- share :
数店舗から十数店舗を運営する小売チェーンで、在庫管理の話になると、決まって2つの場面が出てきます。ひとつは発注です。何をどれだけ仕入れるかは、長く店に立っているベテランの感覚で決まっています。もうひとつは棚卸です。月末や期末になると、閉店後の店内に人が残り、棚の商品を1つずつ数えていきます。
どちらも一見すると、「うまく回っている」ように見えます。発注の欠品も過剰も大きくは出ていないし、棚卸の数字も合っている。ただ、その状態は特定の人の時間と勘に支えられている、というのが実情ではないでしょうか。そのため、担当が異動や退職でいなくなると、発注は途端に不安定になりかねません。おまけに棚卸は、いつまでも深夜の人件費と担当者の負担を前提になってしまう。この状態をなんとかしたいと考えている、小売チェーンオーナーは少なくないでしょう。
こうした状況で多くのオーナーがまず検討するのが、「在庫管理システムを導入すべきかどうか」です。小売向けの在庫管理システムやハンディ端末は数多く出ていて、発注の自動化や棚卸の省力化をうたっています。とくに発注では、需要予測型の自動発注に切り替えた大手チェーンの事例も知られています。属人化した発注も、深夜の棚卸も、システムを入れれば片づくのではないか。そう考えるのは自然なことです。
ただ、その二択に入る前に、整理しておいたほうがよいことがあります。発注と棚卸は「在庫管理」とひとくくりにされがちですが、性質の違う別々の問題です。この記事では、まず発注の属人化を解く道筋を、先行事例もまじえて示します。続いて棚卸、そして両者に共通する記録の統一と、システムを入れるかどうかの自己診断へと進みます。目次から、必要なところだけ読んでもかまいません。
【本記事の要点】
- 在庫管理が変わらない原因は、発注の属人化と棚卸の手作業という別々の問題が、まとめて先送りされているため
- 発注の属人化は、ベテランの勘を否定せず、何を見て何を決めているかを言葉と記録に変えることから解ける
- 中部薬品・ハローデイなど大手チェーンは需要予測型の自動発注で属人化の解消を進めている。規模は違っても考え方は中小にも通じる
- 棚卸は、日常の在庫把握と決算期末の在庫確定を分ける。日常分は区画や頻度で散らせるが、期末の実地棚卸は原則として必要
- 発注も棚卸も、在庫データの記録がばらばらだと前に進まない。項目・タイミング・粒度を全店でそろえることが共通の第一歩
- システムは目的ではなく手段。入れる前に自社の状態を診断し、詰まっている作業に直接効くかで選ぶ
なぜ在庫管理は変わらないのか
在庫管理がなかなか変わらない店には、共通する構造があります。発注の属人化と棚卸の手作業が、それぞれ独立した「昔からのやり方」として扱われ、どちらも今日は困っていないために後回しになっているのです。ただ、困っていないのは経営側から見た景色で、現場には負担が偏っているだけかもしれません。
発注:ベテランの頭の中にしかない
ベテランの担当者は、天候や曜日、地域の行事、去年の同じ時期の動き、棚の減り方といった多くの情報を、頭の中で組み合わせて発注量を決めています。判断はよく当たります。問題は、その根拠が本人の中にしかないことです。新しい担当者が引き継いでも同じ結果は出せず、発注の精度は人に紐づいたままになります。
棚卸:毎年、深夜に人を集める
棚卸の手作業も、同じ理由で残ります。全ての商品を一斉に数える方式は、やり方がはっきりしていて誰でも指示できます。だからこそ、負担が大きいと分かっていても「今年もこの日に」と決まり、パートまで動員した夜通しの作業になりがちです。
2つに共通するのは、人の時間を投入し続けることで成立している点です。多くの現場では、この2つがまとめて「在庫管理の課題」と語られ、大きすぎて手がつけられなくなります。まず必要なのは、発注と棚卸を分けて、それぞれに合った打ち手を考えることです。
