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不動産管理業を営む会社で、こんな場面に心当たりはないでしょうか。
- オーナーから「前にそう言ったはずだ」と指摘されたが、担当者の記憶にも手元のメモにも該当のやり取りが見当たらず、水掛け論になってしまう
- 長年オーナー対応を担ってきたベテラン社員が退職した途端、その人にしか分からないやり取りの経緯が引き継げず、現場が混乱する
こうした場面は、「言った言わない」なら担当者の言い方や記憶力の問題として、引き継ぎの混乱なら担当者の準備不足として、それぞれ個人の資質の問題で片付けられがちです。しかし実際には、オーナーとのやり取りの履歴が会社の資産として残る仕組みがあるかどうかという、組織の問題であることが少なくありません。
この記事では、複数物件・複数オーナーを管理する賃貸管理会社を対象に、「言った言わない」トラブルと担当者退職時の引き継ぎ断絶がなぜ同時に起きるのか。その構造と、実際にオーナー対応の仕組みを変えた企業の事例を整理します。読み終える頃には、自社のオーナー対応がどこまで担当者個人に依存しているかを点検する視点が持てるはずです。
【本記事の要点】
- オーナー対応の質は担当者の資質の問題として語られがちだが、実際は対応履歴が会社に残る仕組みの有無の問題である
- 「言った言わない」トラブルと担当者退職時の引き継ぎ断絶は、対応履歴が担当者個人の記憶とメモに依存しているという同じ構造から生まれる
- 株式会社ジェイエーアメニティーハウスは、電話・メール・個人LINEに分散していたオーナー対応を独自のオーナーアプリに集約し、段階的な周知戦略で高齢オーナー層にも浸透させた
- 自社の点検には、主要オーナーごとの連絡手段と「担当者以外が経緯を説明できるか」の洗い出しが有効である
「言った言わない」が担当者個人の問題にされがちな理由
賃貸管理会社では、オーナーから「前にそう言ったはずだ」と指摘され、担当者の記憶にも手元のメモにも該当のやり取りが見当たらない、という場面がよくあります。この状況が起きたとき、社内では「担当者の記憶違いだろう」「言い方が誤解を招いたのだろう」という、個人の資質に原因を求める説明で片付けられがちです。
しかし複数の物件・複数のオーナーを抱える会社で繰り返し起きているなら、それは個人の記憶力や言い方の問題ではなく仕組みの問題です。
電話、メール、担当者個人のLINEといった具合に、オーナーごとに使う連絡手段がばらばらで、会社としてやり取りの履歴が一元的に残っていない。この状態では、「言った」「言っていない」を裏づける記録が担当者個人の記憶以外に存在しないため、オーナーと担当者の記憶が食い違った瞬間、確かめる手段がなくなってしまいます。
DX(デジタルトランスフォーメーション)の観点で見れば、これは担当者の記憶力の問題ではなく、情報が個人の記憶とメモに閉じ込められたまま業務が回っているという、仕組み設計の問題です。さらに、担当者が優秀であればあるほど、この属人化は表面化しにくく、問題が放置されやすいという皮肉な側面もあります。
「言った言わない」と担当者退職に共通する構造
賃貸管理会社が直面する2つの困りごと、「言った言わない」トラブルと、担当者退職・異動時の引き継ぎ断絶は、一見すると別の問題に見えます。しかし根っこをたどると同じ構造にたどり着きます。どちらも、オーナーとのやり取りの経緯が会社の記録としてではなく、担当者個人の記憶とメモという不安定な場所にしか存在しない、という点が原因です。
担当者が在籍し、なおかつ記憶が正確な間は、この状態でも業務は一応回ります。ところが、オーナーの記憶と担当者の記憶に食い違いが生じた瞬間、「言った」「言っていない」という水掛け論になってしまうでしょう。
会社側に客観的な記録がなければ、この対立を解消する手段がありません。同じことは担当者が退職・異動するときにも起こり得ます。担当者が抱えていたオーナーとの経緯は、引き継ぎ資料に書き切れる範囲を超えていることが多く、実質的にはその場で消えてしまうことが少なくないのです。
この構造は、オーナーが管理会社を変更する理由とも重なります。賃貸管理業界では、オーナーが管理会社の切り替えを検討する主な理由として、「対応が遅い」「報告がない」といったコミュニケーション面の不満が挙げられる傾向があるとされています。契約更新のたびに管理料や管理内容そのものを比較されるだけでなく、日々の対応の積み重ねが信頼を左右しているということです。
ここに、収支報告書を毎月郵送している会社であれば、作成・印刷・封入・発送という手間とコストの負担も重なります。オーナーから「先月分の報告書がまだ届いていない」といった問い合わせが入れば、確認と再送という二度手間まで発生してしまうでしょう。
出典・参照:
オーナー自身が確認できる場をつくった賃貸管理会社
