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小田和正さんの「ラブ・ストーリーは突然に」のイントロのギターフレーズを聴くと、一瞬でその曲と分かります。同時に、ドラマに流れる切なさとともに、当時の自分がおかれていた情景までがあふれ出してきます。この曲に限らず、私にとって音楽は、イントロを聴くところから意味のある時間です。
ところが、最近の若者はイントロは必ずしも必要ないと考えているようだという話を聞いたことがあります。そのため、曲の構成もいきなりサビから歌い出すものが増えている、という話です。個人的には、なんとなく寂しい話だなと思ってしまいますが、それは本当なのでしょうか。そして、本当だとするとその原因はどこにあるのでしょうか。
原因としてよく言われるのが、音楽配信(サブスク)の普及です。配信では、一定の時間聴かれないと1回の再生として数えられないため、冒頭で聴き手をつかむ必要が生まれた、という見方です。
本記事では、イントロが短くなったのは本当なのか。本当だとして、その原因は配信にあるのかを、確かめられる事実から考えていきましょう。
【本記事の要点】
- 米国のチャート上位曲では、歌声が入るまでの平均が20秒超から約5秒に短くなったが、配信だけが原因とは言えない
- Spotifyは30秒以上の再生を1回と数えるが、支払いは1再生あたりの固定額ではない
- 何を測るかは何を作るかに返ってくるが、イントロの価値のように数字に表れにくいものもある
曲の冒頭は短くなった。ただし理由を配信だけには決められない
イントロが短くなったという話を、米国の研究、配信との関係を調べた別の研究、日本の材料の順に確かめます。
米国の上位曲で、歌声が入るまでが約20秒から約5秒に
ヒット曲の冒頭を測った研究があります。ヒューバート・レベイエ・ゴーヴァン(Hubert Léveillé Gauvin)氏は、米国のチャート上位10曲に入った303曲(1986年から2015年)を調べました。研究の結果、この約30年間で、ヒットチャートの傾向に次のことが見られることが分かりました。
| 調べた項目 | 分かったこと |
|---|---|
| 歌声が入るまでの平均時間 | 20秒超から約5秒へ、約78%短くなった |
| 曲名が初めて歌われるまでの時間 | 約18%短くなった |
出典・参照:
配信より前から始まっていた可能性を示す研究結果
イントロが短くなった原因が配信なら、配信が広がった後に短くなったはずです。ところが、米国のチャート上位曲303曲を調べたゴーヴァン氏の研究は、期間が1986年からで、配信が広がる前の時期を含んでいます。この結果だけから考えると、イントロが短くなった理由は配信ではないのでしょうか。
配信が広がる前から短くなっていた可能性を裏付ける、別の研究もあります。クリストフ・クリムト(Christoph Klimmt)氏らは、米国のBillboard(音楽業界のヒットチャート)の上位10曲(1986年から2020年)と、Spotify(音楽配信サービス)の上位10曲(2016年から2020年)を比べました。
その結果、曲の作り方が速く進む長期的な傾向は続いていましたが、Spotifyの競争環境による追加の効果は、弱い証拠しか得られませんでした。
デイヴィッド・ヘスモンドハル(David Hesmondhalgh)氏も、短い曲が増える傾向は、ストリーミング(インターネット経由で曲を聴く方式)の普及より前の世紀の変わり目ごろに始まっていたと指摘しています。
つまり、ラジオでの放送、ジャンルごとの曲の構成、制作技術の変化など、曲の形に関わる要因は複数あるのです。イントロが短くなったことは、観察された変化として受け止め、原因は配信だけと決めないほうが事実に近いのかもしれません。
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日本の曲の傾向を知る2つの材料
では、日本ではどうでしょう。日本の曲の傾向を知る材料として、次の2つがあります。1つは、ボーカロイド(歌声合成ソフトで歌わせる)曲の制作者でもある亜沙さんの公式インタビューです。近年のボーカロイド曲は短くなっていて、イントロは強く耳を引くものでなければ歌から入り、ギターソロも減らして2分台にまとめる傾向があると述べています。
