【新人DX担当の教科書⑥】DXは「小さな成功」から始める|最初の改善テーマを決める方法

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「業務課題のリストは作った。でも、どこから手をつければいいのかわからない」

新任のDX(デジタルトランスフォーメーション)担当者からよく聞く声です。

上司からは「まずスモールスタートで」と言われるものの、どの課題を最初に選ぶのが正解なのかは誰も教えてくれません。ましてや、最初のテーマで失敗すれば、社内の協力を一気に失うリスクも抱えているのも頭の痛いところです。

本記事では、課題リストから最初に着手すべき1件を絞り込むための2軸の判断フレーム、4項目のチェックリスト、そして90日で成果を出す進め方までを解説します。読了後には、貴社の課題リストから最初の1件を自分で選び、関係者に「まずこれから試したい」と切り出せる状態を目指していきましょう。

【本記事の要点】

  • 最初に選ぶべきは最上位案件ではなく、小さく・早く・確実に成果が見える課題である
  • 判断軸は「効果の大きさ」と「着手のしやすさ」の2軸で、着手しやすさを優先する
  • DX担当者にとって最初の壁は技術ではなく、社内の信頼を得られるかどうかである
  • 4項目のチェックリストで最終判断し、関係者に「まずこれから試したい」と伝える

なぜ新人DX担当者は「最初の1件」で立ち止まるのか

多くの課題候補を前に、新人DX担当者が最初の一件を決められない状態

課題リストを作り終えた新任DX担当者の多くが、次の段階で足を止めます。この章では、その原因を整理し、なぜ「決められない状態」が長引くのかを明らかにします。

課題リストを作った後の「決められない」状態

課題リストが手元にあっても、着手する1件を選べない理由は、判断軸が定まっていないことにあります。効果の大きい課題を選べば失敗リスクが高く、簡単な課題を選べば「なぜそんな小さな話に時間を使うのか」と言われそうで怖い、というジレンマが生まれます。

新任担当者の頭の中では「最初こそインパクトのある成果を出さねば」という思い込みと、「失敗したら次はない」という不安が同時に走っているのです。結果として、リストを何度も見直すだけで着手が進みません。

「大きな課題から」の思い込みが失敗を招く

いきなり基幹システムの刷新、全社ERP導入、生成AIの全社展開といった大きなテーマを最初の1件に据えると、多くの場合、経営層の期待と現場の実力の間で身動きが取れなくなります。

経済産業省が2018年に公開した 「DXレポート」でも、レガシーシステムの刷新には長期の準備と経営層のコミットメントが必要であり、担当者への丸投げで進む性質の取り組みではないと指摘されています。最初の1件に基幹刷新を選ぶことは、新人担当者にとって現実解ではありません。

出典・参照:

結論:最初の1件は「小さく・早く・確実に成果が見える」課題を選ぶ

最初の改善テーマを小ささ、速さ、成果の見えやすさで選ぶ三つの基準

結論から述べます。新人DX担当者が最初に選ぶべき課題は、社内で最上位に位置づけられる案件ではなく、小さく・早く・確実に成果が見える案件です。この章では、その根拠と背景を説明します。

「最上位案件」を選ばない理由

社内で最上位とされる課題は、往々にして関係部署が多く、投資額も大きく、経営判断を伴います。新任担当者に権限も実績もない段階で挑めば、意思決定に時間がかかり、途中で頓挫する可能性が高まってしまうでしょう。

さらに、大きな課題は成果が出るまでの期間が長く、「あの担当者は何をやっているのかわからない」という空気を社内に生みかねません。この空気こそが、次のDX案件の予算と協力を得られなくする最大の障害となってしまうのです。

小さな成功が次の予算と権限を生む

一方、小さくても確実に成果を出せば、社内には「あの担当者に任せると業務が楽になる」という評価が蓄積されていくはずです。この評価が次の案件で経営層と現場の協力を引き出す原資になります。

DXは1件で完結する取り組みではなく、成果を積み重ねて経営を変えていく継続的な活動です。最初の1件は、その積み重ねを始めるための呼び水として位置づけるべきです。

なぜ最初の壁は技術ではなく「社内の信頼」なのか

小さな成果が社内の信頼を生み、次の予算と権限につながる流れ

新任DX担当者が最初にぶつかる壁は、実はツールの選定でも技術的な知識不足でもありません。この章では、社内の信頼こそが最初の壁である理由を、公的データも交えて説明します。

中小企業のDXは経営者と現場の両方が見ている

中小企業では、DX担当者の一挙手一投足が経営者にも現場にも見えています。大企業のように担当部門が独立して動く余地は小さく、最初の案件の進め方がそのまま担当者の評価につながりがちなのです。

現場から「あの人は現場を知らないのに新しいツールを押し付けてくる」と思われれば、以後どんな正しい提案も通らないでしょう。逆に、現場の困りごとを1つ確実に解決すれば、次回以降の話を聞いてもらいやすくなります。

IPAデータが示す「散発的実施」の現実

独立行政法人情報処理推進機構(IPA)が2025年5月に公開した『DX推進指標 自己診断結果 分析レポート(2024年版)』では、2024年1月から12月に提出された1,349件を分析した結果、全指標の現在値平均は1.67、目標値平均は3.34で、そのギャップは1.67に達したと報告されています。

