QRコードが世界へ広がった理由|部品工場からホームドアまで

公開日 : 

share :

私が流通の現場で検品作業をしていた頃、バーコードリーダーでバーコードを読むときは、コード全体を正しくセンサーに収めなければ、正確に読み取れませんでした。バーコードリーダーが発するレーザー内にコードが収まりきっていないと正しく読めず、文字化けしてしまったり、エラー音がなったりすることもしょっちゅうでした。

一方で、決済アプリのPayPayや、飲食店でのスマホ注文で使う「QRコード(株式会社デンソーウェーブの登録商標)」は、雑にカメラに映して、全部がまだ画面内に収まっていない状態でも、正確に読み取れると実感しています。さらに、暗かったり、反射していたりする場面でも、かなり読み取りやすいように感じます。

同じように機械で読み取るコードなのに、この差はどこから来るのでしょうか。それはどうやら、QRコードがもとは何のために作られたかという成り立ちに関わるようです。

本記事では、QRコードが生まれた理由と工場の外へ広がった理由を、使う側の負担という視点で解説します。

【本記事の要点】

  • QRコードは1994年、当時の日本電装(現・デンソー)が、大容量・省スペース・高速読み取り・誤り訂正を併せ持つ二次元コードとして開発した
  • 工場の外へ広がった背景には、仕様の公開、規格準拠コードの特許不行使、1997年から2000年の標準化、2002年のカメラ付き携帯電話がある
  • 都営浅草線のホームドアでは、車両の大規模な改修を避けるために、車両ドアに貼ったQRコードをホーム側で読む方式が使われた
  • QRコードは、使う側の負担を下げ続けたことで広がった

QRコードは、バーコードの限界を超えるために生まれた

一次元バーコードとQRコードの違いを、大容量、省スペース、高速読み取り、誤り訂正で示す図

QRコードは、文字や数字を白黒のマス目に置き換え、カメラなどの機械で自動的に読み取れるようにした二次元のバーコードです。縦の線の太さで情報を表す従来の一次元バーコードと比べて、どこが違うのか。まずはQRコードが生まれた経緯から見ていきましょう。

1994年、当時の日本電装が部品管理の課題から開発した

QRコードを開発したのは、1994年当時の日本電装株式会社(現・株式会社デンソー)です。自動車部品を作る会社で、自社の工場での部品管理が、開発の出発点でした。QRコードを含む自動認識事業は、2001年10月に設立されたデンソーウェーブに移管され、現在はこの会社が担っています。

1990年代初頭、輸送機器の製造業を含む多くの分野で、データを持たせる手段として主にバーコードが使われていました。ただし、バーコードに入れられる情報量には限りがあり、表示にも広いスペースが必要という制約がありました。そのため、パソコンやネットワークが広がるなか、より多くの情報を、より小さなスペースに表示したいという要望が高まっていたのです。

そこで日本電装は、海外で開発されていた他の二次元コードの特徴も踏まえ、「大容量データ・省スペース・高速読み取り・誤り訂正」をすべてそなえた新しい二次元コードの開発に取り組みました。開発から特許登録までの流れは、次のとおりです。

年月日できごと
1992年新しい二次元コードの開発方針を決める
1994年試行錯誤を経て、QRコードを開発する
1994年3月14日特許を出願する
1999年6月11日特許が登録される

QRコードという名前は、特徴の1つである「クイック・レスポンス」に由来します。

開発を担当したのは、原昌宏氏を含むたった2人のチームでした。誤り訂正の機能の開発は、株式会社豊田中央研究所に委託しています。他社の二次元コードが情報量を増やすことを重視していたなか、このチームは、「クイック・レスポンス」という名前のとおり、読み取りやすさを重視して開発を進めたのです。

出典・参照:

位置検出パターンと誤り訂正:高速で、欠けに強い読み取り

開発チームの前に立ちはだかる問題のうち、もっとも大きなものは、コードがどこにあるかを機械が素早く見つけて高速に読み取ること、そして、一部に汚れや欠けがあっても正しく読み取ることでした。とくに、どうしたら高速にコードを読み取れるかという点は難問だったのです。

それを解決する1つ目の答えが、QRコードの3つの角にある四角い印、位置検出パターン(切り出しシンボル)です。原氏は、「ここにコードがある」という位置の情報を、コードそのものにつけたらどうだろうか、と考えました。

目印の形は、帳票などでの出現率が最も低い図形である四角形にしました。コードの中の印が、近くにある似た図形と間違えられないよう、唯一無二の印にする必要があったためです。

さらに、チラシ、雑誌、段ボールなどの印刷物に使われている絵や文字をすべて白黒に直し、白黒の面積の比率を数えきれないほど調べました。その結果、印刷物のなかで最も使われていなかった比率が、白黒の部分の幅の比「1対1対3対1対1」だったのです。切り出しシンボルの幅は、この比率で決められています。