亜沙さんは、こうした傾向が生まれた理由としては、動画サービスの視聴維持率や冒頭の視聴を重視する仕組みに、制作者が合わせたのではないかという見方を示しました。
もう1つは、音楽制作ソフトを扱う企業の2023年12月の分析です。日本のアーティストの曲のうち、海外での人気上位20曲を調べ、13曲を冒頭から歌い出す曲(イントロ無し)に分類しました。
ボーカロイド曲の制作者1人の認識と、ある時点の海外人気曲20曲の分類は、日本の曲すべてがそうした傾向にあることを証明するデータではありません。ただ、日本の曲の傾向を知る1つの意見として受け止めることはできるでしょう。
なお、サビから始まる曲そのものは、配信が広がる前にもありました。2023年の講演記録で、安藤和宏・東洋大学教授が、クリスタルキングの「大都会」やチューリップの「心の旅」を例に挙げています。
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30秒という再生の数え方と、スキップのデータ
ここまで研究やクリエイターの実感などを見る限り、イントロが短くなった原因を配信だけに決めることはできないようです。ただ、配信が曲の作られ方に影響した可能性まで否定できるわけではありません。配信サービスが曲の聴かれ方を数字で測り、その数字が収入の仕組みにつながっていることは確かだからです。
配信サービスでは、曲が再生されることによりアーティストに収入が入ります。ただし、何秒聴かれたら1回の再生と数えるのかは、サービスが定める決まりによります。この数え方が、曲の冒頭の作られ方を考える手がかりになりそうです。
もう1つの手がかりは、聴取のデータです。配信サービスには、曲がどこで止められたかというデータが大量に集まります。このデータがアーティスト側に伝われば、冒頭で飛ばされやすいと知ったアーティストが、冒頭を短くする判断をすることもあるのかもしれません。
そこで本章では、Spotifyを例に、再生の数え方と収入の仕組みを確かめたうえで、聴取のデータを分析した研究を見ていきます。
30秒で1再生。収益は固定単価ではない
SpotifyのSpotify for Artists(作り手向けの管理画面)では、リスナーが楽曲を30秒以上再生すると、再生数として数えられます。
ただし、30秒で一定の額が入るわけではありません。Spotifyは、アーティストへの支払いを、1再生あたりの単価では行わないと説明しています。
支払いは、月ごとの純収益を、その月の全再生数に占める権利者の割合(ストリームシェア)で配分する仕組みです。受け取る額は、レーベルなどとの契約でも変わります。
計測の決まりが、作られるものの形を変えた例もあります。Spotifyは、30秒程度の短い音を大量に並べて収益を得る行為が不公平を生むとして、2024年から、機能性ノイズ(環境音など)の収益化に必要な最低の長さを2分にしました。
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最初の5秒で約4分の1がスキップされるデータ
30秒を過ぎれば1回の再生と数えられる仕組みの中で、聴き手は実際に曲のどこで離れているのでしょうか。これを、配信サービスの聴取データで調べた研究があります。ニコラ・モンテッキオ(Nicola Montecchio)氏らの研究の内容は、次のとおりです。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 分析したデータ | Spotifyの2018年のデータ |
| 最初の5秒以内にスキップされた曲 | 配信された曲の約4分の1 |
| 最後まで聴かれた曲 | 約半数 |
| スキップが増えた場所 | 曲の区切りの直後 |
| 著者 | 全員がSpotifyの社員(論文に利益相反の可能性が明記されている) |
イントロが短くなった背景に配信があるのかを考えるうえで、研究結果は2つの手がかりを与えます。1つは、聴き手が曲の冒頭の数秒で離れる行動が、大規模なデータで確認されていることです。冒頭を短くする判断が、聴き手の行動を意識したものでありうる、という見方の根拠になります。もう1つは、スキップが冒頭だけでなく曲の区切りの直後にも増えることです。
