複数農場は、経営者の目では回らない|圃場ごとの記録を一元化する農業法人のDX

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1つの圃場を、経営者自身が毎日見て回っていたころは、田んぼの状態も、作業の進み具合も、コストの感覚も、すべて自分の頭のなかにありました。しかし、圃場が2つ、3つ、それ以上に増えていくと、その把握の仕方は通用しなくなります。

多くの農業法人が抱えているのは、「圃場が増える=経営規模が拡大する」という単純なとらえ方への違和感です。実際には、圃場ごとの生産データ・コストデータ・出荷データが、圃場責任者や現場担当者の記憶、個別の紙メモ、個人のExcelに閉じたまま蓄積されると、経営者が全体の数字を横断して見られなくなっていきます。

本記事では、複数の農場・圃場を運営する農業法人がこの構造的な問題にどう向き合うべきか、実際の農業法人の事例をもとに整理します。

【本記事の要点】

  • 圃場が増えることは、経営者が現場を把握できる範囲が広がることを意味しない。データが圃場ごとに閉じたままでは、むしろ把握できない領域が広がる
  • 生産・コスト・出荷データが圃場責任者や現場担当者の記憶、紙メモ、個人のExcelに分散すると、経営者は全体を数字として把握できなくなる
  • 圃場横断でデータをつなぐことで、現場の暗黙知を数値と文字として共有できる状態に変えられる
  • データ統合はゴールではなく、経営者がその数値を経営判断に使えて初めて意味を持つ

「圃場が増える」は、経営がわかりやすくなることではない

経営者の目が届く少数の圃場と、把握しきれないほど分散した複数圃場を比較した図解

圃場が1枚か2枚しかない段階では、経営者1人が全圃場の生産状況・コスト・出荷を、自分の目と経験で把握できていました。毎日現場に足を運び、作物の状態を確認し、作業の進み具合を肌で感じ取る。この経験と勘に基づく経営には、現場感覚に基づく速い判断ができるという強みがあり、それ自体を否定すべきものではありません。

しかし、圃場数・農場数が増えていくと、この前提は崩れていきます。経営者が実際に足を運べる範囲を、圃場の数が上回るようになるからです。

ここで重要なのは、「圃場が増える=経営規模が拡大する」ということと、「経営者の目が届く範囲が広がる」ということは、まったく別の話だという点です。規模が拡大しても、情報を把握する仕組みが追いついていなければ、経営者の目が届かない領域だけが広がっていきます。

これは、紙で管理しているかExcelで管理しているかという手段の問題ではなく、圃場が増えるという構造そのものが引き起こす問題です。

圃場ごとに閉じたデータは、経営者に届かない

生産、コスト、出荷の記録が圃場ごとに分断され、経営者へ届かない構造

複数圃場を運営する農業法人では、実際にどのようにデータが分断されていくのでしょうか。石川県野々市市で米の生産や農作物の加工・販売を手がける株式会社ぶった農産(経営耕地面積約31.7ha)の事例が、この構造をよく示しています。

同社では以前、作業指導が経験と勘に頼った「暗黙知」として形式化されておらず、栽培管理データと乾燥調製データの連携もありませんでした。圃場ごとの状況が、担当者個人の経験のなかにとどまっていたということです。

出典・参照:

収穫データが圃場ごとに止まる

複数の圃場を運営していると、それぞれの圃場でどれだけ収穫でき、水分量がどうだったかというデータは、収穫の現場でいったん止まりがちです。圃場ごとの収穫記録が、乾燥や出荷の工程まで自動的につながる仕組みがなければ、経営者が全圃場の収穫状況を横断して把握することは難しくなります。

出荷・コストデータが現場の記憶に依存する

収穫データだけでなく、出荷状況やコストの情報も同様です。圃場責任者や現場担当者の記憶、個別の紙メモ、個人のExcelファイルにそれぞれ蓄積されていると、経営者が全体のコストや出荷の進捗を確認しようとしても、担当者ごとに聞いて回る以外に手段がなくなります。この状態が続く限り、圃場数が増えるほど、経営者から見える情報の割合は相対的に小さくなっていきます。

