イベントごとに「街」ができる|Kアリーナから考える運営DX【街で見つけたDX】

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  • 繁忙期になると業務が回らなくなる
  • 需要が急増した瞬間だけ社内が混乱する
  • DXツールを入れても現場の混雑は変わらない

こうした課題を抱えている経営者や現場責任者にとって、平常時とピーク時を「別の運営」として設計するという視点は、意外な突破口になり得ます。

本記事では、Kアリーナ横浜前の広場を舞台に、編集部が現地で目にした「イベントの日だけ街ができる」という現象から、需要急増対応の運営設計を考えていきます。読み終えたあとには、自社にも数時間だけ現れる「別の街」を、あらかじめ描いておくという視点を持ち帰れるはずです。

【本記事の要点】

  • 同じ広場がイベント時だけ「街」のように見える現象を、編集部が現地観察から考察します
  • 来場者・グッズ販売・案内標識という機能が、イベントごとに立ち上がり終演後には消えていきます
  • 立ち上げるだけでなく畳んで元へ戻すところまでが運営であり、DX(デジタルトランスフォーメーション)の範囲でもあります
  • 企業にも需要急増時だけ現れる「別の街」があり、可変型の運営を設計しておく視点を提示します

何もない広場に、別の街が現れた

イベントのない日に、人影の少ないKアリーナ横浜前の広場と大階段が広がる様子
編集部にて撮影

平日の午前、みなとみらいの海沿いを歩くと、Kアリーナ横浜の前は驚くほど静かな場所でした。上の写真のように、私が訪れたその日の景色では、大階段と広場の石畳がただ広がっているだけで、行き交う人はまばらで、目の前にあるのは、大きな建物と広い空間、そして風の音だけです。

イベント開催日に、多くの来場者で埋まったKアリーナ横浜前の広場の様子
編集部にて撮影

一方、別の日に同じ場所を訪れると、風景はまるで違って見えました。イベント開催日には、この写真のように広場は端から端まで人で埋まり、ざわめきが聞こえてきそうな密度でした。石畳の色すら見えないほどに、まったく別の場所が現れているように感じられたのです。

私はこの対比を目にして、1つの疑問を持ちました。それは、同じ場所がイベントの日だけ「街」のように見えるのはなぜだろう、というものです。数時間だけそこに別の街が現れて、また消えていくように見えるのは、どんな運営が働いているからなのでしょうか。

本記事では、ある施設前の広場の変化を「街」という比喩で見つめ直し、企業の需要急増時における運営設計へと翻訳していく考察記事です。以降の章では、住民・商業・基礎設備・撤収というそれぞれの側面から、この「1日限りの街」を分解していきましょう。

イベントごとに「住民」が変わる

同じ広場でも平常時とイベント日で、来訪者の目的・服装・持ち物・移動の流れが変わることを示す図解

先ほどの写真をもう一度眺めてみましょう。広場を埋めている人々は、公園に集まっているのとも、駅前に人が滞留しているのとも違う空気を持っています。ほとんどの人々が、施設の方向を向いて歩き、共通の目的を共有しているように見えたのです。

通常の「街」に住民がいるように、イベントの日の広場にも「1日限りの住民」が生まれます。ここが本当の街と違うのは、次のイベントには顔ぶれごと入れ替わってしまうという点でした。年齢層も、服装の傾向も、持ち物も、興味の対象も、開催内容によって変化していきます。

もちろん、これは写真から見て取れる観察の範囲での話です。個別の来場者がどんな属性であるかを1枚の写真から断定することはできません。それでも、同じ広場に集まっている集団の性質が、開催日ごとに明らかに違うことは、複数の日を比べた印象として残りました。

この見え方を企業に置き換えると、示唆が浮かびます。セールの日と平常営業日では、来店客の性質はまるで違うはずです。

  • 新商品発売日
  • 採用受付日
  • システム障害の直後
  • 災害時の窓口

業種にもよりますが、こういったそれぞれ特有の場面でも、来訪者の目的や急ぎ具合は入れ替わります。

平常時の顧客像だけで運営を設計していると、需要急増時の「1日限りの住民」に対応しきれません。誰が来て、何を求めて、どこへ流れるのかを、その日その日ごとに描き直すことが問われるのです。イベントの広場と同じで、住民像を固定した瞬間に、可変型の運営は動かなくなってしまうように感じます。