同レポートでは、レベル3以上(全社戦略に基づく持続的な実施)に到達した企業は少数で、多くの企業が「一部での散発的実施」にとどまっているとされます。日本企業の多くはまだ小さな取り組みを積み重ねる段階にあり、いきなり全社改革を狙う必要はないという現実がここに示されているのです。

また、独立行政法人中小企業基盤整備機構が2024年12月に公表した『中小企業のDX推進に関する調査(2024年)アンケート調査報告書』では、DXに向けた取組みで最も多いのは「アナログで行っていた作業やデータのデジタル化を進めている」で35.7%と、多くの中小企業がデジタイゼーション段階にあることが示されています。

出典・参照:

課題を絞る2軸「効果の大きさ×着手のしやすさ」

効果の大きさと着手のしやすさの二軸で最初の改善候補を選ぶマトリクス

ここからは実践編です。課題リストを1件に絞り込むための具体的な判断軸として、「効果の大きさ」と「着手のしやすさ」の2軸を紹介します。

効果の大きさの測り方

効果の大きさは、その業務が「削減できる工数×発生頻度」で測ります。1回あたり30分の作業でも、毎日全社で発生していれば年間の削減工数は数百時間規模になります。

具体的には、対象業務について次の3項目を書き出し、月間の走行数を算出してみてください。

  • 1回あたりの所要時間
  • 実施頻度(日次・週次・月次)
  • 関係人数

この数字が経営層への説明資料の骨格になります。

着手のしやすさの測り方

着手のしやすさは、次の3つの尺度で測ります。

  • 関係者の数
  • 使用するツール変更の範囲
  • 現行業務への影響度

特に、関係者が1〜3人で、既存ツールの範囲内で改善でき、失敗しても本業が止まらない案件が最も着手しやすい部類です。

反対に、関係部署が5つを超えたり、新規のシステム契約が必要だったり、失敗すれば売上や納期に響く案件は、最初の1件から外しましょう。実力と権限が伴ってから扱えば問題ありません。

マトリクスで並び替える手順

課題リストの各項目に「効果」「着手のしやすさ」を5段階で採点し、次のような2軸のマトリクスにプロットします。表の意味を説明したあと、判断の指針を示します。

位置効果着手のしやすさ最初の1件として
右上理想だが該当案件は稀
左上最初の1件に最適
右下実績を積んでから
左下選ばない

多くの新人担当者は右上(効果大×着手しやすい)を選びたくなりますが、そこに位置する案件は通常ごく少数です。現実的に狙うのは「効果は中程度でも着手しやすい」左上寄りの案件です。ここは短期間で成果が見え、社内の信頼獲得につながる領域だからです。

この考え方は業務改善の古典的フレームであるECRS(排除・結合・並替・簡素化)とも整合します。まず排除できる作業から手をつけるほうが、投資が少なく効果が出やすいという原則です。

出典・参照:

中小企業事例:受注〜出荷の手書き転記をChatGPTとVBAで自動化

手書き転記を生成AIで整理し、VBAで自動化して受注から出荷へつなぐ流れ

理論だけではイメージしにくいため、実際の中小企業事例を紹介します。ここでは静岡市のとあるプラスチック製造業の取り組みを取り上げます。

何が課題だったか

この企業では、受注から出荷までの過程で、受注書の内容を出荷伝票へ手書きで転記する作業が発生していました。しかし、担当者は毎日この転記に時間を取られ、書き写しミスも起きやすい状況だったのです。

この課題は派手さのないテーマですが、毎日発生する繰り返し業務であり、削減できる工数は積み上がると大きくなるタイプの案件です。地味に見える業務ほど、削減効果を数値化しやすい対象でもあります。

なぜ「小さな成功」の型に当てはまるか

この企業は基幹システムの全面刷新ではなく、ChatGPTとExcelのVBA(マクロ機能)を組み合わせて転記作業を自動化する方法を選びました。判断の基準は、関係者は少人数で、既存の業務フローの中に組み込める改善であり、仮に失敗しても手書きに戻せば業務は止まらないで済むという判断にありました。

結果として、日次で発生する転記作業の負担が減り、ミスの発生も抑えられました。導入までの期間も短く、投資額も限定的です。まさに「小さく・早く・確実に成果が見える」案件の典型例といえます。

新人DX担当者にとって示唆的なのは、最初の成功事例が最新の全社システムでも派手なプロジェクトでもなく、現場で毎日発生している地味な繰り返し業務であった点です。読者が自社の課題リストを見返す際は、「派手さはないが毎日発生している業務」に着目してみてください。

出典・参照:

最終判断のための4項目チェックリスト

関係者数、期間、安全性、成果説明の四項目で改善テーマを確認する図解

2軸で候補を絞り込んだあと、最終的に1件を確定させるためのチェックリストを用意します。次の4項目すべてに「はい」と答えられる案件が、最初の1件にふさわしい候補です。

