現場ヒアリングの進め方:聞き漏らしを恐れないコツ
棚卸し表を埋めるためには、現場からの聞き取りが避けられません。この章では、新人DX担当が現場と対立せずに情報を引き出すヒアリングのコツを、聞き方の型・関係作り・例外対応の順で紹介します。ここが崩れると、どれだけ整った表を作っても現場で使われません。
聞き方の型は「時系列・道具・渡し先」
現場に「業務を教えてください」と丸投げすると、情報量が膨大になり整理できません。これを回避するには、次の3点を軸に聞くとよいでしょう。この質問形式であれば、棚卸し表の項目に沿った答えが返ってくる確率が格段に向上します。
- 時系列:朝一番に何をしていますか。その次に何をしますか。
- 道具:その作業では何を見て、何に書いていますか(紙、Excel、システム画面)。
- 渡し先:そのあと、この情報は誰に渡していますか。
この3点で聞くと、現場の頭の中を無理なく引き出せます。DX担当はメモを取りながら、その場で棚卸し表の該当セルを埋めていくと、後の作業が短くなります。
「聞き漏らし」を恐れない仕組みを持つ
新人DX担当がもっとも不安に感じるのは、聞き漏らしたせいで後から現場に怒られることです。ここは仕組みで解決できます。
- ヒアリング後、48時間以内に棚卸し表の下書きを現場に見せる
- 「この理解で合っていますか」「抜けや誤解はありますか」と必ず確認する
- 修正されたら、その場で棚卸し表を書き直す
聞き漏らしをゼロにする方法はありません。ゼロを目指すのではなく、「聞き漏らしたら現場から即座に指摘してもらえる関係」を作るほうが実務的です。この姿勢が伝わると、現場は「一緒に整理してくれる人」としてDX担当を受け入れてくれるでしょう。
また、ヒアリング相手だけでなく、現場の上長、経営層からの了承が取れるのであれば、ヒアリングの模様を録音・録画しておくことも、後々見直しやすくなりおすすめです。ただし、人によっては「撮られている」と意識すると、我知らず口が重くなってしまう可能性があることには留意してください。
例外対応ほど聞き逃さない
中小企業の業務は、7割の定型と3割の例外で回っているケースが多く見られます。棚卸し表を埋めるとき、定型の流れだけ書いて満足すると、実務からは大きく離れた資料になります。
- 特別な得意先の対応
- 急な変更が入ったとき
- 担当者が休んだとき
このような例外を、必ず1〜2ケース聞き出しましょう。この例外にこそ、属人化した判断と改善余地が凝縮されています。DXでは、この例外をどう扱うかがツール導入の成否を左右します。
事例:食品卸の受注処理を棚卸ししたら何が見えたか
ここまでの原則を、従業員30名規模の食品卸の受注処理を例に落とし込みます。この章では、実務でどのように棚卸し表が動き、最初の改善テーマが決まったかを追います。なお、社名は伏せた実務ベースの想定事例として紹介します。
表面的には「紙が多くて非効率」に見えた
この会社の受注処理は次のような流れでした。
- 得意先からFAXで注文が届く
- 事務担当が注文内容を紙の受注控えに転記する
- 転記後、Excelの受注一覧に手入力する
- 在庫担当に口頭で「これ、在庫ありますか」と確認する
- 在庫担当が倉庫を目視確認し、口頭で回答する
- 配送担当に紙の受注控えを渡す
一見すると、紙とExcelの二重入力、口頭確認の多さから「システム化すれば解決する」と判断したくなります。しかしDX担当が現場に丁寧に聞くと、別の景色が見えてきました。
棚卸し表から見えた3つの詰まり
15項目の棚卸し表を埋めた結果、詰まりは「二重入力」ではなく別の場所にありました。
- 在庫確認:倉庫の在庫データがリアルタイム更新されておらず、口頭確認しないと信用できない
- 例外対応:得意先ごとに「この客だけは仮出荷可」「この客は事前連絡必須」などの判断ルールがベテランの頭にしかない
- 待ち時間:在庫担当がフォークリフト作業中だと、事務は数十分ロスして次に進めない
つまり本当の問題は、紙とExcelの併用ではなく、「在庫情報の共有ルールが決まっていないこと」と「例外対応の属人化」だったのです。棚卸し表がなければ、このズレには気付けなかったはずです。
最初の改善テーマは「受注システム導入」ではなかった
このケースで、DX担当が経営者に提案した最初の改善テーマは、受注管理システムの導入ではありませんでした。次の2つでした。
- 在庫確認ルールの整備:1日2回、在庫担当が在庫数をホワイトボードに更新する簡易ルール
- 得意先例外対応の書き出し:ベテランの頭の中にあった判断基準を、10行の一覧にする
結果的に、コストはほぼゼロで、翌週から現場が動きました。ただし、もし見える化を飛ばして受注システムを導入していれば、在庫情報の不整合と例外対応の属人化はそのまま残り、システムだけが浮いた投資になっていたかもしれません。見える化がなければ、この判断はできなかったのです。
見える化でよくある失敗と回避策
本章では、新人DX担当が見える化に取り組む際に陥りがちな失敗を、回避策とセットで整理します。この章の内容を先に頭に入れておくと、着手時のつまずきを減らせます。失敗の多くは技術ではなく、進め方と関係作りに起因するのです。