イベントの日だけ「商業」が生まれる

イベント会場の広場に設置されたグッズ自動販売機へ、多くの来場者が列をつくる様子
編集部にて撮影


こちらの写真には、通路の一角に置かれたグッズ自動販売機と、その前に伸びる待機列が写っていました。前日には販売機自体そこになかったかもしれない場所に、その日だけ商業の場が立ち上がっているのです。

この販売機は、街でいう「商店街」に近い役目を持っていました。売られる商品は開催内容ごとに入れ替わり、価格帯も種類も並び順も違ってきます。決済手段、在庫の並べ方、列の折り返し方まで、開催内容と来場者数に合わせて設計されているように見えました。

そして翌日には、この販売機も列も跡形もなくなっているはずです。数時間限定の商店街が現れて、静かに消えていくわけです。恒常的な店舗運営とは、まったく違う設計思想が働いているように感じられました。

企業にとってのグッズ販売機に相当するのは、キャンペーンページや特設カウンター、期間限定の受付窓口かもしれません。新商品発売のたびに立ち上がる特設ページ、繁忙期だけ設置する仮設レジ、採用シーズンだけ稼働する予約フォームが、そのイメージに近いはずです。

こうした「一時的な商業」は、平常時のシステムとは別の負荷で動きます。決済処理は普段の数十倍に跳ね上がり、在庫は分単位で動き、問い合わせは押し寄せてきます。平常時の延長でシステムを組んでいると、この段階で破綻することになりかねません。

グッズ販売機の待機列を眺めながら、私は「その日だけ動く商業機能」というものが、どれほど周到に設計されているかを想像していました。

  • 売るもの
  • 値付け
  • 決済
  • 動線
  • 列の作り方

それぞれに、開催のたびに違うシナリオが用意されているようでした。街の商店街のように恒常的に存在するのではなく、その日ごとにゼロから組み立てて片づけていく、そういう発想の商業がそこにあったのです。

数万人の日常を支える「見えにくい設備」

多数の来場者が行き交う広場で、トイレの方向を示す案内標識が設置された様子
編集部にて撮影


次の写真は、通路の途中に立てられた「トイレ/TOILETS」の案内標識と、その脇を流れていく人々の姿を捉えたものでした。矢印の指す先には階段があり、来場者はそれを目印に自然と分岐していきます。

この標識自体は、目立つ演出物ではありません。イベントの華やかさとは無縁の、日常的な基礎設備の1つです。しかし、これがなかったら、あるいは配置が違っていたら、通路の流れは容易に詰まってしまうでしょう。

数万人規模の来場者が短時間で来場し帰宅していく状況では、生理的な需要も同時に何千件と発生します。それを分散させ、行列を局所化させないためには、この種の目立たない案内が要所に張り巡らされていなければなりません。

街には、上下水道や街灯といった「見えにくい設備」があります。誰も普段は気にしていませんが、止まると街全体の生活が止まる類のものです。イベント会場のトイレ案内も、それに近い役割を担っていました。

企業のオペレーションとして考えれば、次のようなものに置き換えられるかもしれません。

  • 基幹システム
  • 社内ヘルプデスク
  • 問い合わせ窓口
  • 緊急時の連絡経路

普段は目立たないのに、需要が急増したときこそ機能してくれないと全体が詰まってしまう領域です。

DXを語る場面では、華やかな新技術や派手な効果に目が行きがちです。しかし、トイレ案内のような目立たない機能をどう強化するかが、実は運営全体を左右することもあります。基礎需要を静かに処理し続ける機能を、抜けなく設計しておく視点が問われるところです。

街をつくるだけでなく、消すところまでが運営

イベント前の人影が少ないKアリーナ横浜前の広場と大階段の様子
編集部にて撮影
イベント開催日に、多くの来場者が集まり広場の使われ方が変化した様子
編集部にて撮影


2枚の写真をもう一度見比べてみましょう。同じ石畳の広場が、ある日は静まり返り、別の日は数万人で埋まっている。ここまで違って見えるのに、翌朝には再び元の換算とした景色に戻っているというところが、この場所の面白さでした。

