中小企業がスイスから学ぶ5つの視点
ここからが本記事の中心です。首位スイスの姿勢から抽出した考え方を、日本の中小企業が自社で実行できる5つの視点へ翻訳します。それぞれ、日本の中小企業で起きている典型的な問題、スイスから読み取れる考え方、実行できる小さな行動、注意点の順で整理します。
視点1:デジタル人材を「採用待ち」ではなく組み合わせる
日本の中小企業でDXが進まない理由として、「デジタル人材がいない」「採用できない」という声がよく聞かれます。しかし、必要な能力を持つ社員を1人採用し、その人にすべてを任せる前提では、採用競争の中で取り組みが止まりがちです。
スイスから読み取れるのは、高度人材そのものだけでなく、企業・教育機関・研究機関・外部専門家の知識を結び付け、必要な能力へアクセスしやすい環境をつくる考え方です。中小企業では、業務を知る社内担当者、ITを支援する外部事業者、地域の金融機関、商工団体、専門家などを組み合わせ、1つの課題を解決する小さなチームを構成することが実行の第一歩となります。
注意点は、外部への丸投げにしないことです。業務の目的や判断基準は社内に残し、専門技術のみを外部から補う役割分担にしてください。「すべてを任せられるDX人材がいない」という問題設定そのものを見直す視点が、採用市場に振り回されない経営を支えてくれるでしょう。
視点2:研修ではなく実際の仕事で学ぶ
デジタル競争力の「知識」は、資格保有者数や研修時間だけで決まりません。社員が新しい技術を業務で試し、経験を共有し、次の改善へつなげられるかが問われます。
日本企業では、生成AI研修やDX研修を実施しても、その後に使う場面が用意されず、学んだ内容が業務へ定着しない例が目立ちます。全社員へ同じ内容を教え、受講自体が目的化することも少なくないようです。
実行できる形は、一般的なツール研修だけで終わらせず、自社の実際の業務課題を教材にすることです。
- 営業日報の要約
- 問い合わせ内容の整理
- 見積書作成前の情報収集
- 会議記録の共有
こうした日常業務の中から1つ選んで試してみるとよいでしょう。研修の成果は、受講者数や受講時間ではなく、作業時間の削減、判断の速さ、属人化していた情報の共有度、ミスの減少で確認します。
「学んでから使う」ではなく、「使いながら学び、業務に合わせて修正する」。この順序へ思考を切り替えることが意識の変革こそ求められます。
視点3:小さく試し、通常業務へ移す条件を先に決める
新技術の実証実験を行っても、本格導入へ進まない例が多々あります。これは、実証そのものが目的となり、誰が継続運用するのか、既存業務の何を廃止するのか、費用をどの部門が負担するのかが決まっていないことで起こる弊害です。
実行できる形は、全社導入を前提に大きな計画を立てるのではなく、1つの部署、1つの帳票、1つの顧客対応、1つの工程など、範囲を限定して試すことです。ただし「小さく始める」だけでは足りません。試行を始める前に、どの状態になれば継続するのか、何が起きたら中止するのか、誰が評価するのかを決める必要があります。
例えば「作業時間が月10時間減る」「転記工程が一つなくなる」「担当者不在でも処理できる」といった業務上の判断基準を置きます。試行後には、新しい方法を追加するだけでなく、古い帳票や二重入力を廃止できるかを確認。「実証実験を行った」ではなく、「通常業務が変わった」を成果として位置付けてください。
視点4:DX担当者に「変えられる範囲」を渡す
ITに詳しい社員や若手をDX担当者へ任命したものの、業務ルール、予算、取引先との運用、他部門の仕事を変更する権限を与えていない例が中小企業には目立ちます。結果として担当者は、ツール比較・問い合わせ対応・アカウント管理に追われ、会社の業務を変える役割を果たせません。現場からはシステム担当者として見られ、経営層からは成果だけを求められる板挟みに陥りがちです。
実行できる形は、担当者の人数を増やすことではなく、次のような要素を明文化しておくことにあります。
- 変更を提案できる業務範囲
- 一定額までの試行予算
- 部門間調整の支援者
- 最終判断者
DXは情報システム担当者だけでは完結しません。既存業務を廃止する判断や、部門間の利害調整は経営者が引き受ける役割となります。「DXを進めてほしい」と指示するだけで、権限や経営支援を渡していない状態になっていないか、確認をおすすめします。
なお、日本型組織に潜むDX人材の孤立に関しては、以下の記事も参考にしてください。
視点5:導入数ではなく業務の変化で成果を測る
- システム導入件数
- デジタル化した帳票数
- 研修受講者数
- 生成AIの利用アカウント数
これらを成果として示す例がありますが、それだけでは競争力が高まったかを判断できません。こうした数値の変化は確かに1つの進歩ですが、実は上辺のデータをなぞっただけに過ぎないのです。実際、契約更新時に「使っている社員が一部にとどまり、業務が変わっていない」ことに気づいたという声は多くの企業で聞かれます。
実行できる形は、導入実績ではなく、業務の変化を測ることです。
- 見積作成までの時間
- 二重入力の回数
- 承認に要する日数
- 担当者不在で止まる業務数