曲の区切りの直後にスキップが増えるということは、聴き手が曲の始まりの数秒だけでなく、曲が次の部分に移るたびに、そのまま聴き続けるかどうかを決めている様子がうかがえます。つまり、聴き手を引き留める場面は、イントロだけではないのです。曲の途中の構成をどう作るかも、最後まで聴かれるかどうかに関わっている可能性があります。
出典・参照:
数字に表れにくい、イントロの価値
確かめられた事実からは、配信が曲を変えたと言い切ることはできません。確かなのは、30秒の境界が再生数の数え方になっていることと、配信サービスの大規模な聴取データでスキップの行動が調べられていることです。
私は、若い頃に音楽をやっていたこともあり、音楽には人並み以上に想いがあるつもりです。その想いからしても、イントロは単なる「前奏」という意味だけではないような気がしてならないのです。
テレビの音楽番組でも、イントロだけが特集されることがあるように、あのイントロを聞いたら「ああ、この曲だ」と、一瞬でその時代の情景がフィードバックするようなものがあります。ボーカルが聴こえてくる曲もいいですが、印象的なイントロも歌と同様の意味を持っているのではないでしょうか。
「ラブ・ストーリーは突然に」の冒頭のギターは、佐橋佳幸さんの演奏です。小田和正さんの公式サイトに載っている佐橋さん本人のコメント(FAR EAST CAFÉ PRESS 2010年2月25日号)では、あの印象的なイントロが生まれた経緯を説明しています。
佐橋さんの話によると、最初は別のイントロが決まっていたものの、小田さんがイントロにまだ納得がいかず、インパクトがもう少し必要だと考えていたとのことです。そこで、エンジニアにテープを編集してもらい、「今あるイントロの前に付けたいものがあるんです」と言って、新しいフレーズを前に足しました。佐橋さんの記憶では、そのフレーズに合わせて、小田さんがイントロを変えたそうです。
作り手は、録音の途中でテープを編集してまで、インパクトのあるイントロを作り込みました。一方、スキップ率が示すのは、最初の5秒で曲が止められたかどうかだけです。イントロを聴いた人が、曲や当時の情景を思い出すといった、心に何が残ったかは、スキップ率の数字には表れません。
イントロを聴いて、曲や当時の情景がよみがえる。私にとって、それは音楽の大切な楽しみ方の1つです。だからこそ、最近の若者はイントロは必ずしも必要ないと考えているようだと聞くと、ちょっと寂しさも覚えます。それが時代の流れなのかもしれませんが。
出典・参照:
まとめ:確かめられる事実と、数字に表れにくい価値を分けて読む
「曲が変わった」という話は、確かめられる事実と、言い切れないことに分けて読むことができます。
米国の上位曲では、歌声が入るまでが約20秒から約5秒に短くなりましたが、配信だけが原因とは言えません。日本の曲については、イントロが短くなったという統計は確認できません。
確かなのは、30秒の数え方が再生数の数え方になっていることと、スキップの行動が大規模なデータで調べられていることです。何を測るかは、何を作るかに返ってきます。亜沙さんが挙げた、ボーカロイド曲が2分台にまとまる傾向も、動画サービスが測る数字に作り手が合わせた結果なのかもしれません。
配信というデジタルの仕組みは、曲がどこまで聴かれたかを、数字で測れるようにしました。これは音楽に限った話ではありません。企業でも、デジタルの仕組みを入れると、売上や問い合わせ件数といったKPI(目標を測る数値)が、日々見えるようになります。数字が見えれば、現場はその数字をよくする方向に動きます。
ただしそのとき、数字に表れない価値は見えにくくなります。イントロが一瞬で情景を呼び起こす力が、スキップ率に表れないのと同じです。企業の仕事にも、顧客との信頼のように、数字になりにくいものがあるはずです。見える数字と見えない価値の両方を考えることも、DXには必要なのかもしれません。
あなたが最近、イントロで心をつかまれた曲は、どんな曲でしたか。数字に表れない価値を、一度思い返してみてはいかがでしょうか。
執筆者
DXportal編集長
町田 英伸
自営での店舗運営を含め26年間の飲食業界にてマネージャー職を歴任後、Webライターとして独立。現在はIT系を中心に各種メディアで執筆の傍ら、飲食店のDX導入に関してのアドバイザーとしても活動中。『DXportal®』では、編集長としてすべての記事の企画、及び執筆管理を担当。特に店舗型ビジネスのデジタル変革に関しての取り組みを得意とする。「50s.YOKOHAMA」所属。