圃場をまたいでデータをつなぐと、何が変わるか

収穫、乾燥、出荷、気象、施肥、水管理のデータを連携し、共有生産記録にまとめる流れ

こうした分断を解消するために、ぶった農産が実際に取り組んだのが、圃場をまたいだデータ連携の仕組みづくりです。

同社は2020年8月にライスセンターをリノベーションし、コンバインが取得する圃場ごとの収穫量・水分量データを、乾燥機・穀粒判別機のデータと無線LAN経由でサーバーへリアルタイムに連携させる仕組みを構築しました。さらに、気象データ・施肥・水管理データと圃場ごとの生産履歴を重ね合わせることで、翌年以降の生産改善にもつなげています。

出典・参照:

圃場ごとの記録を1つのデータに連携する

収穫・乾燥・出荷という各工程で個別に生まれていたデータを、圃場という単位でつなぎ合わせることで、どの圃場が何を、どれだけ、どのような条件で生産したかが、1つの記録として追えるようになります。ツールを導入すること自体が目的ではなく、圃場ごとに分断されていたデータが、誰にどう見える形になったかという経営情報の視点が重要です。

現場の暗黙知を「数値と文字」に変える

ぶった農産の佛田社長は、「データを基に機械や米と『対話』ができるようになった」「5年、10年とデータが積み重なれば、データ連携駆動型農業が可能になる」と述べています。これは、これまで経験と勘という形でしか存在しなかった現場の知恵が、数値と文字という共有可能な形に変わったことを示す発言です。

ぶった農産では、このデータ連携の仕組みを導入したことで、現場の暗黙知が従業員間で共有できるようになり、GAP認証における信頼性向上やトレーサビリティ強化にもつながっています。

出典・参照:

データをつないだ先で、経営者は何を見るべきか

生産、コスト、出荷などの統合データをダッシュボードで確認し、経営判断に使う様子

圃場横断でデータをつなぐことは、それ自体がゴールではありません。経営者がそのデータを、経営判断に使える数値として扱えるようになって、初めて意味を持ちます。

鹿児島県大崎町で野菜の生産・加工・販売を営む有限会社大崎農園は、農業経営分析支援ソフトを導入し、自社で蓄積した圃場ごとの次のような生産情報を、気象データや市況データと組み合わせて分析しています。

  • 播種日
  • 生育日数
  • 選果日
  • 歩留まり
  • 排水
  • 土壌分析
  • 品質

生産・販売実績の分析や、今後の収量・相場の予測に活用し、その結果をダッシュボードで経営状況として「見える化」しているのです。この見える化によって社員1人ひとりが自分の仕事の経営への影響を理解できるようになり、勘と経験に頼っていた作業を複数の社員で平準化できるようになったとのこと。

この事例は、圃場ごとに集まったデータを経営ダッシュボードへ統合し、経営判断の材料として使う具体的な進め方を示唆しています。

圃場ごとのデータをつなぐ仕組みができても、それを見る経営者側が、数値をどう経営判断に落とし込むかという視点を持たなければ、データは蓄積されるだけで終わってしまう。つまり、データ統合と経営者がそれを使いこなす視点は、両輪としてとらえる必要がある、ということを示してくれているのではないでしょうか。

出典・参照:

まとめ:複数圃場経営を「拡大」から「経営できる状態」へ変える

複数の農場・圃場を運営することは、経営規模が広がることであると同時に、経営者の目が届かない領域が広がることでもあります。

  • 生産データ
  • コストデータ
  • 出荷データ

これらのデータが圃場ごとに閉じたままでは、圃場数が増えるほど、経営者が経営判断に使える形で全体を把握することが難しくなっていきます。

ぶった農産のように圃場ごとの記録を1つのデータへ連携させ、大崎農園のように経営者がその数値をダッシュボードで見える化する。この2つがそろって初めて、複数圃場経営は「規模が拡大しただけの状態」から「経営できる状態」へと変わるのです。

まずは自社が運営する圃場・農場のうち、生産記録・コスト・出荷データのどれが最も個人の記憶や紙、個別のExcelに依存しているかを洗い出してみてください。それが、自社が運営する圃場のデータを見える化する、最初の一歩になるのです。

町田 英伸

執筆者

DXportal編集長

町田 英伸

自営での店舗運営を含め26年間の飲食業界にてマネージャー職を歴任後、Webライターとして独立。現在はIT系を中心に各種メディアで執筆の傍ら、飲食店のDX導入に関してのアドバイザーとしても活動中。『DXportal®』では、編集長としてすべての記事の企画、及び執筆管理を担当。特に店舗型ビジネスのデジタル変革に関しての取り組みを得意とする。「50s.YOKOHAMA」所属。