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正直に言うと、私はタクシー配車アプリの「GO」を使ったことがありません。横浜に住んでいて、大通りに出ればたいていタクシーを拾えるので、困った経験がないからです。一方、DXportal®の執筆者の1人である山田氏は、GOを日常的に使っています。便利だから選んで使っている、とのことでした。
同じくらい便利な地域に住んでいるはずなのに、使う・使わないが分かれる。この違いを何となく「世代やITリテラシーの差」で片づけてしまいそうになりますが、実はもっと構造的な理由があるのではないでしょうか。
本記事では、モノを届けるDX(デジタルトランスフォーメーション)と、人を運ぶDXを並べ、なぜ届き方にこれほど差が生まれるのかを、DXportal編集部としての考察としてお伝えします。
【本記事の要点】
- 全国の宅配便網は年間約50億個を扱う規模で、「モノを届けるDX」はすでに広く行き渡っている
- 国が認識する「交通空白」は全国2,740地区に及び、「人を運ぶDX」は生命線になりつつある
- 非対称の理由は、モノは束ねて運べるが、人は本人がその時刻・その場所にいる必要がある点にある
- 各地の実証は結果に差があり、電話予約の併用など、技術以外の運用も並行していた
「日本はDXでどんどん便利になった」という、なんとなくの実感
「日本はDXでどんどん便利になった」という実感を持つ方は多いと思います。先述のタクシー配車システムだけでなく、キャッシュレス決済、ネット予約、チャットでの問い合わせなど、生活のさまざまな場面がデジタル化され、便利さを実感する機会は増えました。
ただし、この「便利になった」という実感を、そのまま全国どこでも同じ強さで成り立っていると考えてよいのでしょうか。私と山田氏の間にあったタクシーの配車アプリGOを使う・使わないの違いは、単なる好みや世代の差ではなく、移動する場所や時間帯によって「便利さの選択肢がもともとどれだけあるか」が違うことの表れだったのではないか、と考えています。同じ横浜の中心部に住んでいても、移動する頻度や行き先、時間帯が違えば、タクシーを手軽に拾えるかどうかは変わるからです。
都心部ではタクシーは大通りに出れば拾えますし、馴染みの店を通じて手配してもらうこともできます。飲食店の閉店間際、店主が馴染みのタクシー会社へ電話をかけ、客を見送るという光景は、都心の街ではいまも珍しくありません。
DXがなくても、人的ネットワークやアナログな代替手段で用が足りてしまう。GOのようなアプリは、都心では「あれば便利な選択肢の1つ」に過ぎないのかもしれません。
同じ日本なのに、届き方はこんなに違う
この違和感を確かめるために、モノを届けるDXと、人を運ぶDXの現状を、それぞれ見ていきます。
モノは届く:全国宅配網が支える「当たり前」
モノを届ける仕組みは、すでに全国規模で成立しています。国土交通省によると、2024年度の宅配便取扱個数は50億3,147万個にのぼり、ヤマト運輸の宅急便、佐川急便の飛脚宅配便、日本郵便のゆうパックという上位3便で、トラックによる宅配の95.2%を占めました。
ヤマト運輸は一部地域を除いて全国翌日配達をうたい、佐川急便は日本全国365日の配送を案内し、日本郵便もゆうパックを土日祝を含めて全国へ届けるとしています。
ここまで確認できるのは、大量の荷物を運ぶ標準化されたネットワークが全国に存在するということです。ただしこれは、全国どこでも同じ速度・同じ条件・同じ採算で運べるという意味ではありません。
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人は届きにくい:廃止が続く交通と、車両が足りない配車アプリ
一方、人を運ぶ物理インフラは縮小が続いています。国土交通省の資料によると、2008年度から2024年度までに、路線バスは約27,080キロ、鉄軌道は約719.6キロが廃止されました。従来の利用者減少・赤字に加え、近年は運転者不足も廃止や大幅な減便の主要因になっています。
こうした状況を受けて、国が2026年5月15日時点で認識している「交通空白」は、全国2,740地区です。
対して、配車アプリのGOは、47都道府県すべてに対応市区町村があると案内しています。ただし対応は市区町村単位であり、サポートも、対応エリア内であっても時間帯によって周辺に車両がない場合や、その地域でタクシー会社が運行していない場合は利用できないと説明しています。
アプリが改善できるのは既存の車両への接続や配車の効率であり、車両や運転者そのものを新たに生み出すわけではありません。国土交通省の資料でも、地方部では常連客への配慮や乗務員の負担を平準化するため、電話による配車室のオペレーションへの需要が残ると指摘されています。
