「優秀な右腕」がいる会社ほど、後継者が育たない【DX時代の組織論】

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「うちには、頼れる右腕がいるから商売は安泰だ」

そう感じたことのある経営者は、少なくないはずです。難しい交渉も、現場の細かい調整も、あの人に任せておけば回る。この安心感は、経営者にとって何物にも代えがたいものでしょう。

ただ、その安心感の裏側で進んでいることがあります。それが、多くの企業が直面する、「後継者が育たない」問題です。実は、優秀な右腕がいることと、後継者が育たない問題は、表裏一体の関係にあることが少なくありません。

帝国データバンクが2024年11月に公表した調査によると、同年の後継者不在率は52.1%。前年から1.8ポイント低下し、調査開始以来もっとも低い数字だったとはいえ、依然として半数を超える企業が、次を託す相手を決めきれていません。「右腕がいるから大丈夫」という会社ほど、実はこの数字に含まれているのではないないでしょうか。本記事では、優秀な右腕の存在と後継者育成の関係を、こんな視点から考えてみます。

出典・参照:

【本記事の要点】

  • 後継者問題の本質は、右腕を育てたかどうかではなく、経営者との世代差にある
  • 経営者より一世代若い右腕を、経営者はしばしば「優秀な実行役」としてしか評価せず、後継者候補として育てる機会を逃している
  • 右腕の頭の中にある判断基準を「渡せるもの」に変える作業が、後継者育成の実質的な第一歩になる
  • 生成AIやナレッジ共有ツールは、この判断基準を可視化する条件を整えると同時に、右腕の「実行役」としての価値そのものを相対化しつつある

「右腕がいるから大丈夫」が意味していること

経営者の判断を実行する右腕と、次の経営を担う後継者育成が別の課題であることを示す図解

「右腕」と呼ばれる人材の生い立ちはさまざまです。経営者が手塩にかけて育てた場合もあれば、現場で自然に頭角を現し、気づけば欠かせない存在になっていた場合もあるでしょう。ただ、後継者問題を考えるうえで本当に重要なのは、育てたかどうかではありません。その右腕が、経営者とどれだけ世代が離れているか、という一点です。

経営者とほぼ同世代の右腕であれば、どれだけ優秀であっても、後継者問題の答えにはなりません。いずれ経営者と近いタイミングで、引退や引き際を迎える相手だからです。一方、右腕が経営者より一世代以上若いのであれば、事情はまったく変わってきます。現場で頭角を現しているという実績自体が、後継者候補としての条件を十分に満たしている場合が少なくないのです。

問題は、この後者のケースで起きがちなすり替えにあります。「会社が回っている」ことと、「次の経営を担える人材として育てている」ことは、本来別の問題です。どれだけすぐれた右腕でも、それが若い世代の人材であった場合、経営者の判断を最速で実行する能力を評価されているだけで、経営そのものを設計し直す経験を積む機会は、意外と与えられていません。

右腕が優秀であればあるほど、経営者はその場の実行を任せることに満足し、目の前にいる後継者候補を後継者として育てるという、もっと時間のかかる仕事へ手が回らなくなっていくのです。

行き詰まっているのは、右腕自身かもしれない

大きな責任を担いながら最終決定権を持てず、次の役割へ進めない右腕の立場

この構造で見過ごされがちなのが、当の右腕自身の立場です。とりわけ経営者より一世代若い右腕は、経営者にとって頼れる存在である一方、組織の中では経営者でも一般社員でもない、やや宙に浮いた位置に置かれがちです。権限は大きいものの、最終決定権は常に経営者にあり、自分の裁量で会社の方向性を変える機会はなかなか巡ってきません。

こうした状態が何年も続くと、右腕自身のキャリアも、ある種の踊り場で止まっていることになります。優秀であるがゆえに手放されず、手放されないがゆえに次の役割へ進めない。経営者の後継者不足の裏側に、右腕自身の「後継者待ち」が隠れている会社は、決して珍しくないはずです。

仮にこの右腕が、何らかの理由で急に会社を離れることになったらどうなるでしょうか。転職、独立、あるいは体調の問題。理由が何であれ、右腕の頭の中にしかなかった判断基準は、その瞬間に会社から失われます。優秀な右腕がいる会社ほど「いなくなるはずがない」という前提で経営を組み立てがちですが、その前提自体が、実はもっとも危ういものかもしれないのです。

属人化した判断基準を、渡せるものに変える

右腕の頭の中にある判断基準を言語化し、共有できる組織の資産へ変える流れ

右腕依存から抜け出す糸口は、右腕を減らすことではなく、右腕の頭の中にある判断基準を、見える形に変えることにあります。

多くの場合、右腕が優秀だと言われる理由は、経験に基づく細かい判断ができる点にあります。たとえば、この取引先にはこう対応する、この場面ではこの順番で確認する、といった、マニュアル化されていない基準を持っていることと言い換えることもできます。この基準は、これまで右腕の頭の中だけに存在し、他の誰にも共有されてきませんでした。

