「声が大きい課題」「大きすぎる課題」から始めない
課題リストが揃っても、どこから着手するかの判断で新人DX担当はつまずきます。ここでの原則は、「声の大きさ」でも「案件の大きさ」でもありません。この章では、避けるべき2つの選び方と、狙うべき交差点を示します。
声の大きさで選ぶと後で反発が来る
どこの企業でも社内に存在する、発言力のある人・立場が上の人・声が通りやすい人の困りごとが優先されやすい構造は危険サインです。その課題が会社全体にとって最優先とは限りません。
DX担当は、誰が言ったかではなく、どれだけ業務や経営に影響しているかで判断する必要があります。声の大きい人の課題が結果的にA判定になるのは構いませんが、順序を逆にすると、後から「なぜあの部署ばかり優先するのか」と別の部署から反発を招きかねません。逆に、判断の順序を守るだけで、後の信頼は積み上がります。
大きな課題から始めても失敗する
- 基幹システム刷新
- 全社ペーパーレス化
- 売上管理システム統合
こうしたテーマは経営インパクトが大きい一方、新人DX担当が最初に着手するには重すぎます。関係者が多く、予算が必要で、失敗した際の影響も広範囲です。
最初は、影響が見えやすく、関係者が少なく、失敗しても戻せるテーマを選ぶことをおすすめします。IPAの分析でも、業務プロセス改善レベルにとどまる企業が多いと指摘されていますが、その段階で小さな成果を積むことが次の全社的な取組への足がかりになります。
狙うべきは「現場が困っていて、経営にも効く」課題
DX担当が狙うべきは、現場の負担と経営リスクが重なる領域です。次のような課題が該当します。
- 請求書作成に毎月20時間かかっている(時間コストと締日リスク)
- 在庫確認に時間がかかり欠品対応が遅れる(機会損失と顧客満足)
- 特定社員しか顧客別ルールを知らない(属人化と離職リスク)
現場の不満だけでもなく、経営者の号令だけでもない、両方が交差する場所を探しましょう。ここが見つかれば、社長にも現場にも説明しやすい改善テーマになり、DX担当としての最初の実績にもつながりやすくなります。
出典・参照:
優先順位はA/B/Cの3分類でつける
新人DX担当がスコアリング表や優先度マトリクスに走ると、点数付けの議論だけで時間を溶かしてしまいます。まずはシンプルな3分類で分けることを意識しましょう。この章では、3分類の定義と判断フローを示します。
3分類の定義
以下の3つに分けるだけで、担当者の頭のなかも会議の空気も整理されます。
- A:すぐ取り組む課題(現場の困りごとが大きく、発生頻度が高く、関係者が少なく、小さく試せるもの)
- B:準備して取り組む課題(効果は見込めるが、関係者が多い・予算が必要・業務ルールの見直しが必要なもの)
- C:今は記録しておく課題(課題が大きすぎる、原因がまだ分からない、経営判断が必要、現場の反発が強そうなもの)
Cは「やらない」ではなく「今はやらない」です。記録しておくことで、後から状況が変わったときに拾い直せば十分です。課題を3分類に分けることは、DX担当のタスクリストが際限なく膨らむのを防ぐ役割もあります。
3分類の判断フロー
判断に迷ったら、次の順序で問いを立ててください。上から順に当てはめれば、迷いが減ります。
- この課題は、着手して1〜2ヶ月で目に見える変化が出せるか(Yes→A候補)
- 関係者が3部署以上、または予算判断が必要か(Yes→B候補)
- 原因が特定できない、または経営方針の変更が絡むか(Yes→C候補)
10個の課題があれば、A:2〜3個、B:3〜4個、C:3〜5個くらいの分布になれば健全です。Aばかりが並ぶ場合、判断が甘い可能性があります。C候補を持てることも、DX担当としての成熟度のあらわれです。
中小企業の事例:食品卸で見えた「本当の課題」
抽象論だけでは伝わりにくいため、従業員30名程度の食品卸のケースを例に、業務課題リスト活用の具体例を示します。この章では、現場の声がどう本当の課題に翻訳され、どのテーマがAランクに選ばれたかに注目してください。
現場から集まった困りごと
管理部門のDX担当が現場から集めた困りごとは、次のようなものでした。バラバラの発言に見えますが、リストに並べると共通点が見えてきます。
- 受注FAXが多く、Excel台帳への転記に時間がかかる
- 電話注文の内容が担当者ノートに書かれていて後から追えない
- 配送担当への指示が口頭中心で、伝達漏れが起きる
- 在庫確認は倉庫のベテラン社員に聞くしかない
- 得意先ごとの納品ルールが特定営業しか知らない
ここで「FAX廃止」「受注システム導入」と解決策から入ると、投資規模が跳ね上がり、現場も社長も動けなくなります。DX担当が焦って解決策に飛びつくと、最初の提案でつまずきます。
業務課題リストに翻訳した結果
これらを本当の課題に言い換えると、根っこはシンプルでした。しかし、よく見るとバラバラに思えた困りごとが、4つの課題に共通されることに気づきます。
- 受注情報の記録場所が統一されていない
- 在庫確認の担当・タイミングがルール化されていない
- 配送指示の受け渡しが口頭中心で証跡が残らない
- 顧客別ルールが個人の頭のなかにある
このうち、Aランクに置いたのは「受注情報の記録場所を1つに統一する」「在庫確認の担当と時間帯を決める」の2つでした。いずれもツールを新しく買わず、Excelと運用ルールの整備だけで着手できるテーマです。
Bランクには「配送指示の記録化」「顧客別ルールの文書化」を置き、Cランクには「受注システム導入」を置きました。受注システムは効果が大きい一方、Aランクの2テーマで運用が整理されてから検討したほうが、要件定義の精度が上がるためです。
