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「デジタルトランスフォーメーション(DX)」と聞くと、最新のITツールやシステムを導入することばかりに目が行きがちではないでしょうか。しかし、DXの本質は、もっと身近な課題解決の中にあります。
東京23区の中で最も人口の多い世田谷区も、多くの中小企業と同じ課題を抱えていました。人口91万人以上、職員数1万人を超えるこの巨大な組織のDXを率いるのは、IT企業のサイボウズ出身である松村克彦氏です。
彼が副区長に就任して1年、最初に感じたのは「まったくの別世界」という衝撃だったといいます。具体的には「紙の書類が多い、会議が多く時間がかなり長い」といった状況で、これは多くの中小企業が抱える課題と重なるのではないでしょうか。
この記事では、巨大で伝統的な「お役所」である世田谷区の挑戦から、中小企業がDXを成功させるための「人」と「組織」に関する3つのヒントを紐解いていきます。
【本記事の要点】
- DXの本質はツール導入ではなく「人と組織の変革」であり、世田谷区の事例はあらゆる規模の組織に共通する示唆をもたらしている
- 外部の視点を持つ人材が組織に入ることで、内部では気づけない「当たり前の非効率」が可視化され、変革の起爆剤となる
- DX推進は経営層・DX推進リーダー・一般社員それぞれが役割を担う「全員参加型」の体制なくして成功しない
- 専門人材の正社員採用が難しい中小企業でも、ダブルワークや業務委託による外部人材活用でDXを推進できる
参考:世田谷のDXはムリゲー、と感じた瞬間/まつむらかつひこ(note)
外部の視点が組織の「当たり前」を壊す起爆剤になる

長年同じ組織にいると、非効率な業務プロセスも「当たり前」になってしまいがちです。多くの中小企業でも、「昔からこのやり方だから」という理由で、変革の機会を逃しているケースは少なくありません。
松村副区長が、先進的なICT(情報通信技術)活用で知られるサイボウズから、伝統的な行政組織である世田谷区に移った際に直面したのも、まさにこの「当たり前」の壁でした。
例えば、情報が全社でオープンに共有される文化を持つ民間企業に対し、区役所では「縦割り構造」により組織間の情報共有が難しいという特徴がありました。このギャップは、多くの大企業や中小企業が抱える組織課題とも共通する点と言えるでしょう。
この「外部の視点」こそが変革の鍵となります。組織の内部にいると、毎日見ている紙の書類の多さや、非効率な会議も「そういうものだ」と受け入れてしまいがちです。しかし、そこに外部から異なる価値観を持つ人材が入ることで、「なぜこの作業が必要なのか」「もっと効率的な方法があるのではないか」という本質的な問いかけが生まれます。この問いかけが、長年固着していた業務プロセスや組織文化を見直し、改善を促す強力な起爆剤となるのです。
DXの第一歩は、高価なツールを導入することではありません。自社の「当たり前」を疑うことです。外部の専門家や、他業種からの中途採用者など、「違う価値観」を持つ人材の声に積極的に耳を傾けることが、組織に新しい風を吹き込み、変革をスタートさせるきっかけとなるでしょう。
DXの主役はIT部門ではない。「全員参加」が組織を変える

DXは、情報システム部門や一部のITに詳しい社員だけが進めるプロジェクトではありません。自治体DXの成功が「全員参加型」のアプローチにかかっているように、中小企業においても全社員を巻き込むことが不可欠です。
経営層から現場の社員までが、それぞれの立場で責任を持ち、能動的に役割を果たすことで、DXは初めて真の組織変革として効果を発揮します。
DXの推進は、組織の機能や役割の再定義を伴います。総務省の資料が示す自治体DXの人材役割モデルは、企業の組織体制にもそのまま応用可能です。DXを成功に導くためには、以下の3つの役割を社内で明確に定義し、実行に移す必要があります。
経営層・幹部層の役割:変革の意思を示す「旗振り役」
DXは、単なる業務効率化のためのITツール導入ではなく、企業の経営戦略そのものです。そのため、推進の成否は経営層・幹部層の強いリーダーシップに左右されます。
経営層には、まずDXの明確な方向性とビジョンを示すことが求められます。全社員に対し、「なぜ今DXが必要なのか」「DXによって会社がどう変わるのか」を言語化し、組織全体を強力に牽引しなければなりません。
また、社員が新しい取り組みに挑戦しやすいように、予算の確保や失敗を許容する文化の醸成など、心理的・物理的な環境を整備することも重要です。経営層が本気であるという姿勢が、現場の意識を変える最大の原動力となります。
DX推進リーダーの役割:現場と経営をつなぐ「触媒」
DX推進リーダーは、各部署のハブ(結節点)となり、現場の課題解決と新しいツールの導入・普及活動を担当します。この役割には、単にIT技術に詳しいだけでなく、高いコミュニケーション能力と深い現場理解が不可欠です。
リーダーは、経営層のビジョンを現場に浸透させつつ、現場の具体的な業務フローや課題を吸い上げ、適切なデジタルツールや改善策に落とし込む必要があります。IT部門の知識と現場の業務知識の両方に精通し、社内外の関係者と円滑に連携できる人材がこの役割に向いています。
たとえば、埼玉県上里町では、各課から選出された「ICTリーダー」と司令塔部門が密に対話することで、全社的なDX推進に成功しました。この事例は、DX推進リーダーの役割の重要性を示しています。DX推進リーダーが「変革の触媒」となり、組織の各部署をつなぎ、有機的に機能させることが、DX成功の鍵を握るのです。
一般社員の役割:ツールを「使いこなす」現場の主役
どんなに優れたシステムやツールを導入しても、それを実際に利用し、使いこなすのは現場の一般社員です。したがって、DX推進においての主役は現場の社員だと言えます。
一般社員には、新しい技術やツールを「自分ごと」として捉え、積極的に活用する姿勢が求められます。このとき、導入されたツールを「誰かにやらされているもの」として受け身で使うのではなく、「自分の業務にどう活かせば、より効率化できるか」「お客様により良い価値を提供できるか」を自律的に考えることが重要でしょう。
現場の細かな課題や非効率な点を最も理解しているのは、現場の社員自身です。社員一人ひとりが自律的に考えることで、ツールは真の効果を発揮し、組織全体のDX推進力を高めることにつながります。
執筆者
株式会社MU 代表取締役社長
山田 元樹
社名である「MU」の由来は、「Minority(少数)」+「United(団結)」という意味。企業のDX推進・支援を過去のエンジニア経験を活かし、エンジニア + 経営視点で行う。DX推進の観点も含め上場企業をはじめ多数実績を持つ。