DXで設備をつなぐほど「止める力」が重要になる|世界の工場攻撃が示した安全設計の盲点【世界のDX潮流】

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経産省ガイドラインとIEC62443を「中小企業の実務」に翻訳する

経産省ガイドラインとIEC62443を「中小企業の実務」に翻訳する

国内でも制度整備は進んでいます。ただし、ガイドラインを読み込むだけでは現場は動きません。本章では、公的資料を中小企業の実務へ落とし込むための考え方を整理します。

2025年4月に公表された解説書と中小事業者向け別冊

経済産業省は2025年4月、『工場システムにおけるサイバー・フィジカル・セキュリティ対策ガイドライン』の解説書と、中小規模製造事業者向けの別冊を公表しました。別冊は、限られた人員と予算でも実装できる工場サイバーセキュリティ対策を整理しており、大企業向けの理想論ではなく、中小企業の現実に踏み込んだ内容になっています。

まずはこの別冊を印刷して、経営者と現場責任者が同じ資料を見ながら議論することから始めるのが現実的です。

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IEC62443の考え方を最小構成で取り入れる

IEC62443はOTセキュリティの国際標準で、制御機器・ネットワーク・組織プロセスまでを含む多層防御の考え方を示しています。ただし、中小企業がフル実装するのは現実的ではありません。まずは「ゾーンとコンジットの考え方だけでも取り入れる価値があるでしょう。ネットワーク図を描き、どのゾーン間の通信が本当に必要かを問い直すことが、最初の一歩です。

*ゾーンとコンジット:工場内を用途ごとの領域(ゾーン)に分け、その間の通信経路(コンジット)を明確に管理する

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「全部やる」ではなく「最小限で始める」順序

中小企業が公的ガイドラインを見て挫折しがちなのは、対策項目が膨大に見えるためです。しかし優先順位を付ければ、最初にやるべきは限られています。以下では、着手できる自己診断の手順を4ステップで示します。

「止める力」の自己診断チェックリスト

ここからは、経営者・情シス・生産技術担当が着手できる具体的な行動を4ステップで示します。すべてを一度に完璧にやる必要はありません。1ステップずつ順に進めることを推奨しまので、まずは各ステップの実施責任者と完了目安を整理してください。

ステップ主な作業主担当完了目安
1OT資産の棚卸しとネットワーク図化生産技術・情シス1〜2週間
2非常停止手順と連絡経路の書面化工場長・情シス2〜4週間
3保守契約・ベンダー接続の見直し経営・調達1〜3カ月
4停止訓練と復旧演習の実施全社横断半年〜1年

ステップ1:OT資産の棚卸しとネットワーク図の可視化

まずやるべきは、工場内にどんな設備・制御機器・端末があり、それぞれが何とつながっているかを紙またはExcelで書き出すことです。

  • 外部ベンダーが保守用に引き込んでいる回線
  • 現場担当者が独自に追加した無線ルーターやセンサー

など、想定外の接続が見つかるはずです。可視化されていないものは守れません。ここが出発点です。

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ステップ2:非常停止手順とインシデント時の連絡経路

次に、サイバー攻撃を検知した際に「誰が、何を、どの順序で止めるか」を書面化します。

  • 生産ラインを止める判断は誰が下すのか
  • 外部接続を切る手順は誰が実行するのか
  • 経営層・現場・情シス・取引先への連絡経路はどうなっているのか。

夜間や休日に発生した場合の対応も含めて、1枚の紙にまとめる作業が最初の防衛線です。

ステップ3:保守契約・ベンダー接続の見直し

外部ベンダーが遠隔保守で工場ネットワークに入る場合、そのアクセス経路と権限を契約書レベルで確認します。

  • 必要なときだけ接続する
  • 作業ログを残す
  • 多要素認証を必須にする

このような条件が、契約書に入っているかを見直します。契約更新のタイミングで条項を追加するだけでも、リスクは着実に下がります。

ステップ4:年1回の停止訓練と復旧演習

紙の手順書は使わないと形骸化します。年に1回は、実際に一部ラインを止めて復旧する演習を行い、手順書に抜けがないかを確かめてください。JLRのような長期停止が起きた際、5週間で復旧できるか半年かかるかは、日頃の演習の有無に左右されます。演習は「止める練習」であり、事業継続力を鍛えるトレーニングです。

経営判断としての「止める設計」:投資評価に組み込む視点

経営判断としての「止める設計」:投資評価に組み込む視点

「止める力」への投資は、生産性を直接生む活動ではないため、経営会議で優先順位を下げられがちです。本章では、経営者がこの投資をどう位置づけるべきかを整理します。

ROIの分母に「操業停止リスク」を織り込む

DX投資のROIは通常、生産性向上や省人化の効果で語られます。しかし今後は、投資しなかった場合に発生し得る「操業停止による損失」も評価に織り込む必要があります。

JLRの5週間停止は英国経済へ約25億ドル規模の影響を与えました。中小企業でも、数週間の停止は取引先喪失と信用毀損に直結します。安全対策はコストではなく、DXを継続するための前提条件として位置づけるべき投資です。

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「つながない選択」も設計の一部

すべての設備をネットワークへつなぐことが最適とは限りません。安全に関わる設備、レガシーで更新が難しい設備は、あえて分離し続ける判断も設計の一部です。

接続によって得られる価値と、失われる安全性を比較し、「つながない」も選択肢に入れる姿勢が経営者に求められます。DXの推進度合いを「接続した設備の数」だけで測る評価軸は見直すべき時期に来ています。

経営者が現場に示すべきメッセージ

現場担当者は、生産を止める判断を単独では下しにくいものです。経営者が「異常時にはためらわず止めてよい」「その判断で責めない」というメッセージを明文化することで、現場は動きやすくなります。

経営者が止める権限と責任の所在を経営が引き受けることは、実質的なリスク対策です。その覚悟こそが、属人化した「熟練者の勘」に依存し続ける状態から、組織として止められる仕組みへ移行する第一歩と捉えてください。

まとめ:DXの評価軸に「安全に止められる能力」を組み込む

本記事で整理したポイントを振り返ります。

  • 2025年は工場サイバー攻撃が「情報流出」から「生産停止」へ質的に転換した年である
  • DXで設備がつながるほど、逆説的に「安全に止められる能力」が経営を守る条件になる
  • 中小製造業はレガシー設備・責任境界の曖昧さ・サプライチェーン攻撃という3つの構造リスクを抱える
  • 経産省の中小事業者向け別冊とIEC62443の考え方を、最小構成から取り入れる
  • 着手できる行動は、資産棚卸し・非常停止手順・保守契約見直し・停止訓練の4ステップ

世界の工場で起きた事件は、DXの評価軸に「安全に止められる能力」を加えるべき時期が来たことを示しています。効率よく動かす力と、必要なときに確実に止める力。この両輪を経営視点で設計できる企業だけが、これからの工場DXを継続していけるのではないでしょうか。

DXportal®編集部

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