この事例から学べること
小さく見える改善でも、業務課題リストに沿って選べば、次のシステム投資の判断精度を上げる下地になります。DXは、いきなり大きなシステムを入れることではなく、経営と現場が同じ地図を見られる状態を作ることから始まります。派手さはなくとも、着実に会社を前に進める仕事です。
よくある失敗パターンと避け方
業務課題リストは作ること自体は難しくありませんが、運用でつまずくポイントがいくつかあります。この章では、新人DX担当が特に注意すべき4つの落とし穴と、その回避策を扱います。
失敗1:現場を巻き込まずIT担当だけで作る
課題リストをIT担当や情報システム担当だけで作ると、現場の実態から離れてしまいます。必ず現場ヒアリングを経て、書いた内容を現場に見せて確認しましょう。「これで合っていますか」と問い直すだけで、精度が上がるだけでなく、現場の信頼も得られ、今後のDX推進を円滑に進める力になってくれます。肝心なのは、現場から出た言葉を、現場に返して確認する往復の工程を意識することです。
失敗2:完璧を目指して着手が遅れる
100個の課題を網羅しようとすると、着手が数ヶ月遅れてしまうでしょう。最初は10〜20個で構いません。動きながら追加・修正する前提でスタートします。完成度80%で一度回してみるほうが、100%を目指して止まるより早く成果が出ます。
失敗3:課題を「悪いところ探し」にしてしまう
課題リストは、誰かを責めるための資料ではありません。現場が我慢して回してきた仕事を、会社として改善対象に引き上げる資料です。ヒアリングの場でも、この意図を最初に伝えてから始めてください。「あなたを評価するためではなく、業務を変えるための整理です」と一言添えるだけで、協力度は変わるはずです。反対に、この一言を省くと、現場は口を閉ざしてしまいがちです。
失敗4:解決策を先に決めてしまう
「AIで解決できそうな課題を集めろ」「ペーパーレス化に使えそうなものを出せ」といった逆算は、課題整理の質を落とします。手段は課題が出揃った後に選びます。DXは目的ではなく、経営課題を解決する手段です。手段から入ると、手段のために課題を歪めてしまいかねません。
出典・参照:
すぐに使えるチェックリストと次のアクション
ここまでの内容を、実務で使えるチェックリストにまとめます。着任1〜2週間で試してみてください。この章は、読者が動き出すための実行編です。
業務課題リスト作成チェックリスト
以下の11項目のうち、9項目以上でYesが付けば初版のリストとしては十分です。残りは運用しながら埋めていきます。
- 現場の困りごとをそのまま書き出したか
- 困りごとの背景を1〜2回問い直したか
- 困りごとを業務課題に言い換えたか
- 発生頻度を確認したか
- 影響を受ける人数や部署を確認したか
- 経営への影響を書き出したか
- 放置した場合のリスクを書いたか
- 改善のしやすさを3段階で評価したか
- 声の大きさではなく影響度で見たか
- A、B、Cの3分類で優先順位を付けたか
- すぐにツール導入や自動化へ飛びついていないか
完璧を求めず、まず一度通しで書ききることを優先してください。書き終えた段階で、次にヒアリングすべき相手や、追加で見たい業務が自然と浮かんできます。
読者が取り組む3ステップ
読み終えた後にやることは、次の3つだけです。分量は少なく、時間もかかりません。
- 第4回で作った業務棚卸し表を開く
- そこから業務課題を10個だけ書き出す(14項目のフォーマットに沿って)
- A、B、Cの3分類で優先順位を付ける
最初から100個の課題は不要です。10個で構いません。10個を書き終える頃には、業務課題リストの手触りが分かり、次にヒアリングすべき相手も見えてきます。ここまで進めば、シリーズ第6回「小さな成功から始める」に進む準備が整います。
出典・参照:
まとめ:業務課題リストは「経営と現場の共通言語」
本記事では、新人DX担当が最初に作るべき業務課題リストの意味・項目・優先順位付けを解説しました。要点を振り返ります。
- 業務課題リストは、現場の困りごと・業務のムダ・経営への影響・改善のしやすさを同じ土俵で比べるための道具である
- 「困りごと」と「課題」は分ける。声そのままを課題にしない
- リストには14項目を並べ、改善案の列はまだ作らない
- 4つの視点(発生頻度・影響範囲・経営への影響・改善のしやすさ)で整理する
- 優先順位はA/B/Cの3分類で、まずは10個から始める
- 声の大きい課題・大きすぎる課題から始めない。現場と経営が交差するテーマを狙う
DX担当の仕事は、困りごとをすべて解決することではありません。会社にとって今取り組むべき課題を、現場と経営が同じ目線で見られるようにすることです。派手なシステム導入の前に、この地味な整理作業が担当者の信頼を作ります。
次にとる行動は、第4回で作った業務棚卸し表を開き、そこから業務課題を10個だけ書き出すことです。書き出しの精度は、後から何度でも磨けます。着手に踏み切れるかどうかだけが、シリーズ第6回「小さな成功から始める」への橋渡しになります。貴社のDXは、この10個の課題から動き始めるのです。
執筆者
株式会社MU 代表取締役社長
山田 元樹
社名である「MU」の由来は、「Minority(少数)」+「United(団結)」という意味。企業のDX推進・支援を過去のエンジニア経験を活かし、エンジニア + 経営視点で行う。DX推進の観点も含め上場企業をはじめ多数実績を持つ。




