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私は、オフタイムなどにYouTubeを観ることを趣味にしていますが、先日とあるビジネス系チャンネルの動画で、富士フイルムが化粧品を手がけていることを知りました。私は男性で、ほとんど化粧品は使いません。そのため、これまでチェックすることはなかったのですが、この事実を聞いて、写真フィルムの会社がなぜ化粧品なのかと興味を持ち、ちょっと調べてみました。
写真と化粧品は、一見すると遠い世界です。それでも、この組み合わせは、自社の仕事が縮むかもしれないと感じている企業にとって参考になるのではないでしょうか。
自社の強みを聞かれて、今の製品やサービスの名前しか思い浮かばない。それでは、市場が縮んだときに、強みも一緒に失われるように感じてしまいます。「持っている力を別の分野に活かす」とは、製品を変えることなのか、技術を移すことなのか。具体的な姿がつかみにくいという方も多いのではないでしょうか。
DX(デジタルトランスフォーメーション)は、デジタルツールを導入することだけを指す言葉ではありません。デジタルを手段に、自社の持つ力を新しい価値や収入源へ変えていく変革もDXの大切な一面です。本記事では、この変革を富士フイルムの事例で具体的に整理していきます。
【本記事の要点】
- 富士フイルムは、写真フィルムを成立させていた能力を分解し、その一部を化粧品へ移した。
- 写真事業は残したまま2006年に別会社で化粧品へ参入し、その裏には約2,025億円の構造改革費用と5,000人超の人員スリム化があった。
- デジタルは、本業の市場を縮めた外圧であり、後年は肌の研究を測り、可視化する道具にもなった。
- 自社の製品名を外し、繰り返し解いてきた難題を別の誰かの課題へ翻訳できるかが、変革の出発点になる。
写真の色あせを防ぐ技術は、なぜ肌の化粧品に向かったのか
この章では、写真フィルムのビジネス変革の構造を確認し、化粧品との共通点がどこにあるのかを整理します。
フィルムは「化学の塊」だった
カラー写真のフィルムは、1枚の薄い板に見えて、内部は精密な多層構造です。富士フイルムの2011年版アニュアルレポートによると、代表的なカラーフィルムは、100種類以上の有機化合物を約20層に分けて、厚さ約20μm(0.02mm)の乳剤層(光を記録する層)に配置しています。
多数の機能物質を、微細に、しかも劣化させずに重ねる。この難題を長年解き続けてきた会社が、富士フイルムです。写真フィルムという製品をいったん脇に置いて見ると、同社が磨いてきたのは材料と化学の技術だったことが分かります。自社の強みも、製品名ではなく、解いてきた難題の単位でとらえ直せないでしょうか。
出典・参照:
酸化・ナノ分散・コラーゲン・光、4つの技術の対応
富士フイルムは、写真フィルムの技術と化粧品の関係を、公式に次の4つで説明しています。
| 写真フィルム側の課題 | 化粧品側で公式に説明されている応用 |
|---|---|
| 写真の色あせの原因である、紫外線による酸化への対処 | 活性酸素をコントロールする技術の化粧品への展開。水に溶けにくく不安定なアスタキサンチンの配合 |
| 多数の機能物質を微細・安定に配置するナノ分散・安定化 | アスタキサンチンのナノ乳化(約110nmの乳化物)や、セラミドのナノ化 |
| 写真フィルムの主成分であるコラーゲン(ゼラチン)の扱い | コラーゲンの劣化や物性に関する知見の活用 |
| 光を記録し、色や反射、散乱を測定・制御する技術 | 肌の見え方の解析や、粉体設計への応用 |
コラーゲンは皮膚(とくに真皮)の主要なタンパク質で、Limbertの総説論文では乾燥重量の約70%を占めるとされています。写真フィルムの薄い層と、皮膚の最も外側にある角層の厚さは、同社が同程度と説明しており、おおむね同じ桁の話です。
ただし、似ていることと、化粧品として効果が表れることは別の話です。浸透は「角層まで」、抗酸化は「製品の抗酸化」というように、公式は効果の範囲を製品ごとに限って説明しています。技術の共通点は、事業を考える出発点です。
出典・参照:
写真フィルムの需要が10分の1になった富士フイルムは、何を残し、何を変えたのか
この章では、本業が縮むなかで富士フイルムが何を残し、何を変えたのかを、年表と売上構成で確認します。