こうした暗黙知を、議事録やナレッジ共有ツールに書き残していく作業は、地味で手間がかかります。それでも、判断の理由を1つずつ言葉にして残していくことは、右腕にしかできなかった仕事を、少しずつ「渡せるもの」へ変えていく作業になります。属人化の解消というと業務効率化の話に聞こえがちですが、実際には後継者育成そのものと地続きの取り組みなのです。

こうした暗黙知の言語化は、かつては長年の徒弟的な伝承に頼るしかありませんでした。しかしDX(デジタルトランスフォーメーション)時代の今は、議事録の自動要約、判断履歴の蓄積・検索、生成AIによる意思決定パターンの言語化支援など、以前よりずっと低いコストで取り組める技術的な選択肢が揃いつつあります。

DXというと業務効率化の文脈で語られがちですが、1人の頭の中に眠っていた判断基準を組織の資産に変えられるようになったことこそ、DXが経営に与えた、地味だが大きな変化の1つと言えるでしょう。

「渡せるもの」に変えても、後継者が育つとは限らない

経営者の判断を代行する道と、後継者が自分で決めて責任を負う道の分岐

ただし、判断基準を言葉にして残すことは、後継者育成の必要条件であって、十分条件ではありません。そこにはもう1つ、見過ごされがちな壁があります。

それは、経営者自身が「自分ならこう判断する」という答えを、どこまで手放せるかという問題です。

右腕に判断基準を共有しても、その判断基準どおりに動いているうちは、右腕は依然として経営者の頭の中を代行しているにすぎません。本当の意味で後継者として試されるのは、右腕が経営者とは違う判断を下し、それが結果として裏目に出た瞬間です。そのとき経営者が、その判断を覆さずに引き受けさせられるかどうか。ここに、多くの会社が越えられない一線があります。

優秀な右腕であるほど、経営者と似た判断を下す確率は高くなります。だからこそ経営者は「あの人に任せておけば、自分と同じように判断してくれる」という安心感の中に留まりやすく、右腕を「代行者」以上の存在として試す機会を、自分から作らずに済ませてしまいがちです。

後継者育成のボトルネックは、情報が渡っているかどうかよりも、経営者が自分の判断と異なる結末を、どこまで受け入れられるかという、はるかに個人的な問題に行き着くのかもしれません。

この問題は、DX時代においてはさらに切実になりつつあります。経営者の判断パターンを学習した生成AIが、定型的な実行判断の一部を代行し始めているからです。

ここで、少し意地の悪い問いを立ててみます。経営者の判断をそっくりまねて実行できるAIが手に入るとして、右腕はそのAIに対して、何を自分の優位性として主張できるでしょうか。

  • 判断の速さ
  • 指示の正確さ
  • 休まず頑張る姿勢

もしそれだけが右腕の価値だったのなら、その価値はすでにAIに追いつかれつつあります。右腕がAIに対して主張できる優位性があるとすれば、それはただ1つ、経営者とは違う判断を自分の意思で下し、その結果に自分で責任を持てるという一点だけです。

つまり生成AIの台頭は、右腕に新しい脅威を突きつけているというより、これまで曖昧にされてきた問いを白日のもとにさらしていると言うべきかもしれません。「経営者の判断を正確に実行できること」は、もはや後継者の条件にはなり得ず、「経営者とは違う判断を、自分の責任で下せること」、それだけです。

右腕を実行役のまま留め置くことは、後継者不在のリスクだけでなく、右腕自身が今まさにAIと同じ土俵に立たされつつあるという現実から、経営者と右腕の双方が目をそらし続けることでもあるのです。

まとめ:後継者を育てることは、右腕を手放す覚悟でもある

「右腕がいるから大丈夫」という感覚は、経営者にとって偽りのない実感です。ただ、その安心感の正体をたどっていくと、右腕が自分と同じ判断をしてくれることへの安心に行き着くことが少なくありません。

  • 後継者問題の本質は、右腕を育てたかどうかではなく、経営者との世代差にある
  • 経営者より一世代若い右腕を、経営者はしばしば「優秀な実行役」としてしか評価せず、後継者候補として育てる機会を逃している
  • 判断基準を渡すだけでは十分ではなく、右腕の判断が自分と違う結末を迎えることを、経営者自身が受け入れられるかどうかが最後の壁になる
  • 生成AIが実行判断の一部を代替し始めている今、右腕を実行役のまま留め置くことは、後継者不在と右腕自身の価値低下という二重のリスクを抱えることになる

右腕の判断基準を言葉にして残すことは、今日からでも始められます。DX時代の技術は、その作業を以前よりずっと現実的なものにしてくれました。ただ、それだけで後継者が育つわけではありません。

本当の意味で後継者を育てるとは、いつか右腕が自分とは違う答えを出し、それが外れたときに、その責任ごと引き受けさせる覚悟を持つことなのかもしれません。

町田 英伸

執筆者

DXportal編集長

町田 英伸

自営での店舗運営を含め26年間の飲食業界にてマネージャー職を歴任後、Webライターとして独立。現在はIT系を中心に各種メディアで執筆の傍ら、飲食店のDX導入に関してのアドバイザーとしても活動中。『DXportal®』では、編集長としてすべての記事の企画、及び執筆管理を担当。特に店舗型ビジネスのデジタル変革に関しての取り組みを得意とする。「50s.YOKOHAMA」所属。