- 問い合わせへの回答時間
- 月末の残業時間
- 情報を探す時間
こうした、自社の課題に近い指標を設定します。
注意点は、成果指標を増やしすぎないことです。1つの取り組みにつき改善したい業務指標を1つか2つに絞り、測定のために新しい作業を増やさないでください。「システムを導入したからDXが進んだ」ではなく、仕事の流れ、判断の速さ、情報共有、顧客対応、社員負担が変わったかを確認軸に据えることが実行のポイントです。
5つの視点は連鎖している
この5つは、独立した成功法則ではなく、相互に補完し合う関係にあります。そのため、順序というより連鎖として捉えるほうが現実的でしょう。
- 外部人材を活用しても、社内に判断できる人がいなければ丸投げになります
- 研修を実施しても、実務で試す機会がなければ定着しません
- 小さく試しても、DX担当者に権限がなければ古い業務を廃止できません
- 仕組みを導入しても、成果を業務変化で測らなければ次の投資判断につながりません
- 成果指標を置いても、指標を測る担当者が育っていなければ数字が形骸化します
一度に5つすべてを改革する必要はありません。しかし、どれか1つだけを整えても、他の要素が欠けていれば効果は限定的です。5つを一連の流れとして捉える視点が、次の投資判断を確かなものにします。
2024年31位から2025年30位へ:日本の課題は変わったのか
DXportal®編集部では、2024年に日本が31位だった際に、このランキングを題材に対談型のセミナーを実施しました。当日の議論で焦点となったのは、順位の低さそのものではなく、日本の技術力をビジネスの変革力へ転換できていない点でした。2025年は30位へ1つ順位を上げましたが、今回問われているのも、技術の有無より、それを使いこなす組織の準備です。
セミナーでは、DXを「デジタルを使って変革し続ける能力」と捉える視点や、デジタル技術の目的は効率化だけでなく、人が休める時間や余裕を生み出すことにあるという議論を扱いました。今回の5つの視点は、その問題意識を引き継ぎながら、中小企業が実行できる行動として「人材」「学び」「試行」「権限」「成果測定」の5つへ具体化したものです。順位が1つ上がった事実を改善の証拠として受け取るのではなく、昨年提起した論点が現在も継続しているという前提で、自社の準備状況を見直していただきたいと我々は考えています。
セミナーの詳細はDXportal®で記事にしておりますので、合わせて参考にしてください。
読後にとっていただきたい行動:5つの問いで自社を点検する
ここまでの内容を、明日から動ける形へ落とし込みます。以下の表は、5つの視点に対応する自社への問いをまとめたものです。経営会議やDX会議の議題として持ち込むための下敷きとして利用してください。
| 視点 | 自社への問い |
|---|---|
| 人材 | 社内外の誰が知識を補うのか、役割は分けているか |
| 学び | 実際のどの業務を教材にして学ぶのか |
| 試行 | どの範囲で試し、何をもって継続と判断するのか |
| 権限 | 担当者は何を変更でき、誰が最終判断するのか |
| 成果 | 導入数ではなく、どの業務変化で成果を測るのか |
5項目すべてを一度に見直す必要はありません。答えに詰まる項目を1つ選び、次の経営会議やDX会議で具体化することを最初の行動として設定してください。5つのうち、自社が最も苦手としているのはどの列でしょうか。その列こそ、順位を「自社の課題」に翻訳する接点です。
まとめ:順位より「使いこなす準備」を整えることが中小企業の勝ち筋
本記事で扱った内容を整理します。
- IMD世界デジタル競争力ランキング2025で、日本は30位、スイスは1位となりました
- 日本の弱点は技術や知識ではなく、それらを業務や組織の変化へつなげる「将来への準備度」にあります
- スイスの強さの本質は最新技術の量ではなく、人材・教育・組織の適応力を組み合わせる仕組みにあります
- 中小企業が学ぶべき5つの視点は、人材の組み合わせ、実務教材での学び、試行の卒業条件、DX担当者の権限、業務変化での成果測定です
- 5つの視点は連鎖しており、一つだけを整えても効果は限定的です
貴社に最初にとっていただきたい行動は、自社のデジタル施策を1つ選び、上記5つの問いに答えてみることです。答えに詰まる項目が、貴社の次の一歩となります。
国のランキングは、順位の高低に一喜一憂するためではなく、貴社の経営判断を点検する材料として使うためにあります。最先端技術を追加で導入する前に、技術を使える人、試せる仕事、変更できる権限、定着させる仕組みを先に整える姿勢こそが、中小企業がスイスの事例から学ぶべき本質だと我々は考えます。
執筆者
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DXportal®編集部
DXportal®の企画・運営を担当。デジタルトランスフォーメーション(DX)について企業経営者・DX推進担当の方々が読みたくなるような記事を日々更新中です。掲載希望の方は遠慮なくお問い合わせください。掲載希望・その他お問い合わせも随時受付中。