完璧な業務フロー図を作ろうとする
BPMN記法を勉強してから始めようとすると、着手までに数週間かかってしまうかも知れません。新人DX担当に必要なのは、記法の正しさではなく、現場との会話です。まずは棚卸し表1枚で始め、必要になった時点で図式化に進みましょう。図が必要かどうかは、棚卸しをやってみないと判断できません。
1人で作って現場に見せない
見える化は資料作成ではなく認識合わせです。DX担当が1人で表を完成させて上司に提出しても、現場が「そんな話は聞いていない」と言えば、あなたの労力と作った資料はすべて無駄になってしまいます。
必ず途中で現場に見せ、赤字で修正してもらう工程を挟みましょう。修正の跡が残っている棚卸し表ほど、経営層から信頼されます。
粒度がバラバラで比較できない
同じ受注処理でも、担当者ごとにやり方が違うと、棚卸し表の粒度がずれます。対策として、「1日の中で切れ目なく続く作業を1つの業務名とする」など、粒度の目安を最初に決めておくと整理しやすくなります。粒度の統一は、後で改善候補を評価する段階で効いてきます。
改善案を先に出してしまう
棚卸しの途中で「これはRPAで自動化できそう」と現場に話すと、現場は「仕事を奪われる」と警戒しかねません。改善案は棚卸しの完了後に経営層と相談し、現場には「あなたの負荷を減らすための整理」として返す順序を守りましょう。
改善のフレームワークとしては、Eliminate(排除)・Combine(結合)・Rearrange(組替)・Simplify(簡素化)の順で見直すECRSの4原則が広く用いられています。
出典・参照:
業務見える化チェックリスト
最後に、対象業務の選び方と9項目のチェックリストを提示します。この章の内容を印刷して手元に置き、対象業務を1つ選ぶところから始めてください。
対象業務の選び方
次の条件を満たす業務から1つ選ぶと、着手しやすく成果も見えやすくなります。
- 発生頻度が高い(毎日または毎週)
- 関係者が3〜5名程度に収まる
- 紙・Excel・口頭連絡が混在している
- 現場から「これは何とかならないか」と声が上がっている
候補としては、受注処理、請求処理、日報作成、在庫確認、問い合わせ対応、勤怠申請、経費精算などが挙げられます。まずは一番身近な業務を選び、迷ったら「自分がすでに関わっている業務」を選ぶと、ヒアリングの心理的ハードルが下がります。
業務見える化チェックリスト
以下の9項目を1つずつクリアしていくと、棚卸しの質が担保されます。着手の途中でもこのチェックリストに戻り、抜けを確認してください。
- 最初に見える化する業務を1つに絞ったか
- マニュアル上の流れではなく、実際の流れを確認したか
- 紙、Excel、メール、電話、FAX、口頭連絡がどこで使われているか書き出したか
- 同じ情報を二度以上入力している場所を見つけたか
- 誰かの確認待ちで止まっている場所を見つけたか
- 特定の人にしか分からない判断を見つけたか
- 現場独自の工夫や例外対応を書き出したか
- 作成した棚卸し表を現場に見せて確認したか
- 改善案を出す前に、業務の全体像を関係者に共有したか
次回:業務課題リストの作り方へ
棚卸しが終わったら、次のステップは「棚卸しから課題を抽出し、改善テーマの優先順位を決める」ことです。本連載の第5回では、棚卸し表をもとに「業務課題リスト」を作り、経営インパクトと着手のしやすさで改善テーマを選ぶ方法を扱います。
なお、公的な学習教材としては、IPA(情報処理推進機構)がマナビDXで業務可視化ワークショップを公開しています。無料で受講できるため、社内で見える化を進める際の共通言語作りに活用できるすぐれた教材です。また、中小企業のDX推進段階を把握する上で、中小企業庁の白書も参考になるでしょう。
出典・参照:
まとめ:見える化は、現場と会社をつなぐ「翻訳作業」である
本記事の内容を整理します。
- 業務の見える化とは、きれいなフロー図の作成ではなく「誰が・何を・どの順番で・何を使って・誰に渡しているか」を関係者で共有できる状態にすること
- 最初は1つの業務に絞り、A4一枚の棚卸し表で始めるのが実務的
- 紙・Excel・口頭連絡には残っている理由があり、悪者扱いせず「なぜ残っているか」を聞く姿勢が信頼を作る
- 業務を「作業・情報・判断・確認」の4分類で観察すると、詰まりが見えやすくなる
- 棚卸し表は必ず現場に見せ、「この理解で合っていますか」と確認する工程を挟む
- 改善案を先に出さず、まず業務の全体像を関係者と共有する
業務の見える化は、現場を管理するための作業ではありません。現場の困りごとを会社全体で共有し、次の改善テーマを選ぶための出発点です。
DX担当は、業務を裁く人ではなく、現場の言葉を経営者や他部署に届く言葉へと置き換える翻訳者だと捉え、長く続くDX推進の道を歩んでください。
執筆者
株式会社MU 代表取締役社長
山田 元樹
社名である「MU」の由来は、「Minority(少数)」+「United(団結)」という意味。企業のDX推進・支援を過去のエンジニア経験を活かし、エンジニア + 経営視点で行う。DX推進の観点も含め上場企業をはじめ多数実績を持つ。

