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新しいツールを導入したのに、現場がなかなか変わらない。そんな戸惑いを覚えたことがある経営者やDX推進担当者は、少なくないはずです。
先日、横浜・新港中央広場を歩いていて、私はピカピカのEV公道充電ステーションを見かけました。写真を撮ろうと近づいて隣に目をやると、そこに立っていたのは、赤茶色をした無愛想な鉄の箱でした。
この記事では、目立つ充電器とその隣の地味な箱、そしてまったく別の場所で見つけた落書きだらけの配電キャビネットという3枚の景色から、貴社の投資が本当に向くべき場所がどこかを考えます。読み終えるころには、新しいツールを入れる前に、まず何を確かめるべきかが見えてくるはずです。
【本記事の要点】
- 目立つ充電器のすぐ隣には、誰も見ない地味な設備が実際の仕事をしている
- 同種の設備は目立たないことが正常運転であり、意識して探しても簡単には見つからない
- 看板に明記されたルールは、限られた電力と場所を時間と条件で配分する仕組みである
- この充電所は新設ではなく、既存の公道・広場を組み替えて生まれた場所である
ピカピカの充電器の、すぐ隣にあるもの
横浜・赤レンガ倉庫のそば、新港中央広場に、公道に面したEV充電ステーションがあります。青空の下、150kWの急速充電器と50kWの急速充電器が並んで設置され、路面には大きく「EVトラック対応」と書かれていました。かなり本格的な設備だと思いながら私が写真を撮っていると、ふと視界の端に、別のものが目に入りました。
充電器のすぐ脇、何もない芝生の上に、赤茶色の四角い箱が単独で立っていたのです。
私が近づいて見ると、「変電設備」「High voltage substation」「危険」という表示があり、製造元はNITOと読み取れました。すぐ脇には消火器も据えられています。正直にいうと、最初は少し景観を損ねているように感じました。ピカピカの充電器の隣に、なぜこんな武骨な箱がぽつんと置いてあるのか。そう思いながらも、この違和感の正体が気になり始めました。
主役に見えるのは充電器のほうです。しかし、電気を高圧から使える電圧へ落とし、充電器へ実際に届けているのは、この地味な箱の仕事です。どちらが入口で、どちらが土台かと考えたとき、答えは見た目とは逆になります。
ふだん、私たちはこの箱を見ていない
あの変電設備を見てから、私は街を歩くたびに、同じような箱を探すようになりました。考えてみれば、規模の大小はあっても、同種の設備は街のあちこちにあるはずです。ところが、いざ意識して探してみると、思ったほど簡単には見つかりません。むしろ駅前のような特定の場所へ行ったほうが、見つけやすい印象がありました。
そうして私が、駅近くの路上で出会ったのが、この写真の金属キャビネットです。表面は落書きとステッカーで隙間なく覆われ、かろうじて「西C 426」というプレートが読み取れました。車道と歩道が接し、ガードレールの向こうを車が行き交い、自動販売機や店舗が並ぶ、人通りのある場所に置かれています。
プレートの形式からすると、電力会社の地上機器である可能性が高そうですが、正式な名称や所有者までは、この写真だけでは特定できません。
はっきりしているのは、これだけ人通りのある場所にありながら、誰にも電気設備だと意識されず、落書きの壁として扱われているという事実です。目立たないことは、こうした基盤にとってむしろ正常な状態なのでしょう。ただそのぶん、劣化や不具合への気付きも遅れやすいはずです。
EV充電所の運用ルールに見る、有限な資源の配分設計
この充電所には、看板の注意書きにも路面の表示にも、限られた電力と駐車枠を多くの利用者へ回すための工夫が表れています。
「30分まで」「充電中だけ」のルールが必要な理由
先ほどのEV専用充電器の脇に立つ看板を私が読むと、「新港中央広場 公道充電ステーション」という表題とともに、150kWと50kWそれぞれの案内図、そしていくつかの注意書きが並んでいました。
- 充電時間は1回最大30分
- 充電中のEV・PHVに限り、枠内への駐車が認められる
- 進行方向と逆向きの駐車は禁止
- 監視装置作動中