  • 関係者は3人以内におさまるか
  • 3ヶ月以内に効果を数値で確認できるか
  • 失敗しても本業に大きな支障が出ないか
  • 成果をBefore/Afterで具体的に示せるか

以下、それぞれの意図を補足します。

関係者3人以内という基準の意味

関係者が増えるほど、要件のすり合わせと合意形成に時間がかかります。新人DX担当者が最初に扱う案件では、意思決定を短くまわせる規模に絞ることが優先されます。

3人という数字は目安ですが、部門をまたがない、直属上長のみで判断できる、といった範囲を意識して案件選定を進めてください。

3ヶ月という期限の意味

社内の信頼は、目に見える成果が出るまでの期間が長いほど失われやすくなります。3ヶ月は、経営層と現場が「あの取り組みはどうなった」と思い始める前に成果を返せる期間です。

期限が読めない案件、ベンダー選定と契約に半年かかる案件は、最初の1件からは外しましょう。

失敗しても業務に支障が出ないという安全弁

新しい取り組みには失敗の可能性が伴います。最初の1件を選ぶ段階で「うまくいかなかったら元に戻せる」という退路を確保しておくことは、担当者を守り、次の挑戦へつなぎます。

  • 売上に直結する業務
  • 法令対応が絡む業務
  • 顧客対応の最前線業務

これらの取り組みは、実績を積んでから扱うべき領域です。

成果を具体的に示せるという説明責任

成果は「なんとなく便利になった」ではなく、削減時間・削減件数・エラー件数といった数値で語れなければなりません。数値で示せる案件を最初に選ぶことで、次の案件の予算獲得と社内理解が進みます。

DX担当者は、ここで、候補案件について「Before何時間/After何時間」「Before何件/After何件」と言い換えられるかを確認してください。言い換えられない案件は、成果の見せ方から練り直す必要があります。

今日からできるアクション:課題リストから1件を選び、関係者に伝える

候補を三件に絞り、関係者へ伝え、90日で成果を目指す三段階の行動

ここまでの内容を明日からの行動へ落とし込みます。この章では、90日で最初の1件を成果に結びつけるための具体的なステップを示します。

ステップ1:候補を3件に絞る

まず、手元の課題リストを開き、前章のチェックリスト4項目すべてに「はい」と答えられる案件を3件までに絞り込みます。絞り込みは1日で終わらせます。なぜなら、長考しても判断は変わらないからです。

次に、3件それぞれについて、月間削減工数の見込み・関係者数・想定期間を1枚のメモにまとめます。ここまでを1日目の作業とします。

ステップ2:関係者に「まずこれから試したい」と伝える

翌日以降、絞り込んだ候補について現場の担当者に「この業務、まずこれから試したい」と口頭で相談してみましょう。ここで返ってくる反応が、実際の着手のしやすさを教えてくれます。

現場が乗り気なテーマは進みが早く、抵抗が強いテーマは技術的にできても定着しません。この段階で候補を1件に確定させます。

ステップ3:90日で成果を出す準備をする

1件を決めたら、90日を「30日で現状把握と設計」「30日で試行」「30日で効果測定と横展開検討」に分割します。この分割は経営層と現場に示せる進行表として使えます。

途中で「もっと大きな案件に切り替えたい」という誘惑が来ることがありますが、最初の1件は完走することを優先しましょう。完走の実績が、次の案件で扱える課題の大きさを決めます。

経済産業省の『中堅・中小企業等向けDX推進の手引き2025』でも、DXは単なるツール導入ではなく、企業経営の変革として段階的に進めるべきものと整理されています。90日サイクルは、その段階を刻む最小単位として使えるのです。

出典・参照:

まとめ:最初の成功は規模ではなく「周囲の信頼」で測る

本記事の要点を振り返ります。

  • 新人DX担当者が最初に選ぶべき案件は、最上位案件ではなく「小さく・早く・確実に成果が見える」課題
  • 判断軸は「効果の大きさ」と「着手のしやすさ」の2軸で、着手しやすさを優先する
  • 最初の壁は技術ではなく社内の信頼であり、地味でも確実な成果が次の予算と権限を生む
  • 4項目のチェックリスト(関係者3人以内/3か月以内に成果/失敗しても業務に支障なし/数値で示せる)で最終判断する
  • 90日サイクルで完走し、次の案件に展開する

あなたが今日から取れる行動は次の1つです。手元の課題リストを開き、4項目チェックリストを通過する候補を3件に絞り、明日、現場の関係者に「まずこれから試したい」と口頭で相談してみてください。

最初の成功は案件の規模ではなく、周囲の信頼を得られたかどうかで測るものです。貴社のDXの第一歩を、この1件から始めていただければ幸いです。

シリーズ「新人DX担当の教科書」では、次回以降で業務棚卸しの具体手順、経営層への説得資料の作り方、社内定着とKPI設計といった論点も順次扱っていきます。

山田 元樹

執筆者

株式会社MU 代表取締役社長

山田 元樹

社名である「MU」の由来は、「Minority(少数)」+「United(団結)」という意味。企業のDX推進・支援を過去のエンジニア経験を活かし、エンジニア + 経営視点で行う。DX推進の観点も含め上場企業をはじめ多数実績を持つ。