難な現代において、外的環境に左右されない「一貫したキャラクター設定」の保持は極めて有効です。ここでいうキャラクター設定とは、個人の能力や置かれた環境が変化しても揺らぐことのない、自身の「ありたい姿」を定義した行動指針を指します。
AIに代替される業務が増加する中で、個人が自身の存在意義を再定義し、柔軟に変革へ対応していく能力の確保は、ビジネスパーソンとして生き抜くための至上命題に他なりません。物語思考は、変化を脅威と見なすのではなく、自らのキャラクターを軸に新たな活路を見出すための強固な自己規律を養う一助となります。
人間固有の能力の活用
「物語を好む、信じる」という人間固有の能力を最大限に活用することで、現実世界での行動変容が促されます。AIが効率や論理性を追求する一方で、人間らしい感情、共感、経験の共有といった「物語」の力は、リーダーシップ、チームビルディング、顧客エンゲージメントにおいて不可欠な要素です。
物語思考は、デジタル化が進む社会において、人間ならではの価値を再認識し、それを最大限に活かす道を示してくれるでしょう。
プロセスを楽しむ価値
多くの自己啓発書が結果達成を強調する一方、本書の物語思考は「目的地への到達よりも、その過程の充足」に重きを置きます。技術革新が連続的に発生する現代において、設定した事業目標や習得すべきスキルといった到達点は、常に更新を余儀なくされるからです。
日々の学びや挑戦というプロセスそのものに価値を見出す思考様式は、ゴールが変動し続ける環境下での持続的な士気維持に寄与します。
「コスパ的思考」からの脱却
効率性や費用対効果(コストパフォーマンス)の最大化を目指す「コスパ的思考」が行き過ぎると、物語を構成する細部や、未来につながる可能性のある「無駄」な要素が切り捨てられてしまう可能性があります。
しかし、物語思考は、一見不要に見える経験や脱線も「未来のあなたにつながる欠片」として捉えます。日々に潜む全ての要素に耳を傾けることで、より豊かな「あなた自身の物語」を紡ぐことを促すのです。これは、DX推進においても、短期的な効率化だけでなく、長期的な企業文化の変革や、社員個々の多様な経験を尊重する姿勢に通じる考え方です。
企業人事における「物語思考」の戦略的応用

当サイトがDX専門メディアとして特に注目しているのは、この「物語思考」を企業の人材マネジメント、特に人事戦略にいかに応用できるかという点です。
物語思考は、変化に強く、エンゲージメントの高い組織の構築に貢献する可能性を秘めています。本章では、物語思考を人事戦略に活かす具体案を考えていきましょう。
採用・人材獲得の質的転換
物語思考は、採用プロセスに新たな視点をもたらします。従来の経験やスキルに加え、応募者が「どんな自分になりたいか」というキャラクター設定を持っているかを評価軸に加えることで、環境変化に強く、自己成長意欲の高い人材を発掘できるでしょう。
具体的には、新卒採用では「10年後になりたい自分の状態」や「キャラクター設定」について語るセッションを設けることで、明確なビジョンと行動計画を持つ学生を見出せるかもしれません。
また、中途採用面接では、スキルや経験だけでなく、「なぜ今の環境から当社へ移りたいのか」「当社でどのようなキャラクターとして活躍したいのか」といった質問をすることで、本質的な適性を見極めることが可能となります。
人材育成・キャリア開発のパラダイムシフト
物語思考は、人材育成やキャリア開発においても、画期的なパラダイムシフトを促します。社員が「なりたいキャラクター」を設定するワークショップの実施により、自身の未来像を具体的にイメージし、自発的な行動変容を引き起こすことが期待できるからです。
例えば、メンタリングプログラムにおいて、メンターがメンティーの「理想とするキャラクター像」を深く掘り下げる対話を行います。この過程で、メンティーが抱く「漠然とした成長意欲」という抽象的な目標を、そのキャラクターが取るべき「具体的な日常動作」へと解体し、実行可能なタスクに落とし込めるのです。
また、社内で成果を収めている人材の「行動特性(キャラクター)」を分析し、その結果を公開する施策も有効といえます。多様なキャリアパスの選択肢を可視化することで、若手社員によるロールモデルの早期発見に寄与するに違いありません。
さらに、客観的なデータに基づき最適解を導く「判断」と、正解のない問いに自ら答えを出す「決断」の差異を学ぶ訓練も必要です。リスク管理表の作成や不安の言語化といったスキルを実践的に習得する「物語転がし」トレーニングの導入は、DX推進に不可欠な社員の不確実性への耐性を高める一助となるでしょう。
組織文化・環境づくりの変革
物語思考は、組織文化や環境づくりにも大きな影響を与えます。失敗を「物語を豊かにする要素」と捉え直す文化を醸成することで、挑戦を促す風土を作ることが可能となるでしょう。
例えば、失敗事例を「学びの物語」として共有する「フェイルフォワード・セッション」の定期開催が考えられます。また、多様な「キャラクター」が活躍できる組織であることを示し、社員が自分らしいキャリアを描きやすい環境を整備することは、組織全体の活性化に貢献するでしょう。
オフィス環境の設計においても、「物語が生まれやすい」物理的な空間、例えばコラボレーションスペースなどを意識することが重要です。社内SNSやメンター制度を拡張し、社員が互いの挑戦を応援し合う「応援してくれる人を増やす」仕組みを導入することも、物語を共に紡ぐ組織作りに寄与します。
まとめ:DX時代の新たな成長戦略としての物語思考
けんすう氏が提唱する「物語思考」は、AI技術の進化により不確実性が増す現代において、個人が主体的にキャリアを設計し、幸福感高く生きるための強力なフレームワークです。それは、単なるキャリア設計術に留まらず、自身の人生を能動的に創造していくための思考法と言えるでしょう。
同時に、企業に対しても、従来の評価基準や育成方法を補完し、変化に強く、エンゲージメントの高い組織を構築するための新たな視点と具体的な方法を提供します。
「人生を自分が主人公の成長物語として捉え直す」
この考え方は、DXを推進し、新たな価値を創造していく企業において、社員一人ひとりが「物語」の主人公として輝き、組織全体の持続的な成長を牽引する力となるでしょう。
DX時代における企業の成長戦略として、物語思考を導入することは、これからの時代の変化に柔軟に対応し、持続的な発展を遂げるための重要な一歩となるのではないでしょうか。
【参考文献】
けんすう(古川健介)著『物語思考 「やりたいこと」が見つからなくて悩む人のキャリア設計術』
けんすう(古川健介)
起業家、エンジェル投資家、アル株式会社代表取締役。1981年生まれ。浪人生時代に「ミルクカフェ」という大学受験サービスを立ち上げたあと、レンタル掲示板の「したらば」を運営。新卒でリクルートに入社後、起業してハウツーサイトの「nanapi」をリリース、2014年にKDDIグループにM&Aされる。
執筆者
DXportal編集長
町田 英伸
自営での店舗運営を含め26年間の飲食業界にてマネージャー職を歴任後、Webライターとして独立。現在はIT系を中心に各種メディアで執筆の傍ら、飲食店のDX導入に関してのアドバイザーとしても活動中。『DXportal®』では、すべての記事の企画、及び執筆管理を担当。特に店舗型ビジネスのデジタル変革に関しての取り組みを得意とする。「50s.YOKOHAMA」所属。