次世代DXを見据えて:AIモデル崩壊後の企業戦略と展望

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最近、新聞やテレビで「生成AI」という言葉を日常的に見聞きするようになりました。文章作成や画像生成など、まるで魔法のような技術に「自社のデジタルトランスフォーメーション(DX)もこれで一気に進むのでは?」と期待されている経営者の方も多いのではないでしょうか。

しかし、この生成AI、実は良いことばかりではありません。使い方を誤ると、かえって業務の質を下げてしまう「モデル崩壊」という落とし穴も潜んでいるのです。

本記事では、このAIが抱える課題を分かりやすく解説します。さらに、それらを踏まえた上で、中小企業がこれからどのようにAIと向き合い、自社の強みを活かしたDXを推進していくべきか、その具体的なヒントをお伝えします。

今さら聞けない「生成AI」の基本と中小企業が寄せる期待

今さら聞けない「生成AI」の基本と中小企業が寄せる期待

DXとは、「デジタル技術とデータを活用し、既存のモノやコトを変革させ、新たな価値創出で人々の生活をより良くする」ことを目指す取り組みです。そして、このDXを力強く後押しする技術として注目されているのが「生成AI」です。

生成AIは、まるで人間のように新しい文章、画像、音楽、さらにはプログラムコードまでをも創り出すことができるAI技術の一種です。この技術をビジネスで活用することで、例えば以下のようなことが可能になると期待されています。

  • 業務効率の劇的な向上:顧客へのメール返信文案の作成、議事録の作成や文書の要約などをAIに任せることで、社員はより創造的な業務に集中できる
  • 新しいアイデアやサービスの創出支援:新規事業のアイデア出し、製品デザインのヒント、マーケティング用キャッチコピーの提案など、AIが発想のきっかけを与えてくれる
  • 顧客対応の質の向上:24時間365日対応可能なAIチャットボットによる問い合わせ対応などにより、人の力では実現が困難なサービスを提供できる

このように、中小企業にとって生成AIは、人手不足の解消や生産性向上。あるいは、新たなビジネスチャンスの獲得に繋がる可能性を秘めた魅力的なツールと言えます。しかし、この便利なツールにも、知っておくべき課題が存在します。

AIの「落とし穴」|「モデル崩壊」とは?

AIの「落とし穴」|「モデル崩壊」とは?

「モデル崩壊」という言葉を初めて聞く方もいらっしゃるかもしれません。これは、生成AIの活用を進める中で起こりうる、非常に厄介な問題です。

モデル崩壊をごく簡単に言えば、「AIが自分で作った『質の悪いコピー』を何度も見本にして学習し続けた結果、どんどん理想からかけ離れた、役に立たないものしか作れなくなってしまう」というようなものです。

最初のうちは便利だったAIも、自己生成したデータ(合成データ)ばかりを再学習し続けると、だんだんと出力される情報の多様性が失われてしまいます。その結果、偏った内容になったり、最終的には意味不明な応答しかできなくなったりする危険性があるのです。

この現象は、まるでAIが自らの知性を食べて衰えていくように見えることから、「AIオートファジー(AI自己貪食)」とも呼ばれています。

なぜモデル崩壊は起こるのか?

現在の生成AIの多くは、インターネット上にある膨大な量の情報を自ら学習して賢くなっています。しかし、インターネットには正確で質の高い情報もあれば、誤った情報や質の低い情報も混存しています。そのため、不正確な情報を学習し、それに基づいて文章などを生成してしまうリスクはAIが抱えている潜在的な課題の一つです。

この状況に加えて、さらに最近では、AIが生成した文章や画像がインターネット上に急速に増えています。もしAIが、こうしたAI自身が生み出した、必ずしも質が高いとは言えない情報(AIコンテンツ)を無批判に学習し続けてしまうとどうなるでしょうか。

信頼性の高い正確な文章を作成するための工数と、玉石混交の情報の海の中からそれらしい情報を拾って体裁を整える作業の工数は大きく異なります。そのため、AIの利用が進み、AIコンテンツが氾濫していくと、不正確な情報の割合が多くなってしまうのです。その情報を学習したAIが、また不正確なコンテンツを作成するため、徐々にインターネット上の情報の海が濁っていくような悪循環に陥ってしまう可能性があります。

AIが自己生成データに依存し続けることのリスクを見過ごしてしまうと、期待したような知能の進化ではなく、むしろ「知的な退化」が起こりかねません。この点は、私たちもしっかりと認識しておかなければならないでしょう。AIは決して万能の魔法の杖ではないのです。

AI時代だからこそ輝く!「人間の知恵」と中小企業ならではの「個性」

AI時代だからこそ輝く!「人間の知恵」と中小企業ならではの「個性」

では、この「モデル崩壊」のようなAIの弱点を補い、AIを真に役立つツールとして活用するためには何が重要なのでしょうか。その答えは、意外にも私たち「人間」の中にあります。

AIの栄養となる「人間だからこそ生み出せる良質な情報」

モデル崩壊を防ぎ、AIの質を維持・向上させるためには、AIが自己生成したデータだけでなく、人間が創造した多様で質の高い情報が不可欠です。AIにとって、人間の経験や知識、創造性から生まれるユニークな情報は、最高の「栄養源」となります。

例えば、

  • 長年培ってきた専門知識
  • お客様との対話の中で得られた生の声
  • 日々の業務で磨かれた現場のノウハウ

これらはAIには生み出せない価値ある情報なのです。

「note」の試みに見る、人間の創作活動の価値

こうした「人間だからこそ生み出せる良質な情報」を増やしていくためには、その創作活動を適切に評価する仕組み作りが重要です。具体的な事例を見てみましょう。日本発の「note」は、文章やイラストなどを創作するクリエイターが、自由に自身の作品を公開できるプラットフォームです。

noteでは、公開した作品をAIの学習に活用する際、その知的価値に基づいてクリエイターに対価を支払うという実験的な取り組みが始まっています。これは、人間の創造的な活動がAIの進化を支える重要な資源であり、その価値が正当に評価されるべきだという考え方に基づいています。

この動きは、中小企業の皆さんにとっても他人事ではありません。皆さんの会社が持つ独自の技術、長年かけて築き上げた顧客との信頼関係、地域社会でのユニークな取り組みといったものは、まさにAI時代における「人間ならではの価値」であり、他社には真似できない競争力の源泉となるのです。こうした知見をAIが学習できる形に整える取り組みを推奨し、適切に評価することが、モデル崩壊を防ぐことにつながるのです。

山田 元樹

執筆者

株式会社MU 代表取締役社長

山田 元樹

社名である「MU」の由来は、「Minority(少数)」+「United(団結)」という意味。企業のDX推進・支援をエンジニア + 経営視点で行う。
最近の趣味は音楽観賞と、ビジネスモデルの研究。
2021年1月より経営診断軍師システムをローンチ