充電器の台数さえ増やせば済むなら、これほど細かいルールは必要ないはずです。しかし実際には、電力の容量にも、駐車できる枠の数にも限りがあります。そこで、時間と条件を区切ることで、限られた資源を多くの利用者へ回しているのでしょう。
これは、DX(デジタルトランスフォーメーション)の本質にも近い話だと思います。DXというと、新しいツールを配ることをまず思い浮かべがちです。けれど、この看板が示しているのは、道具を増やす前に、限られた資源をどう配分するかという設計そのものが本体だということです。
予算も、人手も、サーバーの負荷も、たいていの企業では有限です。ツールを入れる前に、それを誰が、どう配分するかを決めておかなければ、道具だけが増えて現場は混乱してしまうでしょう。
いちばん手強い利用者を基準にした容量と区画の設計
そんな観点に立ってあらためて路面表示を見ると、150kW側には「EVトラック対応」の文字が大きく書かれていました。ただし、看板の案内図には、この枠には「一般車も利用可能」と添えられています。つまり50kW側は、乗用EV向けという位置づけのようです。
トラックのような商業車は、乗用車に比べて電池も大きく、充電に時間がかかります。しかも、稼働率が高いぶん、充電で止まっている時間がそのまま機会損失に直結します。つまり、乗用車よりもずっと扱いにくい利用者と捉える事もできるでしょう。
路面表示と看板を素直に読むと、この充電所は、その一番扱いにくい利用者を基準に容量と区画を設計し、そのうえで一般車も使えるようにしてあると考えられます。
平均的な利用者に合わせて設計すると、一番厳しい現場では必ず「何か」が足りなくなってしまうことが考えられます。逆に、一番厳しい現場を基準に設計しておけば、その他の利用は自然とその範囲に収まるでしょう。
企業のシステム設計でも、繁忙期やピーク時間帯など、一番負荷の高い場面を基準に容量を考えておくと、平常時の余裕はあとからついてくるものです。
この充電所は、新しく”作った”場所ではない
充電器のすぐ脇の柵の向こうを、買い物袋を提げた男性が、ごく普通に歩いていました。この充電ステーションは、更地に新しくつくられた専用施設ではありません。看板にはっきりと「公道充電ステーション」と書かれているとおり、もともとある公道と広場の一部を、そのまま充電の場として使っているのです。
看板によれば、事業主体は横浜市脱炭素・GREEN×EXPO推進局です。もしかしたら、脱炭素に向けた取り組みの一環として整備されたのかもしれませんね。
私が気になったのは、この場所が何もないところから新設されたわけではないという事実です。企業のDXでも、まったく新しいシステムや部署をゼロからつくるより、すでにある空間や人材、データの役割を組み替えるほうが、早く動き出せることが多いはずです。この充電所も、公道という既存の資産に、新しい役割を1つ足しただけなのです。
まとめ:見えない箱と、譲り合いのルール
ピカピカの充電器という目立つ入口の裏には、変電設備という地味な土台と、30分まで・充電中だけという配分のルールがありました。同じ種類の地味な箱は、駅前のような目立つ場所にあっても、落書きに埋もれて誰にも見られなくなることがあります。
目立たないことは、基盤にとって正常な状態です。しかしそのぶん、投資や点検の優先順位は後回しにされがちです。
企業のDXも、同じ順番で考えたほうがよいのではないでしょうか。新しいツールという入口を入れる前に、それを支える基盤は整っているか、そして限られた予算や人手、サーバーの負荷といった資源を、誰がどう配分するかを先に問う。派手な入口よりも、地味な土台と譲り合いのルールのほうが、たいていは本体です。
次に街で見慣れない鉄の箱を見かけたら、それが何を支えているのか、少し想像してみてほしいと思います。
執筆者
DXportal編集長
町田 英伸
自営での店舗運営を含め26年間の飲食業界にてマネージャー職を歴任後、Webライターとして独立。現在はIT系を中心に各種メディアで執筆の傍ら、飲食店のDX導入に関してのアドバイザーとしても活動中。『DXportal®』では、編集長としてすべての記事の企画、及び執筆管理を担当。特に店舗型ビジネスのデジタル変革に関しての取り組みを得意とする。「50s.YOKOHAMA」所属。






