DX世界一のデンマークが「紙」を捨てなかった理由|人に優しいDXの設計思想

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「DXを進めるには、まず紙とハンコを廃止することから」

そう信じて社内の電子化を進めたのに、現場からは「使いにくい」「元に戻してほしい」という声が返ってくる。そんな経験はないでしょうか。

貴社のDXが進んでいるかどうかを判断する物差しは、本当に「どれだけ紙を減らせたか」で正しいのでしょうか。見過ごされがちな事実があります。国連の電子政府ランキングで首位を維持するデンマークは、行政サービスをほぼ全面デジタル化したうえで、あえて紙・対面窓口・電話・代理申請といったアナログ手段を制度として残しています。

世界一のDX国家が、なぜ紙を捨てなかったのか。ここに、日本企業がDX(デジタルトランスフォーメーション)推進で見落としている核心が潜んでいるのではないでしょうか。

本記事では、デンマークの制度設計を読み解きながら、「人に優しいDX」とは何かを掘り下げます。読み終えた頃には、「紙を減らす競争」から「使い続けられる仕組みづくり」へと視点を切り替えるヒントが得られるはずです。

【本記事の要点】

  • デンマークは国連EGDI2024で世界1位のDX国家でありながら、紙・窓口・電話を制度として温存している
  • 背景には「デジタルを使わない権利」を認めるデジタル・インクルージョン原則がある
  • 中小企業のDXでも「一斉切替」ではなく「デフォルト+例外運用+支援体制」で設計すべきである
  • 自社のDXを「導入率」ではなく「誰も置き去りにしない設計か」で見直す視点が求められる

デンマークが「DX世界一」と呼ばれる客観的根拠

デンマークが「DX世界一」と呼ばれる客観的根拠

まず、デンマークがなぜ世界最先端のDX国家と評価されるのか、客観的なデータから確認していきましょう。ここでは順位そのものよりも、「どのような基盤が整っているのか」を押さえます。基盤の全体像を理解することで、後半で扱う「なぜ紙を残したのか」という問いの奥行きが見えてきます。

国連・OECDが認める電子政府先進国

デンマークは、国連経済社会局が2024年に公表した電子政府調査(UN E-Government Survey 2024)の『EGDI(電子政府発展指数)』で世界1位に位置付けられました。3期連続の首位維持となり、行政のオンライン化とインフラ、人的資本のバランスで最高評価を得ています。

さらにOECDが2024年1月に公表した『Digital Government Index2023』でも、デンマークは総合スコア世界2位に位置付けられ、「デザインによるデジタル化」「データ駆動型公共部門」「ユーザー主導」のいずれでも高いスコアを得ています。

出典・参照:

生活のすべてを支える国民ID「MitID」と「Digital Post」

デンマークが世界一と呼ばれる技術的中核は、国民デジタルIDの「MitID」と、公的電子私書箱の「Digital Post」にあります。MitIDは2022年に旧NemIDから完全移行され、行政・銀行・民間サービスの本人確認基盤を1つのIDで担っています。

Digital Postは、政府・自治体からの通知を電子で受け取る仕組みです。CPR番号(住民番号)を持つ15歳以上の市民と、CVR番号を持つ企業には利用が原則として法律で義務化されています。給与明細、税務通知、医療情報、児童手当の連絡など、公的なやり取りはほぼここに集約されます。

このほか医療データ連携、電子処方箋、税務の自動計算、教育記録の一元化などが進み、市民は1つのIDで生涯にわたるデジタル行政サービスにアクセスできます。

出典・参照:

デンマーク行政DXの全体像

ここまでの内容を整理すると、デンマークのDXは以下のような重層構造で構成されていることが分かります。表の前提として、「認証・通信・手続き・医療・税」という生活の縦串を1つのアーキテクチャで設計している点に注目してください。