発注の属人化を解く
出発点は、ベテランのやり方を否定することではありません。その人が何を見て、何を基準に、どう決めているかを、言葉と記録に変えることです。
発注のたびに、判断の理由を1行残す
発注のたびに短いメモを残します。対象の商品、発注した数量、そして「なぜその数にしたか」を1行だけ。「週末に地域の祭りがあるため通常の1.5倍」「前週に品切れが2日続いたため上積み」といった調子です。理由が言葉になって積み上がると、次の担当者はそれを見て考えられます。
たまった記録を、共有できる目安にする
数週間分たまったら、担当者と一緒に内容を振り返ります。よく出てくる判断を「この条件のときはこうする」という目安の形に整理し、使っている要素を一覧にします。それだけでも引き継ぎはぐっと楽になるはずです。パターンの洗い出しは、AIに下書きさせる使い方とも相性がよいでしょう。
需要予測の機能を持つシステムもありますが、現場が何を根拠に発注しているかが整理されていなければ、その数字が妥当かどうかを判断できません。勘を見える形に変える作業は、ツールの有無にかかわらず必要です。
先行事例:大手チェーンはどう解いたか
判断の根拠をデータに変える取り組みは、大手チェーンで先行しています。規模はまるで違いますが、考え方は中小チェーンにも通じます。
ドラッグストア「V・drug」を展開する中部薬品では、AIを活用した需要予測型自動発注システムを全店舗に導入しました。商品情報や棚割、特売、イベント、気象情報などを連携し、30種類の要素データをもとに需要を予測する仕組みです。
バローホールディングスと中部薬品の2024年5月15日付資料によると、2023年8月の稼働以降、自動発注率は80%超まで向上し、発注作業は1週間あたり1,000時間以上削減されたとしています。
また、食品スーパー「ハローデイ」は、2024年1月に5店舗で日立製作所のシステムを試験導入し、検証を重ねて2025年6月から福岡県を中心とした全49店舗で本格運用に移りました。DIGITAL Xの2025年12月の記事によると、システムが提示する発注数の9割が担当者に修正されずそのまま使われており、発注業務の標準化が現場に根づきつつあるとされます。
この2社に共通するのは、システムを「担当者を置き換える道具」ではなく、「発注ノウハウをデータとして残し、組織で扱えるようにする仕組み」と位置づけている点です。導入の規模や数値はその企業の事情によるもので、そのまま自社に当てはまるわけではありません。読み取るべきは、属人化の解消が「ベテランの判断をなくすこと」ではなく「判断の根拠を組織の資産に変えること」だという考え方です。
ただし、この2社の事例を「発注システムを入れれば解決する」と読むと、話を見誤ります。発注は単独では完結しません。発注した商品が入荷し、売れ、残りが在庫になり、棚卸で数え直して次の発注へ戻る。この輪のどこか、たとえば棚卸が深夜の手作業のままでは、需要予測がいくら高度でも、もとになる在庫データの精度が追いつかないのです。
出典・参照:
棚卸の負担を下げる
棚卸には2つの目的があります。日々の発注や欠品対応のために在庫の状態をつかむこと、そして決算で在庫の金額を確定することです。負担を下げやすいのは前者で、後者には守るべき手続きがあります。
日常の在庫把握は、頻度と範囲を散らす
全ての商品を同じ頻度で一斉に数える必要はありません。金額や回転の大きい商品は短い間隔で、点数は多いが金額の小さい商品は間隔を空けて数える。重要なものを厚く見るこの考え方は、在庫管理では一般的です。範囲も、店内やバックヤードをいくつかのエリアに分け、日や週を決めて順番に巡回する形にできます。1回の作業が小さくなり、開店前や営業時間内の短い時間でも回せます。
決算期末は、手続きを守る
