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「工場のDXを進めるほど、なぜか眠れない夜が増えた」
このような深刻な悩みが、中小製造業の経営者から漏れ聞こえてきます。設備をネットワークにつなぎ、遠隔監視や予知保全を進めた矢先に、海外では工場が丸ごと止まる事件が相次いで耳に入る。昨今のサイバー攻撃の実態を耳にするにつれ、眠れない夜が続くのも無理はありません。
2025年秋のアサヒグループホールディングスの生産停止、英ジャガー・ランドローバー(JLR)の約5週間に及ぶ操業停止。どちらもDX(デジタルトランスフォーメーション)の闇が引き起こした事件です。
本記事では、世界のDX潮流を参考にしながら、貴社が同じ状況に置かれたときに「安全に止められる工場」であり続けるための考え方と、着手できる自己診断の観点を整理します。
【本記事の要点】
- 2025年は工場サイバー攻撃が「情報流出」から「生産停止」へ質的転換した年である
- DXで設備がつながるほど、逆説的に「安全に止められる能力」が経営を左右する
- 経産省ガイドライン別冊とIEC62443を、中小製造業の実務へ翻訳して活用する
- 最初にやるべきはOT資産棚卸し、ネットワーク図の可視化、非常停止手順の確認である
2025年、世界の工場は「止められた」:主要事例が示した現実
2025年は、製造業へのサイバー攻撃が「情報を盗む」段階から「工場を止める」段階へ完全に移行した年でした。攻撃者は生産設備を人質にとり、企業活動そのものを停止させる手段へと侵入手法を洗練させています。本章では、2025年に実際に起こった事件を取り上げ、その共通する構造を整理します。
アサヒグループHDの事例:国内工場が長期停止、復旧まで半年
アサヒグループホールディングスは2025年9月29日にサイバー攻撃を受け、国内工場の生産・出荷が長期にわたり停止しました。攻撃者はQilinと呼ばれるランサムウェアグループとされ、システム面の完全復旧は2026年4月頃までずれ込んだと報じられています。
ビール市場で約4割のシェアを持つ企業が、受注も出荷も一時止めざるを得なかった事実は、日本国内でも「工場を止められる攻撃」が現実に起きたことを示しており、この事件は海外でも大きく取り上げられました。
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JLRの事例:約5週間の停止、英国経済へ約25億ドル規模の影響
英ジャガー・ランドローバーは2025年8月末から9月にかけてサイバー攻撃を受け、生産再開までに約5週間を要しました。英国では史上最も高額なサイバー攻撃と評され、経済への影響は約19億ポンド(約4,000億円)規模と試算されています。
事件の波及については、イングランド銀行がGDPへの影響に言及したほか、部品供給を担う中小サプライヤーが連鎖的に操業停止に追い込まれ、英国政府が介入する事態にまで発展しました。今や、巨大なサプライヤー1社の停止が国全体の経済指標を動かす時代に入っているのです。
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共通点:狙いは「情報」ではなく「生産を止めること」
2件の事例に共通するのは、攻撃者の狙いが情報窃取だけではなく「操業を止めること」自体にあった点です。生産が止まれば売上が消え、取引先への納入も途絶えます。企業側は身代金要求に応じるか、長期の生産停止と信用毀損を受け入れるかの二択に追い込まれてしまうのです。
日本国内の代表的な食品メーカーが半年近く復旧に費やしたという事実を、経営者は「自社の工場でも起こり得る」という前提で受け止めなければならないでしょう。
なぜDXが進むほど「止める力」が経営指標になるのか
DXは効率化と可視化のために設備をつなぐ活動です。しかし「つなぐ」という行為は、同時に「外から止められる可能性」も広げます。本章では、なぜ従来のセキュリティ発想では対応できないのか、なぜ「止められる能力」が経営の指標になるのかを構造的に整理します。
つながる工場の構造:ITとOTの境界が消えていく
工場の情報系(IT)と制御系(OT)は、かつて物理的にも運用的にも分離されていました。ところがDXが進むにつれ、PLCや制御盤のデータがクラウドへ送られ、外部ベンダーが遠隔から保守回線でアクセスするようになりました。ITとOTの境界が徐々に消え、情報系への侵入がそのまま制御系へ到達する経路が生まれたのです。
DX担当者にとっては当然の設計変更ですが、現場から見れば「これまでは物理的に隔離されていた設備が、外部と直結し始めた」状態と捉えることもできます。