2000年のピークと、2004年の技術の棚卸し
富士フイルムの公式史(90周年特設ページ)によると、写真フィルムの需要は2000年がピークで、2010年にはピーク時の10分の1以下になりました。これは市場全体の需要の動きで、同社の売上高そのものとは異なります。需要が急減した外圧は、写真のデジタル化でした。
この外圧に対し、同社は2004年に中期経営計画「VISION75」を策定。新たな成長戦略、全社的な構造改革、連結経営の強化を柱とし、その過程で写真感光材料を中心とした「技術の棚卸し」を行いました。
出典・参照:
写真は残し、化粧品は別会社で立ち上げた
化粧品への参入は、次の順で進みました。
| 時期 | 出来事 |
|---|---|
| 2006年8月 | 株式会社富士フイルムヘルスケアラボラトリーを設立(現在は富士フイルム株式会社の100%子会社) |
| 2006年9月 | ヘルスケア・化粧品市場に参入し、通信販売を開始 |
| 2006年10月 | 持株会社体制へ移行し、写真事業は富士フイルム株式会社が継承 |
| 2007年9月 | スキンケア「ASTALIFT(アスタリフト)」を発売 |
化粧品の参入は2006年で、ブランドの発売は2007年です。別会社を設け、研究、販売、ブランドを新しく育てる体制を整えたことが分かります。この体制から、技術が似ていても、事業にするには研究、販売、ブランドという別の能力を新しく整える必要があったと読み取れます。
なお、写真事業は今も続いています。決算短信(2026年3月期)によると、2026年3月期の売上高3兆3,570億円のうち、「イメージング」は6,271億円で18.7%を占める主要な事業です。
イメージングとは、同社の事業区分の1つで、写真フィルム、「写ルンです」、instax(チェキ)、写真プリント、デジタルカメラなど、写真と画像に関わる製品を扱う部門を指します。2000年代に同社が進めた、技術の棚卸しと事業構造の転換を、富士フイルム自身は「第二の創業」と呼んでいます。
売上に占める割合で見ると、変化がよく分かります。Annual Report 2009によると、イメージングは2001年3月期の54%から2009年3月期の17%へ下がり、そのうち写真フィルム単体は19%から2%になりました。
つまり、デジタル化で需要が急減した写真フィルムは、同社売上の大きな柱ではなくなったということです。一方、2026年3月期のイメージングは18.7%と、2009年3月期と同じ水準を保ち、ヘルスケアは32.7%とそれを上回っています。写真事業はフィルム以外の製品も含めて残り、化粧品を含むヘルスケアが、もう1つの大きな柱に育った流れです。
このように、写真フィルムへの依存度は大きく下がりましたが、写真事業そのものは主要な事業として残っています。
ただし、2001年3月期と2009年3月期の比較では、2002年3月期から富士ゼロックスを連結したため、分母が変わっており、あくまで参考の比較です。ヘルスケアには医療機器やバイオ医薬品の受託製造なども含まれ、化粧品単独の売上や利益は開示されていません。
出典・参照:
成功の裏にあるコスト
富士フイルムの変革には、大きな負担がともないました。2005年度から2006年度の2年間で、Annual Report 2007によると、構造改革費用は約2,025億円、人員のスリム化は5,000人を超えます。
同社の事例は、中小企業にとっても他人事ではないでしょう。円高や円安、社会情勢、AIの台頭などで、衰退が予測される企業は世の中に多いからです。
そのなかで、持っている技術を応用して新しい価値や収入源につなげる考え方には、DXにつながるものがあります。同時に、この事例が資本や人材の規模の大きい企業のものであることも、見落とせません。自社の技術や強みは、いま何に使われ、ほかのどの市場の課題に応えられるかを考えてみる価値はあるのではないでしょうか。
出典・参照:
富士フイルムの化粧品研究で、デジタルは何をしているのか
この章では、DXportal®らしく、デジタルが富士フイルムの変革にどう関わったのかを、時期を分けて整理します。
デジタル化は外圧であり、後には研究の道具にもなった
デジタルの関わりは、2つに分けて見ると整理できます。1つは、デジタル化で写真フィルムの需要が急減した外圧としての関わり。もう1つは、化粧品の研究を深める道具としての後年の関わりです。