この構造課題に対して、実際に仕組みを変えた例があります。紹介するのは、神奈川県を中心に賃貸管理事業を展開する株式会社ジェイエーアメニティーハウスです。管理戸数は約22,000戸に上り、オーナー層の多くを農家や地主が占めるという特徴を持つ、地域密着型の不動産管理会社です。
同社が抱えていた課題は、この記事で扱ってきた構造そのものでした。オーナーとの連絡手段は電話、メール、担当者個人のLINEなどに分かれており、会社として統一されていませんでした。この結果、担当者が退職するとやり取りの履歴が消えてしまうリスクを抱え、実際に「言った言わない」トラブルも多数発生していたのです。さらに収支報告書は紙で郵送しており、印刷、封入、発送のたびに相当な手間とコストがかかっていました。
同社が選んだ解決策は、報告業務そのものを効率化することではなく、オーナーとのやり取りをオーナー自身が随時確認できる場に移すことでした。具体的には、GMO賃貸DXの「オーナーアプリ」をベースに、独自機能と独自デザインを追加開発したカスタム版のオーナーアプリを導入したのです。
注目すべきは、導入時の周知戦略です。同社は次の3段階のステップを踏んで、オーナーへの浸透を図りました。
- オーナー向け広報誌で導入を予告
- 導入目的を説明する通知文を送付
- ダウンロード方法を案内
さらに、営業担当者が日々の訪問時に口頭でも補足説明を重ねています。オーナー層の多くが農家や地主という、一般にデジタルツールへの抵抗感が想定されやすい層であっても、いきなりアプリの利用を求めるのではなく、紙とデジタルを組み合わせた段階的な導線を用意した点が、この事例の実務上の工夫です。
その結果、導入から約1カ月(事例公開の2026年1月時点)でインストール率が20%を超え、高齢のオーナーからも好意的な反応がありました。
このインストール率20%超は、導入から約1カ月というごく初期の実績値です。同社は事例公開時点で、2026年3月末に50%、同年9月末に70%、2027年3月末に90%という段階的な普及目標を掲げており、20%超はその通過点にすぎません。それでも、「高齢オーナーだから難しいだろう」という思い込みを、周知戦略の工夫によって覆した点に、他の賃貸管理会社が参考にできる示唆があるのではないでしょうか。
出典・参照:
担当者交代を前提にしたオーナー対応チェックリスト
ここまでの構造を踏まえると、自社のオーナー対応を点検する視点が見えてきます。すべてのオーナーとのやり取りを一度に電子化する必要はありません。まずは対応頻度の高い主要なオーナーから、次の項目を確認してください。
| 確認項目 | チェック |
|---|---|
| 直近1年間でやり取りしたオーナーを洗い出したか | ☐ |
| オーナーごとに、現在の主な連絡手段(電話・メール・個人LINE・訪問時の口頭など)を把握しているか | ☐ |
| 担当者本人が不在でも、他の社員がそのオーナーとの直近のやり取りの経緯を説明できるか | ☐ |
| やり取りの経緯が、担当者個人の記憶やメモではなく、会社として残る記録に残っているか | ☐ |
| 経緯を説明できないオーナーが、対応中の全オーナーの何割にあたるかを数値で把握しているか | ☐ |
この点検を進めるうえで注意したいのは、オーナーごとに好みの連絡手段が異なるという現実です。電話でのやり取りを望むオーナーもいれば、メールやメッセージアプリの方が都合のよいオーナーもいます。すべてのオーナーを画一的に1つの手段へ移行させようとすると、かえって反発を招きかねません。
ジェイエーアメニティーハウスの事例が示すように、無理に一本化するのではなく、記録が残る仕組みへ少しずつ導線を作っていく現実的な進め方が重要です。
まとめ:オーナー対応DXは、担当者の記憶を仕組みに変える投資
「言った言わない」トラブルと担当者退職時の引き継ぎ断絶は、別々の問題ではなく、オーナー対応の履歴が担当者個人の記憶とメモにしか残らないという同じ構造から生まれています。
報告業務を早く済ませる効率化ではなく、オーナー自身が対応履歴を随時確認できる場に情報を移すことこそが、この構造課題への根本的な対処になるのです。段階的な周知戦略によって高齢オーナー層にも着実に浸透させていけることは、ジェイエーアメニティーハウスの事例が示すとおりです。
このテーマは、担当者の対応力を疑う話ではありません。むしろ、これまで個々の担当者の頑張りに頼ってきた対応の質を、担当者が代わっても落とさないための仕組みづくりだととらえるべきです。
まずは、直近1年で対応した主要オーナー10件について、連絡手段と「担当者以外が経緯を説明できるか」を1行ずつ書き出してみてください。そこに担当者任せになっているオーナーが何件あるかが、自社の次の一手を考える出発点になります。
執筆者
株式会社MU 代表取締役社長
山田 元樹
社名である「MU」の由来は、「Minority(少数)」+「United(団結)」という意味。企業のDX推進・支援を過去のエンジニア経験を活かし、エンジニア + 経営視点で行う。DX推進の観点も含め上場企業をはじめ多数実績を持つ。