「対応エリアかどうか」より、「必要な時刻に実際に車両がいるか」の方が、地方ではずっと切実な問題なのです。
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なぜ非対称になるのか:モノは束ねられる、人は同時にそこにいる必要がある
モノは届くのに、人は届きにくい。この差は、デジタル技術の新しさや投資額の違いだけでは説明できません。理由は、運ぶものの性質そのものにあります。
モノは、倉庫でまとめて集約できますし、複数の荷主や届け先の荷物を一台の車両へ混載できます。多少の時間のずれも許容できることが多く、受取人本人がその場にいる必要すらありません。まとめる、ずらす、経由するという操作ができるからこそ、少ない車両・拠点でも広い範囲をカバーできます。
これに対して人は、出発地・目的地・希望時刻がそれぞれ個別であり、安全確保や乗降の支援、待ち時間の制約も強くかかります。往復や帰りの便も必要になりますし、何より、車両と資格を持つ運転者を、利用者本人がいるその場所・その時刻に同時に配置しなければなりません。
まとめることも、大きく時間をずらすこともできない。これが、同じデジタル技術を入れても、モノと人で届き方が非対称になる構造的な理由です。加えて、人口密度が低い地域ほど、この違いが強く表れます。
技術の有無より、運用の設計が違いを生む:塩尻市・坂出市・熊取町の実証
まとめて運べない人の移動を、デジタルで補おうとする取り組みの1つが、AIオンデマンド交通です。各地の自治体が実証を重ねていますが、同じ仕組みを入れても、実証で確認できた結果には差があります。この差には、技術があるかどうかより、乗降場所や予約方法といった周辺の運用設計が関わっているように読めます。
塩尻市:運営側の工夫と組み合わせ、本格運行へ進んだ
長野県塩尻市は、利用の少なかった循環バス路線を、AIオンデマンドバス「のるーと塩尻」へ転換する実証を重ねました。
AIオンデマンドバスとは、決まった時刻表や運行ルートを持たず、利用者の予約状況に応じて、AIがその都度走るルートを考える乗合バスです。AIが担うのは、「どの順に、どの道を通って乗り合わせるか」というルートの組み立てです。車両や運転者を用意すること、乗り降りする場所を決めること、予約を受け付ける窓口を設けることは、AIではなく運営する側が整える部分にあたります。
塩尻市の2022年10月から2023年3月までの実証では、総乗客数13,632人、アプリでの予約率63.4%、本格運行を望む割合は85.4%という結果が確認されています。その後、複数路線が本格運行へ移行しました。
ここで注目したいのは、これらの結果が、ルートを考えるAIの働きだけで生まれたとは言い切れない点です。塩尻市では、AIによるルートの組み立てと並行して、利用しやすさを支える次のような取り組みが進められていました。
- 小型車両の導入
- 乗降拠点のきめ細かな配置
- 高齢者へのアプリ操作支援
- 電話予約の併用
- 対象エリアの段階的な拡大
デジタルとアナログを組み合わせ、運営側が使い方まで含めて設計していたことが、この実証の特徴です。
坂出市:利用が伸びず、予約の使いやすさが課題に
塩尻市と対照的に、利用が伸びなかったのが香川県坂出市の実証です。通院や買い物に出かける高齢者の移動手段が足りないことから、タクシー事業者が運行主体となり、タクシー8台を使った乗合の「AIデマンド交通」を導入しました。平日朝8時から夕方17時に走る定時定路線の便(1日8便)の一部区間を、予約に応じて走るデマンド運行に切り替えたものです。病院前に停留所を置き、追加料金200円で指定した場所での乗り降りもできるようにしたものでした。
しかし、84日間の利用者は427人にとどまりました。1日平均5.1人、1便あたり1.7人という結果です。国土交通省の事例集によると、高齢者向けにアプリの説明会を開いても利用率は低迷し、アプリの画面の使いやすさと、電話予約の受け付け方の改善が課題とされています。主な利用者に想定した高齢者が、予約の入口でつまずいていたことがうかがえます。
熊取町:利用者は少ないが、満足度は高かった
大阪府熊取町は、利用者こそ少ないものの、満足度が高かった事例です。2022年9月15日から11月14日までの58日間、町内の6地区で、AIを活用した予約制の乗合タクシーを毎日9時から17時まで走らせました。
利用するには、1週間前から1時間前までに電話かインターネットで予約し、約束した日時に、地区内に設けた乗降場所へ来るタクシーに乗り合わせます。料金は大人200円で、降りるときに現金で支払います。延べ利用者数は205人、実際に使った人は49人で、利用の半数は特定の6人によるものでした。