決算期末の在庫は、日常の把握とは扱いが変わります。原則として事業年度末に実地棚卸しを行って数量を確定するもので、日々の帳簿在庫だけで金額を決めてよいわけではありません。国税庁の法人税基本通達では、資産を計画的に区分して実地棚卸しする方法なども条件つきで認められていますが、どう行うかは自社の会計方針や顧問税理士に確認してください。
帳簿と現物がずれる原因は、記録の抜けだけではありません。破損や廃棄の付け忘れ、検品やレジ登録の誤り、盗難や紛失による商品ロスも積み重なります。食品スーパーやドラッグストアのように来店客や品目が多い店では、こうしたロスが決算の在庫金額にも響いてきます。現場がそれを知っているからこそ、帳簿の数字だけで済ませず、実際に棚を見て数える意味があるのです。
システムやハンディ端末を入れても、決算前のこの突き合わせ自体はなくなりません。ただ、差異が出たときに、いつ・どの商品で・どれだけずれたのかを早くつかめます。棚札やバーコードで読み取れば、数える作業と転記のミスも減らせるでしょう。
ここまでの工夫は、商品ごとの在庫データがある程度そろっていることが前提です。そして、それは棚卸だけの問題ではありません。発注の基準づくりも、同じ土台の上にあります。
出典・参照:
記録をそろえてから、システムを考える
発注の属人化を解く作業も、棚卸の負担を下げる作業も、途中で同じ壁に当たります。在庫データの記録が、人によって、店舗によって、ばらばらだという壁です。同じ商品が店ごとに違う呼び名で入っている。数量を入れる時点が担当者によってまちまちで、朝の在庫と夜の在庫が混ざる。単位が「箱」だったり「個」だったりする。これでは、発注の判断基準を共有しようにも土台のデータが信用できず、棚卸で商品をグループ分けしようにも基準の数字がそろいません。
記録の3つ(項目・タイミング・粒度)をそろえる
どちらに先に手をつけるとしても、共通の第一歩は記録を揃えることです。具体的には、次の3つを全店・全員が同じ形で書けるように決めます。
- 項目:商品名や商品コード、数量、単位、日付など、必ず記録するものを統一する
- タイミング:在庫数を記録するのは1日のどの時点か(開店前、閉店後など)を全店でそろえる
- 粒度:商品を1つずつ管理するのか、カテゴリー単位でよいのかを決める
これはExcelなどの表計算でも始められます。大事なのはツールの種類ではなく、全員が同じルールで書くこと。ここが揃って初めて、発注の基準づくりも棚卸の効率化も動き出します。
システムを入れる意味があるか、自己診断する
記録がそろい、発注と棚卸の見直しを進めた先で、表計算では手間が増えすぎる場面が出てきます。そこが、システムを検討するタイミングです。逆に、ばらばらのまま載せても効果は出ません。経済産業省もDX(デジタルトランスフォーメーション)を、データとデジタル技術で業務や組織のあり方を変えることと整理しています。入れること自体が目的ではなく、問うべきは「どこが詰まっているか」です。
次の項目に当てはまる数が多いほど、システム化の効果が出やすい状態です。
- 店舗や担当者ごとに在庫の記録が分かれ、最新の数字を1つにまとめられない
- 商品を店舗間で融通しているのに、移動が在庫数に反映されるまで時間がかかる
- 棚卸で差異が出ても、どこで発生したのかを追えない
- 在庫の更新作業が営業時間を圧迫している、または特定の人しかできない
- 発注のたびに「前はどうだったか」を人の記憶に頼っている
- 表計算のファイルが分裂し、どれが最新か分からなくなることがある
当てはまりが2つ3つなら、まだ記録の統一とやり方の見直しで足ります。半分を超えるなら、手作業が限界に近づいているサインです。
選ぶときに見る観点
- 機能の多さではなく、いま最も詰まっている作業に直接効くか
- 今使っている記録の項目のまま移せるか、作り直しになるか