イベントが終わると、来場者はゲートから流れ出て、駅方面へ吸い込まれていきます。しばらくすると、広場に残っていた仮設物は片づけられ、清掃が入り、案内スタッフも解散していきます。数時間かけて、「街」はゆっくりと解体されていくわけです。

翌朝には、また元の静けさが戻ってきます。何万人分の熱気があった場所とは思えないほど、そこは元通りの広場に見えるでしょう。この「元へ戻す力」こそ、運営設計の中で見落とされやすい部分だと感じました。

企業でも、繁忙期を乗り切ったあとに、拡張した体制をどう畳むかは案外難しい問題です。

  • 増員した派遣スタッフの解散
  • 追加したサーバーの縮退
  • 緊急対応チームの解体
  • 特設ページの撤去

ここまでの設計を含めて、初めてピーク対応は完結するのです。

需要急増時の運営設計は、「立ち上げる能力」と「畳む能力」の両輪で成り立っています。畳めない体制は次のピークにも対応しづらく、コストや現場の疲弊だけが積み上がっていくだけです。「街をつくる能力」と「街を消す能力」は、実は同じ運営の裏表なのです。

DXという言葉は、しばしば新しく「立ち上げる」側面ばかりで語られがちです。しかし、立ち上げた仕組みをどう畳み、どう平常運転へ戻すかまでを含んで初めて、可変型の運営が完成します。元の「静かな街」に戻る力が伴っていない「1日だけの街」は、実はまだ完結していないのだ、と感じさせられました。

まとめ:企業にも、数時間だけ別の「街」ができる

今回の観察から見えてきたのは、Kアリーナ横浜前の広場が、イベントごとに「別の街」を立ち上げ、終演後にはそれを消していく現象でした。住民が入れ替わり、商業が生まれ、基礎設備が動き、閉幕とともに解体される、可変性の高い運営です。

この現象は、他人事ではありません。企業にも、数時間から数日だけ「別の街」ができる瞬間があります。

  • 年に数回のセール
  • 新商品発売初日
  • 採用エントリー開始日
  • 決算期の受注集中
  • システム障害発生後の問い合わせ殺到
  • 災害時の対応窓口

様々な場面が、企業運営においての「別の街」に相当します。

こうしたピーク時に平常時と同じ体制で臨むと、来訪者の性質の変化に追いつけません。一時的な商業機能を組めず、基礎的な問い合わせ処理が詰まり、終わったあとの後始末も長引くことになってしまうでしょう。DXツールを個別に導入しただけでは、この「街全体の可変」には届かないのです。

DXとは、既存の業務を電子化することそれ自体ではなく、需要の変動や環境の変化に耐えられる運営そのものを設計し直すことではないでしょうか。だからこそ、平常時の効率化に加えて、需要急増時にだけ立ち上がる「街」を、あらかじめ描いておくことも含まれるはずです。

街は建物ではなく、運営によって生まれるものなのかもしれません。石畳や大階段があるから街ができるのではなく、その日にそこへ集まる住民と商業と基礎設備が組み合わさって、初めて数時間だけの街が姿を現す。これは、企業においても同じことがいえるはずです。オフィスやシステムがあるから業務が回るのではなく、その日そのピークに合わせて設計された運営があって、初めて需要急増を乗り切れるのではないでしょうか。

Kアリーナ横浜前の広場で編集部が持ち帰ったのは、施設のスペックでも設備の機能でもなく、この1つの視点でした。読者のみなさんの職場にも、きっと「数時間だけ現れる街」があるはずです。そこにどんな運営が働いているかを、一度眺め直してみるところから、可変型の運営設計は始まるのかもしれません。

町田 英伸

執筆者

DXportal編集長

町田 英伸

自営での店舗運営を含め26年間の飲食業界にてマネージャー職を歴任後、Webライターとして独立。現在はIT系を中心に各種メディアで執筆の傍ら、飲食店のDX導入に関してのアドバイザーとしても活動中。『DXportal®』では、編集長としてすべての記事の企画、及び執筆管理を担当。特に店舗型ビジネスのデジタル変革に関しての取り組みを得意とする。「50s.YOKOHAMA」所属。