利用者アンケート(有効回答40件)では、回答者の中心は70~80代で、外出の目的は通院と買い物が上位でした。総合満足度は90%、リピート率は87%にのぼり、満足した点には「施設へ行きやすいこと」と「予約のしやすさ」が挙がっています。
一方、不満として最も多かったのは運行時間で、30%が挙げ、「もう2~3時間、8時から18時くらい運行してほしい」という声がありました。運行ルートは15%、乗降場所は12.5%で、乗降場所には「降りるときは自宅の前まで来てほしい」「降りる場所が決まっていると使いづらい」という声が寄せられています。
さらに、熊取町は、既存のバス(ひまわりバス)と予約制乗合タクシーの役割分担を整理する必要があるとしています。
3つの実証から読み取れること:予約の入口・乗降場所と運行時間・既存交通との役割分担
3つの実証を並べると、結果を分けた要素として、AIそのものよりも、予約の入口、乗降場所と運行時間、既存の交通との役割分担の3点が読み取れます。
| 観点 | 塩尻市 | 坂出市 | 熊取町 |
|---|---|---|---|
| 結果 | 複数路線が本格運行へ移行 | 84日間で427人、1日平均5.1人 | 実利用者49人、満足度90% |
| 予約の入口 | アプリ操作の支援と電話予約を併用 | アプリ説明会を開いても利用率は低迷。アプリの使いやすさと電話予約の受け付け方が課題 | 電話かインターネットで予約でき、「予約のしやすさ」が満足点に |
| 乗降場所と運行時間 | 乗降拠点をきめ細かく配置 | 病院前に停留所を置き、追加料金で指定場所での乗り降りも可能 | 運行時間への不満が30%、乗降場所は12.5%、運行ルートは15% |
| 既存の交通との関係 | 利用の少なかった循環バスから転換 | 定時定路線便の一部区間をデマンド化 | 既存バス(ひまわりバス)との役割分担の整理が課題 |
AIがルートを考えても、利用者が予約でき、使いやすい場所と時間に乗り降りでき、既存の交通と役割が重ならなければ、使われ続ける交通にはなりません。AIオンデマンド交通を入れるときに問うべきなのは、技術の導入そのものより、この3点を設計できているかどうかにあるのかもしれません。
出典・参照:
「モノは解決済み」でもない
ここまで、モノは届き、人は届きにくいという構図を見てきましたが、モノの側も安泰というわけではありません。国土交通省は、過疎地域では荷物の量が減り積載効率も下がるため、宅配サービスを持続的に提供することが難しくなりつつあるとして、共同配送や貨客混載を政策課題に位置づけています。
全国規模のネットワークが今日届いているとしても、将来にわたって同じ条件で維持できると保証されたわけではありません。モノと人、双方の届け方を、これからどう支えていくかが問われているのではないでしょうか。
出典・参照:
まとめ:モノ的価値か人的価値か、自社の届け方を点検する
「日本はDXでどんどん便利になった」という実感は、間違いではありません。ただし、その便利さは全国均一に届いているのではなく、都心では「選べる便利」として、地方では「生命線」として、異なる形で届いています。
その差を生んでいるのは技術の遅れではなく、モノは束ねて運べる一方、人は本人がその時刻・その場所にいる必要があるという、価値を運ぶ単位の違いです。これが、DXportal®編集部として現時点でたどり着いた見方になります。
この視点は、地域交通や物流だけの話ではありません。自社が提供している価値が、まとめて運べて時間をずらせる「モノ的な価値」なのか、それとも特定の時刻にその人がその場にいることを求められる「人的な価値」なのかを点検してみると、どこにデジタル化が効きやすく、どこに人の手や設計の工夫がなお必要なのかが見えてくるでしょう。
顧客接点をアプリ化すると、予約や案内といった入口は便利になります。しかし、それだけで、車両や運転者のように実際に届ける力が増えるわけではありません。配車アプリのGOは、対応エリア内でも周辺に車両がない時間帯には利用できず、AIオンデマンド交通でも、AIが担うのはルートの組み立てまででした。DXの成果を左右するのは、入口のデジタル化に加えて、届ける側の体制まで設計できているかどうかにあるのではないでしょうか。
執筆者
DXportal編集長
町田 英伸
自営での店舗運営を含め26年間の飲食業界にてマネージャー職を歴任後、Webライターとして独立。現在はIT系を中心に各種メディアで執筆の傍ら、飲食店のDX導入に関してのアドバイザーとしても活動中。『DXportal®』では、編集長としてすべての記事の企画、及び執筆管理を担当。特に店舗型ビジネスのデジタル変革に関しての取り組みを得意とする。「50s.YOKOHAMA」所属。




