電子申請できるのに紙で出す社労士事務所|「顧問先が使えない」を前提にした設計

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「電子申請システムは契約しているのに、結局顧問先とのやり取りは紙とFAX、原本郵送に戻ってしまう」

そんな違和感を抱えている社労士事務所は多いはずです。では、制度上は電子申請でほぼ完結できる時代に入っているのに、なぜ現場では紙運用が消えないのでしょうか。

2025年1月には労働安全衛生関係の一部手続で電子申請が原則義務化され、6月には20年ぶりの社労士法改正も行われました。先送りできない環境変化が起こるなかで、電子申請のDX(デジタルトランスフォーメーション)が形骸化したままでは、事務所経営にも響いてきかねません。

本記事では、社労士事務所の電子申請DXが空回りする構造を分解し、顧問先を巻き込む業務ルールをどう設計するかを、公表事例と公的データから読み解きます。読み終えた頃には、自事務所の運用が「顧問先の協力頼み」になっていないか、明日から棚卸しできる視点が手に入るはずです。

【本記事の要点】

  • 電子申請は制度上ほぼ完結できるが、顧問先の対応力が壁となり紙運用が残る
  • 形骸化の原因はシステム機能ではなく、顧問先を巻き込む業務ルールの未設計にある
  • 事務所内で情報収集と代理送信を完結させる型を作れば、大規模顧問先の受託余力も生まれる
  • 2025年1月の労働安全衛生関係義務化と6月の社労士法改正は、運用見直しの外的期限になる

電子申請システムを入れたのに紙に戻る:社労士現場の矛盾

電子申請システムがありながら紙処理へ戻り、事務所の手間が減らない循環

社労士事務所の多くは、e-Gov電子申請や専用クラウドをすでに契約しています。それでも「顧問先から届く書類は結局PDFやFAX、原本郵送のまま」という現場は残っているのが現実でしょう。この章では、そのねじれを直視するところから始めます。

「システムは動いているのに手間が減らない」という声

システムを導入した直後は電子申請の件数が伸びるものの、しばらくすると紙運用に戻ってしまう事務所は幅広く見られます。ただし、この原因はすべてが事務所側にあるわけではありません。顧問先から届く情報が紙・FAX・電話・チャットなどバラバラで、結局担当者が手入力で電子申請へ落とし直す業務構造自体が問題なのです。この構造を買えない限り、いくら事務所内の書類やシステムを電子化しても、顧問先の情報提供が紙のままなら、業務全体の工数は減りません。

制度は整っているという事実

一方で、電子申請の対象手続はすでに幅広く整備されています。デジタル庁の公表資料によれば、e-Gov電子申請の対象手続数は令和7年8月末時点で4,396件、うち厚生労働省分は2,978件に達しています。つまり、社労士業務の主要手続はほぼ電子で完結できる状態です。数字からもわかるように、制度は追いついているのに現場が紙に戻る、というギャップは、システムの問題というより業務設計の問題として捉えなければならないことがおわかりでしょう。

出典・参照:

2025年、電子申請を取り巻く前提はここまで変わった

2025年1月の電子申請原則義務化と2025年の社労士法改正などを示す時系列

「そのうち」で先送りできない事情も揃ってきました。義務化の範囲拡大と社労士制度そのものの見直は同時に進んでおり、事務所の業務設計を再点検する外的圧力になっています。

労働安全衛生関係の電子申請が原則義務化(2025年1月)

厚生労働省は、令和7年(2025年)1月1日から、下記の手続きに関して、事業所の規模を問わず電子申請を原則義務化しました。

  • 労働者死傷病報告
  • 定期健康診断結果報告
  • ストレスチェック結果報告等の労働安全衛生関係の一部手続

当面は環境が整わない事業所への経過措置も示されていますが、方向性は明確です。顧問先の規模にかかわらず電子申請が前提となるため、社労士事務所側は「小規模だから紙で」という運用をいつまでも続けるわけにはいかないという事実は、政府方針からも明らかなのです。

20年ぶりの社労士法改正(令和7年法律第77号)

2025年6月25日には、社会保険労務士法の一部を改正する法律(令和7年法律第77号)が公布されました。

  • 社労士の使命規定の新設
  • 労務監査業務の明記
  • 裁判所出頭・陳述規定の整備

その他、実に約20年ぶりの本格改正であり、8月19日開催の第201回労働政策審議会労働条件分科会でも成立が報告されています。しかし、社労士の役割の幅が広がるほど、事務代行に人手を割ける余力は減ります。このことからも、電子申請で削れる工数は削るという判断が、経営上の前提になってくるのです。