- 複数店舗の在庫を1つの画面で見られ、店舗間の移動を反映できるか
- 既存のレジ(POS)や発注の仕組みとデータをやり取りできるか
- まず1店舗、一部の商品だけで試せるか(無料試用やスモールスタート)
- 月額費用と入力の手間が、自社の規模に見合っているか
中部薬品やハローデイのような導入事例を選定の参考にするときも、導入の事実・公表成果・自社への示唆は分けて読みます。
出典・参照:
よくある疑問(FAQ)
店の規模や既存の仕組みによって、判断に迷う場面もあるはずです。ここでは、本文で触れなかった個別の疑問に答えます。
1店舗の小売でも在庫管理システムは必要ですか
この記事はチェーンを前提にしていますが、発注がベテラン頼み、棚卸が閉店後の手作業、という状態は1店舗でも起こります。ちがうのは「全店でそろえる」の部分です。1店舗なら、担当者ごとの書き方のばらつきをそろえる話に読み替えてください。記録が整えば、システムを入れるかどうかの判断材料も同じようにそろいます。
在庫の記録をパート従業員に任せても精度は保てますか
むしろ、誰が入れても同じになる形にするのが目的です。項目・タイミング・粒度を決め、紙1枚かスマホ入力の短い手順にすれば、入力する人によって数字がぶれにくくなります。属人化を解く作業は、担当を選びません。特定の人だけが更新できる状態こそ、避けたいものです。
今のPOSレジと在庫管理システムは連携できますか
製品によります。だからこそ、選ぶときの観点に「既存のレジや発注の仕組みとデータをやり取りできるか」を入れました。連携できない場合は、売上と在庫を二重に入力する手間が残ります。その手間も、月額費用と一緒に見積もっておいてください。
中小規模だと導入費用の目安はどれくらいですか
価格帯は幅が広く、確認した時期によっても変わります。目安の金額を挙げるより、無料試用で自店の一部を回し、月額と入力の手間が釣り合うかを実際に測るほうが確実です。導入事例に出てくる価格は、その企業の規模と契約条件での数字だと考えておいてください。
まとめ:記録の統一から始める在庫DX
中小チェーン小売の在庫管理が変わらないのは、能力や意欲の問題ではありません。発注のベテラン依存と棚卸の深夜作業という、性質の違う2つの問題が、ひとくくりの「在庫管理の課題」として先送りされてきたためです。
中部薬品やハローデイの事例が示すのも、担当者を置き換える話ではなく、属人化したノウハウを組織の資産に変える取り組みでした。中小チェーンが同じ規模を一足飛びに目指す必要はありません。打ち手は、身の丈に合わせて順番に整理できます。
- 発注:勘を否定せず、何を見て何を決めているかを1行ずつ記録し、たまった判断を共有できる目安にする
- 棚卸:日常の在庫把握は頻度と範囲を散らして軽くし、決算期末の実地棚卸は手続きとして守る
- 共通の土台:在庫データの記録の項目・タイミング・粒度を、全店・全員で同じ形にそろえる
- システム:記録が整い、手作業の詰まりが自社で見えた段階で、その詰まりに直接効くかを基準に選ぶ
ただし、手をつける順番だけは、まちがえないようにしたいところです。発注でも棚卸でもシステムでもなく、まず全部の土台になる記録の統一から。項目・タイミング・粒度をそろえる作業は、表計算でも今日から始められます。システムの検討は、その先で十分に間に合います。
在庫管理を変えるのに、まとまった予算も新しいツールもいりません。次に在庫を書き留めるとき、決めた形でそろえてみる。その一歩から、仕組みは動き始めます。
執筆者
株式会社MU 代表取締役社長
山田 元樹
社名である「MU」の由来は、「Minority(少数)」+「United(団結)」という意味。企業のDX推進・支援を過去のエンジニア経験を活かし、エンジニア + 経営視点で行う。DX推進の観点も含め上場企業をはじめ多数実績を持つ。