レイヤー主な仕組み役割
認証MitID1つのIDで公私すべてのサービスを利用
通信Digital Post政府通知の電子受け取り(原則義務)
手続きborger.dk引越し・出産・年金などのオンライン申請
医療sundhed.dk電子カルテ・処方箋・検査結果の一元管理
税務skat.dk収入自動計算・年末調整の自動化

この表が示すのは、単発のシステムをつなぎ合わせたのではなく、生活の主要導線を1本の設計思想で貫いているという点です。中小企業のDXでも、部門別に個別ツールを積み上げるのではなく、「業務の縦串をどう設計するか」という視点が参考になるでしょう。

それでもデンマークは「紙」を完全には廃止しなかった

これほど徹底したデジタル化を実現した国が、なぜ紙・対面・電話といったアナログ手段を残しているのでしょうか。「古い制度が残っただけ」と考えるのは早計です。デンマークは、制度として意図的に残しています。

Digital Postには「免除制度」が明文化されている

Digital Postの利用は原則義務ですが、デンマーク政府は例外として「免除申請(fritagelse)」の制度を用意しています。免除の理由として認められるのは以下のようなケースです。

  • 身体的・認知的な障害でデジタル機器の操作が難しい場合
  • ITスキルが不足している場合
  • デンマーク語の読み書きが困難な場合
  • 恒久的に海外に居住している場合
  • 家族の死去や病気など特別な事情がある場合

免除が認められた市民には、政府や自治体からの通知が引き続き紙の郵便で届きます。市役所の市民サービス窓口Borgerserviceに本人または代理人が申請することで手続きが完了します。デジタル化を国家戦略として推進しながら、その戦略の中に「使わない選択」を制度化しているのが特徴です。

出典・参照:

代理手続き・窓口・電話:残されたアナログ手段の全体像

Digital Postの免除だけでなく、デンマークは複数の非デジタルチャネルを並行して維持しています。以下の表は、デジタルが利用できない場合の主な代替経路をまとめたものです。

場面デジタル手段残されたアナログ/代替手段
公的通知の受取Digital Post紙の郵便(免除申請済みの市民)
行政手続きborger.dk市役所窓口Borgerserviceでの対面申請
相談・問合せチャット・メール電話窓口
高齢者・障害者の申請本人のMitID家族・介護者による代理権
ITサポートオンラインヘルプ図書館での対面相談サービス

この表が示すのは、「デジタルが基本、困った人には別の道を用意する」という多層構造です。日本の企業DXでも、電子申請システムを導入したあとに「使えない社員向け」の相談窓口や代理入力の仕組みを整えているか、見直す余地があるでしょう。

出典・参照:

「誰も置き去りにしない」が国家戦略に明記されている

デンマークが2022年から2026年までの国家戦略として掲げるNational Strategy for Digitalisationでは、「デジタルに追いつけない市民を置き去りにしない(no one left behind)」ことが原則として明文化されています。

さらに電子政府庁Digstが公表する『Principles for Digital Inclusion(デジタル包摂の6原則)』では、「デジタルを利用できない、または利用を望まない市民に対しては、非デジタルな手段を継続して提供しなければならない」と明確に定めています。

つまり紙を残しているのは「デジタル化が追いついていないから」ではなく、「制度として残すことを国家が決めているから」なのです。日本でもデジタルデバイド(情報格差)は問題となっていますが、デンマークはこの問題に国家規模で本気で取り組んでいるということは、日本も学ぶべき視点でしょう。

出典・参照:

町田 英伸

執筆者

DXportal編集長

町田 英伸

自営での店舗運営を含め26年間の飲食業界にてマネージャー職を歴任後、Webライターとして独立。現在はIT系を中心に各種メディアで執筆の傍ら、飲食店のDX導入に関してのアドバイザーとしても活動中。『DXportal®』では、編集長としてすべての記事の企画、及び執筆管理を担当。特に店舗型ビジネスのデジタル変革に関しての取り組みを得意とする。「50s.YOKOHAMA」所属。