特定法人の義務化はすでに5年経過

2020年4月からは、資本金1億円超の法人など特定法人について、社会保険・労働保険の一部手続で電子申請が義務化されました。日本年金機構も対象手続や届出方法を公式に案内しており、電子申請は「例外的な選択肢」ではなく「原則」に位置付けられています。

出典・参照:

なぜ顧問先は電子申請を「使えない」のか

電子証明書とマイナンバー、学習コスト、社内稟議とハンコという三つの障壁

社労士側で電子申請ができても、顧問先が対応できなければ紙運用は残ってしまいます。この時点で、顧問先の事情を分解すると、いくつかの共通パターンが見えてくるはずです。

全国社会保険労務士会連合会の2024年度社労士実態調査によれば、社労士の顧問先の従業員規模別受託割合は29人以下が63.9%、30〜99人が20.9%を占め、伴走相手の中心は中小・小規模事業者です。この規模だからこそ生じる壁があると考えるのが自然でしょう。

電子証明書とマイナンバー運用の未整備

法人向けの電子証明書やgBizIDプライムを取得していない、あるいはマイナンバーの収集・保管ルールが社内で決まっていない顧問先は、今でもたくさん残っています。この状態は、手続きの都度、電子証明書の期限切れやマイナンバー提出の遅延を誘発し、電子申請で進めようとしても構造がそれを止めてしまうのです。

月次の手続数が少なく学習コストが割に合わない

顧問先の労務担当者が扱う電子申請対象手続は、月に数件程度という会社が多いのが現実です。そのため、顧問先企業との立場として考えれば、その程度の作業を効率化するために、電子システムのを導入するのは割に合わないと考えることも容易に想像できます。また、年に数回しか触らない画面の操作を覚え直すコストは、担当者にとっても「余計な手間」と考えられかねません。

デジタル庁の令和7年7月調査でも、年間件数の少ない手続はオンライン化率が約6〜7割あってもオンライン利用率は5〜6割台にとどまり、「制度上できる」と「現場で使われる」の間には、乖離が生じていることが示されています。

社内稟議とハンコ文化

電子申請で完結できる手続きでも、社内的には紙の稟議書に押印しないと決裁が下りない会社は残っています。担当者個人はデジタルで進めたくても、上司や経理部門の承認プロセスが紙前提だと、結局出力してハンコを押す運用に戻ってしまうのです。ただしこれは、なにも電子化していない顧問先が悪いという話ではありません。会社としての決裁フローが未更新な状態にある、という話です。

出典・参照:

顧問先の対応力に依存しない業務設計とは

情報提供を型化し、事務所内で電子申請を完結させ、顧問先へ進捗を共有する流れ

上記の壁を踏まえると、「顧問先を教育してから電子化する」という方針では時間がかかりすぎます。むしろ「顧問先ができないこと」を前提に、事務所内で完結する業務設計へ切り替える発想が有効です。

「顧問先ができないこと」を前提にする

まずは、事務所側が電子申請を担い、顧問先には最低限の情報提供だけを求める設計を考えましょう。電子証明書の取得や画面操作は顧問先に強いず、事務所側の代理送信で完結させる形です。この施策は、顧問先の対応力を待たないため、導入初日から工数削減の効果が出やすくなります。

情報提供の型化

顧問先から受け取る情報は、フォーマットとチャネルを固定します。手続きごとに必要な項目(氏名・生年月日・扶養情報・保険料率・添付書類など)を定型フォームに落とし、メール本文やFAXで断片的に受け取らない運用に切り替えます。フォームは共有スプレッドシート、専用フォーム、クラウド上のチェックリストなど、顧問先が扱いやすい手段を選ぶとよいでしょう。

事務所内で完結する電子申請の流れ

顧問先から情報を受け取ったら、事務所側で電子申請システムに投入し、代理送信します。控えや進捗はクラウドで共有し、顧問先は都度確認できる状態にしておくとよいでしょう。重要なのは、顧問先に「電子申請を使わせる」のではなく、「情報だけ渡してもらえば全部済ませる」というサービス形態に振り切ることです。これが、形骸化を防ぐ軸になります。

山田 元樹

執筆者

株式会社MU 代表取締役社長

山田 元樹

社名である「MU」の由来は、「Minority(少数)」+「United(団結)」という意味。企業のDX推進・支援を過去のエンジニア経験を活かし、エンジニア + 経営視点で行う。DX推進の観点も含め上場企業をはじめ多数実績を持つ。