2006年から2007年の立ち上げ期に、製品づくりの根拠として公式に示されているのは、抗酸化、ナノ乳化と安定化、コラーゲンの知見と実験による評価でした。画像処理やAIは、後年の研究から登場します。
事業の種を見つけたのは、技術を棚卸しして市場を選んだ人と組織です。デジタルはその事業を後から深めた、という時間差のある関係になります。
画像解析・シミュレーション・AIで確認できる範囲
後年の研究で、デジタルが担った役割は次のとおりです。OCTは光を使って皮膚の内部を断面画像にする方法で、LC-OCTはそれをより細かく、3次元で観察できるようにした方式です。
| 時期 | デジタルの関与 | 位置づけ | 出典 |
|---|---|---|---|
| 2015年 | 画像処理、OCT画像の定量解析、光学シミュレーション | 2015年にリニューアルした製品の研究。肌の見え方を数値で比べた。被験者は目的別に10〜20名程度 | 富士フイルム研究報告 No.61(2016年) |
| 2023年 | 画像解析ソフトによる肌色の変化のシミュレーション | 糖化やメラニン蓄積が肌色に与える変化を画像で示し、製品の研究に利用 | 富士フイルム ニュースリリース(2023年11月15日) |
| 2025年 | LC-OCTと独自AIによる皮膚内部構造の分類 | 角層・表皮層、基底膜、真皮層、キメに分類し、3次元で可視化。同社は今後、化粧品の開発に応用するとしている | 富士フイルム ニュースリリース(2025年5月22日) |
| 2026年 | 基底膜の凹凸を再現した3次元皮膚モデル | 皮膚内部構造と表面のキメの関係を検証する研究成果 | 富士フイルム ニュースリリース(2026年6月25日) |
共通するのは、肌の内部のように目で見えにくい対象を、測り、比べ、検証できる形に変えていることです。AI画像解析や3次元皮膚モデルは研究の段階の成果で、特定の市販製品の効果を示すものではありません。
デジタルで解析し、データを活かし、AIを活用すれば、自社が持つ力を別の分野でも活かせるようになります。この先の売上減少が見込まれる企業にとって、デジタルの力で自社の力を立て直し、新しい販路を見つけた富士フイルムの変革は、大切な示唆になるのではないでしょうか。
自社が持つデータやデジタルの手段を、見えにくい対象を測り、比べる形に変えることに使えないか。そう考えてみることが、持っている力を別の分野に活かすための、デジタルからの入口になります。ている力を別の分野に活かすための、デジタルからの入口になります。
まとめ:自社の製品名を外すと、繰り返し解いてきた難題が見える
富士フイルムは、それまで培ってきた技術を新しい事業へ展開し、写真だけに頼らない、会社のもう1つの軸を育てました。本業が縮むなかで、これまで接点のなかった市場へ販路を広げた歩みは、同じ悩みを抱える多くの企業にとって、学びの多い事例ではないでしょうか。
また、富士フイルムは写真事業を残したまま、別会社と研究とブランドを新しく育てた点も見逃せません。デジタルは本業を縮めた外圧であり、後には肌の研究を測り、可視化する道具にもなりました。
この事例から持ち帰るのは、次の2つの問いです。
- 自社の製品名を外したとき、うちが繰り返し解いてきた難題は何か
- その力を、別の誰かの課題へ翻訳できるか
技術が似ていることと事業として成り立つことの間には、顧客、販売、ブランドという別の能力が必要です。富士フイルムとは資源の規模が大きく異なる多くの中小企業にとって、そのまま真似できる話ではないかもしれません。しかし、2つの問いの立て方は規模を問わないのです。
ご自身の会社で、お客様が本当に対価を払っているのは製品なのか、それとも製品の中で解いている難題なのか。まずはそれを書き出すところから、考えてみてはいかがでしょうか。
執筆者
DXportal編集長
町田 英伸
自営での店舗運営を含め26年間の飲食業界にてマネージャー職を歴任後、Webライターとして独立。現在はIT系を中心に各種メディアで執筆の傍ら、飲食店のDX導入に関してのアドバイザーとしても活動中。『DXportal®』では、編集長としてすべての記事の企画、及び執筆管理を担当。特に店舗型ビジネスのデジタル変革に関しての取り組みを得意とする。「50s.YOKOHAMA」所属。