従来型セキュリティが通用しない理由:OTは可用性優先
OTの世界では、パッチ適用のために設備を止めることは容易ではありません。24時間稼働するライン、10年以上動く制御機器、ベンダーサポートが終了したOSも現場に残っているため、IT部門の「毎月更新」という常識が通じないのです。
特に向上の現場では「可用性(止めないこと)」が最優先されるため、仮に脆弱性を抱えたままだとしても、運用せざるを得ない機器が積み上がっているのが現状です。この構造こそ、攻撃者に狙われる余地を残していると考えられます。
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「止まらない工場」から「安全に止められる工場」への発想転換
これまでの工場DXは「いかに止めずに動かすか」が投資の評価軸でした。
- 稼働率向上
- 予知保全
- 遠隔監視
いずれも稼働時間を延ばす目的で導入された施策です。しかし攻撃が生産停止を狙う時代には、止まらないことより「異常を検知した瞬間に、いかに安全な状態で確実に止められること」が経営を守る条件になりました。この発想の転換ができるかどうかが、今後の工場DXの分岐点です。
攻撃対象は情報から「物理挙動」へ:安全ロジックの盲点
近年の攻撃で見過ごされがちなのが、設備そのものの制御ロジックが書き換えられる可能性です。本章では、米国政府機関が警告した事例を手がかりに、DXの現場で見落とされやすい盲点を整理します。
CISAが警告したPLC安全ロジックの改ざん
米国のCISA(サイバーセキュリティ・インフラストラクチャセキュリティ庁)、FBI、NSAは、国家支援型の攻撃者が産業用制御システムのPLCへ侵入し、異常圧や過熱時に設備を止めるための安全ロジックを改ざんする事例を警告しています。
狙われたのは生産データではなく、事故を防ぐためのインターロック機能そのものでした。攻撃対象となるエンジニアリング環境は、Rockwell Automation、Siemens、Schneider Electricなど世界的な主要ベンダーに広がっています。
インターロックが無効化された場合に何が起きるか
インターロックとは、危険な条件が揃った際に設備を自動で停止させる仕組みです。これが改ざんされれば、圧力や温度が危険域に達しても設備は動き続けます。結果として起こるのは、火災、爆発、化学物質の漏洩、機械的な破損、そして最悪の場合は人身事故です。
サイバー攻撃が「情報漏洩」の枠を超え、物理的な事故として企業信用と地域社会に影響を与える段階に入ったと言えます。
監視カメラ・IoT機器も物理空間の侵入口
今や、工場や事業所に持ち込まれる小さな接続機器も、無視できない侵入口になっています。実際に、認証設定が甘い監視カメラや入退室管理機器、環境センサーが、遠隔から不正操作されるケースも報告されています。
現在のサイバー攻撃は、DX担当者が把握していない「現場が独自に追加した機器」が、ネットワーク経由で物理空間の安全に関わる時代へ移っているのです。
中小製造業が抱える3つの構造的リスク
大企業と違い、中小製造業には専任のOTセキュリティ担当者を置く余裕がないケースがほとんどです。本章では、中小規模だからこそ抱えやすい構造的なリスクを3点に絞って整理し、後半のチェックリストへつなげます。
レガシー設備と外部保守回線のブラックボックス化
長年稼働してきた設備は、導入時の設計書が残っていなかったり、ベンダーがすでにサポートを終了していたりします。保守のために外部ベンダーが引き込んだ回線が、社内で誰も把握していない状態のまま生き残っている例も少なくありません。ブラックボックス化した接続経路は、攻撃者にとって格好の入口です。
IT部門と現場部門の責任境界の曖昧さ
情シスは社内ネットワークまで、現場は制御盤まで、と役割を分けている企業は多いはずです。しかしその中間に位置する「工場内ネットワーク」「エンジニアリング端末」「外部保守回線」の責任が明確でないケースが目立ちます。責任の空白地帯は、平常時には問題になりませんが、インシデント発生時に対応が遅れる原因になりかねません。
サプライチェーンの一角として狙われるリスク
JLRの事例が示すとおり、大手企業への攻撃は下請けサプライヤーの生産にも波及します。逆に、中小サプライヤーが最初の侵入経路として狙われ、取引先の大手企業まで被害が広がるパターンもあります。「うちは規模が小さいから狙われない」という前提はすでに崩れているのです。中小の製造会社でも、取引先の要求水準が上がる前に、自社のリスクを見える化しておく必要に迫られています。
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