この比率を使うと、読み取りの走査線(コードをなぞって読み取る線)が360度のどの方向から通っても、この独自の比率を探すだけでコードの位置を割り出せます。他社の二次元コードが、情報をたくさん入れることにとらわれていたなか、QRコードは位置を素早く見つける工夫によって、他社にはまねできない高速読み取りを可能にしたのです。

2つ目の答えが、誤り訂正です。「一部に汚れや欠けがあっても読み取れること」は、1992年の開発方針の段階から、求める機能の1つに入っていました。どのくらいの量を復元できるかは、レベルによって、次のように分かれています。

誤り訂正のレベル復元できる量(コードワードの割合)
L約7%
M約15%
Q約25%
H約30%

コードワードとは、QRコードのデータを区切った単位のことです。欠けや汚れで読めなくなった部分が、この割合の範囲に収まっていれば、残った部分から元のデータを復元できます。

結果として、数字で約7,000文字、漢字も表現できる大容量でありながら、読み取りの速度は他のコードより10倍以上速いとされるコードが誕生したのです。バーコードが英数字で最大20字程度しか表現できなかったことと比べると、持たせられるデータの量も、読み取りやすさも大きく進歩しています。

データをどんな形で持たせ、機械にどう読ませるかという設計が、現場の読み取りの手間という課題を解いたのです。冒頭で触れた「雑に映しても読み取れる」体験は、この読み取りやすさを重視した設計とつながっています。

出典・参照:

QRコードが工場の外へ広がったのは、他社が使える条件がそろったから

使える性能、仕様の公開と標準化、カメラ付き携帯電話、用途を作る企業がQRコード普及を支える図

QRコードは、もとは自動車部品を作る日本電装が、工場の部品管理のために生み出したコードです。それが今では、決済アプリや飲食店のスマホ注文など、工場の外の身近な場面でも使われています。

1つの会社が自社の効率化のために生み出した技術が、一企業、一業界の垣根を超えて新たな価値を生み出す。これは、DX(デジタルトランスフォーメーション)の一例といえるのではないでしょうか。

では、なぜQRコードは、日本電装の工場や自動車業界の外まで広がったのでしょうか。この広がりには、読み取りの性能が高いだけでなく、他の企業が実装し、用途を作れる条件が必要でした。

仕様の公開と、規格準拠コードの特許不行使

QRコードは、発表後まず自動車業界の「電子かんばん」(生産管理で部品の情報を伝える仕組み)に採用され、生産から出荷、伝票の作成までの効率化に使われました。その後、食品、薬品、コンタクトレンズなどの業界で、製造の過程を追跡するトレーサビリティにも使われるようになったのです。

同時にデンソーウェーブは、QRコードの仕様を公開し、規格化されたQRコードについては、同社が保有する特許(特許第2938338号)の権利行使を行わないと宣言しました。

デンソーウェーブは権利を保有したまま、規格に沿ったQRコードを対象に、権利を使わないと約束しました。つまり、作る側にとっては、規格どおりに作る限り、権利をめぐる不確実さが減るのです。この状況が生まれたことが、QRコードを世に広める原動力の1つになったと考えられるでしょう。

出典・参照:

1997年から2000年の標準化

仕様が公開されたQRコードは、業界の規格、国内の規格、国際規格へと、段階的に標準になっていきました。制定された規格は、次のとおりです。

年月制定された規格
1997年10月AIM International(国際自動認識工業会)の規格
1998年3月JEIDA(日本電子工業振興協会)の規格
1999年1月日本工業規格(JIS X 0510)
2000年6月国際規格(ISO/IEC 18004)

標準になると、規格に準拠した読み取り機や作成ソフトが、同じ仕様でQRコードを扱える土台ができます。データの形を共通にしたことで、他社が読み取り機や作成ソフト、新しい用途を作る土台が生まれました。

出典・参照:

2002年、カメラ付き携帯電話が読み取り機になった

工場の外へ広がる決定的な転機は、2002年でした。QRコードの読み取り機能を備えた携帯電話が発売され、携帯サイトへのアクセスやクーポンの取得が、手軽にできるようになったのです。

これは、使う側の負担を大きく下げた出来事でした。専用の読み取り機を特別に用意しなくても、手元の携帯電話のカメラで手軽に読めるようになったからです。このことがきっかけで、QRコードは産業界の識別の道具から、一般の人々が紙とネットをつなぐ入口へと役割を広げたのです。

QRコードの開発者である原昌宏氏は、2019年の論文で、「QRコードをオープンにし、多くの企業に協力してもらうことで市場を形成した」と述べています。つまり、QRコードが広がった条件は、次の4つが重なることで生まれたのです。

  1. 使える性能
  2. 他社が実装できる標準と権利の設計
  3. 一般の人が持つ読み取り端末
  4. 用途を作る企業

出典・参照:

地下鉄のホームドアでも、使う側の負担を減らす発想が生きた

車両ドアのQRコードをホーム上の読み取り装置が判定し、ホームドアを制御する仕組み図

QRコードにまつわるエピソードでは、もう1つ面白い話があります。発表から20年以上たって、QRコードは、まったく別の現場で、同じ発想で使われたのです。それは、都営地下鉄のホームドアへの採用でした。

都営浅草線の相互直通という課題

都営浅草線は、複数の鉄道事業者と相互直通運転をしています。乗り入れる列車ごとに編成の両数やドアの数が違うため、ホームドアは、車両のドアと連動して開閉する必要があります。

従来の方式は、車両と地上の両方に無線装置などを設置するものでした。この方式を浅草線に入れると、乗り入れる各社の車両を改修することになり、莫大な経費と時間がかかります。そのため、各社の車両を大規模に改修する負担が導入の障壁になっていました。

出典・参照:

車両ドアに貼るQRコードの仕組み

この解決策となったのが、QRコードでした。デンソーウェーブと東京都交通局が共同で開発したのは、車両のドアのガラスにQRコードを貼り、駅のホーム上部に設けた読み取り装置でそれを読む方式です。

QRコードには、その車両の編成の両数と1両あたりのドアの数がデータとして入っており、この情報で、車種ごとに、どの位置のホームドアを開けるかが決まります。

さらに、QRコードのもう1つの役割は列車の動きを読ませることです。読み取り装置は、貼られたQRコードの横方向の動きを読み取り、車両ドアが開いたか閉じたかを検知します。この検知を受けてホームドアが開閉するのです。開ける必要のないホームドアは開きません。

つまり、QRコードはホームドアを直接動かす役割をしているわけではなく、車両の情報と車両ドアの動きを機械に読ませる入力の役割をになっているのです。開閉自体はその判定を受けた制御装置が行なっています。

この方式で車両の側がすることは、ドアのガラスにQRコードを貼ることだけです。従来の方式で必要だった、車両に無線装置を載せる大規模な改修を、駅のホーム側の読み取り装置で置き換えたことが、この方式の特徴です。

2017年8月には、都営浅草線の大門駅でこの方式の実証が行われました。実証では、3カ所の読み取り装置の判定を多数決で決めましたが、なんと2カ所以上が正しく判定できた割合が100%だったのです。

このとき、デンソーウェーブと東京都交通局は、QRコードをホームドアの制御に使うのは世界で初めてだと発表していました。

その後、同じ方式は他の鉄道事業者にも採用されました。2021年1月7日には、デンソーウェーブが、小田急電鉄小田原線の登戸駅に、ホームドア開閉制御システムが採用されたと発表しています。このシステムには、同社の新型QRコード「tQR(株式会社デンソーウェーブの登録商標)」が使われていました。

なお、都営浅草線のホームドア整備について、東京都交通局は2023年11月6日、当局管理駅の整備が同月18日に完了すると発表しました。京成電鉄と共同で整備する押上駅を含む都営地下鉄の全106駅は、2024年2月に整備が完了しています。

都営地下鉄の例は、QRコードが工場の外へ広がった姿の1つです。もとは日本電装が工場の部品管理のために生み出したコードが、仕様の公開と標準化、カメラ付き携帯電話を経て、鉄道という別の業界の課題にまで使われるようになったのです。

QRコードが業種・業界を超えて世界に広がったのは、高い性能に加えて、広がる段階ごとに、使う側の負担が下がったからだといえるでしょう。

出典・参照:

まとめ:QRコードは、使う側の負担を下げ続けて広がった

QRコードが部品工場から世界へ広がった背景には、読み取りの性能に加えて、広がる各段階で使う側の負担が下がっていたことがありました。各段階での負担軽減は、次のように整理できます。

段階下がった負担
工場二次元にデータを持たせて情報量とスペースの制約を減らし、位置検出と誤り訂正で読み取りの負担を減らした
普及期仕様の公開と標準化で、他の企業が参加するときの不確実さを減らした
携帯電話カメラが付き、専用の読み取り機を持つ負担がなくなった
ホームドア全車両を大改修せずに済ませる方法として、同じ発想が現れた

技術が広がるには、高い性能に加えて、他の人が参加しやすく、既存の現場を大きく変えずに使える条件が欠かせません。毎日使っているものが、どんな負担を減らして広がったのか。身の回りの1つで、考えてみてはいかがでしょうか。

「QRコード」「tQR」は、株式会社デンソーウェーブの登録商標です。

町田 英伸

執筆者

DXportal編集長

町田 英伸

自営での店舗運営を含め26年間の飲食業界にてマネージャー職を歴任後、Webライターとして独立。現在はIT系を中心に各種メディアで執筆の傍ら、飲食店のDX導入に関してのアドバイザーとしても活動中。『DXportal®』では、編集長としてすべての記事の企画、及び執筆管理を担当。特に店舗型ビジネスのデジタル変革に関しての取り組みを得意とする。「50s.YOKOHAMA」所属。